1章10話 君のために
「お兄さん……ありがとう」
「気にしなくていい」
嫌だと思ってはいないからな。
寧ろ昔のように甘えてくれていると思うと本当に嬉しい限りだ。一番、幸せだった頃に戻りつつあるってことだからな。何なら今みたいな状況じゃなければずっと撫で続けていただろうし。
「でもさ、なんで助けに来てくれたの」
「莉子は妹みたいに思っているからな。危ないと思ったら助けに来るよ」
「妹……そっか……」
少しだけ嫌な顔をされてしまった。
そんなに悲しいことだったか。俺からしたら妹のように思うって最上級に大事に思っているってことなんだけどな。伝わっていないとしたら少しだけ俺も悲しくなってしまうけど……それは後回しか。
「ねぇ……」
「うん?」
「いや、何でもない。今はいいや」
何かあったのかよく分からない。
でもまぁ、莉子の中で自己完結したのであればそれでいいか。一気に悲しそうだった表情が喜びに変わったし。何よりギュッって抱き着いてきたからそれで十分だ。心がすごく温かくなる。
「それで何かあったのかい」
また俯いてしまった。
それでも返答に困っているだけなんだろう。「あー」とか「うー」とか言って言葉を選んでいるし。
「大丈夫そう?」
「……うん、怖かったんだ。授業中にトイレに行って出たらあいつらがいたからさ。誰かに助けを求めようにも他の男の子は殺されているし、女の子は……」
「ああ、ごめん」
それは怖くなっても仕方が無いよな。
だって、自分と同じ歳の子が目の前でアレされていたわけだろ。トラウマにならない奴の方が絶対に少ないだろ。莉子のことは多少なりとも信用しているからな。元々の関係性があるからこそ、俺だって助けに来たわけだし。それでも……過度な信用はしないつもりだ。
もしも莉子に裏切られたら……可能性がゼロに近かろうと起こってしまった時、俺の心を保てなくなりそうなんだよ。幼馴染でさえ、あんなことをしてきたのだから莉子がしないとも言い切れないんだ。
「安心して欲しい、安全な場所に連れて行く」
「……お兄さんは? お兄さんも一緒にいてくれるんですか?」
とても小さな声でそう聞いてくる莉子。
人懐っこくて元気っ子なイメージを持っていたのに原型が無い。泣きそうな顔を見せられると本当に心苦しくなってしまう。でも、答えは一つしかない。俺は唯の傍から離れないように……莉子の傍からも……。
「当たり前だ。唯も莉子も俺の妹なんだ。血の繋がりがなかろうとそれは今も昔も変わらない。お前が必要とする限りは傍にいる」
「……そっか。安心しました。唯ちゃんと一緒に名前を出してくれるってことは本気だと思いますしね」
まだ心配ではあるんだろうな。
ちょっと震えているから今度は俺から抱き締め返して嘘はついていないことをアピールする。もちろん、本当に傍に居続けるつもりだ。でも、そのためには……マップを見てみる。
生き残るためにはステータスがいるからな。
怖い思いをさせてはしまうだろうが荒療治でもいいから一体はオークを倒させないと。どこかにはぐれオークがいないか探しておく。一応、何ヶ所かピックアップは出来た。となれば……。
あった、コレだ。
「莉子、ちょっと抱き着いてくれ」
おう、恥ずかしがる姿も可愛いな。
でも、そうしてもらわないといけない理由があるんだよな。言わずもがな、俺のやる気的な意味でね。この抱き締められた時の柔らかさは唯では感じられないものだ。と、そんなことを考えている暇はないな。
「洗浄」
俺と莉子を薄い霧が包む。
数秒経ち霧散してから俺を襲ったのは心地よさだった。汗の感じは……ないな。一応、洗わずとも体を綺麗にする魔法だから当然か。生活魔法、確かに使える。灯とかの明かりでも困りはしなさそうだし……値段の割には良いスキルだ。
