天才じれじれチェックメイト
加賀屋孝博は天才だ。
ランドセルを背負った頃から博識で、やれ星座のアンドロメダがどーだの、量子力学? についての論文がだのとよく話したり、授業中のノートの端っこにえんぴつで書いていた。
何で知ってるかって?
それはわたしが、彼を良く見過ぎていたから。
ただ、それだけ。
眉間に今にも皺が寄りそうでならない絶妙なポーカーフェイスで、それでも感じる空気はとても穏やかだった彼とは、中学も当然ながら一緒だ。
同じ学区だからね。
「ね、加賀屋。八月末にあった夏祭り、行った?」
わたしは自動販売機の前で、奢った缶コーヒーを手渡しながら彼に尋ねた。
彼はプルタブを開けながら思案した後、ぐび、と一口飲み込んで答える。
「行った」
「行ったんだ、誰と?」
「妹。付き添いで」
一石二鳥の質問に素直に答えてくれた彼は、一向に眉一つ動かさない。
ひまわり印のこのコーヒーは、噂好きな生徒の間ではテッパンの不味さだというのに、だ。
いつもなら小出しにするけれど、今日のわたしは違った。
何せそろそろ時間がないのだ。
秋初めの体育祭が終わって次は文化祭とイベントごとがひっきりなしにやってくるし、そうなれば密かな人気のある彼はもしかしたら、誰かと、なんてことになってしまう。
それまでには、何がしかの彼の表情が見たい、と思っていた。
「そうなんだ。わたしも行ってたんだよ」
「知ってる。見かけた」
彼はなおも不味い缶コーヒーをぐびぐび飲みながら、答える。
「そっか。そういえば、体育祭の片付けでさ、体育館に用具持って行った子が見つけたみたいなんだけど、屋根裏があるらしいよ。でもってね、好奇心で中入ったら、首筋を何かが撫でてったんだって。で、壁におふだが貼ってあったらしくってさ。加賀屋は幽霊って信じる?」
「非科学的」
「……だよねー」
「怖がらせようとした誰かの仕業、て方が合理的」
「体育祭で怖がらせてどーすんのよ」
「大方、相手の気を引きたかったんだろ」
手に持っていたコーヒーを飲み切った彼は、ちょっと遠いゴミ箱へ一歩も動かず缶を投げた。
放物線は綺麗に描かれ、がこん、という音と共に缶は吸い込まれていく。
「何で加賀屋にそんなことがわかんの?」
「俺も同じ、だからかな」
彼が今度は非合理的な答えを返しながら、わたしに向かってふんわりと微笑んだ。
怪談話を聞いた時と、ううん、それ以上にドキドキして……思わず気持ちが声に出る。
確証が持ててからが良かったのに。
チェック、メイト。