第104話 不意打ちにて
「これは鉱石が泣いている……」
ちょ、師匠!
そこまで辛辣に評価しなくても!?
俺は焦っていた。
エレナは自分を天才だと思い込んでいるんだ。だから、真相を伝えるのには時間をかけようと考えていた。徐々に理解してくれたならと。
「嫌よ!!」
エレナは走り出してしまう。しかも彼女は泣いていた。
やはり、傷ついたのだと思う。
夢を叶えるための鍛冶を否定されたんだ。平常心でいられるはずもなかった。
「師匠、エレナを宥めたあと、俺は火災の消火活動に向かいます!」
「おう。好きにしろ」
「ありがとうございます! 夜には戻りますので!」
俺は店舗を飛び出していた。ヒールで走るエレナには簡単に追いつけるはずと。
通りに出ると、エレナは西へと向かっている。
「工房に鍵をかけられたら厄介だな」
恐らく自室に籠もってしまうはず。中から鍵をかけられてしまえば、話を聞いてもらえなくなるだろう。
「エレナ!」
懸命に彼女を追いかける。しかし、意外と彼女は速かった。これも剣聖による身体能力強化の結果なのかもしれない。
けれど、懸命に追いかけた俺は遂に彼女の腕を掴む。勇ましき戦士たちの嗜みが目の前に現れた頃であった。
「離して、リオ! もう私のことは放っておいてよ!」
「嫌だ! 俺はエレナの剣が欲しい。何だったら白金貨でも支払ってやる!」
俺は意志を伝えた。
エレナが丹精込めて製作した武具。それが欲しいと告げている。
「リオの方が上手く作れるんでしょ!?」
「天才のエレナが努力したら、絶対に敵わない! 今のエレナは努力を怠っているだけだ!」
天才だって努力するんだ。
初めから何でもできるわけじゃない。少しずつ得られたものの積み重ねが、向上へと繋がるはず。
「お願いだ。もう泣かないでくれ。エレナの泣き顔を見ると俺も悲しくなる」
「私は自分が嫌になるわ! ジョブのせいで天才だと思い込んでいたなんて!」
泣き止む様子はなかった。寧ろ、俺が何か言うたびに彼女は傷ついているのかもしれない。
「リオはさぞかし可笑しかったでしょうね! 下手くそな私の武具を……んっ!?」
俺はエレナの口を塞いでいた。何を言っても無駄なのだと。
エレナと唇を重ねていたんだ。
まるで夜会での一幕みたいに。無理矢理に彼女の唇を奪っていた。
セントリーフの大通りに一陣の風が吹き抜けていく。キスをする俺たちの身体を撫でるようにして、優しくそよいでいる。
「な、なにすんのよ……?」
頬を染めたエレナ。此度もキスに関しては怒っていない感じだ。
「落ち着かせようとしてだ。俺の話を聞いてくれ……」
そう言ったあと、周囲から拍手が聞こえてきた。
あれ? みんな、俺たちの口づけを見てた?
どうやら痴話喧嘩が収束したと思われているらしい。皆が笑顔で俺たちに拍手を送っている。
「えっと、お店に入って……」
流石にバツが悪かったのか、エレナは扉を開いて俺を招く。外に放置するような真似はしなかった。
人目を避けるようにして、店舗へと入った俺たち。先ほどまで言い合っていたのが嘘のように、今は互いが言葉に困っている。
「えっと、エレナ……」
「えっ、はい!?」
もう棘が取れた感じだ。
無理矢理に交わしたキスだったけど、どうやら正解であったらしい。既に思考は口づけに囚われている感じだ。
「エレナ、一緒に鍛冶の修行をしないか?」
自信を取り戻すためには努力するしかない。加えて彼女は基礎を学ぶべきだ。今のまま努力したとして、意味はない。ちゃんと鍛冶と向き合う必要がある。
「でも私……火属性魔法が使えないの。炎の祠に行ったけど、精霊なんか現れなかった。きっと私にはセンスがない」
我に返ったのか、エレナは自分を見つめ直せていた。
ようやく鍛冶職人としてエレナの人生が始まるのかもしれない。非を認めることから、全ては始まるのだから。
「じゃあ、もう一度行ってみよう。俺がついて行くから安全だよ。十万くらいの魔物までなら問題ないさ」
とりあえず冗談っぽく話してみる。一度くらいの失敗なんて気にする必要はない。なんならサラマンダーに話をつけてやっても良い。
試練は一人ずつだけど、俺はエレナに協力したいんだ。
「大丈夫かしら……?」
「問題ないよ。サラマンダーって奴は俺に借りがある。のしつけて返してもらうさ」
既に礼は大精霊の加護をもらっていたけれど、ファイアーくらいオマケしてくれても構わないだろう。
俺の話に頷くエレナ。
そうと決まれば野外デートを楽しむとしようか。
きっと何の問題もないはずだ。
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