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湯上山で会いましょう。

 6月なのに、酷く暑い日だった。


 学校の課外授業で、6人のグループを作って、小高い山の上でスタンプラリーをしながら頂上を目指す、特になんてことはないリクリエーションだ。


 小川がある所で少し休憩をしていたら、他の5人は先に行ってしまったらしく、一人取り残された。

あいつらめ、後であったらただじゃ置かないぞ、そんなことを考えながら、もしかしたら引き返してくれるかもしれない。ちょっとだけ待っててやろう。しかし暫くここで涼んでいると鳥の声や川の音、風が渡る時に葉っぱが重なり合う自然の中の音で、一人ぼっちで置いて行かれささくれた心も癒された。


「なぁ」


 のっそりと間延びした呼ぶ声が聞こえ、ビクッと体を震わせたが、あいつらが帰って来たのかと、少し唇を綻ばせ、振り返ると、そこには見慣れない奴が一人で、少し汗をかき手を挙げてニコニコと笑顔で立っていた。年は近そうだが、背は俺より頭一つ高そうだ、手足や指が長くて、そのくせ痩せているのが赤いシャツと緑のジャージの上からでも見て取れる。モデル体型ってやつだ。肌はほのかにピンク掛かった色白で頬が赤くなっている。ふわりと伸びた髪は栗色で所謂ウルフカットってオシャレなやつだ。瞳は明るい茶色が潤んで輝き、人のいい笑顔をしている。見ただけで判る、悪い奴ではなさそうだ。でっかわ。というのがピッタリだろう、人大好き大型犬って感じの、しっぽがあれば千切れるほど振ってるタイプの、俺より背が高いくせに、なんだか可愛いらしい奴だ。

 きっと同じクラスなら女子がほおっておかないだろう。

「こんなところで何してるんだ?迷ったのか?」

「まよってねえし。」

 勝手に期待して勝手にガッカリして、せっかく声を掛けてくれたが、ぶすくれて返事をした。すると奴はへぇという顔をして、石だらけの河原を白いスニーカーで踏みしめ、ガチャガチャと音を立て近寄ってきた。

「俺はちょっと迷ったんだけどな、あんた、道は判るか?」

「なんだ、お前が迷子かよ」

 どうせ、違うクラスの奴で、俺みたいに置いて行かれた口だろう。

「一緒に山の上まで行くか」

 ほらと手を伸ばし、そいつの手首をつかんだ、身長の割にずいぶんと細い。

「なんだ、ずいぶん細いな、ちゃんと飯食ってるのか?」

「あ~食べるけど、あんまり身につかないんだよなぁ」

 間延びした声で、同じクラスの女子が聞いたら嫉妬で狂いそうなことを平然と言ってのけている。きっとこいつはモテるけど「思ってたんと違う」とか言われて振られるタイプだな…。

 まだ日は高い、少しばかりうっそうとした茂みに入ってしまったが、二人になったし、そのうち舗装された道路に出られるだろう。二人で手を繋いで元来た道に戻ろうと歩くが、いつまで経っても道路らしき場所に出ることが出来ない。

「おかしいな…」

 流石に焦ってきた。一人で遭難するなら、最悪仕方ないが、見ず知らずのこいつを巻き込んでしまうのは忍びない。後ろも見ずにぽつぽつと話し掛けてみた。

「こんなところで遭難なんて格好悪いなあ」

「一年前にも、この山で子供が一人遭難したニュースあったよな」

「へぇ」

 そんなニュースあったっけ?

