『泉の庵』と温泉たまご~自称・英雄なくそおやじが置いてった卵を孵したら、うちと母さんが大変なことになりました?!
「とうさんを、悪くいわないであげて。
あなたをたすけてくれた、恩ある人でしょう?」
悪態を零せば、すきとおる声がそうこたえた。
「その卵がかえったら。あのひともかえってくるわ。
世界に平和をとりもどして。冒険のおみやげを、たくさんもって」
泉の庵に響くのは、薬湯を煎じる音と、いつものやりとり。
懐に収まる卵は、未だ孵る気配もない。
戦災孤児の僕を拾い、ここに連れてきてくれた父さんは……
一つの白い卵を残し、旅立った。
『この『温泉たまご』を育てなさい。
毎日懐で温めて、五年間。
そうしたら、奇跡がおこる』
遠ざかる背をあの時は、誇らしく見送った。
けど今は。
がたんと音がした。ふりむけば、母さんが倒れていた。
薬湯を飲めば母さんは落ち着いた。
けれどその寝顔は、消え去りそうな儚さで。
たまらず外に駆け出した。
「くそ! 卵!
いい加減孵ってくれよ! 母さんを救ってくれよ!!」
すると懐から何か飛び出してきた。
手に取れば、ぽよんと丸く透き通ったそれは、愛らしくまくしたてた。
「初めまして。ボク、温泉スライムです!
おお、ここはすばらしい! 最高の温泉が湧きますよ!
さっそくせーの、それ――!!」
とたん、足元からほかほかのお湯が吹きあげた。
「これは……ああ、やっと!
孵ってくれたのね、温泉たまごが!」
驚きはさらに続いた。
窓から出てきた母さんが、お湯にぽーんと飛び込めば、絶世の美少女に大変身!
「けっ、結婚して下さ」
「母さんは渡さないぞ? ただいま、二人とも」
懐かしい声にふりむけば、山ほどの財宝を背負いやってくる、父さんの姿があった。
きけば母さんは元々、泉を守る精霊で。
枯れゆく泉と共に滅ぶ運命だったものを、父さんが哀れみ『温泉たまご』を贈ったのだという。
僕の件は偶然だけど、母さんは生きる気力をもらったのでグッジョブなのだそう。
でも僕は叫ばずにいられなかった――
「温泉湧かすスライム孵るから温泉たまごってネーミングおかしいだろっ?!」と。
それから母さんはすっかり元気になり、泉の庵を豪華スパリゾートに改築。
父さんは尻にしかれて忙しく働き、僕は母さんを手伝って、楽しく暮らしている。
まるで妹のような存在となった、奇跡の温泉スライムとともに。
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