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公爵令嬢と男爵子息のやりなおし

作者: てんきどう

初めて回帰ものを書かせていただきました。

よろしくお願いいたします。



読みやすいように、少し直しました。


――…カーンカーンカーン……



日が沈みかけた逢魔が時、教会の鐘が哀しげに響き渡る。

華やかで美しいはずのステンドグラスも、薄暗くかげっている。

教会の中は冷えきっていた。

そこに、2人の女性がうつむいて佇んでいる。

1人の女性は、純白のレースをたっぷりと使ったウエディングドレスを着ていた。

月光を編み上げたような美しい銀髪と輝く紫水晶のような瞳、薔薇のように可愛らしい唇、可憐な美少女マドレーヌ・ド・ショコラ。

もう1人の女性は、黒髪黒目の専属侍女ローズ。苦しそうに思いつめた表情をしている。

花婿になるはずの青年が来るのを、他に誰もいない祭壇の前で待ち続けていた。


「彼はきっと来るわ。だって約束したもの。手柄を立てて今日までに帰ってきて、式を挙げようねって」

「マドレーヌ様………」


  慌ただしい足音が聞こえてくる。

突然、教会の扉が開かれた。

 マドレーヌは期待に満ちあふれた瞳で、扉を開けた人物を見つめた。現れたのは、見知らぬ青年で兵士の服を来ていた。


「ご報告させていただきます。カヌレ兵は戦場で亡くなられました。ご立派な最後でした……!」

「……そ、そんな…………」


 マドレーヌは崩れ落ち、そのまま気を失った。

 マドレーヌは、ショコラ公爵家の次女である。公爵領内の別邸で育てられた。

 そこへ運び込まれたが、正気を取り戻すことなく、みるみる衰弱していった。

 眠っているときは、いつも恐ろしい悪夢にうなされ続けた。目覚めているときは、自分を責めて泣き続けた。       

 恋人のカヌレは男爵子息で侍従だ。3つ年上で幼い頃から一緒に過ごし、優しく穏やかでいつも笑いかけてくれた。マドレーヌにとって、彼は世界の全てだった。

 戦場で手柄をたてれば2人の結婚を認めると、公爵夫人に言われて戦地へ向かったのだ。

 ……ある日、弱りきったマドレーヌの枕元へ、母親の公爵夫人が現れた。


「負け犬ね。なんて使えない娘なの。せっかくあの侍従を、最も危険な戦地へ送り込んで消したのに。やっとこんな娘でも、後妻に娶ってくれると将軍が言ってくれたのに……。我が家への援助が消えてしまったわ」


 薄れゆく意識の中、その言葉ははっきりと聞こえた。

 お母様。なんて酷いことを! こんな人だったなんて……。

 いいえ。悪いのは私だ。彼は私のために命を落としたのだ。

 神様、お願いです。どうか彼を生き返らせてください。そして幸せな人生を送らせてください。私はどうなってもかまわないから……。

 ごめんなさい、カヌレ。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさ……………




☆☆☆☆☆




 …………私は目を覚ました。

 侍女のローズが、私の手を包み込むように握り締めていた。とても心配そうに、見つめている。

 暖かい……。ずっと手を握ってくれてたのね。ローズにも苦労をかけてしまった。白髪が増えてしまって……あれ? つやつやの黒髪でお肌もぷるぷるしてる。皺もない。手も大きい……???


「ローズ……?」

「マドレーヌ様! 気がつかれましたか! よかった……。高熱が出て3日も寝込まれてたんですよ。汗で気持ち悪いでしょう。着替えましょうね。何か食べられそうですか?」


 そしてローズが持ってきてくれた服は、子どもの頃着ていたものだった。私の体は子どもになっていた。ローズも若返っている。

 ……今までのことは夢!? あんなに生々しいのに???


 突然、部屋の扉が開かれた。

 マドレーヌは疑問符に満ちた瞳で、扉を開けた人物を見つめる。

 現れたのは、子どもの姿のカヌレだった。


「カヌレ……! これは夢? どっちが夢なの……?」

「マドレーヌ!! マドレーヌ…! 会いたかったです……!」

「夢でもいいわ! 私も会いたかった!」

「もうあなたに2度と会えないと思いました!! 会えてよかった! 幼いあなたも、可愛らしいですよ」

「私もよ。怖い夢を見たの。あなたが戦場で亡くなったと聞かされたの。とても哀しかったわ……」

「……おそらく夢ではありません。……そうですね。私たちは同じ夢を見たのでしょう」


 カヌレは、ベッドで寝ている私の元へ走ってきて、力強く抱きしめてくれた。

 私は嬉しくて、涙をボロボロ流しカヌレに抱きついた。

 ローズは呆れたようにため息をついて、立ち上がる。


「カヌレ。マドレーヌ様は病み上がりです。興奮させないように。私は食事の用意をしてまいります。料理長に、消化のいいものを作ってもらいましょう。彼も心配してましたから、目が覚めたと知れば喜ぶでしょう」

「ありがとう、ローズ」

「はい。分かりました。ローズさん」


 ローズはにっこり微笑んで、部屋を出ていった。

 私は、優しく微笑む琥珀色の瞳を見つめ、嬉しくてたまらなかった。綺麗な焦げ茶色の髪も、触るとサラサラしている。抱きしめられた温もりに気持ちが落ちつく。彼の匂いも本物としか思えない。


「……夢だったんだわ。カヌレも同じ夢を見たの? 不思議ね」

「ええ。私たちが別れた後、マドレーヌは夢の中で、どうされてましたか? 教えてください」


 私はカヌレに、夢の中のことを話した。

 カヌレを戦地へ旅立つのを見送った後、なかなか戻らず、手紙も届かない彼を待ち続けた。まわりの人々に、彼はもう死んだだろうと言われたが信じなかった。

 ついに、結婚式を挙げようと約束した日がきた。私はローズにお願いして、ウェディングドレスを着せてもらった。教会で彼を待つことにしたのだ。彼の訃報を聞かされて寝込んでしまったこと。そして母から聞かされた言葉。カヌレの再生と幸せを願い、謝り続けたこと……。

 カヌレは最後まで静かに聞いてくれた。そして慎重に言葉を選ぶように言った。


「……マドレーヌ。落ち着いて聞いてください。おそらく私たちが見た夢は、『これから起こること』です」

「ええっ!?あなたが言うことなら間違いはないだろうけれど。私に関わったら、あなたは戦場で死んでしまうの! それなら私は修道院へ行きます。あなたは自由に、幸せに生きてください」

「マドレーヌ! 私はあなたを諦めない。これは神様がくれたチャンスです」

「チャンス…?」

「今度こそ添い遂げろと神様が与えてくれたチャンスです。私は死にません。

私と結婚してください」

「い、いいんですか? だってわたしのせいで……」

「それは夢です。『これから起こること』です。2人で変えていきましょう」

「カヌレが諦めないのなら……わたしも頑張ります。カヌレは、夢でわたしと別れた後は、どうだったの?」

「……私達はまだ子どもです。社会的にとても非力です。できれば協力してもらえて、信頼できる大人がほしい」

「あの、カヌレ?」

「ローズさんは信頼できる人です。最後まであなたに付きそい守ってくれていた。

私達の夢のことを話して、相談にのってもらっていいですか?」

「もちろん! ローズはとても優秀で信頼できる人です」

「よかった」


 カヌレがふわっと優しく笑った。わたしは彼の笑顔が大好き。幸せな気持ちになって、胸がぽかぽかする。私は幸せを噛みしめた。

するとドアをノックする音がして、ローズが軽食の用意をして入ってきた。





 私……俺カヌレは、くそったれな戦場で、いつもマドレーヌを思い出していた。

 手柄を立てるどころか、最も死に近い過酷な戦場だとすぐ分かった。

 もう死んでしまうと分かった時、彼女はきっと他の男と結婚してしまうんだろうなと思った。

 腹が立った。俺の女だ。幼い頃から、俺の後を、ちょこちょこ付いてくる可愛い女の子だった。大事に大事に育てたのに。身分に関わらず、俺を選んでくれた。

 嬉しかった!

