ストーカー伯爵令息と縁を切る方法
破局屋シリーズ二作品目です
貴族の夜会。
それは家同士の状況を探り合うひりついた場であると同時に、素敵な異性を探す場所でもある。……あそこに見える、ご飯を口いっぱいに突っ込んでいる人は例外でしょうけどね。
ゴホン……そう、そして私はプロの『破局屋』オリザ。望まぬ婚約を破談させるのが仕事の私にとって、この場所はライバルとも戦友とも言える存在。……あの料理そんなに美味しいの?仕方ないわね、後で食べに行こうかしら。
ゴハン……そう、しかし私はただの平民。本当ならこんな所に来ることの出来る人間ではない。私が何故ここにいるのか、その理由を知るには一週間前まで遡らなければならない。……これ、おいひいわね。ちょ、おはわり!ねえ、おはわりってば!
「つまり求婚してくる伯爵令息との関係を断ち切って欲しいと、そういうことですか?」
「まあそういうことになるわね」
一週間前、私はルイス・ボンド男爵令嬢の元を訪れていた。ルイス嬢は小指をピンと立てて紅茶をたしなんでいる。……指切りげんまんでもしたいのですかね。でも申し訳ない。針千本は飲みたくないのでお断りさせていただきます。というか、針千本、ハリセンボン、どっちが正しいのかしら……
と、そんなこと考えている場合じゃないわね!仕事に集中よ!
ルイス男爵令嬢から聞いた話を要約すると、ほとんど面識のない伯爵令息に言い寄られて困っているからどうにかして欲しい、という事だった。……伯爵令息って本当にろくな奴がいないわね。
「ちなみに、その伯爵令息に婚約を申し込まれ始めた時期などは覚えていらっしゃいますでしょうか?」
「覚えていないわね。でも理由ならはっきりしているわ!私があまりにも美しすぎるからよ!」
なんだろう。貴族ってこういう所あるわよね。
「なんたって最近はあのハミルトン伯爵令息から求婚されるんじゃないかって噂も広がってるぐらいなんですから!あの人気ナンバーワンのハミルトン伯爵令息よ!」
ハミルトン伯爵令息!?あの人間性ぶっちぎり底辺のゴミルトン伯爵令息!?女性貴族から人気ナンバーワンって噂は本当だったのね。てっきり「人気ナンバーワン(下から)」だと本気で思っていたわ……
「ワー、スゴイデスネ」
「そうなのよ!ハミルトン様ってばすごく格好良くいらっしゃるじゃない?まあ私ほどは美しくないけれど横に並ぶ及第点くらいならあるわよね。しかもクールで思慮深げな雰囲気があるじゃない?まあ、私ほどは賢くないでしょうけどこれまた……」
小一時間ほどルイス嬢のターンは続いた。
ハミルトン伯爵令息を褒めているのか、それとも貶しているのか……貴族様ってすごいわね……
そういう経緯から、私はルイス男爵令嬢の力を借りて、オリザ・ボンドという架空のルイス嬢の親戚を偽って、夜会に潜入することに成功した。
一方的に言い寄られていたルイス男爵令嬢は相手の伯爵令息の名前も知らないらしい。とりあえず名前が分かるまでは便宜上ストーカー伯爵令息と呼ぶことにしよう。
ストーカー伯爵令息の特徴はただ一つ、誰よりもナルシストだそう。ルイス嬢にナルシストと認定されるなんて一体……
まあ、さすがにこの情報だけだと分からないでしょうね。まずは聞き込みから開始しないと。
「おやそこのお嬢さん、口元に食べかすが付いているじゃないか!もしかしてわざと自分を汚くして僕の気を引こうとしていたのかい?まったく僕の美しさには困りものだね!」
……いた。絶対こいつがストーカー伯爵令息だわ。
なんだろう。人生楽しそうだね。
「しかし、初めて見る顔だね。何というか、貧乏くさいというか、僕なんかとは違う世界に住んでいるかのような……おっと失礼!僕の顔と比べたら全ての人類が罵倒されてしまうじゃないか!私としたことが!これは失敬!」
……なんなの?罵倒と自慢を同時に行わないと死んでしまうの?それは呼吸なの?呼吸なら仕方ないわね。呼吸が出来ないようにしてあげましょうか?
フー、落ち着け、落ち着け。こんな所でボロを出すわけにはいかないわ。まずは挨拶からね。
「私の名前はオリザ・ボンドと申します。ルイス・ボンド男爵令嬢のいとこにあたりますわ」
「ふーん、そ」
死ぬまでに一回は殴るリストへのご当選おめでとうございます!当選された方には後でグーパンを届けに行くので楽しみに待っていてください!