「わあ、気持ちいいですぅ」
若干、莉子の肌が綺麗になった気がするが、まあ気のせいだろう。うん、気のせいだ。気を紛らわせるためにオークを売る。少し高い、一体一万五千円だ。計四体なので六万円。これなら莉子に使わせようとしていたアレも買えるだろう。
……一万上乗せしないといけないが仕方ない。
他ならぬ莉子のためと考えてタップした。すぐに一個のダンボールが抱きついてくる莉子の隣に落ちる。「きゃっ」と驚き力を強めた莉子を見て頭を撫でて宥めておいた。
「これを使え」
買ったものはハンドガンだ。
別個で弾は計十二発、レベルを少しあげるだけなのでなんとかなるだろう。まぁ、威力としては微妙なところではあるけどな。金が貯まり次第、もっと良いものを与えて役得を……じゃなくて、身を守れるようにしてもらうつもりだ。今は少しの金も勿体ない。
「えっ……拳銃……ですか?」
「ああ、ゲームでは好んで使っていただろ」
「そう、ですけど……」
それこそ昔やっていたオンラインゲーム。
その中で莉子は銃を使う役職についていた。よく分からないけどある程度の知識はあるだろう。拳銃も狙撃銃も気にせずに扱っていたし。使えない可能性を考慮しての拳銃だしな。
とはいえ、現実世界ではない。
理解度を高めるために知識を付けただけ、それがどこまで通じるかは俺には分からない。それにゲームと同じ感覚で立ち回って上手くいくのかも不明瞭だし。だが、知識があるのなら使わせるのが吉だろう。
「つまり……戦えってことですか」
「ああ、身を守る術は得てほしいからな。全てにおいて俺が近くに居れるとは言えないだろ」
渡したのはコルトパイソンとかいう奴だ。
リボルバー型の弾詰まりの少ないって説明欄と値段でコレにしたけど……実際のところはよく分からない。それでも初心者用と最後に書かれていたし莉子でも使えるはずだ。
「とりあえず構えてみろ」
「……はい」
悪いが正しい構えか分からない。
それでもしっかりと左手で引き金を引く右手を押さえているし、右足は左足より半歩前に出ていたりと正しそうにも思える。ただ……一点だけ重大な問題はあるけどな。足が震え過ぎてこのまま撃ったら確実に反動に耐えられない。
「莉子、死にたいのか?」
「……でも、お兄さん……拳銃って人を殺すんですよ……」
ああ、日本人からしたらそう感じるよな。
莉子が銃を使っていたと言ってもそれはゲームの中での話だ。確かにキャラになりきってのFPS視点に近かったが現実では無い。撃てば生物を一瞬で殺せる道具を莉子は持っているんだ。だが、だからこそ……。
「銃は人を殺すかもしれないな。でも、それは使い手しだいだろ。だったら、莉子は逆に人を生かすために使えばいい」
扱い方を間違えれば人を殺すが、その逆も然りだ。だから銃を許す国だって多くある。
人を殺さないと救えない命もある。
その救えない命が自分かもしれないんだ。
「殺さないと生き残れない。生き残りたいなら殺すしかない。そうじゃないとこんな世界を、平和な毎日を過ごすなんて無理だ」
マップを見る。
一体のオークが近付いてきた。わざわざ行かなくて済むなんて優しい奴がいたものだ。
「今からオークを呼んでくる」
そう言ってコンピュータ室を出た。
後ろから莉子の悲鳴じみた声が聞こえるが、気にしてはいられない。莉子に死んでもらいたいと思っていないんだ。生き残って欲しいと思うからこそ、倒せるようになって欲しい。今回だけでもいいからピンチの時に動ける人になってもらわないと困るんだ。
「ブアァァァ」
オークが俺を認識した。
餌だと思っているが追いかけてきてくれる。本当に馬鹿で助かる限りだ。後ろを見ながら遠すぎず近すぎずを保ちながら中へ入る。
「キャアアア」