 マドレーヌは公爵家の別邸で、ローズさんと料理長と俺と4人で育ったからか、世間知らずだ。学校も行っていない。

 いい女に育った。自分の美貌に自覚がないが……。誰にもやりたくない。

 子どもの姿で目が覚めた時、いろいろ確認してみた。これは間違いなく、時間が巻き戻っている。神様がくれたチャンスだと思った。

 マドレーヌは夢だと思っている。それでいい。俺の地獄の戦場なんか知らなくていい。責任を感じて、修道院なんかに行かれたら寂しい。

 せっかくやり直せるのだから。

 ショコラ公爵家は、代々神官や聖女を多く出している。

 おそらくマドレーヌの最後の祈りを、神様が聞き届けてくださったのだろう。

 俺はそう思うことにした。

 最後まで俺を信じ、俺の幸せを願ったマドレーヌを大切にしよう。



 

 ローズは、手際よく食事ができるように整えてくれた。

 マドレーヌは、重湯、穀物を煮たスープ、果物やヨーグルトと食べていった。

 食後に、蜂蜜入りの甘いミルクティーを一口飲んで、ほっと息をついた。


「とっても美味しかったです。ローズ。あの、それでね。お話があるんだけど……」

「カヌレも一緒のお話ですか。ずっと2人で、私をちらちらと見てらっしゃいましたが」

「はい。大切なお話があります。ローズさん」 

「秘密でお願いね。大丈夫?」

「大丈夫ですよ」


 ローズはやわらかく微笑んでくれた。私とカヌレは、夢のことを話した。子どもであるわたし達に手を貸してほしいとお願いした。


「私を信用していただけて嬉しく思います。お2人はこれからどうしたいと考えてますか?」

「わたしは修道女になろうと思いました。でもカヌレが、私との未来を考えてくれるのなら、わたしはカヌレと結婚したいです」

「私は、マドレーヌ……お嬢様と結婚します。一緒に生きていきます」

「そうですか……。悪くありません。私は、マドレーヌ様は公爵令嬢に向いていないと思っておりました。感情は隠せない。お世辞は言えない。敬語は覚えられない。不器用だわ、体力はないわ、可愛いけれど警戒心もない」

「ごふっ!?」

「カヌレ、あなたもです。侍従であるあなたが、主人である公爵令嬢のマドレーヌ様と結婚しようと考えた時点で愚策です。あなたは害虫として追い払われます。

下手すれば、お家取り潰しです」

「ぐはあっ……!!!」

「あなた達のお気持ち、決して揺るがないと思います。ですから、今から現実的な問題を、お聞かせしましょう」


 ローズの笑顔は優しかった。なのに、彼女の後ろにはブリザードが吹いていた。

 私はカヌレと並んで座り、彼と手を繋いで、ガタガタと青ざめて震えていた。




 ローズの話はとても厳しかった。

 カヌレと結婚すれば男爵夫人になるため、家事や仕事をすることになること。

子どもが生まれれば育児をする。カヌレのお給料で暮らせるように、お金の計算もする。服も、家に商人が来て薦める服ではなく自分で布を買って作ること。近所の人づきあいや、貴族の身分に合わせ、マナーを使い分けて社交すること……。


「わたし、頑張ります! カヌレのためなら何でもします!」

「では試しに、やっていただきましょう!」


 わたしは挑戦しました。

 初めて作ったクッキーは炭になりました。ハンカチを洗おうとして、洗剤で肌がかぶれました。箒とはたきは重く、筋肉痛になりました。近所の赤ちゃんを抱っこさせてもらうと、大泣きされて泣きそうになりました。生まれて初めて硬貨というものをもらい、買い物に行きました。頼まれたものより素敵なものを買ってきたらダメと言われました。使いすぎだそうです。下級貴族の方が着られる服を着たら、チクチクして湿疹ができて痛いです。社交やマナーはローズが教えてくれることになりました。最後に使用人の賄いを試食して、お腹を壊して寝こみました。

 わたしは泣きました。


「……うううっ……わたしは公爵令嬢としてだけじゃなく、カヌレのお嫁さんとしてもポンコツです……」

「自覚していただけて幸いです。お嬢様は頑固ですから。マドレーヌ様は体がとても弱いんです。料理長が庭で土づくりからこだわり抜いて育てた食材を食べ、ストレスの少ない生活をさせています。この生活をやめたら、死んでしまいます」

「私は、マドレーヌお嬢様を働かせる気はありません。今の生活を続けていただきます」

「おやまあ……言いますね。この別邸を買い取って、気難しい公爵家に結婚を認めさせますか? どうやって稼ぎますか? プライドの高い公爵家は、お金持ちだけではダメですよ?」

「叙爵を考えています。お金を稼ぐ方法もあります。ローズさんに協力してもらいたい」

「ふむ……。私は雇うのは高いですよ? 話だけは聞きましょう」

「ここで話すとマドレーヌお嬢様が休めない。別室へ行きましょう」


 カヌレは、落ちこんでいるわたしの耳元でそっと囁いた。


「ゆっくり休んでください。……ありがとう。こんなになるまで私のために努力してくれて」

「カヌレ、ありがとう。ごめんなさい、わたし何もできなくて……」

「大丈夫。心配しないで。あなたをヒヒジジィの元へはやらない」

「嬉しい……。わたし元気になったら、自分にできること考えるね」


 カヌレは穏やかに微笑むと、ローズと部屋を出ていった。

 別室へくると、ローズと向き合った。ローズは、やわらかく微笑んでいる。


「私に協力してもらい、叙爵して、この家を買い取るほど稼ぎたい……ですか。なぜ私なんですか? 本邸には、執事長であるあなたの父君がいらっしゃるのに」

「あなたが最後まで、マドレーヌお嬢様を守ってくれたからです。……夢の中で」

「あなたとマドレーヌ様が見られたという不思議な夢ですね。いいでしょう。

不思議な夢に賭けてあげましょう」

「ありがとうございます!」

「叙爵するには3つの方法があります。お金を出して爵位を買うこと。それから、国に認められる程の手柄を立てて爵位を授かること。最後にサルミアッキ王立学園へ入学し、トップの成績をとることです」

「サルミアッキ王立学園?」

「国のリーダーを育てるための、とても厳しい学園です。王弟殿下が校長をされています。トップで卒業できれば叙爵され、落第やトラブルを起こすと降格されてしまいます。貴族達は、子どもが無事卒業できるまで、後継者を決めないほどです」

「厳しいですね!」

「お嬢様には、頑張って元気になっていただいて、あなたとこの学園へ通っていただきたいのです。あなたの身分も、侍従からお嬢様専属執事になれるように、私が公爵家へ推薦しましょう。そしてお嬢様と一緒に、学園で授業を受けてください」

「はい! 本当にありがとうございます!」

「安心するのは早いですよ。資金稼ぎはどうされますか?」

「それはですね。初めは少額からで、投資をしたいです。これから流行するもの、値上がりするもの、私の知識を全て渡します」

「分かりました。それから、カヌレ。警告があります」

「はい!」

「マドレーヌお嬢様との仲を、私達だけの秘密にすること。ばれたら確実に潰されます」

「はい! 気をつけます!」

「結婚するまで、マドレーヌお嬢様に手を出さないこと。出したら、私がおまえを始末してやる」


 ローズは微笑み、親指を自分の首元へ向け、左から右へシュッと動かした。

 カヌレはビクッと震えた。彼の返事を待つことなく、ローズは静かに去った。





 マドレーヌは、眠ると悪夢にうなされた。無数の見えない鎖に縛られ、黒い化け物たちに襲われた。そして、どす黒い人々に罵られ続けた。そんな自分をカヌレが庇って殺されてしまう夢。

 自分に生きる意味を見いだせなくなった。

 それでも起きているときは、学園に入学できるように努力した。

 家事の練習をした。ローズと相談して、家庭教師ならできそうだとなり、仕事に繋がるように刺繍の練習をした。もの覚えが悪く何でもメモをするクセをつけた。

魔力は全属性持ちだったが微弱すぎた。カヌレとローズが、魔力を補佐する魔石を買ってくれたので、一生懸命練習をしている。


 カヌレはローズの推薦を受けてマドレーヌの専属執事になった。執事の勉強だけでなく、剣術や魔法、乗馬なども身につけていった。ローズと協力して、個人資産も増やしている。

 1年後には、子爵位を手にいれることができた。


「カヌレ、ちゃんと寝ているの? 寝ているところを見ないわ。私の相手をしてから、いろいろな勉強や特訓もして……」

「大丈夫ですよ。きちんと休んでます。マドレーヌ様こそ頑張ってますよね。寝こむことが減ってきました」

「うん! そうなの。もう少し元気になれたら、入学試験を受けましょうってローズが言ってくれたわ」

「それはよかったです」


 カヌレの暖かい笑顔にわたしは癒される。彼のためにできることは何でもする。それが、夢の中で亡くなったカヌレへの償いになる。

 とてもとても優しくて素敵な人。品がよくてセンスがあって、頭がよくて、お金も稼いでるみたい。とにかく凄い。美形だし……もてるんだろうな。


 マドレーヌお嬢様は、美しい。そして自覚がない。今までは箱入り娘だったが、学園へ行けば言い寄る男があふれるだろう。人を疑うことを知らないから、目を離してはいけない。女性同士の陰湿なやりとりも無理だろう。全部顔に出るから、貴族同士の建前と本音の使い分けもできない。ストレスにも弱くすぐ寝込む。

 まったくおっとりゆったり動くこの可愛らしい生き物は、なんなんだろうな……。





 努力が実って、2人は無事に王立学園の入学試験に、合格することができた。

 公爵家から学費支援を許可する書類が届いた。本邸執事長のカヌレの父からだ。

 マドレーヌの家族からは、お祝いの言葉すらなかった。寂しかったが、マドレーヌが物心つく前に別邸へ来てから、家族との交流はほとんどなかった。逆に下手に関心をもたれて、お見合い話をもってこられるよりは良かった。





☆☆☆☆☆





 サルミアッキ王立学園の入学式当日。

 ショコラ家の家紋がついた小さな馬車で、学校へ向かう。馬車を降りて入学式の会場の講堂へ2人で向かう。途中で、金髪碧眼の貴公子の前で転んだピンク色の髪の美少女がいた。貴公子は、少女をお姫様抱っこして医務室へ向かっていった。

