第145話 本物
「黒竜と戦いなさい」
愕然とするレイスは問いを返さずにいられない。
「いや、黒竜はテグライト山脈にいるはずだろ!?」
「言ったはず。ここは約束の地であると。この揺れの原因こそ黒竜なのです。暗黒素によって穢れた竜は勇者が眠るこの地を狙う。滅びた魔王の残滓は既に死した勇者を今も許していない」
レイスは聖地に何があるのか知らなかった。
勇者ってことは自分。しかし、眠るというのだから、かつて存在した勇者なのだろうと。
「勇者の墓ってことか? それは大事なものか?」
「ここが聖地と呼ばれる理由。光の加護を纏う勇者イヴァニスがここに眠っています。彼は死後も光の加護を持ち続けており、世界に光を放ち続けている。もし仮に聖地が暗黒素にて穢れてしまえば、世界には闇が満ちていくことでしょう」
まるで理解できないけれど、どうやら聖地は世界の存続に必要不可欠なのだと思う。
それを守る使命を自分は生まれながらにして持っていたのだと。
「俺にできるのか?」
「華々しい人生に昇華させられず申し訳ありません。ですが、できることはしました。今の世界に勇者という職責を果たせる器は多くない。喫緊の問題に対処できるとすれば、勇者レイスしか存在しなかったのです」
やはり自分しかいないようだ。しかし、女神エルシリアの話には疑問点もあった。
「喫緊の問題でなければ、対処できる者がいると?」
何だか少しばかり苛つく。
自分にしかできないことであれば誇りに思うけれど、そうでないのなら意気込みも尻すぼみだ。
「残念ながら、成長途中です。完成度はレイスに分がありますが、その彼は途轍もない器の持ち主です」
「どこの誰なんだ? 勇者である俺よりも強いのか?」
「強くなると申しましょうか。あらゆる資質が備わって……ああいえ、運気は最低でしたからね。ワタクシの裁量が及ぶ範囲でしたので強化しておきました。しかし、運気以外は天性のものです。いずれ光の資質に目覚めることでしょう」
光の資質。初めて聞く言葉だけど、それは勇者を指すのだとレイスは思った。
成人時に勇者の資質を持っていた自分とは異なり、その者はまだ成長途中であるという。
「で、俺はどうやって黒竜を倒せば良い?」
「いえ、レイスでは倒せません……」
「はぁ!?」
意味不明な回答にレイスは眉根を寄せた。
倒せるからこその勇者。そう考えていたというのに。
「どういうことだ……?」
「誠に申し訳ございません。しかし、アヴァロニア世界の命運が貴方にかかっていることは事実です。黒竜は現存する暗黒素の大半を飲み込みました。中途半端な勇者が討伐できる存在ではないのです。真なる勇者にしか……」
述べられていくのは自身の不甲斐なさ。中途半端な勇者と評されたレイスは思わず唇を噛んでいた。
「それでさっきの勇者候補生が出てくるってわけか?」
全て推し量れていた。自分はただの繋ぎでしかないのだと。
本番は次に控える本物の勇者に任せるはずと。
「残念ながら、資質の問題です。レイスの輝きは黒竜に届かない。光を受け止め切れない。従って貴方には倒せません」
今更ながらに理解する。
戦えと言った意味。倒せと言われなかった理由について。
「戦って死ねば良いってことか?」
「その通りです。貴方を殺めることで黒竜は溜飲を下げる。光の勇者を討ったのだと思い込むことでしょう」
「なんとまあ、偽物の勇者らしい最後だな?」
「申し訳ございません」
大きく項垂れたレイスだが、直ぐさま顔を上げた。
世界のため。そんな生き方も悪くないように感じたから。
「いいぜ。俺は本物の勇者にバトンと渡してやる。ただし、一つだけ心残りがあるんだ。それを叶えてくれ」
「何なりと。まあ既に理解しておりますけれど」
流石は女神だなとレイス。分かっているのに言わせるのはどうかと思うけれど、彼はこの人生で一番の心残りを口にしていた。
「エマを幸せにしてやってくれ」
それだけだ。
最低の人生に光を届けてくれた聖女。エマが幸せになる世界を構築したいと思う。
たとえ、自らの命を代償にしてでも。
「問題ありません。既にエマは次なる光の神子と接触しました。彼女がこの時節にて失われる未来はもう潰えております」
「そいつは何でも持ってくのな? 流石は本物だわ」
「いえ、貴方も本物です。ワタクシは誇りに感じておりますわ」
何だか、やるせない現実ではあったけれど、不思議と力が湧いた。
敵わないと告げられたというのに、レイスは勝利してやろうと思う。
不意に、もの凄い音がして、地面が激しく揺れる。更には天井が崩落し、石造りの牢獄は瞬く間にその形状を失っていく。
「レイシールド!!」
勇者専用の防御スキルを発動。レイスは崩壊していく牢獄の中でも、その生の輝きを発していた。
覚悟を決める時間すらないことをレイスは理解している。
「さあ、有終の美を飾ってやろうか!!」
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