1章13話 久しぶりの朝
陽の赤が空に昇り始めていた。
寝ていた俺の目元に陽の光のせいで薄らと目が開いていく。もうそうなれば起きる以外の選択肢が無くなってしまう。ぶっちゃけで言えばまだ眠たくはある。そんな睡眠欲をかき消すために隣で抱きついて寝ている唯を引き剥がした。
「うっん……お兄ちゃん……」
部屋を出る前はいつもこうだったけか。
……いや、こんなに息を荒くしている事は無かったから悪夢でも見ているんだろう。うーん、でも、苦しそうにはしていないから悪い夢でもないか。軽く頬を撫でてあげる。
「……えへへ、そこは触っちゃ駄目だよ」
あれ……何で胸を押さえるんだ。
まさかな、夢の中の俺が変なことをしているとかはないよね。さっきもお兄ちゃんとか言っていたから変な夢を見ている可能性もあるか。……ってか、俺の手を取って胸の方に持って行き始めた。
「……でもお兄ちゃんなら……いいよ」
「起きろ! 唯、起きろ! 夢の中の俺! 早まるんじゃない!」
唯は妹だ、それも血が繋がっている。
何か変なことをしたら俺は世間に顔向けできない。手を出したくないかと聞かれれば出したくなるくらいには可愛いとは思う。でも、世間がそれを許してくれなかったんだ。本当に俺が手を出すまでは夢の中の俺であっても手は出させない。
「お兄ちゃん、キスして」
……うん? 何故か顔を近づけてきた。
あー……そういうことか。今更ながら唯が何をしたいのかが分かってしまった。とりあえず手を振りほどいて近くの棚の上に置いてあった物を手に取る。
「はい、唯。そこまでだよ」
パシンと唯の顔に紙の束が落とす。
うえっぷ、なんて女子の言わなさそうな声をあげてようやく体を起こした。ちょっとだけ痛みは残っているのか額を自分で撫でている。手を取ろうとしたけど望まれた事をするつもりは無い。そこまで行かなければ気が付かなかったのにな。
「やっぱり、起きてたのかよ」
「うーん……今、起きたばかりよ」
そういう癖に目元を擦ったりとかをしない。
何年も唯と一緒にいたんだ。起きたばかりの唯の癖みたいなものも知っている。その中の一つに絶対にする事があるんだ。それが目を擦りながら俺の方に体を預けてくる。
「嘘をつく子は嫌いだ」
「はい、起きていました。襲ってもらうために色々とやっていました」
観念したように俺の方に頭を預けてきた。
その結果が隣で寝たフリですかい。まぁ、気持ちは分からなくはない。ただし、同じことをしないように注意はしておかないと。それこそ、コイツの事だから寝込みを襲ってきかねない。
「変な事はもうするなよ」
「照れたお兄ちゃんもかっこいいよ」
そんなことを言われても嬉しくない。
はぁ、なんでこんな子に育ってしまったのだろうか。確かにあの二人から生まれたにしては優秀な存在ではあるけど少しばかり俺の事を好き過ぎだよな。可愛くて優しくて頭も良くて……アレ、どこも悪い所が無くないか。
やっぱりこのままでいいや。
他の男に取られるくらいなら俺以外、見ないような今のままでいい。別に俺も唯を手放す気はサラサラないしな。
「そういえば今日は何をするの」
「あー……どうしようか。とりあえずレベル上げとでも洒落込みたいな。唯と菜沙、莉子がジョブに就ける状態にしたいし、俺は俺で少しでも強くなっておきたい」
昨日のうちに西園寺流星などの一悶着起こりそうな人はマップで把握済みだ。その人たちだけピンを打って回避できるようにはしている。レベル上げをするのなら出会わないように気をつけないといけないな。
「……そうだね、少なくともレベルが一だとあんまり戦えないだろうし」
少し不安げに唯は笑った。
確かに唯も菜沙も莉子だって俺みたいなチートがあるわけじゃない。だったら、安全に経験値を稼げる何かが必要だろう。
それこそ、行動を阻害させられる魔法。拘束魔法とかないかな。もしくは、雷魔法とか。あった、両方ともあったのでポイントを使って二つともレベルを最高まで上げた。
両方ともそれなりに使い道はあるはずだ。
「慣れろとは言わないが俺なりに皆が幸せに生きられるように努力するつもりだ。だから、今だけは我慢してくれ」
「我慢なんてしないよ。私からすればお兄ちゃんが戦えと言ったら戦うだけ。お兄ちゃんのいない世界に興味は無いもん」
「だとしても、だ。心を殺して楽しく生きれない世界も必要無いだろ。俺は唯に頼られたいんだよ」
唯の頭を撫でてあげたらモジモジし始めた。
これはこれで見ていて飽きないけど流石に眺めているだけで時間を潰すのはゴメンだ。今日は今日でやりたい事も決めたからな。唯を置いて先に部屋を出させてもらう。
「おはよう、菜沙」
「おはようございます。随分と長い時間、イチャイチャしていたようで」
「はは……もしかして声でも漏れていたか」
少し恥ずかしそうに菜沙は俯き首肯した。