 マドレーヌはそれを見て、ときめいた。


「お姫様抱っこ…!恋が生まれたのかしら」

「お嬢様。私はいつでもお姫様抱っこしますよ」

「カヌレが腰を痛めてしまうわ」

「ローズさんに修行で鍛えられてますから。お嬢様は軽いですよ」

「え?いつわたしの体重を知って…」

「刺繍の練習や勉強疲れでよく寝落ちされますから、私が運んでます」


 カヌレがにっこり笑うと、マドレーヌが真っ赤になってあうあうしている。

 安定のいちゃつきぶりである。

 ひときわ豪華な馬車が護衛つきで現れた。王家の紋章がついている。中から現れたのは、光り輝く美しいプラチナブランドとルビー色の瞳の少女と、夜空のような黒髪とブルーダイヤ色の瞳の少年だった。


「わあ!なんて綺麗な人達なのかしら。絵画を見てるみたい」

「マカロン王女と、隣国の皇太子ガレット・デ・ロワ様です。彼はわが国に留学されてきたんです。

……この時期だったのか。彼らに近づかないように、お嬢様」

「え?ご挨拶しないの?」

「お嬢様では危険です…彼は暗殺されます。そして我が国と隣国は戦争になる。『夢のお告げ』ですよ」

「なんてこと!助けてあげたいわ」


 不思議な夢では戦争が起こり、カヌレは戦場へ送られてしまった。戦争が起こらなければ、彼は安全ではないかしら。皇太子も暗殺されるなんて可哀想…。

 私は遠くから2人を見つめた。

 …んっ?今目がばっちりあったような…?こちらへ向かっているような…

 薔薇が咲き誇るような美しい笑顔で、マカロン王女が近づいてきた。

 しかもガレット皇太子の腕を掴んで。そして、私の右手を両手で掴んだ。

 びっくりである。びっくりしすぎて、ぽかーんとしてしまう。

 カヌレも、王族相手に動けなかった。


「マドレーヌ公女ですね。私は、マカロン・ド・サルミアッキです。ずっとお会いしたかったんです。お体が弱くて社交はなさらないとお聞きして、残念に思ってました。学校に通われると聞いて、とても嬉しかったわ!仲良くしましょうね」

「は、はい。光栄でちゅ」


 噛んだ。恥ずかしすぎる。穴があったら入って引きこもりたい。カヌレは横を向いて肩を震わせている。


「こちらは、ガレット・デ・ロワ様。隣国から留学にいらしたの」

「ガレットです。よろしくね。俺とも仲良くしてくれると嬉しいよ」

「は、はい。喜んで。マドレーヌ・ド・ショコラです。」

「もっとゆっくりお話したいわ!入学式の後、お時間あるかしら。学園に、気軽なお茶会を用意させるわ。私達だけよ。もちろん、貴方のお体に合わせたものを用意させます」

「はい。光栄です」


 マカロン王女は、満面の笑顔でマドレーヌの手を離した。ガレット皇太子と笑顔で話しながら、講堂へ向かっていった。

 わたしは、ギギギギ…と金属音がしそうな動きでカヌレを見た。

 カヌレは、珍しく困りきった顔をしていた。


「今の…何だったのかしら」

「王女と皇太子に友達認定されて、お茶会に誘われましたね。王族相手に断れませんから。貴女は危険から遠ざけたかった。もう無理ですね…」

「わたしは?カヌレは違うの?」

「私は…皇太子を助けるつもりです」

「素敵!わたしもお手伝いします!」

「そう言うだろうと思ってました。必ず私の言うことを守ってくださいね。お願いですから」

「はい!」

「帰ったら、ローズさんに相談しなおさないとな…」


 私達は入学式で並んで座り、国の重鎮の方々、先生方や生徒会長、マカロン王女、ガレット皇太子のご挨拶を聞いた。

 その後、お茶会の準備ができるまで庭園のガゼホで待つことになった。お茶会の提供されるメニューが、マドレーヌが食べて大丈夫か確認するため、カヌレが呼ばれた。


「すぐ戻ってまいります。マドレーヌ様はここを動かないでください」

「はい」


 カヌレは、近くに護衛の騎士がいるのを確認すると去っていった。王族が通うためか、あちこちに騎士が立っている。マドレーヌはワクワクしている。

 カヌレと学園生活!いろんなイベントを一緒にやっていくの!思い出をたくさん作りたいわ!そして今からお茶会!生まれて初めてだわ。しかも王女様と。女友達ができるのも初めて。なんて素晴らしいのかしら。


ぐ~ぎゅるるる~…


 楽しみすぎてなのか、お腹が鳴った。マドレーヌは恥ずかしくて真っ赤になった。王女様の前でお腹が鳴ったら呆れられてしまうかもしれない。鞄から魔法道具の白いカードを取り出す。カードの中には、暖かい飲み物や軽食が入っている。カードに入っている間は、作りたての状態が、保たれているのだ。いつ体調を崩すか分からないマドレーヌのために開発され、中にはブランケットなども入っている。

 暖かいミルクティの香りが漂った。


「…お願い…します…何か食べるものを…お分けください…」

「ん?」


 声がした茂みを覗きこむと、男子生徒がうつ伏せで落ちていた。お腹がグウグウ鳴っている。お腹の音は彼だったようだ。

 マドレーヌは可哀想になって飲み物と軽食を与えた。彼は涙ぐみながら味わって食べていた。

 カヌレに動くなと言われたが、近くに立っている護衛騎士を見ると、いい笑顔でサムズアップされた。問題はないのだろう。


「ありがとうございます。助かりました。あの…お名前を伺ってもいいでしょうか。僕はモブエーといいます」

「マドレーヌよ。どうしてこんな所で倒れていたの?」

「お恥ずかしい話ですが…どうしても読みたい魔道書があって。古本でも、とても高価なんです。だから食事を削って貯めていたら動けなくなってしまったんです」

「まあ…」


 魔道書のタイトルを聞くと、カヌレも読んでいた本だった。カヌレのものが欲しくて、お願いしてもらって、持ち歩いていた。マドレーヌには難しすぎたのだが、持っているだけで嬉しかった。

 マドレーヌはモブエーにその魔道書を見せると、彼はパラパラと本をめくった。


「ありがとうございます!!!夢が叶いました。これで魔道士試験に望めます!」

「ええ?今ページをめくっただけよね?」

「読めました!本当にありがとうございました!」


 モブエーは爽やかに手をふって、走り去った。

 あれだけで難しい本を読めるの?世の中には凄い人がいるものなのね…。

 彼が食べ終わった食器をカードの中へ片付けていると、真っ白い子犬が、足元にやってきた。もふもふで金色の瞳がくりくりしてて可愛らしい。近くの騎士に聞いてみたが、学校で飼われているわけではないらしい。騎士はなぜか目を見開いて、驚いていた。


「うちで飼えないか、カヌレに聞いてみましょう」

「マドレーヌ様、お待たせしました。お茶会の用意ができました。…子犬?」

「迷子の子犬なの。うちで飼えないかしら。とっても可愛らしいでしょ?」

「分かりました。連れてかえりましょうね。お茶会の間は、私が預かります」

「嬉しいわ。あなたも今日からうちの家族ね」


 子犬は嬉しそうに、マドレーヌに抱かれている。カヌレも犬が好きで飼いたかったそうだ。2人と1匹がお茶会へ向かった。見ていた騎士は、慌ててどこかへ走り去った。

 お茶会は、豪華で落ちついた雰囲気の部屋で行われた。

 ゆったりと話すマドレーヌに王女も隣国の皇太子も合わせてくれて、会話は楽しかった。

 マドレーヌの叔母が現王妃で、マカロン王女とは従姉妹になる。同い年なので、王女は会ってみたかったそうだ。

 それからマカロン王女には兄がいてマドレーヌには姉がいる。彼らもこの学園の卒業生で同級生だったそうだ。マカロンの兄は卒業後、体を壊してしまい病気療養中だそうだ。マドレーヌの姉は、婿をとって後継者の勉強をしている。マドレーヌは姉の結婚式に参加はしたが、姉との交流はない。


「私たちも同学年で同じクラスでしょう。一緒に勉強したり、お茶会をしましょうね。もちろん貴女の体調に合わせるわ」

「俺も同じクラスだ。仲良くしよう。嬉しいな。留学してすぐに友達ができるなんて」

「わたしもこんなに素敵なお友達ができて、最高に幸せです」

「まことに恐縮ですが、私もお友達と言っていただけて光栄です」


 マカロン王女とガレット皇太子は、同じクラスのカヌレのことも学友として同じテーブルに座ることを許可した。

 この学校は身分に関わらず、優秀な才能があるものをAクラス、成績がふるわないものをBクラスに分ける。見聞を広く持たせ、競争意識を保つためらしい。Bクラスになると、成績にあわせて授業内容も易しくなるかわり、就職先のランクも下がる。皆必死になるらしい。

 平民でも成績がいいと、特待生扱いで授業料免除になる。お金のない生徒のために、学校内の仕事を手伝うアルバイトもあるという。

 マドレーヌは感激した。引きこまれそうな美貌をもちマナーも知識も素晴らしく親切な王女。こんな完璧な淑女がいるのかと。隣国の皇太子も、穏やかで品があり気さくでいい人だ。

