第010話 秘策
私はかなり焦っていました。
どうしてって、いきなりクレアさんがリオを彼氏だと口にしたからです。
「ただのお客さんですよ……?」
とりあえず、否定しておかなきゃリオに悪いし。
結局のところ、リオも貴族だもの。許嫁の一人くらいいるはずだわ。
私はただの遊び相手。あわよくば肉体関係を持とうという貴族の男性にありがちな話なの。
それに乗じて私は色々と買ってもらってるし、リオの私生活に迷惑をかけるなんてとんでもないことだわ。
「エレナ……?」
どうしてかリオの顔が真っ青になっています。
やはり、彼女と間違われてしまっては差し障りがあるみたい。遊び目的で近付いただけのリオは私たちの関係を公にしたくないはずです。
「うふふ、エレナちゃんってば照れてるのね? ただのお客さんと手を繋いで来るとかあり得ないわ」
いやいや、それは迷子にならないようにだって。
まあでも、少し軽率だったかも。
モニカに聞いた話だと王都では男女のワンナイトラブとか普通にあるみたい。だけど、それはやはり密会であって、白昼堂々とするわけじゃないものね。
「やっぱ手を繋ぐのって誤解されるのかなぁ?」
とにかく、リオを安心させないと。
私は婚約者じゃなくて、一夜限りの愛人候補でしかないってことを明確にしなくちゃ。
「絶対に恋人じゃないですから!」
これで良いと思う。
私とリオの関係。何も間違っていないし、誤解があったならこれで解決できるはずよ。
「エ、エレナ……?」
どうしてか、ますますリオの顔色が悪い。
私、何か失敗したかしら?
リオが求める回答だったと思うのだけど?
「エレナちゃん、彼氏が呆然としてるわよ? 流石に可哀相。彼氏さんって幾つなの?」
ここでクレアさんが話題を変えました。今もまだ誤解してるって、頭の回転が悪いのかしらね。
「リオは私と同じで成人したばかりです。十八歳ですね!」
「あら? わたしと二つ違いか。割と好みかも……」
ええ? それは駄目だって!
リオには許嫁がいるのだし!
「いやいや、あり得ないですよ! 受付が色気を出さないでください!」
「エレナちゃんがいらないっていうのなら、お姉さんが立候補してもいいでしょ?」
「もう、クレアさん! リオをからかわないでください!」
「妬いてるのね? ほらリオ君、お姉さんって割と胸あるでしょ?」
言ってクレアさんは制服のボタンを二つばかり外す。
ちょ、そんなことしたら、クレアさんまで愛人候補に入っちゃうって!
しかも、私とは違って平民なんだから、リオが無茶するかもしれないわ。
「クレアさん、早くしまってください!」
「素直にならないからよ? ただのお客さんだなんて言われたら可哀想でしょ? いらないなら本当にわたしが手を出しちゃうけど?」
「ぐぬぬぅ……」
私は良かれと思って口出ししてるのに。
どうして私がリオと付き合っていることになってしまうの?
もし仮にリオの許嫁が私の知り合いとか、寄子の娘さんだったりしたら、めちゃくちゃ気まずくなるじゃない。
「リオ君の好きなタイプはどんな女性なの?」
「クレアさん、もうやめて!!」
概ね貴族のタイプは妾です。本妻は基本的にお家事情があって決められてしまうから。
私に許嫁はいませんけれど、姉たちは同じ伯爵家や寄子の子爵家に嫁ぐことになる。所領が発展していくように政略的な結婚が待っているの。
従って、男女ともに好きなタイプは遊び相手となります。一夜だけであったり、長く続いたりもするけれど、関係を持つのは気に入った相手が基本です。
「あれ……?」
私は気付いてしまった。
もしかしてリオは私のことがタイプなのかも。許嫁が好みじゃなかったから、私に言い寄っている可能性。とどのつまり、私のことが好き……?
「エレナちゃん、顔を真っ赤にして可愛いのね? やはりリオ君のこと好きなんでしょ?」
違うの! その逆ぅぅ!
リオが私のことを好きなんだって。だから、私が製作した武具を買ってくれるの。
リオはその対価としてタイプである私の身体を求めている……。
「違うわ……」
ぽつりと返すしかない。
これらの想像はたぶん間違いじゃないもの。だけど、私はまだ愛人に収まる勇気がない。
リオのスッキリとした顔立ちは割と好きだけど、私には夢がある。自分自身の理想像として、格好いい剣を巧みに使いこなす英雄の妻になりたいんだ。
「リオはまだ出会って間もないから……」
「でも、大切なんでしょ? わたしに取られるのが嫌なんでしょ?」
「もう勘弁してくださいって。大切ですよ。最初のお客さんだったし、とても良くしてくれるし……」
どうしてか心が痛む。
もしも、私のジョブ[剣聖]をリオに譲渡できたのならと思えてならない。
そうするだけで、私は踏み込める気がする。誰もが羨んだ私のジョブは超一流の戦士になれる要素なのだから。
「だからクレアさんはちょっかいを出さないでくださいね? 一応、私は伯爵令嬢なのですし……」
「はいはい、分っかりましたぁ! 二人とも、お幸せにね?」
私は長い息を吐いていました。
今のリオと私は遊び相手と上客という関係です。
リオは隙あらばと身体を狙ってくるし、私は上手く躱して商品を買ってもらうだけなの。
「それで私たちは挨拶に来たわけじゃないのです。以前に見せてもらった良質な鉱石を売ってもらおうと思って……」
何だか気が滅入るし、早く要件に入ろう。
仕事であればクレアさんも、からかってこないだろうし。
「ああ、そうだったの? 残念だけど、アレはかなり割安だったから、もう売り切れちゃったのよね」
ええ?
良質な鉱石があれば、きっと最高の剣が打てたはず。リオも満足する逸品が作れたはずなのに。
「他にはないのですか?」
「あるにはあるけど、同じ金額でも量が少ないのよね。その他は超上質な鉱石が入荷しているけど……」
「それって金貨一枚で買えますか?」
「同じ金貨一枚よ。だけど、超上質な鉱石は普通の炉じゃ駄目。エレナちゃんの工房に高溶解炉なんてないでしょ?」
「高溶解炉って何ですか?」
うちの工房にあるのは一般的な炉です。
火属性魔法を操れない私は火力を出すのに苦労するから、一般的な炉で充分だと考えていました。
「高溶解炉は硬度の高い鉱石を溶かす特別な炉のことよ。超上質な鉱石はミスリルに近い硬度があるからね。より耐久性の高い炉がないと均一に溶かすことができないの。高火力の火属性魔法を使っても壊れない炉のことよ」
まぁた出費なの?
お父様にお願いすれば何とかなるだろうけど、一向に売り上げが伸びない現状から考えると頼みづらいのよね。さっさと家に帰ってこいとか言われるのが目に見えているわ。
「高溶解炉の工事は金貨五十枚くらい必要よ? いずれは必要かもしれないけど、駆け出しの職人が必要とするものではないわ」
クレアさんは常識的に返しただけ。まあ、普通ならそれで丸く収まるはずでした。
しかし、私には奥の手がある。
隙あらば、私の身体を弄ぼうと狙うパトロン。そして私は要求だけを突きつける愛人候補なの。この難題をクリアすべく、モニカに習ったままの行動をするだけよ。
早速と身体を密着させて、私は上目遣いに彼を見つめます。
「ねぇ、リオぉぉぉ?」
本作は第12回ネット小説大賞にエントリー中です!
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