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「お久しぶりです」
私は目の前に座るカリスト侯爵に挨拶をする。結婚している間もあまり顔を合わせることはなかったが、記憶にある姿よりずいぶんとやつれたように思う。
「…ああ。久しぶり、だね。元気そうでよかった」
「ご心配をおかけしたのでしたら申し訳ございません。侯爵様は私のことなど心配しないと思っていましたので」
「っ!…セレーナがいなくなってから毎日心配していた」
カリスト侯爵の表情からは嘘を言っているようではないが、私を心配していたなんてとてもじゃないが信じられない。
「なぜです?侯爵様は私のことがお嫌いでしたでしょう?なにか心境の変化でもありましたか?それと私達はもう無関係なのですから名前で呼ぶのは止めてください」
「…すまない」
「それで今日はどのようなご用件ですか?わざわざこの国の建国記念パーティーに参加している身としては早く会場に戻りたいのですが」
私達は今日のパーティーに参加するために長い時間をかけてこの国まで来たのだ。決してカリスト侯爵とのおしゃべりのために来たわけではない。
「…」
「…ふぅ。特にご用件がないのであれば私達はこれで失礼します」
いつまでも黙っている人を待っている義理などない。部屋から出るためにソファから立ち上がると侯爵は焦ったように言葉を発した。
「ま、待ってくれ!っど、どうしても君に謝りたかったんだ!」
「え?」
カリスト侯爵から発せられた言葉が私には理解できなかった。
(心配していたとか謝りたかったとか、この人は一体何を言っているの?何年も放置するほど嫌いな私に?)
「今さらなのは分かっている!でもどうしても君に直接謝りたかったんだ!」
「…なぜですか?」
「そ、それは…」
「…言えないのでしたら結構です。それでは私達は失礼しま」
「っ!あ、愛しているんだ!学園にいた時から今までずっと!」
「はい?あなたは一体何を言って…」
「学園の図書室でずっと君を見ていた!先に卒業してからも君のことが忘れられずに両親に頼んだんだ!君と結婚させてほしいと!でも好きなのは私だけだから、もしかしたら君に嫌われているかもしれないと思うと怖くなって政略結婚だと嘘をついたんだ!そして結婚式の夜も嫌われるのが怖くて私は逃げてしまった。君が傷つくことなど考えもせずにっ…!」
カリスト侯爵から語られたことはとても衝撃的だった。まさか本当は愛されていただなんてとても信じられない。
(なに…?好きすぎて近づけなかったってこと?そうしたら私はそんなくだらない理由で三年もあの屋敷で虐げられてきたの?)
何を言われても平気だと思っていたが、沸々と怒りが湧いてくる。家族に虐げられてきてようやくそこから抜け出せたと思っていたらまた虐げられる日々。そして虐げられてきた理由がこんなくだらないことだったなんてとても受け入れられそうにない。
だがこの男のために無駄な労力なんて絶対に使いたくない。
「そんなくだらない理由で…。それならいっそ私のことが嫌いだからと言われた方が何倍もマシだわ」
「セ、セレーナ…」
「名前で呼ばないで」
「っ!…すまない」
「あなたの話はとても受け入れられそうにないけど、私が虐げられてきた理由はよく分かったわ。でもそれだけ。怒りはもちろんあるけどそれをあなたにぶつけるつもりはないわ。知ってる?怒るってすごく疲れるの。そんな労力をあなたのために使いたくないわ。それに私がここに来たのは王太子殿下に頼まれたからよ。"話だけでも聞いてやってくれ"ってね。だから私がここにいる義理はもうないの。…シェイン行きましょう」
「ああ」
「ま、待って…」
もうこれ以上話すことはない。私とシェインは席を立ち扉へと向かいドアノブに手をかけようとしたところで、一つだけ伝え忘れていたことを思い出し振り返った。
「…あなたのことは許せそうにありませんが、一つだけ感謝していることがあります」
「感謝…?」
「ええ。だってあなたのおかげで私はこうして素敵な方と出会うことができたんですもの。それだけは感謝しています」
「っ…」
「でももう二度と会うことはないでしょうから私のことは忘れてください。私もあなたのことは忘れます。私達はもう無関係なのですから」
「あ…」
「それではさようなら」