 カヌレは慎重に言葉を選びながら、王女と隣国の皇太子を観察していた。2人から悪意や策略は感じられない。純粋な好意で話しかけてくる。そして、皇太子暗殺の兆候も感じられない。…もう少し周囲も調べたほうがいいなと考えた。




 コンコンと扉と叩く音がした。

 急な来客が現れた。校長である。長い銀髪と長い髭、ほっそりとした体。金の刺繍がされたゆったりとした白い服をきている。年齢不詳である。

 マカロン王女は不機嫌になった。


「おじ様、無粋ですわ。私のお友達との素敵な時間を邪魔するつもり?」

「やれやれ。ワシにも紹介してくれないかな。騎士から報告があった。聖獣を子犬と思って拾ったお嬢さんがいるとね」

「聖獣といっても、まだ子どもです。彼女のものです。手を出さないで」

「出さないよ。やれやれ。ワシを何だと思っとるのかね」


 校長はささっと入ってきて、椅子を侍女に用意させ座った。マドレーヌに、話しかけてきた。


「ワシはリコリスです。白い犬の聖獣だね。君のことが大好きみたいだ。君の力を安定させ高める力を持っている。いい聖獣がきたね」

「マドレーヌ・ド・ショコラです。聖獣?この子、聖獣なんですね。ご飯は何を食べるのかしら」

「君と同じで大丈夫だよ。神官や聖女を多く輩出するショコラ家のお嬢さんか……なるほど。聖力が強いのだろうな。素晴らしい。これからよろしくね」

「はい。光栄です」



 この後、リコリス校長も王女達とのお茶会にちょくちょく顔を出すようになった。

 家に帰り、マドレーヌ達の話を聞いたローズと料理長は、頭をかかえた。


「エンカウント率が高すぎます…。初日だけで聖獣と王女と隣国の皇太子と校長ですか」

「持たせた弁当を落ちてた生徒にあげたって…。明日から3人分カードに入れとくからな、念のために」

「ありがとう。いつもごめんね」

「3人分というのは、私の分も含まれてますね。申し訳ありません」

「カヌレ。皇太子と親しくなってしまったのなら仕方ありません。とにかく用心して、周りを観察してください。警備の厳重な学園でも気をぬかないで」

「はい」

「わたしもカヌレをお手伝いします!」

「お嬢様はカヌレの言うことをよく聞いてください。気分が悪くなったらすぐ休むこと。我慢しない」

「はい…何かできることあったら教えてね」


 マドレーヌはカヌレをじっと見つめる。

 お嬢様は可愛すぎて困るな、とカヌレはにっこり微笑んだ。公爵令嬢なら、こんなに真っ直ぐ自分を見たりしないものだ。例えば、今日出会った皇太子にときめいたり……むかつくな。マカロン王女に取り入って、社交界の立場を固めようとか…全く思いつかないんだろうな。困ったな、可愛すぎる。いつか家を買ったら彼女と結婚して、白い犬がいて………


 コホンと咳ばらいの声がした。2人が振り向くと、ローズが呆れていた。


「外では2人の世界を作らないでくださいね」

「「はい…」」






 学校生活は、楽しく過ぎていった。

 カヌレは3歳年上だがマドレーヌのお世話係として同じ教室で学んだ。高位貴族には、そういう者がついてることが多く、違和感はなかった。マカロンとガレット、カヌレとマドレーヌは、いつも一緒で仲良く助けあった。


 マドレーヌは、時々学校の庭園で、お腹を空かせてうずくまっている生徒を見つけた。食事を与えて話を聞いてみる。お金のない生徒が高価な道具や本を買うため、食費をけずって動けなくなるらしい。

 ゆったりおっとり動き、ストレスに弱くすぐ寝こむマドレーヌ。彼女に助けられた生徒たちは、愛情と尊敬をもって『レディ・マンボウ』とこっそり呼ぶようになった。魚のマンボウ最弱伝説が由来らしい。

 あだ名を知ったカヌレは、苦笑しながらマドレーヌの親切につきあった。




 学力試験の季節になった。試験の結果、カヌレは1位だった。


「カヌレ。おめでとう!本当に凄いわ!」

「ありがとうございます。マドレーヌ様」

「負けちゃったなあ。カヌレは凄いな」

「2位も素晴らしいです。ガレット様」

「3位も素晴らしいですよ。マカロン様」


 マーガレットは体力的に問題があり、ダンスや屋外実習は休んでいた。それでもA組に居られる成績は、なんとかキープできた。お茶会でお祝いしようと、4人と護衛を連れて廊下を歩いていく。


 急に声をかけられた。


「おかしいですね、子爵位の執事ごときが1位ですか。どんな手を使ったんだか。分かりませんが、汚い手を使ったのは決まっている!」


 悪意に満ちた言葉が飛んできた。

 マドレーヌは、びっくりして言葉がでなかった。声がした方を見ると、金髪碧眼の貴公子がいた。彼の腕にはピンクの髪の美少女がくっついてる。入学式の日に見かけた2人だった。

 マカロン王女が、かばうように前に出た。


「この学校の試験は平等ですわ。監視もとっても厳しいのよ。ご存知でしょう!?メッション様」

「マカロン王女。子爵ごときにトップを取られて悔しいでしょう。下級貴族のくせに身の程知らずが。校長に言って取り消させましょう」

「本気で言ってるの!?」

「私は正しいです。ご理解いただけるはず」

「あなたの考え方を聞いて、私は腹立たしいです。私のお友達を侮辱なさらないで」

「お友達ときましたか!下郎やこの国以外のものに成績上位をお譲りになるなど、お優しい方だ」

「彼女を侮辱するな。試験は平等といったろう。君こそクラス最下位だろう?よくそれだけのことが言えるな!」

「…!私はまっとうに試験を受けたんです。不正はしていない。身分の低いものや隣国のものに、この国をのっとられてたまるか。今に私の正しさが分かる」


 彼はそう言うと、去っていった。

 マドレーヌは驚きすぎて固まっていた。大事な人を侮辱されたのに何も言い返せなかったことに落ちこむ。

 4人はお茶会の部屋へ移動した。香りのよい紅茶を飲んで、やっと一息ついた。


「おどろかせてごめんなさいね。彼はメッション公爵令息です。…私と王位継承をかけて争っているの。ああやって言いがかりをつけてくるの。困ったものだわ」

「王位継承ですか?あの…マカロン様のお兄様が王位を継がれるのでは?」

「あー…一部のものしか知らないけれど…、教えます。マーガレット様も関係ありますし、ガレット様も彼のターゲットになってしまいました。事情を知っておいたほうが安全でしょう」


 マカロン王女は話しだした。

 かつて、マーガレットの姉とマカロンの兄は婚約していた。在学中に、他の女に夢中になった兄王子は、卒業パーティの時に、マーガレットの姉に冤罪をかけて婚約破棄を宣言したのだ。ところが、不倫現場や冤罪をかけた証拠がばっちり出てきたのだ。兄王子は廃嫡になり、病気療養とされ、一生軟禁。公爵家へ莫大な慰謝料を払い、内々に処理した。その事件以来、貴族達は、在学中には婚約者や後継者を決めなくなったそうだ。

 そして現在、王姉を母にもつメッション公爵令息とマカロン王女が、王位継承者の候補として争っている。


「あのバカ兄のせいで…!とにかく、メッション様に気をつけて。彼は差別意識がひどいの。自分が絶対正しいと思ってるから話が通じないわ。よくない噂も聞きます。言葉巧みに事情を知らない人達をたらしこむそうよ」

「恐ろしいな。知らないうちに、俺や祖国のことを悪く吹聴しているってことか…」

「ええ…王家につかえる影が対処していますが…。彼を王にするわけにいかないわ」

「なるほど…。情報をありがとうございます。マドレーヌ様も気をつけましょうね。彼が近づいてきたら逃げてください」

「はい」




 マドレーヌとカヌレは、帰ってからローズに相談した。ローズも、マドレーヌの姉の婚約破棄の事件を知っていた。


「あの事件は、大勢いる卒業パーティでおこなわれましたからね。内々に片付けても、知っている人は多いのです。問題はメッション公爵令息ですね。私の方でも、情報を集めましょう」

「いつもありがとうございます。」

「あの…わたしは何ができるでしょう」

「メッション様には近づかない、接近されたら逃げる、捕まったら緊急連絡をしてください」

「はい!」


 マーガレットは、ローズにできることを教わって練習する。

 聖獣の子犬を抱いてベッドに入る。聖獣がきてから、マーガレットが悪夢をみる回数は減っていた。

 運命を変えられることを祈る。カヌレと学校へ通い学び、マカロン様やガレット様と仲良くなった。可愛らしい聖獣の子犬もいてくれる。この多幸感、世界の広さ、素晴らしいと感じる。

 メッション様は恐い。話がまったく通じない気味悪さ。人を蔑み傷つけることを正しいと感じるなんて。彼と私達はつきあいがないのに。おそらく、成績順で目についただけだろう。不安でたまらなかった。

