第011話 彼氏
「ねぇ、リオぉぉぉ?」
割と精神にダメージを受けていた俺だったが、急に繰り出されたエレナの攻撃にドキリとさせられてしまう。
いやいや、この手に引っかかっては駄目だ。俺が成り上がる資金として、レインボーホーンラビットの売却益は有意義に使いたい。
もし仮にエレナのために使うのであれば、ディナーに誘ったり、ドレスやアクセサリー買ってあげたい。直ぐに壊れるゴミの生産器具なんかに使用するべきじゃないって。
「リオぉぉ、駄目かなぁ? お父様にお願いするのは癪に障るし……」
いやいや、そこは伯爵様に頼むべきだ。
金貨五十枚という大金の工面を彼氏でも友達でもないただの客に頼むなんて間違っているからさ。
「お・ね・が・い」
「はい、よろこんで!」
しまった。腕に絡みついたエレナに思わず返答を終えてしまったぜ。
腕に感じる柔らかいものが、俺の思考回路を完全破壊していたんだ。
まあしかし、絶対神であるエレナが願っているのだから、俺はそれに応えるだけ。男気を見せてやろうじゃないか。
「任せろ。ちょうど金が入る予定がある……」
「素敵! リオのこと大好きだよ!!」
たとえ、ただの客であろうと俺はこの瞬間のために生きている。
エレナに好きだと言われるだけで、俺は生きる活力を得られるのだから。
「ちょっと、彼氏さんってばお金持ち? 金貨五十枚だけど?」
「これでも男爵家の人間なんですよ。お金は自分で稼いだものですけどね」
「君はなかなかの高物件じゃないの? エレナちゃんには勿体ないわねぇ」
違うんだ。俺にエレナが勿体ないんだよ。
金でも積まないと並び立てない。男爵家の五男坊は逆立ちしたとしても、伯爵令嬢に手が届かないのだから。
「エレナ、俺は高溶解炉代を払う用意がある。だけど、色々と口出しできる場合に限る」
俺はここで条件を出すことに。
恐らくエレナに任せていては駄目だ。彼女は間違いなく鍛冶について学んでいないし、高溶解炉だけでなく超上質な鉱石も無駄にしてしまうことだろう。
「口出しって?」
「口出しできないのなら、俺は金を支払えない」
俺ってここまでハッキリと意見できるんだな?
自分でも驚きの事実だけど、やっぱ金貨五十枚という大金が俺に意見させているのかもしれない。
「ええ? どんな要求があるって言うの……?」
戦々恐々とするエレナだが、別に俺は身体を差し出せとか、大人のデートとか要求するつもりはねぇよ。
「俺の指示通りに作ってくれ。当然のこと、エレナの好きには作れない。俺が口にしたままの手順で作ってくれたらいい」
「本気なの? リオは生産経験がないでしょ?」
「前から興味があってな? ちっとばかし囓ってみたくなったんだ」
実際に打つのはエレナで構わないが、彼女は基本すら学んでいないのだ。それなら俺は彼女に代わって鍛冶を学び、その知識でもって口出しするしかねぇ。
「ああ、なるほど。鍛冶ってやっぱ憧れの職業だもんね。私はその条件を呑むことにするわ」
何とかエレナと折り合えている。
これなら今までの投資よりも、随分と役に立つものができるはず。一振りもしない間に壊れてしまうことにはならないだろう。
「じゃあ、約束な? 俺の指示通りに作ること。その対価として俺は高溶解炉の設置代金を支払うから」
「ええ、二言はないわ。何なりと指示してちょうだい!」
思いのほか上手く運んでいる。まあでも、これは第一歩でしかない。
エレナのために俺は鍛冶職人に弟子入りをして、基本的な鍛造を学んでおかねばならないのだから。
「うふふ、若いカップルが力を合わせて工房を切り盛りする。素敵だわぁ。わたしにもこんな彼氏ができないかしらね?」
「クレアさんはまだ若いのですし、きっと良い人が見つかりますよ」
「リオ君、エレナちゃんが嫌になったら、いつでも声をかけてね?」
「もう、クレアさん!!」
からかわれる耐性がないのか、今もエレナは顔を真っ赤にしている。
恥ずかしがるエレナを見ていると、俺にもチャンスがあるような気がする。ただの客なんかではないと思えてならない。
「それで高溶解炉の代金なのですが、俺はまだ持っていないのです。その内に間違いなく手に入りますが、売却先の問題がありましてね。後払いでも受注できますか?」
俺は話を進める。恐らく高溶解炉の設置には日数が必要なはずで、一日でも早く施工に入って欲しいところ。現状の俺は冒険者を続けるしか収入を得られないのだから。
「大丈夫よ。エレナちゃんの工房はメインストリートにあるし、担保にすればいつでも発注できるわよ?」
「リオ、私はそれで良いわ。少しでも早くリオに新しい剣を作ってあげたいし!」
後払いも問題ないみたいだ。
上手く運びすぎているけれど、文句などあるはずもない。全て俺が望んだ通りなのだからな。
「じゃあクレアさん、お願いします。とりあえずは超上質な鉱石の代金だけは支払っておきますので……」
俺はなけなしの金貨一枚を支払っている。これにより再び一文無しとなってしまうけれど、全ては俺のためであり、愛するエレナのためだ。
今日も野宿が確定だけど、既に慣れているので問題ねぇよ。雑草サラダも進んで食ってやるからな。
「俺は少し用事があるのでこれで。あとはエレナに任せます」
「炉の完成まで一ヶ月くらいかしらね? 期待して待っててくれるかな?」
クレアさんに礼を言って、俺は生産者ギルドをあとにしていく。
しかし、そんな俺に声かけがある。思いもしない台詞を俺はもらうことになった。
「リオ、私は本当に感謝してるの。好きよ……」
えっと、マジで?
エレナの魔性成分には過度に困惑させられていたのだが、ここまでの遣り取りのあとだ。何となく彼女の本心が聞けたように感じる。
「ありがとう。エレナ、俺は君のために頑張るから……」
やる気はフルに充填された。
ならば俺は鍛冶職人に弟子入りするだけだ。エレナにちゃんとした指示ができるくらいにならないといけない。
一ヶ月という僅かな期間だけで。