「知らないのか?結構大騒ぎだっただろ?」

「そうなんだ、結構危ない山だな…」

 おかしい、やっぱり同じ道をぐるぐる歩いてる気がする…。また小川の流れる河原に戻って来た。するとやれやれといった具合にそいつが言った。

「完全に迷ったな…」

「言うなよ…言いにくいことを言うやつだな…」

「仕方ない、俺が先導してやるよ」

「おま…同じ迷子の癖に…」

「まさかなぁ…」

 何やらぶつぶつ呟くそいつが俺の手首を掴んで前を歩く。暫く行くと、まあまあ開けた道らしきものに出てきた、このままいけば元の道に戻れそうだ。いつの間にか雲行きが怪しい、空が真っ暗な墨のようだ。

「なんだ、道を知ってたのなら言ってくれよ、良かった、これで帰れそうだな。みんな心配してるだろうなぁ」

 心底ほっとしながら、手首を掴まれて道を歩く。粗雑な石の階段を息を上げながら登ると大きな鳥居が見えて、比較的新しい小さいお堂が見えた。石で出来たもふもふした狛犬は本来対になっているもので、なのに一つは台を残して姿が無い。口を閉じた方が無くなっていて、口を開けた方は置いて行かれて少し寂しそうに見える。

「その狛犬。1匹盗まれたってニュースになったんだよな。」

「そんなニュースあったっけ…」

「雨が降りそうだし、今日はここで野宿しよう。下手に動くよりマシだろう」

 俺の腕を引いたまま、ずかずかとそのお堂に入っていく、床とか腐ってないのかこれ…?おっかなびっくりしながら戸を開け、玄関らしきところから靴を脱いで中に入ると、埃っぽいけど、比較的綺麗な畳がきちんと敷かれて、変な鏡やら、枯れた植物が花瓶に入っている。電気は通ってないが、懐中電灯が置いてあった。それを点けて夜をやり過ごすことにした。

 こんな暗闇だと懐中電灯があるだけで心強い。


「おじゃまします…床は…大丈夫そうだな…勝手に入って良かったのか?」

「前の遭難事件で、このお堂は整備されて誰でも使える休憩所になったんだってさ。あぁ腹減ったなぁ…あんた何か持ってないか?」

「ん、ちょっとまてよ」

 俺は持ってたナップザックから昼に食べる予定だったお握りを出して、梅の入ったやつをそいつに渡した。

「ほら、やるよ」

「やったぁ!ありがたい…あ、でも、一応泊まらせて貰うんだし、神棚?に上げてから食べよう…」

 作法なんかもよくわからないが、とりあえず神棚?っぽい所にお握りを上げて、パンパンと手を叩き、お辞儀をして、そのお握りを二人で食べた。食べながらぼんやりと今の状態を考えていた。遭難してるけど、こんなお堂があるならここに人も来るだろう、父さんや母さんが心配してるだろうな…、まあ、道もちゃんとしてるし、明日には帰れるだろう。

「うぐううぐ」

「ちょ、おい、急いで食うなよ、ほら水…」

「んぐ…んむ…」

「こんなとこで死にかけるなよ…面倒見切れないぞ」

 そいつに水筒の水を飲ませて事なきを得た。

「あ~危なかった…ありがとなぁ」

 ぽつぽつと降り始めた雨は徐々に勢いを増し、屋根を打ち付け酷い音を立てている。時折ぴかっと光ってゴロゴロと雷が鳴り光と音の感じだとまあまあ遠くの雷だ。数時間前までは、こんな嵐の中で見ず知らずの子供と一晩過ごすことになるとは思ってもなかったが、一人で居るよりは数倍マシってもんだ。雨漏りもしていない屋根のある場所ですごせるなら十分だ。あのまま一人だったらと思うとぞっとする。

「お前が居て良かったよ、雨に濡れずに済んだし」

「俺もあんたに会えて良かったよ、お握り、うまかったぁ…久しぶりだったなぁ」

「あぁ…おにぎりが?」

「うん」

 まるで数日食べてなかったようにしみじみと言っている。ぽつりと気になっていたことを聞いてみた。

「あんたさ、俺と同じ学校の奴なのか?同じ学校だったら、あんたみたいに目立つ奴、一度見たら忘れなさそうだけどな、今日は栄田小学校の6年のリクリエーションで俺は来たんだけど…」