 悪夢にうなされるマドレーヌの頬を、聖獣がペロペロとなめる。ふっと体の力がぬけ、マドレーヌは安らかな眠りについた。


 カヌレはローズの特訓を受けていた。この有能な侍女は魔法も剣も一流といえる。一体何者なのか。疑問に思うが聞いたりしない。

 大切なのは誠実に協力してくれること。利用できるものは利用する。努力や根性で補えないものは、道具や設備に投資してなんとかする。この別邸を買い取る資金もためている。

 マドレーヌを守り、今度こそ幸せにする。自分が死んだあと、ボロボロになって自分のために祈り、亡くなった彼女を思うと苦しくなる。今度こそ、一緒に幸せに生きたい。





 季節がめぐり、学校行事の剣技大会が近づいてきた。

 男女別に分かれ、希望者が参加する。いい成績をとることができれば騎士団への内定がもらえる。生徒達は盛りあがっていた。

 女性達は応援したい相手に刺繍したハンカチや剣飾りを作って渡す。そうすれば怪我をしない、というジンクスがあった。

 マドレーヌもカヌレにこっそり渡した。マカロンもガレットに渡していた。

 試合当日、カヌレとガレットも順調に勝ち抜いた。ガレットがあと一人勝ち抜けば、カヌレと決勝で対戦するところまできた。

 準決勝で、ガレットの対戦相手はメッションだった。


「うわあ~…。正々堂々戦ってくれないだろうな。いやな相手だ」

「ガレット様、防御魔法を何重にもかけておきます」

「ありがとう、マカロン姫」

「わたしも無事と勝利をお祈りします」

「お気をつけて」

「ありがとう、マドレーヌ嬢、ガレット。行ってくるよ」


 ガレットとメッションが向かい合い、開始の鐘が鳴る。

 何度か打ち合うとメッションが転んだ。メッションは、土をつかんでガレットに投げつける。腕で土を受け止めたガレット。メッションは彼に駆けより、目を潰しにかかってきた。

 ガレットはよけた!剣技大会でやっていい技ではない。だが試合中止の鐘は鳴らない。攻防をくりかえし、マカロンがかけた防御魔法の数が減っていく。

 打ち合ったガレットの剣が折れた。


「魔法剣かそれ…!卑怯すぎるだろう!」

「勝った奴が正義になるんだ!くたばれ!」


 観客席からメッションにブーイングが起こるが、彼は気にしなかった。

 マドレーヌは光の魔石を握りしめ、ガレットを守ってくれるよう神に祈る。

 その瞬間ガレットは体に力がみなぎり、マカロンの守りが分厚くなるのを感じた。


「うおおおおー!!」

「あばがぁぁぁっ!?」


 ガレットは折れた剣で、メッションの鎧ごと突く。メッションは奇妙な声を上げながら吹っ飛んでいった。そして壁に激突して気絶した。

 ガレットの勝利を告げる鐘が鳴りひびいた。割れるような声援が起こる。

 たくさんの花が投げ込まれた。

 マカロンとマドレーヌとカヌレが、ガレットに駆けよる。


「お怪我はありませんか!?」

「あー…疲れたけど、怪我はないよ。ありがとう、マカロン。君の結界のおかげだ」

「お怪我はありませんね。ヒヤヒヤしましたよ。肩を貸します。医務室へ行きましょう」

「うっうっ…ほんどうにおけががなぐてよがったです~ぐすっ」


 マカロンが涙ぐんだ目元を指でぬぐう。マドレーヌは安心したのか泣いていた。

 カヌレがガレットに肩を貸し、歩き出す。会場中から拍手が沸きおこった。

 リコリス校長が笑顔でやってきた。それを見たマカロンは彼にくってかかる。


「おじ様!どうして試合を中止しなかったんですか!?明らかな違反があったのに!彼が怪我をするところでした!」

「君達がついてるから、大丈夫かなって…」

「な…っ!おじ様、お話があります……!」

「やれやれ、マカロンを怒らせてしまったようだ」


 マカロンは優雅なカーテシーをマドレーヌ達にすると、校長と校舎の奥へと消えていった。

 カヌレ達3人は医務室へ行き、ガレットの手当をしてもらう。




 一方、その頃…剣技大会会場でギャレットが目を覚ました。

 ギャレットの取り巻きが不安そうにのぞきこんでいる。彼らにとってギャレットの身体は神聖なものだから、触れてはいけないと言われていたからだ。ピンク色の髪の美少女は、動揺して儚げに泣き崩れていた。

 彼らが取り囲んでいたので、教師達は彼らが世話すると思っていた。なにしろ、ギャレットは自分が選んだものしか近寄らせない。教師であっても怒り狂う。


「ギャレットさまぁ…ぐすん、目が覚めました。よかったぁ…」

「あ…あいつは許せない…私は何も悪くない…私は正しいんだ。私が負けたのは…お前たちが悪い。悪い奴らは叱らなくては。処罰しなくては!」

「ひぃぃっ!?」


 ギャレットは、剣の腹で彼らを打ちのめす。彼らを罰したギャレットは、快楽に満ちた表情をしている。


「お許しください…!」

「学んでくれたか。次に悪いことをしたら、もっと叱らなくてはな。フフフフ…さあ行きなさい。私に恥をかかせた者に正義の鉄槌をくだしてきなさい。

さあ可愛い私の小鳥、泣かないで。君が泣くと私も辛いよ。私の部屋で休もう」

「はい…」


 可憐に頬を赤らめた少女を連れて、ギャレットは学園に用意させた自室へ去っていった。

 ギャレットの取り巻き達は、恐怖の回避を優先させる為に深く考えない。隣国の皇太子を害したらどうなるかを。

 ギャレットは、気まぐれに優しい時がある。反省と謝罪の言葉を口にする。高価なプレゼントをくれる時もある。そんな優しさに溺れた。飴と鞭。ダブルバインド。

 彼らは、ギャレットに深くとらわれていた。

 彼らは武器を手に取ると、ガレット皇太子を求めて暴れだした。





 あちこちで悲鳴が上がりだす。ガラスの割れる音。ガレット出て来いと叫ぶ怒声は、保健室まで響いた。

 談笑していたマドレーヌ達は、青ざめる。


「一体何が起こっているんだ?」

「ガレット様、マドレーヌ様、部屋から出ないでください。私が調べてきます」

「ちょっと待て。俺の魔法で周囲の音を集めて調べる。…俺に出て来いと叫びながら、暴れてる奴らが複数いる。騎士達がそいつらの相手をして、教師達が、生徒を避難させてるな。…暴れてる奴らの人数が増えていってる。これ以上は分からないな…」

「風魔法ですね。さすがです。中から鍵をかけて、私だと分かるまで開けないでください。念のため、ベッドの下に隠れていてください」


 カヌレは手早く、保健室の中から武器になるものを見つくろってポケットに入れた。ガレットに剣技大会の装備を再び着させる。武器につかえそうなものを幾つかガレットに渡す。


「2人とも必ずお守りします」

「手馴れてるな。淑女の専属執事とは思えない」

「師匠が厳しいもので」

「どんな師匠なんだ?」

「本人曰く、どこにでもいるふつうの侍女だそうです」

「なんのジョークだよ!笑えないぞ!」


「カヌレ、わたしにできることはある?」

「私のために祈ってください。あなたの祈りは効きますから」

「うん…。わかった。気をつけてね」


 カヌレはマドレーヌの髪をひと房手に取り、キスをした。優しく微笑むと扉から出ていった。

 マドレーヌは魔石を握りしめ、カヌレのために祈り続けた。

 ガレットは、音を集め、情報収集を続ける。


「…俺の護衛騎士達は、暴徒達を別の場所へ誘導させながら戦ってくれている。

…暴徒達は…ギャレットの派閥の生徒か…マカロンは校長と一緒だ、安全だな。

よかった。カヌレも無事だよ。…んん?レディ・マンボウ…?」

「どうかしたの?」

「いや、なんでもない…」


 レディ・マンボウはマドレーヌのあだ名である。本人は知らない。複数の人間が、レディ・マンボウを合言葉に動いている。 

 …何が起こっているんだ?

 騎士たちが暴徒に押されだした…暴徒は高位貴族の令息達で、騎士達はなるべく傷つけず押さえ込もうとしている。それに対し、彼らは武器を持ち、死に物狂いで暴れているのだ。

 やがて保健室の周りを、複数の生徒達に囲まれた。こっちの様子を伺っているようだ。生徒達は、驚かせてはいけない、ストレスを与えたら死んでしまう、などと話している。

 …謎すぎるだろ!!