……というかこいつの名前何なのよ。なんで名乗るそぶりを一切見せないわけ!?名前がわかんなきゃ「死ぬまでに一回は殴るリスト」へ登録が出来ないわ。どうしましょう!今殴る?……それ、意外とありね。
いやいやいや!仕事を忘れたの!?こんな所で失敗するわけにはいかないわ!お金が稼げないじゃない!
もうしょうがない、背に腹は代えられない。この名前を使うしかないわ!
「その美しい顔立ち、もしかして噂のハミルトン伯爵令息ですか?」
ああああああ!!!嘘でも冗談でもゴミルトンを賞賛するようなことなんて言いたくなかったのに!舌が、舌が腐るわ!ゾンビになっちゃうわ!誰か!この会場の中に聖魔法を使える方はいらっしゃいませんか!?
ま、まあでもこれで、本当の名前を教えてくれるに違いないわ。
「ハ、ハミルトンなんかと一緒にするな!僕はあんな奴よりも優れていてイケメンで、何もかも上なんだ!あいつが好きになる人だって僕にメロメロなんだ!!」
わあ。ボク、ナンチャイ?
でもなるほど、ルイス男爵令嬢に求婚している理由がよく分かったわ。ハミルトンに勝つために、ハミルトンが好きかもしれないルイス嬢を自分の物にしようとしているのね。なんと幼稚な。
しかし原因が分かったからと言って対処のしようがない。いったいどうすれば……
だいたいハミルトン伯爵令息が悪いんだわ!だってあいつがいなければこんな悲しきモンスターも生まれなかったわけだし、あいつがいなければ多分戦争とか病気とかこの世から無くなっていたわよ!きっと!
「何で俺の名前を大声で叫んでるんだ?正直うるさいのだが」
そうそうこんな鼻につくような声が腹立つのよ。
……こんな鼻につくような声?
はあ!?このパーティー、ハミルトン伯爵令息も来てるの!?聞いてないんですけど!?
周りの女性貴族!その溶けそうな表情を今すぐ止めろ!こいつは性悪クソ野郎だぞ!?
ああ、ストーカー伯爵令息が固まってしまっている!自らのコンプレックスの前では自慢のナルシストが機能しないのね。まるで魂のない人形ね。可哀想に。
「おや、おまえは確かオリバとか言う破局……」
「オリザ・ボンドです!」
いや、オリバはどう考えても男でしょ!?それは遠回しに私の事が男に見えたって言いたいわけ?へえ、そう。その目はただの穴なのね。ああ、なんだか丸い大きなゴミが二つ穴に入っているわ!くりぬいて差し上げましょうかしら。
……まてまて私。
これはチャンスかも知れないわ。ハミルトン伯爵令息にこの場でルイス嬢の事はなんとも思っていない、って証言してもらえばいいのよ。噂が本当だったとしても、変な男から守るために嘘をついてくれるでしょう。……ついてくれるわよね?
「ハミルトン様、不躾で申し訳ないのですが、私のいとこのルイス・ボンド男爵令嬢のことはどう思われているのですか?」
私の質問に周りの女性貴族の息をのむ音が聞こえる。ストーカー伯爵令息は……何も音がしないわね。生きてる?
まあいいわ!さあハミルトン、なんとも思っていないと言いなさい!
「ルイ……誰?」
そういえばこういう男でした……
ま、まあ結果オーライね。これでストーカー伯爵令息のターゲットがルイス男爵令嬢に向くことはなくなる。一件落着ね。
「そんな奴の事よりも、おまえの方が興味がある」
……
…………
……………………はあ?
ちょっ、ストーカー男爵、そのターゲットを見つけた顔止めて!?周りの女性貴族も何、その僻んだ顔。怖いから。ほら、あのハミルトンとかいう奴の顔見てよ!絶対恋愛的な興味があるとかそんな顔じゃないじゃない!
ただ、なんでこんなとこにいるのか気になるみたいな、純粋な少年の気持ちよ!……いや、あいつに純粋な部分があるとは思えないわ。今の言葉は訂正させて。
……あー、もう、なんでこんなことになるのよ!?
ハミルトンの馬鹿!!
最後まで読んでいただきありがとうございます!少しでも面白いと思ってくださったら、ブックマークと下の☆で評価をしてくださると嬉しいです!
応援宜しくお願いいたします!