1章11話 もう一人の妹
咄嗟に後ろに下がる。
だが、今更もう遅いかもしれない。既に口には先程の感触が強く残っている。消し去りたいとは思わない。それでも……。
「……嫌でしたか……?」
「……嫌ではない……けど……」
莉子は「けど?」と聞き返してくる。
ただ続きを話したいとは思えない。些細な一言で莉子を傷つけてしまうかもしれないからな。幾つも予防線を張って損は無いはずだ。……けど、と言ってしまったのは失敗だったな。
「……なんでそんなことをしたんだ?」
「話を逸らさないでください」
さすがにあからさま過ぎたか。
ジッと俺の目を見詰めてくる莉子。その目は真っ直ぐに俺だけを見ていて嘘をついたところで看破されてしまいそうに思えた。それに……ここで嘘を吐こうとしても良い案が出てこない。もう隠すことは出来ないんだろう。
「……莉子のことは嫌いじゃない」
「なら、なんで後ろに」
「俺が異性として信用しているのは唯だけだからだ。莉子のことを女の子として見ていないわけではないが異性として信用はしていない」
よくて仲の良い友達かそこらだ。
今はそれ以上の感情がないな。こういう事をされて嫌な気持ちこそ湧かないが、ものすごく嬉しいとも思っていない。ただの女の子としては人並み以上には信頼してはいるけどな。
「お兄さん、意味がわかりません」
「……俺にだって色々あるだけだ。学校に来たのだって……久しぶりだからな」
莉子の唾を飲む音が聞こえた。
酷くこの静寂がもどかしい。
「……なにがあったんですか?」
「……それは……莉子には関係がないだろ」
言う気も起きない有り触れたこと。
小説とかではよくある、それでいて一文にもならなさそうな出来事が起きただけだ。話したとしても信じてもらえないような内容ではあるけどな。今だって思い出したくもない過去でもあるし。
「信用されたら話をしてもらえますか?」
「……もしかしたらな」
申し訳ないが断定は出来ない。
莉子を信用する以前にアイツらとの思い出を克服しないといけないからな。時間が経てば風化していくと思っていたが……未だに少しの実感も湧いてこない。だから……うんとは言えないかな。
「……それならいいです」
莉子はフイっと顔を背け銃を手に取った。
その姿を見ると……少しだけ気分が楽になるよ。嫌なことが起こる前の楽しかった記憶が頭に過ぎってくれるから。楽しくて暇な時間は皆で遊んでいた時のことを思い出せるから……ああ、やっぱり、そうだ。
「莉子」
「はい?」
「妹としては信用しているよ」
誰が何と言おうと莉子は妹だ。
だって、そう約束したんだから。こうやって嬉しそうにしてくれているのも莉子が俺との約束を覚えているからだろう。未だに近い莉子を抱きしめた。当たり前だけど無理に解こうとしてこない。
それなら……もう少しだけこのままで……。
「……離してください」
「うん……?」
耳元で囁くように言われてしまった。
本当は嫌だったのか、そんなことを思ったけど顔を見たら喜んでいたのは目に見えて分かる。頬を真っ赤にして俯こうと必死だ。近いせいでそれも叶わないみたいだけど。
「嬉しいけどレベルを上げないといけませんよね。生き残るためには強くならないといけません。少なくともゲームではそうでした」
ああ、そうだった。
莉子も俺に構えるくらいの時間をゲームに費やしていたんだったな。現実で起こったステータス画面を見て少し高揚したのかもしれない。もしくは俺の言葉をせいか。……莉子の気持ちがよくわからなくなってきた。
「もう、大丈夫なのか」
「はい、覚悟は……決めました」
◇◇◇
「……上手くなってきました」
莉子がニコニコしながら近付いてきた。
褒めて褒めてとばかりに頭を差し出してくる莉子を見て末恐ろしく感じてしまう。まだ銃を撃って間もないはずだ。だというのに、もう一発で屠っている。
一番に恐ろしいのは距離を詰めさせずにやってのけていたことか。構えて撃つまでの時間が間違いなくゲームの時と変わらなくなっている。ましてや、歩きながらでも当てるくらいの練度にまで仕上がっているからな。
俺の信用を得ることが莉子をここまで突き動かせているのか。……よくわからないな。俺のためにだとしたら本当に意味が分からない。ただでさえ、俺は生きているべきかもわからない存在なのに。
「……お兄さん、お兄さん? 大丈夫ですか?」
「ん……ああ……」
他の事に意識を向け過ぎた。
俺が生きているべきなのかどうかは分からない。それでもやらなければいけないことは多くあるからな。唯達、三人を安全な所へ連れていく。生きる死ぬはその後、考えればいい。
