第001話 俺に必要なもの
「ねぇ、リオ……。お願い……」
早速だが、俺は絶世の美女に言い寄られていた。
ああいや、それは違うか。何というか、彼女の狙いは俺じゃなくて財布だし。
まさにハニートラップの真っ最中。彼女は色仕掛けにて粗悪な武器を売りつけようとしていたんだ。
「リオぉぉ、一生のお願いだから買ってよぉ……」
色っぽい視線。少し唇を伸ばすと、触れてしまいそうなほどに近い。
思えば成人をして王都セントリーフにやって来た日もこんな感じだった。
「いや、でも……」
俺、リオ・スノーウッドは男爵家の五男坊。特に価値があるわけでもなく、寧ろ何もない。
成人した俺は金貨一枚という支度金で家を追い出されたわけだが、その支度金は今と同じ状況のハニートラップによって全額失っていた。
「いいじゃないのぉ? この片手剣は最高傑作なの。絶対に損はさせないからさぁ」
俺に剣を売りつけようとしているのはエレナ・メイフィールド。何と伯爵家のお嬢様だが、酔狂にも鍛冶職人になってしまった残念な女性だ。
「今なら銀貨五枚よ……?」
俺がいる店舗はエレナが店主であり、製造と販売を彼女自身が行っている。
何でも伯爵様に頼み込んで王都のメインストリートに鍛冶工房【勇ましき戦士の嗜み】を建ててしまったのだという。
「今週の売り上げがなかったら、お父様に報告できないのよ。ねぇ、リオぉぉっ……」
俺の首に手を回してエレナはおねだりしている。そんなにくっついたら胸が……。
ああ、いかん。股間に血流が大集合しちまうぜ。
「いや、今は銀貨二枚しかないんだ……」
金もないのに、どうして俺が鍛冶工房に来ているかというと、単純明快な理由しかない。
俺は街中で見かけたエレナに一目惚れしたんだ。フラフラと彼女について歩いていたら、ここまで来てしまった。まあそれで、熱を上げた俺は通い詰めているってわけ。
「じゃあ、特別に銀貨二枚で良いわ! リオだけの特別サービスなんだからぁ」
「うっ!?」
初日は装備一式を買わされて一文無しになってしまった。しかし、性懲りもなく俺は来店している。エレナを一目見たさに。
「いいじゃない? 私、勇ましい戦士が好きなの……」
「か、買うよ! この片手剣!」
完全なハニートラップだ。
分かっているのに俺はやめられない。薬草集めという初心者用クエストで貯めた銀貨二枚を俺は差し出そうとしている。
「ありがと、リオ……」
ああ、エレナ。君は何て美しさなんだ。
俺は君の笑顔を見るためなら、今夜も野宿をしてレストランの残飯漁りをしても構わない。昨日の夜は雑草を腹一杯になるまで食べたんだぜ?
「この剣は本当に最高傑作なの。きっと、のちにドラゴンバスターと呼ばれるでしょうね」
俺が買うといったからか、首に絡められたエレナの腕がスルスルと解かれていく。
もうちょっと、くっついてくれてもよくない?
「なあ、エレナ。俺はこの剣を買うけれど、君に一言伝えておきたいんだ……」
俺が今、エレナに伝えたいこと。とりあえず、俺は愛を語る前に明言しておかねばならない。
「俺に必要なのは長剣でも重装備でもないんだよ……」
言っとくが、間違っても告白じゃない。それはまだ先の話だ。
伝えるべきことは一つ。俺が屈強な武具を必要としていない明確な理由だった。
「俺のジョブは後衛職の僧侶なんだ――」