1章16話 小競り合い
区切りを考えて少し短めです。
「ブアァァァ……」
「アイツね……行ってきます」
対象のオークが見えた瞬間に唯は走り出した。
何か指示でも出した方がいいかもしれないとか考えている間に、既に唯は覚悟を決めていたのだろう。俺が渡した鋼の剣を握り締めて近付いた瞬間に横薙ぎを繰り出した。
それでも出っ張った腹が邪魔して殺しきれない。
即座に可愛らしくて愛らしい天使な唯を見つけてその目を邪悪なものに染めたが……。
「見るな」
「ブギィィィ!?」
顔を素手でぶん殴って両目を潰していた。
俺の心配はもしかしたら要らなかったのかもしれない。そう思えてしまうほどには本気で倒すためだけに戦っている。……こういう姿を見ると余計に唯の事が大好きになってしまうな。
「お兄ちゃんのために死ね」
笑顔を見せて剣を喉元に突き刺した。
それと共にマップのオークの生体反応が消える。
「良くやった、唯」
「でしょ! 頑張ったよ!」
頬をだらしなく垂らし頭を俺に向けてくる。
何も言わずに片手を伸ばし唯の頭を撫でた。軽く髪に指を通しツインテールが崩れない程度に楽しむ。……抱き着いてきたから分かったが少しだけ震えている。やっぱり怖くはあったんだろう。
だから、抱き締め返して背中を撫でた。
少しして楽になったのか、離れて伸びをする。
「……短剣をください。次は私がやります」
「莉子一人で、か」
小さな体に見合わない大きな胸。
それを揺らしながらフンフンと体を使って肯定の意思を示してきた。唯の戦いを見て奮起されたのか、はたまた倒せたら唯と同じ事をしてもらえると思ったからか……まぁ、どちらでもいい。
「なら、売店近くにオークがいる。ソイツを倒してもらおう」
「うん、任せて」
短剣をクルクル指で回して遊んでいる。
この短い移動時間で短剣の扱い方を習得したのだろうか。仮にそうだったとしたら莉子の戦闘の才能に愕然としてしまうんだが。いや、それが味方としているのなら何も悪い事は無いか。
昨日、足を運んだ売店付近。
そこに近づいた瞬間に莉子の背中を軽く押す。
「一応、聞くが雷とかの援護はいるか」
小さく莉子に聞いてみたが、「いらない」と言ってすぐにそこから飛び出した。
ナイフの風を切る音が聞こえる。
その後すぐに聞こえるのはオークの大きな悲鳴。
一発目でオークの片腕に刺さったようだ。
そして近くに詰めてから短剣で腹を切る。
鮮血が舞った。そのままの流れで足を切り、腹を蹴って後に下がっている。もはやアクロバットという方が正しいような気がしてきた。
血の流れる腹を蹴っているせいで、莉子の真っ白い上靴は赤く染まり、その赤を地面に模様のように付けていく。その戦い方を見ている限り戦闘よりも舞に近い。
赤い靴を連想させて嫌な予感がしたが、それが当たることもなく首に横一文字の傷が入り、そこの出血からオークは死んだ。
地面に足がついた瞬間に「ふぅ」と息を吐き、腹元から服を捲って汗を拭っている。スポーツ選手がやりそうなその姿を見て、少しだけチラッと見えたお腹に変な気持ちを湧かせてしまった。
「えっち」
「……言うな」
ムッツリ菜沙にはバレてしまったらしい。
だが、別にいいだろう。莉子に変な気持ちを湧かせてしまった事を本人にバレたとて、多分だが喜ばれてしまうだけだ。逆に唯がお腹を捲って見せてくるんじゃないか。少なくとも俺にとってマイナスな事は起こりえない。
「お兄さーん、倒しましたー」
ぼふっと腹に感触があり下を向くと俺の腹に顔を擦り付ける莉子がいた。莉子の事だからこうなったら少しの間は顔を埋めたままだろう。
小さくため息を吐きながら頭を撫でた。
そのせいで「もっと」と言ってにまぁっと表情を崩す。余計に時間がかかる事をしてしまっただろうか。とはいえ、俺としても嫌じゃないから別に構わないが……唯からの視線は痛いな。
「短剣の扱い、上手かったな」
「うーん、まぁ、色々とあったからね。持ったら分かるけど包丁と変わらないよ。短剣の方がお重いってだけだったから」
「それは普通の感覚では無いな」
納得いかなさそうに埋める力が強まる。
だけど、背中に回した手の力が強まるわけでもない。きっと莉子なりのスキンシップの一つなんだろう。俺からしたら昨日のようにキスされないかと少しだけヒヤヒヤ、そしてドキドキする。
「……ズルい。……私も一人でやる、だから同じことをしてね!」
莉子への対応に嫉妬したのか。
怒りながら唯が俺の顔を右へ向けさせた。力づくでやられたせいで少しだけ首が痛い。でも、それすらも気にしないほどに前が見えていないように感じる。とりあえず莉子と唯の拘束を解いて菜沙に指をさした。
「待て待て、気持ちは分かるが次は菜沙の番だ」
「私にも同じ事をさせる気なんですか」
「いや! 違うからな!?」
俺からしたら三人が戦えるか確認したいだけだ。
こうやってやってきたのは唯や莉子という元より俺との信頼関係があった二人だからな。幼い頃から事ある毎にこうやって甘えてくるような子だから慣れている。だが、菜沙はそういうタイプではないだろう。
「ですが、して欲しいと言うのであればまだ考えなくは」
「おう、まずはその飛躍する考えを一旦、止めようか」
菜沙の両頬に手を当てて目を合わさせる。
頬を染めて話をしていたがより赤くなった気がする。唯と莉子からは羨む視線が来ているように感じ、いや、ってか、絶対にそういう視線を向けられているが気にしたら負けだ。
「あーいうのは唯や莉子がしたかったからしているだけだ。菜沙がしたくないのであれば強制する気は無い」
「……そうですか」
「そうだ。とはいえ、菜沙がしてくれたら嬉しくはあるけどな。単純に仲間として認めてくれた気になれるし、それに可愛い子に抱きつかれて嫌な気持ちになる奴はいないだろ」
少し強めに頭を撫でてから笑ってみる。
本当にこういう時にイケメンだったらどれだけ得をしていただろうか。まぁ、それでも菜沙からはそれなりの信頼を得られているし、唯や莉子がいるから困りはしない。別に今のところは唯以外の女の子に操を立てるつもりもないしな。
次回は明日の八時の予定です。
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