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サイラス視点

 

 私はセレーナからの手紙を読み終わった後、いつの間にか屋敷内の自室に戻っていた。自分で歩いて戻ったのか家令に連れてこられたのかすら思い出せない。


 それだけの衝撃をあの手紙から受けたのだ。



「私のせいだ…」



 あの手紙に書かれていることが本当であれば全て私のせいだ。私の心の準備などというくだらない理由で彼女を傷つけていたのだ。


 それを勘違いした使用人達からの嫌がらせも私がちゃんと彼女と向き合っていればすぐに気づけたはずなのに、私は時間の流れに身を任せるだけで向き合うことをしなかった。


 魔法薬の事業のことも実際には父が担っていることから確認を怠り、全ての作業を彼女一人でこなしていたことなど知らなかった。


 それに毎晩私を待ち続けていてくれていたことも…。


 その結果がこれだ。


 信じたくはないがつい先ほど教会から婚姻無効の通知が届いたことで信じなければならなくなった。先ほど通知が私の手元に届いたということは、セレーナが屋敷を出てから既に数日が経過していると考えられる。


 あの手紙の内容からアルレイ伯爵家に戻っている可能性はなさそうだ。そうすると彼女は一体どこへ行ってしまったのだろうか。今から追いかけようにも時間が経ちすぎている。動かない頭でなんとかしなければと考えるも何も思い浮かばない。


 そんな時に家令から声をかけられた。



「侯爵様、大奥様がいらっしゃっていますがいかがされますか…?」


「…この部屋に通してくれ」



 どうすればいいか分からない私は母に助けを求めることにした。ただ助けを求めるためには己の愚かな所業を母に伝えなければならないのだが、今はそんなことを気にしている場合ではない。



「あら、あなたがこの時間に屋敷に居るなんてめずらしいわね」



 母と会うのは久しぶりだ。たまに屋敷に顔を出しているのは知っていたが、私は仕事で城に居ることが多かったので直接会って話すのはいつぶりだろうか。



「…ご無沙汰しています」


「どうかしたの?何だか顔色が悪いようだけど…」


「その…」


「それにいつもならセレーナが出迎えに出てきてくれるのに…。今日はどうしたのかしら?」


「っ!」



 まさか母の口からすぐにセレーナの話が出るとは思ってもいなかった。どうやら母はセレーナのことを気にかけているようだ。しかし母の反応から見るに母が屋敷に来た時だけは使用人がうまく誤魔化していたのだろう。そうでなければいくらおっとりしている母でも気がつくはずだ。



「もしかして体調でも悪いのかしら…?」


「いえ、実は…」



 私はセレーナからの手紙を母に差し出した。母は突然差し出された手紙に首をかしげながらも目を通し始めるが、次第に表情が険しくなっていった。


 そして全て読み終えた母の顔にははっきりと怒りが窺えた。



「サイラス」


「っ、はい…」


「あなたはセレーナのことが好きだと思っていたのだけど私の勘違いだったのかしら?」


「いえ…、セレーナのことを愛しています」


「愛しているという割にはこの状況になるまで気がつかなかったなんて言わないわよね?」


「…申し訳ございません」


「謝る相手は私ではないわ。…それにあなたを叱りたいところだけどセレーナと顔を合わせていたのに気がつくことができなかった私にも責任があるわ」


「母上…」


「それなのに私は気づかないばかりかセレーナにプレッシャーをかけ続けていたなんて…。辛い思いをさせてしまったわ」


「…全ての原因は私です。私が情けないばかりに」


「今さら反省しても遅いわ」



 母の言う通りもう遅いことは頭では分かっている。教会で白い結婚の証明がされた今、もう二度とセレーナとやり直すことはできないのだ。


 しかし直接彼女に会って話がしたい。



「やり直せないことは分かっています。でもセレーナに直接謝らなければっ…!」


「そんなことセレーナは望んでいないはずよ。手紙に"もうお会いすることはない"って書いてあるんですもの。あなたの顔なんて見たくないはずよ」


「っ、でも!」


「それよりもあなたにはやらなくてはいけないことがあるでしょう?屋敷の管理くらいしっかりやりなさい。…それに魔法薬事業はあの人の管轄だわ。もしかしたらセレーナの状況を知っていたかもしれないわね…。私もやるべきことがあるから急いで戻ることにするわ。くれぐれも余計なことはしないように」



 そう言って母は帰っていった。母の言うあの人とは父のことだ。父はこのことを知っていたのだろうか。


 それならばなぜ…。



 (っ!今はそんなこと考えている場合ではないな…。できることなら今すぐセレーナを探しだして謝りたいが今は屋敷内の確認をしなければ。そして必要であれば罰を与えなくてはいけないな)



 おそらく屋敷の人間のほとんどが関与しているだろう。そうでなければ私の耳に全く届かないなんてあり得ない。果たしてどれだけの人数を処罰しなければならないのだろうか。


 それに私の愚かさの代償はそれだけでは済まない、そんな予感がした。



 (それでもいつか必ずセレーナに謝りに行かなければっ…!)



 私は密かにそう決意し、今はやるべきことをやらねばと動き始めるのだった。

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