 ガレットは、わけのわからない状況にストレスを感じた。

 武器をもった暴徒が一人、保険室に近づいてくる音がした。

 次の瞬間、複数の生徒が暴徒をとりかこみ、無駄のないチームワークで、暴徒を倒した音が伝わってきた。

 …なんだ?やたら組織として統制がとれすぎている。敵じゃないみたいだが…

 ガレットは、ストレスで胃に穴があきそうだった。





 カヌレは、魔道具を使ってローズと連絡をとっていた。そして暴徒達を倒し、数を減らしていく。


『カヌレ、そこから右の校舎の階段へ向かって。3人います。敵の武器は練習用剣。あなたなら倒せるでしょう』

「はい、ローズさん」

『屋上で魔法を乱発してる暴徒は、こちらで倒します。そのまま上へ上がってください。2人います』


 屋上で大きな音がしていたのが静かになった。人が落ちてきた。生垣に引っかかっている。肩には撃ち抜かれた跡がある。カヌレは血の気がひいた。学校の外の森にローズはいるはずだ。そこから…。

 味方にいれば心強いが、絶対に敵にまわしたくない。

 暴徒の数もかなり減らせてきた。

 マドレーヌの祈りの力を感じる。彼女は無事だと分かる。


『あら?あれは…面白いこと。カヌレ、保健室に戻って。お嬢様達と合流してください』

「え!?マドレーヌ様に何かありましたか!?」

『説明しづらいわね。平民による平民のための平民の自治体…かしら』

「はあ?戻ります!何かあったんですね」

『…えーっと、何か書いてあるわね…レディ・マンボウ保護同好会…?』


 最後の言葉を、カヌレは聞いてなかった。

 保健室に近づくと、暴徒達が縛られ積み上げられていた。魔法の詠唱が使えないように口も塞がれていた。

 そして平民や下級貴族と分かる生徒達が集まっていた。逃げ遅れたのだろうか…

 生徒達の代表らしき少年が、前に出てきた。


「カヌレ様、ご無事でよかった。保健室は大丈夫です」

「…あなた達は?」

「僕たちは、レディ・マンボウ保護同好会…マドレーヌ様のファンクラブです!」

「えええっ!?」

「メッション様派閥の暴動が起こりましたので、腕に覚えのある仲間達と陰ながらお守りさせていただきました」

『カヌレ、彼らと合流しなさい。残っている暴徒達は強いわ。あなた1人では無理でしょう』

「ローズさんが言うなら…でも…」


 カヌレから見て、彼らは強くはなかった。逆に暴徒に殺されかねない。

 巻き込んでいいのか、ためらってしまう。


『いろいろな戦い方がありますよ。見せてもらうといいわ』

「信じますよ…ローズさん。ガレット様、マドレーヌ様、カヌレです。ここを開けてください」


 扉が開くとマドレーヌが飛びついてきた。ガレットもほっとした顔をしている。

 ファンクラブの皆は、キラキラした瞳で見守っていた。


「カヌレ、無事でよかった!心配してたのよ」

「ご心配おかけしました。私は大丈夫ですよ」

「マドレーヌ嬢のファンクラブだったか…安心したよ。おまえ達、怪我はないか?暴徒と戦っていただろう」

「ありがとうございます、殿下。僕達はできる範囲の活動をしていますので」

「ああ、それならいいんだが…」

「あら、あなたは入学式の日にあった…」

「はい!モブエーです。覚えていただいて光栄です!」


 代表者の少年は、マーガレットが初日に助けた生徒だった。

 モブエーによると、この学校で一番頑丈で備蓄が揃っているのが校長室らしい。

 移動することになった。


「校長先生とマカロン殿下もいらっしゃいます。もしよければ、うちの会員の女性徒もお連れしてもらってもいいでしょうか。何かと器用なのでお役に立てると思います」

「女生徒もいるのか?外は危険だから、俺からもリコリス校長にお願いするよ」

「ありがとうございます。ガレット殿下」


 ささっと大きなバスケットを持った女性達が現れた。

 頬を赤らめ、嬉しそうだった。

 マドレーヌがかつて食事を与え、話をした生徒達である。

 校長室の扉を叩くと、リコリス校長が扉を開けた。


「やれやれ、モブエー君だっけ。平民出身の特待生だったよね。どうしてそんなに校長室に詳しいんだい?一応機密事項なんだけど」

「考えました。この部屋の掃除と修理のアルバイトをしている生徒から話を聞いて。あとは学校の図面とか見てれば分かります」

「天才ってやつだね…」

「僕はまだまだ未熟です。ガレット殿下達をお願いいたします。 行きましょう、カヌレ様。残った暴徒達を殲滅して、マドレーヌ様にきちんと休んでいただかねば」

「ああ、頼もしいよ。マドレーヌ様、もう少しだけお待たせします。すぐ戻ってきます」

「はい、待ってます」


 マドレーヌは不安げに見送った。マカロンがマドレーヌを抱きしめる。大丈夫よ、と声をかけて安心させる。

 ガレットは加勢できないことが悔しかった。疲れきった今の体調では、足手まといになってしまう。

 3人が黙り込んでると、ふわっと紅茶の香りが漂った。後ろを見ると、いつものお茶会のセットが整っていた。

 マカロンは腰が抜けそうなほど驚いた。毒殺を防ぐため、箝口令をしいて毒見係も外に出してない。


「…どうやって…どうして知っているの?」

「学校の調理場のアルバイトをしています。そこで見たことを、会長にお話して『考えて』いただきました」

「いつかマドレーヌ様とお茶会をしたくて…一生懸命練習しました!」


 マドレーヌは胸がいっぱいになった。カヌレが心配だが、一生懸命努力してくれたものを無駄にはできない。

 自分も何度も失敗しながら、努力してここまできたのだ。


「まあ!ありがとうね。きっとすごく練習したんだよね。もしよかったら、皆さんも一緒にお茶を…。かまわないでしょうか?校長先生…」

「もちろん構わないよ。生徒との交流は楽しみだ」


 平民と王族が丸テーブルに並んで座り、一緒にお茶会を楽しむ。緊急事態だからとはいえ、奇跡のような出来事だった。

 紅茶を飲み、お菓子をつまみ、一息つくと皆の顔色が少しよくなった。

 ファンクラブの会員達が立ち上がる。


「ありがとうございました。この思い出は一生忘れません!」

「そろそろ外の様子が気がかりですよね。今、お見せします」

「見せる…?最高位の魔道士のみが使えるはずの魔術…」

「会長が『考えて』くださいました」


 リコリス校長が思わず呟いた。なんでもないように返答される。

 1人が外からのイメージを受信し、イメージを映し出す者にイメージを送る。送られた者が光を映し出す。もう1人が光を受ける魔力の板を作り、鮮明にさせる。

 画面は小さいがはっきり見え、声も聞こえた。リコリス校長が、天を仰ぎうなった。

 画面の中では、カヌレとモブエーが話している。


「困りましたね。最後の連中が集まって抵抗されました。防御も隙がない…」

「策はあります。向こうが少数精鋭でくるなら、こっちは人海戦術です」

「人海戦術?」

「はい。ご存知ですか?高位貴族の数よりも平民のほうが数が多いんです。それはこの学園でも同じです。1人1人の力は微弱でも、それを束ねたら勝てるということです」

「理屈はわかりますが…」

「カヌレさんに協力してるスナイパーさんがいらっしゃいますよね。その方にも、協力してもらいたいんです」

「ローズさんに?」

『話は聞こえてます。面白そうですね。何をすればいいですか』

「ありがとうございます!」


 モブエーの作戦によると、ローズの狙撃で威嚇して、暴徒グループをあるポイントに固定させる。そこへ平民達から集めたエネルギーをぶつけ、生き残りをカヌレが倒すという作戦だった。




 ローズが的確な狙撃で、暴徒達をポイントに固定させた。

 モブエーの合図で、空いっぱいに透き通った巨大な像が現れる。ニコニコしてるお爺さんで、袋と金づちのようなものを持っている。


「あれは…東の国の神、大黒さま…?」

「エネルギーを集める担当たちの趣味です」


 大黒さまが巨大な打ち出の小槌を、暴徒達に振りおろす。暴徒達が自分達の周りに結界を張り巡らせた。


「空気砲か。いいアイデアだが、あの結界は硬い…」

「大丈夫です。小槌の中は真空です」

「な…!?」


 真空に包まれた暴徒達は、苦しみ悶えだした。さらに、数人の生徒が離れた所に現れて、睡眠の魔法を繰りだす。


「どんなに強い高位貴族でも、弱った状態では初期魔法がかかるんですよ。1…2…3、3人逃げ出しました。カヌレ様、お願いします!さすがにしぶといな…。甘い香りの接着剤でも開発するか…」

「俺は、君とは一生仲良くしたいな」

「ありがとうございます!ぜひマドレーヌ様とセットで、一生よろしくお願いいたします!!」


 思わず素が出るカヌレ。心から感心した。モブエーが気にいったのだ。

 モブエーは照れてニコっと笑った。ファンクラブの活動が認められたのだ。

 カヌレは残った3人と刃を交える。

 画面を見ていた校長室で、マドレーヌは悲鳴をあげた。


「カヌレ!無茶だわ…3人相手なんて。ああ…どうしよう…そうだわ!あれなら…!」


 マドレーヌは全ての魔石を握り締め、画面を見つめ、位置や空間座標を割り出す。そして、カヌレを追いかける男達のベルトの辺りの服を焼き切った!