莉子が俺を見て悲鳴をあげたが、まだ撃ちはしていない。多分だが撃つのを躊躇っているんだ。生物をではなく何かを撃つことを体が拒んでいる。でも、そんな甘えは通用しない。
来た、下卑た笑みを浮かべよだれを垂らすオークが一体だけ。もはや、目には俺ではなく女である莉子が映っている。
瞬間、発砲音が聞こえた。
さすがに恐怖が体を突き動かしたんだろう。だけど、狙いは外れている。足に当たり少し機動力を削いだだけで命までは奪えていない。
「ブアァァァ!」
怒りから痛いであろう足を引きずり、莉子へ向かうオーク。「ヒィ」と莉子は悲鳴をあげるだけで二発目は撃てないみたいだ。どうする、助けに行くのが果たして正しいのか。唯達は命を奪わせるだけだったからな。こうやってやらせることが間違えていたかもしれない。
今更、そんな間違いに気がつくとは。
でも、もう遅いんだ。なら……なら、俺はどうしなければいけない。助けに行けずに莉子がヤラれるのを待つか。そんなわけない、ならば、ただ一つ。
「莉子、俺のために殺してくれ」
俺の声が届いたのかは分からない。
だけど、すぐにパァンと銃弾が放たれた音がした。オークの方を見ると頭に当たったのか、眉間に穴が空いていた。マップで確認したが生きてはいないのは確認済みだ。つまりはもう……だが、俺のしたことの代償は大きかった。
「ァァァァ!」
悲鳴をあげながら引き金に指をかける莉子。
明らかに錯乱している。何発も何発も銃弾を撃ち込んでいるのに未だに気が済まないのか、弾すら入っていない銃の引き金を引き続けた。それを止めるわけでもなく俺は見詰めている。
止めるのは簡単だ、抱き止めればいいからな。
でも、今は莉子の気持ちが落ち着くまで待っていた方がいい。俺がしたいのは莉子に戦いの空気を慣れてもらうこと。弾なんて買えばいいだけなのだから空撃ちを繰り返すだけなら別に気にすることではないだろう。
「気は済んだか」
「……うん」
ちょっとした沈黙の後で莉子は頷く。
数分間は引き金を引き続けていたような気がする。涙の後は残ったままで呼吸は荒いが多少は楽になったみたいだ。今の姿を見ると考えずに行動したことを悔やんでしまうが……もう、そんなことを考えている暇はないよな。
「お疲れ様、さすが莉子だな」
「ありがと……でも……弾……」
「弾は幾らでも手に入れられるから安心していい。莉子になら話せるけど俺はそういうのを手に入れられる能力があるんだ。それに」
能力はあまり公にはしたくない。
だけど、莉子からの信用が揺らぐくらいなら誰にでも話す。主人公らしく言うのなら少しでも莉子が昔のように笑ってくれるのなら俺はどんなことだってする、かな。何でも、とは豪語できないけどさ。この手から零れない程度の仕事は熟すつもりだ。
「銃弾と莉子のどっちが大切かなんて今更、話す必要も無いだろ」
軽く抱き締めて顔を見ないようにする。
どの口がそんなことを言っているのだろう、と思いはしたが口には出さない。次からはもっと考えてから行動すればいい。次第に胸に冷たい感覚が襲ってきて強く胸に誓った。莉子も唯も悲しませないようにするために。
だから、頭を撫で莉子の耳元で囁く。
「大丈夫、もう大丈夫だよ」
小さな莉子の声は次第に消え、静寂が襲う。
不意に声が聞こえた。
「……これで……お兄さんの近くにいれますか?」
「いれるさ」
莉子は「良かった」と言って俺の顔を見る。
昔と変わらない輝くような笑顔、少しでも気を抜けば吸い込まれて逃げられなくなりそうだ。それが一瞬で顔の距離が近くなった。
何をするか気づいた時にはもう遅い。
唇に柔らかい感触だけが伝わった。
次回は明日の八時の予定です。
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