それはそれは……少しばかり申し訳ない事をしてしまったな。というか、唯が起きているのに真面目な菜沙が寝ているわけもないか。
「ごめんね、嫌な思いをさせてしまった」
「いえ……今日のやる事も聞こえてきましたから問題はありません」
「そういう問題か?」
どうやら、菜沙は混乱しているらしい。
まぁ、他人のイチャイチャほど気分の悪くなる事はないか。兄妹間のスキンシップだけど菜沙からすればカップルのそれに感じるんだろうし。それに唯と菜沙は友達らしいからそこら辺も精神的ダメージになってしまうかもしれない。
「……お詫びも込めて手伝うよ。卵を焼くくらいなら俺でもできるからな」
「では、私はご飯作ります。昨日の様に鍋でご飯を炊きます。二十分くらいかかりますね」
「蒸らしはなしでいいよ。さすがにそこまでの時間はかけられないだろう」
蒸らせば美味しくなるのはよく知っている。
とはいえ、俺からすれば美少女の手作りと言うだけで十分だからな。それに料理にかかる時間って意外と長い。その分を少しでも削減できれば今日の行動に割ける時間も増やせる。
ガスコンロに火をつけてフライパンに油をひく。
そこに卵を二個だけ割って入れてから軽く塩コショウを振る。ある程度、火が入ったら軽くかき混ぜてガスを止める。反対側から卵を手前に持ってきて繋ぎ目を強火で少し焼いて……。
「料理、できるんですね」
「唯のために簡単なものは作れるように練習したからな」
「私よりも上手かもしれません」
それは言い過ぎな気がするけどな。
素直に褒め言葉を受け止めて出来上がったオムレツを皿の端に置く。また同じ手順で二個目、三個目、四個目と作っておいた。四個目だけは卵を四つにして大きめのものにしておく。これはアイツ用だ。
「うわぁ、良い匂い!」
「唯、丁度いいところに来たな。ちょっとバトンタッチしてもいいか」
「いいけど……なんで?」
首を傾げて俺を見つめてくる唯。
なぜって理由は一つだけだ。……いや、よくよく考えてみれば二つや三つとポンポン浮かんできてしまうな。とはいえ、今のところはこの理由が一番、大きい。
「寝坊助さんを起こさないといけないだろ」
それを聞いて納得したように唯も行動を始めた。
菜沙と話しながら料理をしている唯を少しだけ眺めてからアイツのいる場所へ行く。
「起きろ」
体を揺すりながらそう投げかけてみたがあまり効果はないようだ。「うぅん」と言っている姿が少し大人っぽくて愛らしくも思える。昨日のことが尾を引いているからかもしれない。
でも悲しきことかな、起こさないといけない。
「起きないと朝食なしだぞ」
「ご飯なし! ……あっ……お兄さん……ふぁあ」
大欠伸をしながら虚ろな眼に俺を映している。目をこすりながらもう片方の手を上に上げ体を伸ばしている。
昔と変わらずご飯のことになると目覚めがいいんだよな。そういえば莉子って俺が話しかけたらいつも寝覚めが良かったっけか。それで唯に驚かれた記憶がある。
「あれ、ご飯はどこですか?」
「もう少し時間がかかるみたいだけど、起きてて損はないだろ」
莉子は「えぇ」と頬を膨らませた。
端的に言って可愛いの一言に限る。若干、怒っているのか俺の胸元をポカポカ殴っているのもより愛らしさを引き立ててくれるな。だが、やられっぱなしは癪だ。
「これで許してくれよ」
「本当に女たらしだね」
「唯か、莉子にしかしないよ」
軽く抱き締めて頭を撫でただけだ。
こんな事をされて喜ぶのは二人以外、知らないからな。だから、女たらしと言われても俺には当てはまらないだろう。やって欲しいと言ってくるのも二人だけ……うぅ、悲しくなってきた。
「目覚めたよ、ありがとう」
「本当か? 何ならキスしてもいいんだぞ」
「起きたてだと口が臭いから嫌だ! 歯を磨いた後にして!」
冗談で言ったのにして欲しくはあるんだな。
さすがに「冗談だよ」と言ったら抗議するようにまた叩かれた。少しだけ本当に怒ってしまったのか、そのまま調理室の入口付近に作っておいたトイレに行ってしまったし。
謝っておくべきか、そう思うけどいいか。
どうせ、ご飯を食べたら今の事なんて忘れているだろう。仮に拗れてしまったとしても莉子との関係はそう簡単に壊れはしないだろうし。
にしても、本当にここを拠点にして正解だった。
料理も生活も簡単にできるし、準備室に置かれた毛布とかも使える。やはり拠点を抑えることは重要だったな。家にいたらすぐに死んでいたかもしれない。
トイレだって何だって拠点の力で作れるからな。
水とか電気とかはどこで仕入れているのか分からないけど使えるのなら問題は無い。全ては拠点を作ろうとした俺のMP次第だ。……まぁ、まだ弱いせいで昨日はトイレを作った後に倒れてしまったけど。
とはいえ、今はどうでもいい事か。
次回は明日の八時の予定です。
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