 男達の衣服がずり落ちた。衣服が足にからんで転ぶもの。手で前を押さえ、お母さーん!と叫ぶもの。さまざまである。カヌレはその隙をついて、全員倒した。

 校長室の女性達は、横を向き真っ赤になって震えている。

 ガレットがポツリと呟く。


「俺だったら、死んだほうがマシだな」

「うん、ワシも。気が合うね。少なくとも彼らは社会的に死んだよ」

「だって暴漢に襲われそうになったらこうしなさいって、教わったんだもの。

カヌレを苛めるほうが悪いのよ!」

「ワシにはやらないでね」

「やりませんよ。校長先生はいい人ですもの。わたし達とお茶してくれました」

「…ワシがいい人かあ…。…悪くないねぇ。うん、悪くない…」


 リコリス校長は、頬を赤らめて、うっとりと言った。

 マカロンは、騙されやすすぎる…と不安で青ざめている。


 

 ギャレットは自室で休んでいるところを捕まった。

 ピンク色の髪の女性は外出中で、見つからなかった。






 事件も落ちついて、マカロンとガレットは、王宮から迎えが来て先に帰った。

 マドレーヌとカヌレは、迎えの馬車が到着するまで貴賓室でお茶を飲んでいた。


「…やっと終わりましたね、マドレーヌ様」

「カヌレが無事で本当によかったわ。これで『夢のお告げ』は変えられたよね」

「ええ、おそらく………」


 隣国の皇太子の命は守られた。戦争は起きない。今回の手柄で褒美がもらえるだろう。うまくすれば、叙爵かどこか小さな領地でも…。そうすればマドレーヌとの結婚を認めてもらえる、きっと…。可愛いマドレーヌ……

 カヌレは疲れきっていた。剣技大会を決勝まで勝ち抜き、暴徒と化した連中と、戦い抜いたのだ。安心して気が抜けたのか、ほんの一瞬ウトウトと眠ってしまった。

 …はっと目が覚めた時、マドレーヌはいなかった。

 ローズとの連絡用魔道具が起動する。

 ローズの切り裂くような声とひゃああ〜んひゃああ〜んと哀切のこもった鳴き声が響いた。


『カヌレ!マドレーヌ様に何がありました!?聖獣様が鳴き叫んでいます!』

「マドレーヌ様がいません!一瞬目を離した隙に…」

『この馬鹿者!校長室へ走れ!事情を話して、校長に助けを求めなさい!』

「はい!!」


 カヌレは校長室へ走る!それを見たモブエーが走ってきた。


「モブエーさん!?どうしてここに?」

「どうされました!?マドレーヌ様は?皆でお見送りしようと待ちかまえていたのに!」


 出待ちというやつである。カヌレから事情を聞き、モブエーは、仲間の女生徒へ合図を送ると、2人で校長室へ駆けこんだ。

 部屋の中では、リコリス校長とピンク色の髪の女生徒が、上品にお茶を飲んでいた。

 カヌレはとっさに短剣を抜く!


「なぜここにメッションの愛人が!?」

「やれやれ…落ちつきたまえ。剣をしまいなさい。彼女はうちの職員だよ。ハニートラップ要員でね」


 それを聞いて、モブエーは思わず叫ぶ。


「ハニートラップ!?生徒になんてものを仕掛けるんですか!

…いやそれよりもマドレーヌ様がいなくなったんです。お力をお貸しください!」

「マドレーヌ嬢が…?」


 リコリス校長は、片眉を上げると女生徒のほうを見てたずねた。


「なにか知ってるかね?」

「メッション様は、公爵家秘宝の牢脱け魔道具をもってらっしゃいますわ。他にも他人に化けるものなどいろいろと。日頃からマドレーヌ様を、弱く馬鹿だと貶されてました。牢を逃げ出し、かよわい彼女を狙ったのではないかと。」

「ありがとうね。そこまで愚かな奴だったか…」

「それでは、私はこれで失礼します。しばらく南の島で優雅に過ごさせていただきますわ」


 立ち上がり、上品なカーテシーをした途端、灰色の髪の地味な女生徒に変わる。驚くカヌレとモブエーの隣をすり抜けて、静かに出ていった。

 リコリス校長は、手を優雅にふると、壁一面にたくさんの画面が現れた。学校のいろいろな場所が映し出されている。ドヤ顔をしてモブエーに話しかけてきた。


「遠見の魔法だが、最高レベルの魔道士しかできない。もちろん、これだけの数をこなせるのは、ワシだけだと自負しておる!」

「僕達は最低でも6人以上必要ですし、しかも有志です。比べないでください!校長先生」


 たくさんの画面の中から、カヌレはマドレーヌを見つけた。


「マドレーヌがいました!ここは…!?」

「地下牢だね。メッションを入れてた牢だ。裏庭の奥から行くんだ。鍵はこれだよ」


 映像の中で、薄暗い石の床にマドレーヌが縛られ転がされていた。猿轡をされて、苦しそうだ。顔色も青く、震えている。

 残酷な笑みを浮かべたメッションが現れ、マドレーヌの髪を切り刻んだ。

 それを見たカヌレがカッとなる。校長から鍵を奪うと部屋から飛び出した。

 後からモブエーが追う。


「あいつ!!殺してやる!!」

「カヌレ様!僕も行きます!」


 モブエーは、扉の外で待機していた女生徒に声をかける。


「…モブビーコ、手当のできる女生徒と腕に自信がある奴らを手配して。場所は、裏庭奥の牢だよ。マドレーヌ様の具合が悪そうなんだ!」

「はい!声をかけてまわります!」


 モブエーは扉の外で待機していた女生徒に声をかけると、カヌレの後を追った。

 彼らを見送ったリコリス校長は、ため息をついた。


「…やれやれ、若いものはせっかちでいかん」


 ぼやきながら校長室の奥の扉を開け、その中へ消えていった。






 冷たい石畳の上で、マドレーヌは目を覚ました。

 カヌレが寝落ちして、疲れているのだろうと見守っていると後ろから殴られた。頭がズキズキと痛む。後ろ手に縛られ、猿轡が息苦しい。体が冷え切って重い。

 まずいと思った。このままだと持病の発作が起こってしまう。かすむ目で周りを見ると、メッションが口を歪めて笑っていた。


「目が覚めましたか?まったくマカロン王女もこんな馬鹿のどこがいいんだか。下劣な連中と親しくして喜ぶとは!

…まあいいでしょう。あなたの地位は私が利用しましょう。光栄でしょう?」


 大切な人達を貶されて、マドレーヌは怒りでいっぱいになった。言い返したいが、気分がひどく悪く動けない。そして発作がおこった。頭痛とめまいで頭がガンガンする。胸が締めつけられ息ができない。手足がしびれて苦しい。

 メッションは苦しむ彼女の髪を切り取ると、魔道具に髪を入れた。魔力をこめて何度もふって、中のものを飲みほした。彼の体が煙につつまれる。煙が消えると、中からマドレーヌが現れた。


「ふっ。この姿なら誰も私だと思わないでしょう。憎たらしいガレットを殺して、ショコラ公爵家の財産をいただいて、マカロンに近づいて手に入れましょう。あの王女も油断するでしょう。そして私が皇太子になるんですよ!」

「…!!!…!!」


 自分の姿をした彼の言葉が、あまりに気持ち悪い。悪寒がする。怒りで涙があふれる。体温が石畳に奪われて冷え下がり続けた。マドレーヌは気を失ってしまった。またあの悪夢に落ちていく。

 メッションの高笑いが響きわたる。

 その時マドレーヌの体の上に、どす黒い靄が立ち上った。どんどんと濃くなり、やがて無数の鎖や人や魔物の形になった。

 メッションは驚いた。気味悪い靄は、マドレーヌから離れるとマドレーヌの姿をしたメッションに絡みついてきた!


「なんだこれは!?高貴な私にこんな…離れろっ!あの女の呪いか…!?」

「やれやれ……、聖なる力をもつ彼女が、どうしてあんなに体が弱いのか、考えたことはないのかい?」

「リコリス校長先生!?どうしてここに!?」

「それはワシが最高の魔道士だから。ここ、校長室から遠いだろ?歩くの大変なんだよ。だから魔法でちょちょいっと」


 リコリス校長は満足げに微笑んだ。メッションは恐れている。


「彼女の家系はね、代々体の弱い子が生まれる。その子を別邸で育てるんだ。皆、長生きできない。

それはね…王家にかけられた呪いや恨みなどを、ショコラ公爵家が引き受けているからなんだ。その黒い靄は、その呪い」

「王家にかけられた呪い…!?」

「そう、浄化しても浄化してもしきれなかった呪い。上物だ!君に相応しい!」

「がふっ…!?あのバカ女に…聖なる力…?それならあの馬鹿女のものを、もっと奪えば……」

「聖力のない君がどこまでもつかなあ。楽しみだよ」


メッションは気分が悪くなって倒れた。マドレーヌから奪おうと思うたび、どす黒い靄はメッションにどんどん乗り移ってきた。生命が削り取られる。意識が遠のく。

リコリスが、倒れたメッションをのぞき込んだ。


「こんな気持ちの悪いものを、カヌレ君が見たら卒倒しちゃうよ。まあ、マドレーヌ嬢の姿になって成りかわろうとしたから、呪いも移ったんだろうけどね」


指をひと振りして、メッションの姿を元に戻す。呪いがマドレーヌに戻らないのを確認する。呪いはメッションに固定された。マドレーヌに治癒の魔法をかけて、猿轡とロープをはずし、ベッドに寝かせた。

 入口から、足音がした。


「時間切れだ。ワシは戻らないと。こんなところを見られたら、疑われて君の恋人に切り殺されそうだからね。…よく頑張ったね、幸せにおなり」


 リコリス校長の姿が消えたあと、カヌレとモブエーが駆け込んできた。

 カヌレはマドレーヌを見つけ、抱き抱えると外へ連れ出した。女生徒達がもってきた毛布にマドレーヌを包み、連絡を受けて待機している保健室へ走り去る。

 モブエーは男子生徒達と、意識を失ったメッションから魔道具を取り去り牢の中へ入れ、ベッドへ彼を寝かせた。駆けつけた騎士や先生に引き継ぎをする。

 ふと、モブエーは違和感に気づいた。


(…校長先生の超高級男性コロンの残り香が…!!先に来られてたのか、僕達は走らせて。…老害め!最高魔道士なら僕達も一緒に運べたはずだ!

