第187話 花街
王都セントリーフを発ってから一週間。
俺たちはスノーウッド男爵領へと入っていた。
しかし、何だか、おかしい。俺が知る男爵領とは違ったのだ。
「どうして、こんなにも人が溢れているんだ?」
ぶっちゃけ街道が通っているだけである。
南部へと向かうキャラバン隊が通行するのは日常だけど、彼らは通過していくだけなんだ。従って、こんなにも混雑している理由が分からない。
「リオの元実家はなかなかの賑わいじゃない?」
「ああいや、こんなはずはない。ずっと寂れていたはず」
エレナの話に俺はそう返した。
俺の記憶とは明確に異なる。何年も経過したわけではなかったのに、この賑わいは俺がいた頃と違いすぎるんだ。
「ねぇ、一泊していこうよ? あたし野宿は嫌よ?」
ここでエマが口を挟む。
しばらく野宿が続いていたんだ。疲れていたのは俺もだけど、正直に留まりたいと思えない。
「リオ、私も泊まって散策したいわ。リオが生まれ育った街を見てみたいの」
エマの申し出を却下しようとしたけれど、エレナは乗り気みたいだ。
しかも、何だか嬉しいことを言ってくれる。
愛する俺の足跡を辿ってみたいってか?
「しょうがない。ま、馬鹿兄貴には出会わないだろ」
俺が王都へ出る原因となった二番目の兄。ベルカ兄様には会いたくなかった。
現状から考えると感謝すべき一人かもしれないが、俺はあのとき愕然としたんだ。
男爵家の雑用でも構わないと考えていたのに、金貨一枚で家を追い出されたこと。
それは全てベルカ兄様のせい。
娼婦に入れ込んで、男爵家の金を使い込んでしまった。おかげで俺まで養う余裕はなくなったのだ。
「じゃあ、宿を探すか……」
俺は軽く考えていた。
宿に泊まって街を散策するだけ。それほど大きくもない街なら、直ぐに二人は飽きてしまうはずと。
ところが、宿が見つからない。
異様なほど人が溢れているためか、どこも満室らしい。
「まさか街道の通行止めが影響しているとは……」
俺たちは通行許可証を持っているが、商人や旅人はその限りでない。
どうやら、街道が開通するまで足止めを食っているだけみたいだ。
「エマ、宿がないのだから、野宿で決定だ。文句ねぇな?」
「あそこは!? きっと泊まれるわ!」
言ってエマが指さした先。
ああ、うん。気付いちゃったか。
近寄らないようにしていたのだが、エマは目ざとく花街を発見している。
「花街だぞ? エレナを連れていけない」
「問題ないって! あたしたちを買ったことにすれば、泊まれるから!」
いや、そうなんだけどさ。
花街のシステムは女性を買って、安宿に泊まるというものだ。
ベッドしかない宿であり、部屋数だけは用意されている。従って、空き部屋の一つくらいは残っているかもしれない。
「リオ、私は別にそこで良いよ? エマと違う部屋なら……」
「残念でしたぁ! 花街の宿はペア以上じゃないと泊まれませぇん!」
そして、この二人だ。険悪ではなかったものの、仲が悪い。
ぶっちゃけると俺を取り合うようにしていたから、折り合う感じはなかった。
「本当にそんなルールあるの? お金さえ支払えば可能じゃない?」
「いや、花街の方も一杯かもしれんぞ? 何しろ、この人混みなんだ。完全に街の許容量を超えてしまっている」
俺としては早く出て行きたい。
しかしながら、エマは馬を走らせて、花街へと向かってしまう。
まあそれで花街。
一般のエリアと分けられているけれど、ここもやはり人で溢れていた。こんなにも賑わう様子なんて俺も初めて見る。
入り口で馬を預け、俺とエレナはエマを追いかけていく。本当に懐かしく感じる街並みだけど、生憎と良い思い出はなかった。
「最初に来たのはベルカ兄様が取り押さえられたときだったな……」
嫌な記憶が蘇る。
父様が金庫の金がなくなっていることに気付き、ベルカ兄様を疑ったんだ。花街に出没するという噂を元に、家族総出で見張っていたときである。
まあ、それで俺は侮っていたんだ。
男爵領の小ささを。花街も同様に広くないことをな。
よって必然。会いたくない人物に出会うことさえも。
「リオじゃないか!?」




