第018話 炎の試練
「ファイアードラゴンとか聞いてねぇよ……」
通路を塞ぐかのように現れた巨大な竜。大きな口から漏れ出す炎を見ると、ファイアードラゴンだとしか思えない。
「ドラゴンにしては小さいのかもしれないけど……」
ぶっちゃけ超デカいトカゲかもしれないが、逃げ出すには充分な理由だ。
ファイアードラゴンにエンカウントしたと言えば、逃げ出した弁明として成立するんじゃね?
「いや、巨躯だから自由に動けないはず。交戦することなく逃げ帰るなんて駄目だ。俺は困難に立ち向かう根性を手に入れないと……」
逃げだそうとして思いとどまる。
即死さえしなければ、俺には回復魔法があるんだ。逃げ癖が付くような真似はいけない。伯爵令嬢に認められる困難に比べたら、この強敵と戦うくらいわけないよな。
敵わずに逃げるのと、戦いすらしないのでは明らかに違うんだ。
「やってやんよ……」
俺は大槌を構えた。
きっと戦える。素早さはホーンラビットの方が絶対に上だ。加えて、的が大きい。だとしたら、俺はドラゴンの脳天に一撃を加えられるはず。
「よし、来やがれ!」
気合いを入れた刹那、ドラゴンは大きく口を開いた。更には、口の中に巨大な炎の渦を生成している。
「ちょ、ま! 遠距離攻撃とか聞いてねぇよ!?」
一瞬のあと、巨大な火球が撃ち放たれてしまう。
いやもう、火だるまになる未来しか考えられん。アレを喰らえば間違いなく、俺はこんがり肉になるだろう。
「ちくしょう、風圧!!」
スキルの使い方なんか知らん。だけど、口に出して鎚を振れば効果があるんじゃね?
俺は無我夢中で大槌を振り下ろしていた。
「あれ……?」
絶対に、こんがり肉だと覚悟していた。けれど、俺は今も五体満足な感じ。更には身体のどこにも痛みを覚えていない。
「打ち消したのか?」
習得した風圧に感謝だ。
まさか視界一杯に拡がる火球を無効化してしまうなんて想定していない。あの一瞬以降に生きているなんて考えもしなかった。
「これは……イケんじゃね?」
残念な俺の脳みそは再びお気楽モードになっていた。眼前にそびえ立つのは兎じゃなく、明確に竜種であったというのに。
「死ねぇぇえええぇっ!!」
今度は俺の攻撃。火球を相殺しているだけじゃ勝てるはずがない。一撃を見舞ってこそ、この戦闘に終止符を打てるはずだ。
少しもダメージを与えられないなら即撤退。与えているようなら粘るだけだ。
「クソがぁぁあああっ!!」
全身全霊の一撃を繰り出す。駆け出した俺は震える足を無理矢理に動かし、強烈な一撃をドラゴンの脳天へと叩き付けていた。
手応えは充分。鉄を打ったときとは違う。跳ね返りはなく、寧ろ骨を砕いたかのような感触があった。
これなら戦えるはず。少なからずダメージを与えたと俺は疑わない。
「もう一丁ォォッ!!」
再び大槌を振りかぶる。そのまま追撃を加えようとしたそのとき、
『スキル【会心率上昇(打撃)】を習得しました』
新たな女神の声が届く。
えっと、なんだ?
打撃は分かるけど、会心率ってどういう意味? 今し方の攻撃がそれってことなのか?
「えっ……?」
俺は大槌を振りかぶったまま固まっていた。
なぜなら、巨大な竜はもう動かなかったんだ。それどころか、巨体を地面へと伏し、力なくその目を閉じていた。
「勝ったのか……?」
どうにも信じられない。俺は冒険者ギルドにて最弱と言われていたんだ。
それがドラゴンを圧倒? そんわけないだろ?
「死んでる……」
恐る恐る近付いてみると、ドラゴンの亡骸から黒い靄のようなものが噴き出した。
「ちょ、毒じゃないだろうな!?」
不穏な色をしていたものだから焦ったものの、今のところ体調に変化はない。
それよりも力が溢れている。これが世に聞くレベルアップというものかもしれない。
これまでの戦闘後にも覚えたことのある感覚。それを何十倍にも強化したようなものが感じられていた。
「レベルってのは器の大きさだっけ?」
女神様の加護では通知されない力。レベルアップは人としての器が大きくなったことを意味するらしい。
「少なからず強くなったってことだよな?」
もう俺はレインボーホーンラビットに襲われないのかもしれない。明らかにレベルアップっぽい経験をしたのだ。身体中に漲る力は器が大きくなった証しだと思う。
「よし、自信を持って行こう。流石にドラゴン以上の敵がいるはずもない」
レインボーホーンラビットには散々な目に遭わされたものだが、ドラゴンと戦った今は傷すら負っていない。
奇妙な話だが、確信もしている。なぜなら、二つの事象には決定的に異なることがあったからだ。
「エレナの武器……」
思えば俺は常にエレナの武具が原因で苦戦していた。此度は防具などなかったけれど、武器は壊れない大槌なのだ。
「ま、しょうがない。そこは愛の力で補わなきゃな。先を急ごう」
ダンジョンだと聞いていた焔の祠。しかし、一本道であって、ドラゴンの後は一度も戦闘をすることなく、突き当たりの祭壇まで到着している。
「ここが精霊の祭壇?」
三段ほどしかない階段を昇る。
俺は聞いていたように、精霊に祈りを捧げた。
火属性魔法を授かるように。俺が一端の鍛冶士として歩めるようにと。
熱心に祈ると、祭壇が輝き出す。まるで予想していなかったのだが、どうやら精霊が姿を見せてくれるようだ。
「ようこそ、幸運なる者よ……」
現れたのは予想とは違って妖精だった。確か俺は火の精霊が祀られていると聞いていたのに。
「妖精……?」
「いや、わたしは大精霊サラマンダー。本来の姿だと、試練を受けた者が驚くからね。このような姿になっているの」
ああ、そういうわけね。
確かに炎を纏った空飛ぶトカゲとか、おしっこどころかウ〇コまで漏らすところだ。
戸惑う俺に構わず、サラマンダーは続けた。
まるで俺が最弱であり、試練に相応しくない人間だと知っているかのように。
「貴方は瞬殺されると思っていたのに――」