あああ!もうこれだから…)


 モブエーはプンプン怒っている。メッションが倒れていて、マドレーヌの顔色が画面で見たものより良かったこと。何があったか推察する。深入りしてはいけないと結論づける。王弟殿下の校長が隠したがることを暴いてはいけない。命がいくらあっても足りない………。

 とにかくマドレーヌが戻ったことを喜ぼう。彼女は皆の『推し』なのだ。


(元気になられたら、僕もお茶会に参加させてほしいな…)






☆☆☆☆☆






 サルミアッキ王立学園で、盛大なティーパーティが開かれた。

 招待客は体調の回復したマドレーヌ、カヌレ、ガレット皇太子、マカロン王女、暴動の鎮圧に協力したレディ・マンボウ保護同好会のメンバーである。

 マドレーヌの体に合わせたメニューとして、マドレーヌの家の料理長が、監修にたずさわっている。

 色とりどりの薔薇が咲きみだれる庭園、プロの楽団が奏でる曲が静かに流れる。

 学園とは思えない華やかさだ。

 皆、嬉しそうに楽しんでいる。 

 やがて日が傾き、たくさんの魔法の光が、幻想的に薔薇園に浮かびあがった。


「とっても素敵ね。カヌレもそう思わない?」

「はい、とても。マドレーヌ様、私とダンスを踊っていただけませんか?」

「え?でも…わたしダンスを踊れないわ」

「大丈夫です。軽く体を揺らすだけのものです」

「それなら…ええ、喜んで」


 人の少ない薔薇園の隅へ移動して、踊り始める。


「マドレーヌ様。実は叙爵されて、伯爵位と領地をいただけることになりました。」

「まあ!おめでとう!カヌレは本当に頑張ったものね。わたしも嬉しい」

「だから…私と結婚しませんか?今住んでる家も買い取れる算段がつきました。

ローズさんも料理長も来てくれます」

「わ、わたしでいいんですか?わたしは体が弱くて社交もできないし…。あなたなら、どんな女性も望みのままでしょう。あなたはその…わたしに関わったら…」

「あなたがいいんです。運命はかわりました。どうか私と生きてください」

「…はい…!」


 マドレーヌは嬉しくてボロボロと涙があふれた。

 カヌレは彼女をしっかりと抱きしめる。

 そんな2人を、周りは暖かく見守った。

 ガレットは隣に座るマカロンの耳元に口を寄せ、ささやいた。


「もしよかったら、俺の国に来ないか?あなた好みのお茶室を宮殿に用意するよ、一生ね」

「まあ!素敵ね。喜んで」


 マカロンは頬を赤らめ、花が咲きほころぶように微笑んだ。

 



 薔薇園の全体を見渡せるベンチで、モブエーとモブビーコが座り、話している。

 モブエーは、疲れきって目の下が黒い。このお茶会を成功させるために、今まであちこち駆けずりまわっていたのだ。

 モブビーコは、ハンカチを握り締め号泣している。


「世紀の瞬間ね!感動だわ…!」

「ああ…よかったよ。あのさ…今から言うのは僕の独り言なんだけど…」

「ん?うん。聞かなかったふり、もしくは他言無用ってことね。なに?」

「今回の事件、一人勝ちはリコリス校長だよ」

「ええ?リコリス校長が?こんな素敵なティーパーティを開いてくれたのに?私達皆マドレーヌ様とご挨拶できたわ!」

「うん…。まず、メッシュ様にハニートラップを仕掛けてた。初めから彼を王位につける気がなかったんだ。潰すつもりだったんだろうね。そしてガレット様はマカロン様の好みのタイプ。ガレット様も同様だ。ガレット様の留学は校長が手配したと聞く。おかしいと思わないかい?こんな王位継承で争ってる時にさ。校長と仲良くなかったメッシュ様の派閥はほとんどお取り潰しに降格で全滅…。他に世継ぎになれそうな子どもはいない…」

「なんだか怖いわね。つまり?」

「次の王様は、王弟のリコリス校長だよ。現王様はマカロン様の兄君の失態の証拠を握られて、逆らえないって噂さ」

「どこから聞いたの?そんな噂」

「宰相の御子息様から…宿題教えてあげてる…。まあ忘れて。せっかくのパーティに無粋な話しちゃった」

「分かった。モブエーも休んだほうがいいわ。目の下真っ黒よ。マドレーヌ様も、心配されてたわ」

「あー…そうだね」


(…校長先生はマドレーヌ様だけは守ってくれた。本当によかった。彼女は僕の夢が叶うのを助けてくれた。どうか次は、貴女様の夢を叶えてください…)


 見ていれば、マドレーヌとカヌレが身分をこえて想い合ってるのはすぐ分かった。

 幻想的で美しいティーパーティも、終わりの時が来る。

 それぞれの思い出を胸に秘め、みな家路に向かった。










――…カーンカーンカーン……




 日は高く昇り鳥が歌い花は咲き乱れ、教会の鐘が喜びの音を響き渡らせている。

 華やかで美しいステンドグラスが、色彩豊かに輝いている。

 教会の中は、笑顔にあふれた人達でいっぱいだ。

 学園内にある小さな教会で、カヌレとマドレーヌが結婚式をあげている。

 学生結婚だ。

 マドレーヌは可愛らしいウエディングドレスを着ていた。ファンクラブの女生徒達と一緒に刺繍をしたものだ。

 カヌレも同様の白いタキシードを着ている。

 マドレーヌの家族とカヌレの父は、後ろの方でこの可愛らしい結婚式を見守っていた。王弟であるリコリス校長が、結婚式を取り仕切ったため、口を出すことはなかった。

 ローズも料理長も礼服を着て参加している。とても嬉しそうだ。



 カヌレ夫妻は、卒業するとマカロン王女とともに、ガレットの国へ行く。

 ガレットが信頼できる有能なカヌレに、自分の側近になってくれるよう頼みこんだのだ。カヌレは叙爵を条件に引き受けた。彼はゆくゆく侯爵になる。

 マーガレットも少しづつ体力がついてきている。悪夢を見ることもなく、聖獣はどんどん可愛くなっている。

 ファンクラブの会員達は、年に2回、隣国への大型旅行を決め、マドレーヌとのお茶会を計画している。遠征というやつだ。




 結婚式のあと、花の咲き乱れる庭園で、ガーデンパーティーが始まった。

 リコリス校長が、ローズに挨拶にきた。とてもいい笑顔だ。


「お久しぶり。やっと会えて嬉しいよ」

「…クソじじぃ…」

「断トツトップで卒業した君を、右腕にするつもりだったのに…今からでも戻ってこないかい?特定の個人の時間を巻き戻すなんて、魔術の最高傑作じゃないか」

「お断りします。それにこの魔術は封印します。悪用されたら困りますから。

…私はただ、お人好しがハッピーエンドになる世界を見たかっただけですから」

「人たらしだねぇ、マドレーヌ嬢は」

「そうですね、私も最初は王家の呪いを調査するだけのつもりでしたから。

ごらんなさい、美しい花嫁と花婿じゃないですか。きっと子どもをたくさん作りますよ。私が理想的にお育てしなければ」


 ローズは優雅に一礼すると、マドレーヌ達の方へ歩き出した。

 校長も遅れてローズの後を追いながら、呟く。


「やれやれ。それは是非うちに入学していただいて、優秀な手駒になってもらわないと」







 カヌレは、感無量だった。

 前回の人生で死んだ日を乗り越え、心から愛するマドレーヌと結婚したのだ。

 前世の悲劇を忘れることはない。

 亡くなる瞬間まで彼女を想った。

 自分の悲報を聞いて衰弱し、亡くなるまで自分の為に祈ってくれたマドレーヌ。

 今度こそ幸せにしたい。

 いや、絶対にする。



 マドレーヌは、胸がいっぱいで涙ぐんでいた。

 『夢のお告げ』では、今日は彼の訃報を教会で聞かされた日だった。

 今、彼は目の前に立ち、永遠の愛を誓っている。

 孤独だった式は、たくさんのお友達に祝福されている。

 なんて幸せなんだろう。失敗しても失敗しても努力し続けた長い道のり。

 これからも、彼と一緒に続けていく。

 命あるかぎり、真心を尽くして。










Fin


最後まで、お読みいただきありがとうございます!

少しでも面白いと思っていただけたら、広告の下にある【⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎】で評価してもらえると嬉しいです。執筆の励みになります。


続編に『王弟殿下と侍女のやりなおし』を書きました。リコリス校長先生と侍女ローズの関係が明らかになります。マドレーヌとカヌレの結婚後のお話です。完結しています。よかったら、お読みください。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] レディマンボウ…良かったです!(笑) 腹黒王弟校長…やるな!狙いは王座だったか…王女は隣国に嫁に出してギャレットに王家の呪い押し付けた上に消して…確かに一人勝ち(笑) モブエー…何気に凄いよ…
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