梅入りお握りが美味しい。
結論から言おう。俺は陸上部の合宿で湯上山に来て、迷った。
しかも何も持って居ない。流石にヤバイんじゃないか?この状況は?焦った所でどうしょうもないし、とりあえず喉乾いた…。ガサガサと草木を掻き分け、水音のする方に歩くと、小川が流れている河原に出たが、そこには、黒いジャージに身を包んだ黒髪ベリーショートのシルエットからして女の子がアンニュイに佇んでいた。うそだろ?あいつじゃん。
どうしたもんかと迷ったが、こちらを背にしてたんで、出来るだけ脅かさないようにそっと声を掛けた。
「なぁ」
声を掛けると驚いたのかビクッと体を震わせ、振り返ると、少し微笑んでる。なんだ、笑ったら結構可愛いじゃないか、ていうか、あいつ、小さくなったな?大きくなったなあ!なら判るけど、小さくなったなあって、日本語としてなんか、おかしくないか?あいつの話を信じるなら、一年で大分背が伸びたんだな。成長期だもんな。まあいいか。ていうか、目つき鋭いな!
「こんなところで何してるんだ?迷ったのか?」
「まよってねえし。」
なんだよ、せっかく声かけてやったのに、そのぶすくれた声は…いやちょっと涙目じゃん、可愛いな。ふーん。出来るだけ優しめの声を出して話しかける。
「俺はちょっと迷ったんだけどな、あんた、道は判るか?」
「なんだ、お前が迷子かよ」
多分なんだけど、お前も迷子だよな?!うすうす思ってたけど、偉そうだな~こいつ。
「一緒に山の上まで行くか」
ほらと手を伸ばされ、俺の腕を掴まれた。ワオ。積極的だなあ…。
「なんだ、ずいぶん細いな、ちゃんと飯食ってるのか?」
年下の女児から心配された、結構食べる方なんだけど、運動量が無駄に多いせいか身につかないんだよな。
「あ~食べるけど、あんまり身につかないんだよなぁ」
これ言うと、なぜか大体の女子はみんな同じ顔をする。まるで道路に落ちているスルメを見るような眼をする。おれだって好きで痩せてる訳じゃない、むしろ太りたいくらいなんだけどな…。服とかどれも全然合わないし…。だがそれに言及すると、大体の女子はさらに憎しみを籠めた目で見てくるので、俺はそれ以上は思ってても言わない。学んだ。それを言ったら仲の良かった子に、泣きながら、もう絶好よ!と叫ばれたことがある。解せない。
腕を引かれて暫く歩いたが全く道に出る気配が無い。あいつは、なんて言ってたっけな…。あいつが生きて俺と会ってたってことは、多分家に無事に帰れるとは思うんだけど、救助された時に俺の姿が無かったらしいから…。ちょっと背筋が寒い。どうなっちゃうんだろう俺…。ヤバいなあ、このまま帰れなかったらニヤニヤ生放送の会員なってるのに、なりっぱなしで死ぬじゃん…。それはヤダなあ…。
「おかしいな…」
流石にこいつも不安になってきたみたいだ。確かに不安だよな、お前は助かるの多分確定だけど、いや、わかんねえけど。俺の方がめっちゃ不安だ。いや、ただのめっちゃ似てるそっくりさんっていう線もなくはない。単にあいつそっくりのこの子と俺が今遭難してるっていう現実があるだけっていう、それはそれでしんどいな。
「こんなところで遭難なんて格好悪いなあ」
不安を紛らわせるためか、話しかけてきた。そうだ、コミュニケーションを取ろう。俺が知ってることをこの子が知ってれば、あいつとこの子はただの赤の他人の空似だ。
「一年前にも、この山で子供が一人遭難したニュースあったよな」
「へぇ」
へぇ。じゃわっかんねえだろ…、この街に居れば大体みんな知ってる大事件だぞ。さらに鎌を掛けてみる。
「知らないのか?結構大騒ぎだっただろ?」
「そうなんだ、結構危ない山だな…」
どっちなんだよ~~~~!思わず頭を抱えそうになった。なんかストレートに聞くのは大分ヤバい奴だと思われそうだし、なんか言えない。そんなことを考えていると気が付けばここは最初のスタート地点の見覚えのあるゴロゴロした石だらけの小川の河原だった。
「完全に迷ったな…」
思わず思ってたことが口を突いて出た。
「言うなよ…言いにくいことを言うやつだな…」
「仕方ない、俺が先導してやるよ」
流石に、まさかなんだけど、とりあえずこいつの手首を掴み、多分元来た道を探して歩く。
「おま…同じ迷子の癖に…」
「まさかなぁ…」
あれ?これ、いけんじゃね?大分道っぽいとこに出てきたぞ…。しかし、あたりは大分暗くなってきた。見上げると真っ暗な墨を流したような、見ただけで不安になるような、今にも降り出しそうな空だ。
「なんだ、道を知ってたのなら言ってくれよ、良かった、これで帰れそうだな。みんな心配してるだろうなぁ」
