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「っ!王太子殿下…」
突然後ろから声が聞こえ、振り向くとそこには王太子殿下がいた。この騒ぎを聞きつけて来たのか、私達を呼びに来たのかは分からないが正直助かった。さすがにこの人達も王太子殿下の話なら聞くだろう。
「めでたい祝いの場で何をしているんだ。アルレイ伯爵に伯爵夫人、そして伯爵令嬢」
「お、王太子殿下…!こ、これはですね…」
「な、なんでもありませんのよ。おほほほ…」
さすがに伯爵と夫人はまずいと思ったのだろう。しかし妹だけは違った。
「ハインツ様っ!私達はなにもしていません!悪いのはお姉さまなんです!私達はお姉さまのせいで大変な目に遭ったんです!だからハインツ様からお姉さまに罰を与えてください!」
妹の頭が悪いのは知っていたが、それは勉強のことだけでは無かったようだ。なぜたかが伯爵令嬢が王太子殿下を名前で呼んでいるのか。無礼にもほどがある。
妹は両親に可愛がられて育ってきたから自分が一番可愛いと思っているのだろう。そして可愛い自分なら何をしても許されると勘違いしていそうだ。その様子を伯爵と伯爵夫人は顔色を悪くして震えながら眺めている。
「ほぉ。私の名をいつ呼んでいいと言った。王太子である私に対してあまりにも無礼だ。衛兵!この三人を連れていけ!」
王太子殿下の命令に従い衛兵達が三人を取り囲む。
「なっ!離してよ!私が何をしたって言うの!?ハインツ様助けてっ!全部お姉さまが悪いのよ!」
「ここまで頭の悪い者を見るのは初めてだ。いいか?こちらの令嬢は既にお前の姉ではない。アレス国のスターリン侯爵令嬢だ。それにアレス国第三王子殿の婚約者だ。お前達が暴言を吐いていい相手ではない」
「で、でも悪いのはお姉さまなのよ!?」
「彼女が一体何をしたって言うんだ。お前達の自業自得だろう?さぁ連れていけ!」
「くそっ!セレーナ覚えていろよ!」
「あんたなんて産まなきゃよかった!」
「いやっ!離してっ!」
そうして三人は抵抗しながらも衛兵に連れていかれた。話が通じない人達を相手にしてとても疲れた。それにシェインにも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「シェイン、ごめんなさい」
「セレーナは何も悪くないんだから謝る必要はないよ。悪いのはあいつらだ」
「…ありがとう」
「シェイン殿にスターリン侯爵令嬢。この度は我が国の貴族が失礼した。あの者達への処罰になにか希望はあるかい?」
「セレーナはどうしたい?」
「…いえ、特に望みはありません。王太子殿下にお任せいたします」
私とあの人達は既に無関係なのだ。シェインから何もないのであれば私からは何もない。この国のことはこの国でやってくれればいい。
「分かった。後はこちらに任せてくれ。さて余計なことに時間が取られてしまったが今からいいだろうか」
「分かりました」
どうやら王太子殿下は私達を呼びに来たようだ。王太子殿下についていくとパーティー会場を出て城内にある応接室へと案内された。
パーティーで人が出払っているからかこの辺りはとても静かだ。
「この部屋の中で待ってるやつがいる。どうか話だけでも聞いてやってくれ」
王太子殿下の口振りから王太子殿下にとってカリスト侯爵は大切な友人なのだろう。二人が主と側近という関係なのは当然知ってはいたが、それ以上に強い絆があるようだ。
「セレーナ、無理はするな」
「ええ。王太子殿下、案内していただきありがとうございます」
「ああ。私は会場に戻るがこちらに私の侍従を置いておく。何かあれば声をかけてくれ」
「分かりました」
そうして私は扉の前に立った。この扉を開ければきっとあの人がいるはずだが、あの人は一体どんな気持ちでここにいるのだろうか。ただ私が言えるのは、たとえどんな言葉を投げ掛けられても私の心が動くことはないということだ。
だってあの頃に未練などないのだから。私は今を生きている。そう思えるほど私は強くなれたのだ。恐れることはない。隣にはシェインもいる。
私は一度深呼吸をしてからドアノブに手を掛けた。
「セレーナ…」
そうして開いた扉の先にいたのは元旦那様であるカリスト侯爵だった。