「あ~俺は椎名中学校の1年で陸上部の合宿で来たんだけど仲間とはぐれてな」

「え、年上なんだ…ていうか隣町の中学校か、なるほどな」

「そんな変わんないだろ~」

 陸上部か、まあこんな手足長かったらそうだよな…。

「俺は剣道部で、来年栄田中学校に行って、剣道やるんだ」

「へ~そうなんだ」

「あんた手足長いから剣道部でもリーチあって有利そうだな…」

「あんまり痛いのやだ」

「そっか~剣道やればいいのに」

 こんな恵まれた体格してたらと思うと、ちょっとばかり嫉妬してしまう。うらやましい。

「そろそろ寝るか、何時か判んないけど、体力温存しとかないとだし」

「外は大分煩いけどなぁ」


 轟々と風が吹き、木の枝が揺れ、雨は激しく、夜とともに嵐が吹き荒れた。


 2匹の獣の低い唸り声が聞こえる。真っ黒な禍々しい獣と、茶色い毛並みの神々しい獣が2匹で争い、空中でぐるぐると回り、暗闇に火花が散る。暫くのそのそと歩き回り、距離を詰め、睨み合った後、衝突して、お互いに噛みついた、黒い獣が茶色い獣の右耳を噛んだが、茶色い獣が黒い獣の喉笛を食い破った。勝負あったのだろう、黒い獣はキャンキャンとしっぽを巻いて逃げて行った。


 茶色い獣は耳をやられたが、勝ち誇って、ちらりとこちらを見た。赤い瞳は少しばかり、どうだといったように、にやりと笑ったように見えた。


「久しぶりの供物だったからなぁおかげで勝てたよ」


 ハハハと獣の顔のそいつから、高笑いが聞こえた気がした。


 日の光が顔に当たって眩しい。

「おい、大丈夫か?生きてるか?」

「大分衰弱してるが、大丈夫そうだな」

 ガヤガヤと大人たちの声が聞こえる。俺はなぜかなかなか目が開かないし、起き上がれない。大人に抱きかかえられて担架に乗せられた。


「子供は一人だけみたいだな」


 そんなはずない、俺と他に、もう一人いるはずの、あいつはどうしたんだ?名前も知らないが、間違いなく居た。あいつはどうなったんだ?


「この建物は老朽化が激しい、早く出ないと潰れるぞ、床が腐ってる」


 そんなはずない、だって畳だってちゃんと敷かれているし、雨漏りだってしていない。頑張って眩しさの中目を開けると、昨日泊まったそこそこ綺麗だったお堂は、屋根に穴が開いてそこから見える青空は抜けるような青さで、畳もなく、いくつか破れた板の間は腐り落ちて、見る影もなく廃墟で、ちらりと遠くに見えたボロボロの1匹だけの狛犬の耳は右側が欠けていた。


「もう大丈夫だぞ」


 そんな声を聴いて、気を失った。


「つまり、そいつと俺が似てたってことか?」

一年ほど前、俺が遭難して、森の中で出会った茶髪のあいつに瓜二つの男に出会ったのは、剣道の交流試合で椎名中学校に行ったところ、渡り廊下ですれ違った、紛れもなく。その男だった。俺だよと声をかけたが、全く覚えがないらしい。俺はこれまでのいきさつを説明した。


「俺も覚えてるけど、あの遭難事件」

 一年前、小学6年生の俺はリクリエーションで行った山で一人はぐれ遭難して、放棄され寂れた山のお堂で発見された。一躍そのお堂は有名になり、奇跡のお堂だと持てはやされ、クラウドファンディングで、そこまでの道のりは舗装され、お堂は修理され、ピカピカの畳が敷かれた。しかし流行り廃りは世の常で、数か月もすればみんな忘れてしまった。管理者こそ居ないものの、山の休憩場所としてお堂は開放されていた。


 俺と同い年の中学1年生の茶髪のそいつは目をくりくりさせて不思議そうに俺の話を聞いてくれた。


「不思議な話があるもんだなぁ…」

「夢でも見てたのかな…それにしては生々しいというか…どうみたってお前だったぞ…」

 じろじろと何度も見るが、赤いシャツも緑のジャージも見覚えがある。すると男が、教えてくれた。


「俺さ、来週、その、ゆがみ山に陸上部の合宿で行くんだけど…まさかな…」

「まさか…」


 6月なのに、すでに夏かというほど暑い空の元、二人で空虚に笑いあった。

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