こいつも帰れるめどが立ちそうで安堵している。最もだ、でも、なんでかお前が先導してた道とほぼ同じルートだったはずなんだけど…いやいや、森の中なら、一メートル違えば違う道になるよな。ぞわぞわと背中を寒気が走る。頭を振って馬鹿な考えを振り切り、粗雑な石の階段を上り、鳥居を潜るとお堂が見えた。
ここは確か…奇跡のお堂…。いや、偶然だよな、そうだよな、そうだと言ってくれ。遭難した子供が廃墟になってたこのお堂で発見されたため、なんだかんだマスコミが囃し立て、町長もそれに乗っかってなんかエライ事になってたんだよな…。綺麗に修復され、管理人は居ないけど、山の休憩所になったんだよなぁ…。ふと見ると、狛犬が2匹居るはずなのに、1匹の姿が見えない。そういえばニュースで盗まれたってやってたな…。流石にそのニュースは知ってるだろう。
「その狛犬。1匹盗まれたってニュースになったんだよな。」
「そんなニュースあったっけ…」
何で知らないんだよ!!?怖い怖い怖い。ニュースを見ない子なんだな、ううん知らないけどきっとそうだ。
「雨が降りそうだし、今日はここで野宿しよう。下手に動くよりマシだろう」
何か怖い考えを振り払うようにしてお堂に入った。女子の手を取ったまま、お堂に入ったけど、男女二人きりでお堂に入るって、これ犯罪にならないのか?大丈夫か?これで見つかったら俺って逮捕されない?ちょっとリアルに怖い。とりあえず繋いでた手を放して、役に立ちそうなものを探すと、さすがに遭難者で有名になっただけあって懐中電灯とか置いてある。気が利くな。電話とか食糧とか水とかは無いのか…。管理人居ないからな…仕方ないな。
「おじゃまします…床は…大丈夫そうだな…勝手に入って良かったのか?」
「前の遭難事件で、このお堂は整備されて誰でも使える休憩所になったんだってさ。あぁ腹減ったなぁ…あんた何か持ってないか?」
「ん、ちょっとまてよ」
黒髪ベリショの女子はナップザックからラップで包まれたお握りを渡してくれた。
「ほら、やるよ」
「やったぁ!ありがたい…あ、でも、一応泊まらせて貰うんだし、神棚?に上げてから食べよう…」
何となく、こうなったら神様に祈るしかないという心境からだった。ここまでくれば、道も舗装されてるし、ふもとまで一直線に帰れるし、雨だから一応ここに泊まるけど、帰れるはずだよな、そうだよな…?俺の心情を知ってか知らずか、あたりは真っ暗闇のように暗くなっていった。ぶるぶると頭を振って、無心で梅の入ったお握りにかぶり付いた。
「うぐううぐ」
「ちょ、おい、急いで食うなよ、ほら水…」
「んぐ…んむ…」
「こんなとこで死にかけるなよ…面倒見切れないぞ」
女児に水を飲まされ事なきを得た、情けない。
「あ~危なかった…ありがとなぁ」
遭難以前に窒息死するところだった…、いや、もうここまでくれば、遭難じゃないもんな。
「お前が居て良かったよ、雨に濡れずに済んだし」
「俺もあんたに会えて良かったよ、お握り、うまかったぁ…久しぶりだったなぁ」
「あぁ…おにぎりが?」
「うん」
そういえばお握りなんて食べたの久しぶりだったな。美味しかった。人心地付いたところで女児が話しかけてきた。
「あんたさ、俺と同じ学校の奴なのか?同じ学校だったら、あんたみたいに目立つ奴、一度見たら忘れなさそうだけどな、今日は栄田小学校の6年のリクリエーションで俺は来たんだけど…」
俺もあんたを知ってたら、二度と忘れそうにないんだけどな…。
「あ~俺は椎名中学校の1年で陸上部の合宿で来たんだけど仲間とはぐれてな」
「え、年上なんだ…ていうか隣町の中学校か、なるほどな」
なんか頷いて納得してる。
「そんな変わんないだろ~」
自分の事を俺っていう女子が流行ってんのかな…。もしかしたら妹かもしれないし、姉妹そろって俺って言っちゃうのかもしれないし。でもなんか、お姉さんは居るの?は聞いちゃいけない気がして聞けない。ジレンマだな。
「俺は剣道部で、来年栄田中学校に行って、剣道やるんだ」
「へ~そうなんだ」
「あんた手足長いから剣道部でもリーチあって有利そうだな…」
「あんまり痛いのやだ」
「そっか~剣道やればいいのに」
怖い怖い怖い。あいつも剣道着着てたじゃん…。いやいやいや、姉妹揃って剣道部かもしれないし。
聞くか?聞いちゃうか?お姉ちゃんいるの?っていや、もしかしたら親戚に激似の自分の事を俺って言っちゃうお姉ちゃんが居るのかもしれないし。
「そろそろ寝るか、何時か判んないけど、体力温存しとかないとだし」
「外は大分煩いけどなぁ」
気が付けば、風も強く雷は遠そうだが鳴ってるし、大粒の雨が新しい屋根を叩いてる。寝れるんだろうか…。