名前はまだ知らない。
おーいおーいと遠くから呼ぶ声が聞こえる。
腹もいっぱいだし、うとうとと横になって、もう眠りそうってなった頃、雨の中ライトを持って大人達が怒号を上げてお堂に入ってきた。
「あー!いた!!こんなところに居たのか!心配したんだぞ、ああでもよかった…」
「やっぱり奇跡のお堂すごいな…」
「電話、電話、いやー良かった……あー見つかりました!」
3人ほどの大人たちはどうやら他にも居て、迷子になった俺を探してくれてたようだ。遅い時間かと思ったけど、太陽が見えないから判らなかったが、まだ夕方だった。
「なんかすいません、道に迷っちゃって…」
「いいって、仕方ない、無事でよかった、タオルは要るか?お握りはどうだ?腹減ってないか?」
「大丈夫です」
そこでハッと気づいた。きょろきょろとあたりを見回しても俺とそのおじさん達だけで、あの黒髪ベリーショートの女の子の姿が無い。
「い、いない…」
「ん、どうしたんだ?」
「あの、迷子の連絡って俺だけでした?」
大人たちは顔を見合わせ。
「いや、迷子になったって連絡を受けたのは君だけだよ、もしかして、誰か他にも、いたのかい?」
「そうですか。い、いや、いいんです」
こんな事説明出来ない、どうかしてると思われる。
「とりあえず君は元気そうだし、カッパ着て、このまま山を下りよう、雨も大分止んだしな」
「あ、はい」
そんな訳で、俺はその日に下山して、合宿に合流して、無事に戻って来たわけだが。合宿が終わる日に約束してたあいつに連絡を入れ、近くのバーガーショップでバーガーを食べながら事の顛末を話して聞かせた。
「あんたが無事でよかったよ、心配したんだぜ」
「あぁ、ありがとう」
どう見てもイケメンだし、しゃべり方も男っぽいんだけど、おっぱいが女子なんだよなぁ…。不思議な感覚にとらわれながら、クソデカバーガーを頬張り、念のため妹とか親戚の子が居ないか聞いてみたが、そんなのは居ないとむべもなく言われた。
「(´~`)モグモグ…結局なんだったんだあれは…」
「さぁな、さっぱりわかんねえ、だがまあ、お互い無事で良かった。ひょっとしたら、あの日あんたに会わなかったら俺は死んでたかも知れないからな」
「怖い事言うなよ~」
ぶるぶるしながらポテトも頬張る。
「もぐもぐ…不思議な縁だが、せっかくだし仲良くしようぜ…」
「とはいえ学校も違うし、別に連絡を取り合うような話題も無いし、無事も確認できたし、これっきりだろう」
「クールだな~まあ、そうだけど、もぐもぐ」
ちょっとばかり面白い女だと思うし、なんで自分の事を俺っていうんだ?って聞きたいような気もするけど、なんかやっぱり聞いちゃいけない気もして、やっぱり女子にモテんのかなとか、好きな子とかいんの?とか、失礼かな?俺の方がちょっと離れがたいと思っている。
「そういえば、本名すら聞いてない」
「……名前なんか、どうだっていいだろ」
明らかにぶすくれてる。
「あ、もしかしてめちゃくちゃ夢可愛い名前とか?」
「………」
めちゃくちゃ睨まれている。
「まあいるよな、そういう、親がつけた名前がとんでもないの」
「ほんとお前、失礼な奴だな…」
「えぇ…ごめんって…、俺としては、そういう名前も悪くないぞって励まそうとしたんだが、ほらなんか申し立てみたいなので、大人になったら改名出来るらしいしモグモグ」
「面白い奴だな」
あ、ちょっと笑った、やっぱり笑うと可愛いな。次はチキンナゲットを頬張り。
「とはいえモグモグ、俺もあんまりモグ…本名言いたくない」
ちゅーっとコーラをストローで飲みくだしぽつりと言った。
「ちょっと苗字が変な名前だし、ずずず…」
空気をはらんだコーラを吸い上げ、俺も名前は苗字がちょっとしたコンプレックスなんだよなぁ。そこまで漫画みたいな変な名前じゃないけど。将来の夢はお婿さんになって相手の苗字名乗るんだ。
「そうなのか✨」
明らかに目を輝かせて前のめりになっている。
「もぐもぐ…じゃあ俺の下の名前教えるから、お前も下の名前教えろよ」
俺は食い下がった。
「なんでだよ、そこは、お前のオモシロイ苗字を教える所だろ?俺は苗字普通だから苗字は教えてやる」
「なんでだよ、嫌だよ」
きっぱりと断った。俺は断れる男だ。
「じゃあ俺も教えない」
「むむむ…」
結局、名前が判らないまま別れる事になった。隣町だし、今後は会うこともないだろう。そう思ってた時期が俺にもありました。