マップを覗く、確認のために見たが銃声を聞いて近づいてくるオークはいないようだ。体育館で動かずに居座っているオークとかもいるな。もしかしてだが体育館に人でもいるのだろうか。
……見なければよかった。
体育館にいる人は全員女子だ。総数二十三人。
これでわかった。体育館はもうオークの苗床となっている。きっとここからたくさんのオークが生産されて辺りへ侵食を始めていく。想像すればするほどに気持ちが悪いな。こんな場所には近づかない方がいい。
少なくともそれを三人に知られてはいけない。
どのような影響を与えるかわからないからな。ましてや、その行為の場面を見せるわけにはいかない。ここから魔物が無限に生産されるのから学校は泥船に近そうだな。……早めに拠点を変えた方がいいかもしれない。
「近場のオークを殺してから唯の場所に向かう」
「うん、倒しやすそうな敵がいるってことだよね。私、頑張るよ!」
フンっと鼻を鳴らして胸を張る。
ポヨンっと何かが弾んだ気がするけど見ない振りをしておいた。変に見ていたら付け込まれて何をされるか分かったものじゃない。今はこれからの方針を考えておきたいからな。
「それにしても不思議だね。こんなに非現実的なことがあるなんて」
「確かにな」
少し前までは俺は引き篭っていたんだ。
それが今となってはゲームと変わらない世界に変わってしまっている。ゲームのような世界、名前だけ聞いたら陳腐なラノベの物語でしかないな。でも、それが今、俺の目の前で起こっている。身近に死を感じるんだ。妄想でも何でもなくリアルで起きている。……そう考えるとワクワクしてしまう。
「レベルはどうだ」
「えーっとね、レベルは三になったみたい。まだまだだね、思いのほかレベルの上がりも遅いみたいだし」
「それはそうだ、オークと言ってもレベル1の強くないものを選んでいるし、それでレベルが上がっているんだ。まだマシな方だろ」
ブーッと頬を膨らませて抗議してきた。
それを適当に頭を撫でて流す。なんだかんだ言って莉子が戦う気を起こしたのは嬉しいんだ。俺一人だと倒せなくても、二人なら倒せる敵もいるだろうしな。それに……。
「莉子」
「うん」
運良くか、悪くか目の前にお目当てのオークが現れてきた。考え事をしたいから槍でも振って殺したい。……まぁ、そんなことをするまでもないかな。
「ブアァァァ」
「うるさい」
莉子の元へ走り出したオーク。
その脳天に一発の銃弾が撃ち込まれる。まぁ他のオークとは違ってレベルが三。さすがにパイソンの火力をもってしてもオークを一撃では屠れなかった。一対一なら莉子は犯されていただろうな。そう、一対一ならな。
「フッ」
オークの突進をグングニールで受け止める。
後衛職は前衛職がいないと戦いづらいだろう。一応、俺は中衛型だけど前衛にもなれる。必要性は薄かったかもしれないが一発で倒しきれないことを理解しただけで上々だ。
「……これが初めての共同作業……」
「……俺と莉子が連携すれば、安定して倒せそうだな」
「当たり前です。相性がいいので」
何がそこまで自信を持たせているんだろう。
元から莉子が俺を好きであることは知っていた。だからこそ、一緒に何かを成し遂げられることが嬉しいんだろうな。だからといって唯から莉子に鞍替えするつもりはないが。
「レベルは上がったか」
「うん、四になってる。銃術と狙撃のレベルは上がっていないけどね。それでもステータスは二百を越えたから出来ることは増えたと思うよ」
おし、悪くないな。
昔の莉子は銃をメイン武器にして戦っていたからな。下手に剣術とかを覚えるくらいなら銃に関連したスキルを覚えてもらった方がいい。
ただ、その内、弾切れがなくなるスキルとかも欲しくなってくるな。割とダメージソースになりそうな立ち位置だから働かなくなると俺がキツくなりそうだ。
「もう少しだけ稼げたら新しい銃を渡すよ。さすがに拳銃だけだと限界が近そうだしな。仮に貰えるのならどんな銃が欲しい」
「……それなら狙撃銃が欲しい」
ふむ、それは良い考えだ。
時間さえ稼げれば狙撃出来る銃の方が後衛として強いだろう。俺よりも高いダメージを莉子が与えられることになるからな。多分だけど莉子の場合は守ってもらいたくて狙撃銃を提示したんだろうけど悪くは無い。
「いいけど短剣の扱いくらいは覚えろよ」
「うん、もしものためにだね」
出来ることは増やしておいて損がない。
もちろん、専科は銃にしてもらう。だけど、仮に俺の目を掻い潜ってきた敵に為す術もなくやられるのは駄目だ。莉子に死んでもらいたいとは思っていないからな。それに俺が昔の自分を取り戻すためには莉子が必要不可欠だ。
次回は明日の八時の予定です。
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