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奥様に捨てられた伯爵様  作者: 美輪 伊織
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アルフレッド目線です。

 父親が愛人を持っているのは気が付いていた。

 正確には父親がローズ(母親)と自分を大切に扱っていないと気がつくのは割と早かった。


 アルフレッドが言葉を理解できるようになり母に連れられてカークランド家に里帰りするようになった時、従姉妹たちが父親と毎日のように遊んでもらう事実を知ってから父親に対して不信感を持ったのだ。


 ペイリーおじ様はいつも伯母さまに帰宅した後は頬にキスを贈るし、ダグラスおじ様は誕生日以外にも奥さんに花やアクセサリーを渡していた。

 カークランドの家は広く、伯爵邸の自分の家より立派な玄関ホールがあった。

 西棟東棟と本棟があり、兄弟で棟を分けて使っているとお爺さまは教えてくれた。


 本邸にはお爺さまたちとローズ母様が子供の時から使っている部屋がある。ローズ母様はカークランド家に年に2回里帰りをする時、その部屋を使っていた。

 家の中は清潔で、従姉妹たちの洋服も遊びに行く度に新調されている。自分はいつも同じシャツか若しくは父親のシャツの仕立て直しを着ていた。


 ペンデルトンの館とは全く違う使用人たちの明るさや働きぶりもアルフレッドには眩しく映る。従姉妹たちは屈託なく笑い母親と一緒に焼いたケーキをご馳走してくれた。


 母のローズはアルフレッドに寂しい想いをさせないように懸命に相手をしてくれるが成長するにつれ周囲の環境が理解できるようになればなる程アルフレッドはペンデルトン家が家族として成り立っていないことを痛感する。


 父親から貰った玩具は大して無い。

 ペンデルトンの祖父母が招待されている日は特別でその日だけは自分に父親が財布を開く。

 なぜ?と思うがきっと自分の親に『私は父親としてちゃんとしているんだぞ』とみせつけたいが為なんだろうとそのうち思い至った。

 母の少ない財布から出費させなくて済むと思えば何とか笑顔も作れる。


 学院に上がる頃にはアルフレッドにだって分かっていた。

 通常渡されるはずの家の維持費は父親から母には殆ど渡されていない。

 母はカークランド家から持たされていた宝飾品を売っては息子である自分の必要経費に回してくれた。それでもアルフレッドは制服以外の服は極端に枚数が少なく時折破れた箇所を母親が繕ってくれていたのも知っている。そんな母親を使用人たちは手伝うどころか陰で笑い、『子爵家出身だと使用人みたいなことまで出来るなんて便利ね。』とバカにした。

 母は維持費と称した端金を更に節約してお金が貯まると自分のドレスを新調することはなく、必ずアルフレッドの洋服、教育に当ててくれる。

 ペンデルトンのお祖父様たちは時々遊びに来るが『ペンデルトン家の嫡男として恥じぬように努力しなさい。』と言うばかりでカークランド家のお祖母様のように学用品を買ってくれたりレストランに食事に連れ出してくれることはなかった。


 金は出さないが口は出す。


 それが物心ついた後のアルフレッドの印象であった。


 母は色白で柔らかい印象の女性だが学院では成績が常にトップだったらしい。

 アルフレッドが学院に入学してすぐに多くの教師、学院長までもが声を掛けてきた。


 化粧気があまりなく幼い印象の母だが、負けん気の強さで王太子をも凌いだ成績はあの当時有名であったと誰もが語る。

 勉強は一緒に見てくれるし、兎に角母は争い事を好まない穏やかな人間であると思っていたので教師の口から語られるその像には戸惑ってしまうほどだった。


 美人とは違うと思うが母は小柄で柔らかく可愛らしい。

 友人たちもよく『お前の母親は本当に可愛いな。』と照れながら声を掛けてくるくらいだ。


 裕福な貴族の令嬢として育った母は本当は着飾って出かけたりしたいのだろう・・・といつも思う。だが自分にその力がないのが情けなかった。


 ダグラスおじ様の奥方はいつもローズ母様を心配していた。

 元々同じ学院の同級生であったそうで、折を見ては茶会に呼んでくれていた。


 今思えば友人として、義姉として母がこれ以上害されないように気を配ってくれていたのだろう。


『新商品を私のお店で作ったの。良かったら試供品だけど使ってちょうだい。』そう言っては母に化粧品を山のように持たせてくれていた。


 学生時代可愛らしくツルンとしていた母の肌が失われるなんて勿体ない!大手商会で平民出身の伯母は事あるごとにそう呟いた。

 金銭的な理由で手入れが行き届かなくなる母に少しでも手を掛けてあげたくて、友人として気遣ってのことであろう。


 9歳の誕生日会に父は現れなかった。

 うっかり仕事を入れてしまったのだと祖父母の前で翌朝僕に謝ってくれたがその表情は何とも白々しい。

 勿論僕に贈り物の準備も無かった。完全に忘れていたことは明白だ。


 祖父母は誕生会に呼んでもないのにやって来た。しかも子供(友人)相手にペンデルトン家の講釈を垂れただけでプレゼントはなし。

 カークランド家の従姉妹たちは僕に最新の流行の服なんだよ!と人気の洋品店で購入した一式を2セットも贈ってくれた。

 おませな2人は能書きは垂れるが、一生懸命僕に選んでくれただけあってその服は凄くカッコ良くてお洒落だった。

 それを見たペンデルトンの祖父母は少しだけ気恥ずかしそうにした。


 僕だってもう9歳だ。多くの事情が前より理解できる。

 祖父母が手ぶらで来る事を恥じているのが分かっただけで多少だが溜飲は下がった。


 深夜に酔っ払って帰宅したことが流石に気まずかったのか父は『何か欲しいものはあるかい?』

 と尋ねてきた。

『家族旅行に行きたいです。』と答えたら少し難しそうな表情をして

『時間ができたら行こう。』と返事した。


 学院に行くとアプリーヌ宝飾店の娘が僕に声をかけた。

『おはよう!お誕生日おめでとう!昨日はお祝いに行けなくてごめんなさいね。

 昨日ペンデルトン様がうちのお店でエメラルドの大きな石をお買いになったわ。アルフレッドの瞳の色よね!そのうち何か素敵なものに加工されてプレゼントになさるんじゃない?』


 そんな日は来ないと分かっていたのにまだ大人になりきれなかった僕は父親に少しだけ期待してしまった。


 1月経っても勿論プレゼントは僕の手元には届かない。当然旅行の誘いも無い。

 母上はカークランド家に頼んだのか分からないが誕生日当日に短剣を贈ってくれた。

 柄の真ん中にはルビーの宝石があしらわれており、溜息が出るほど大変立派であった。だが翌日僕は母の宝石箱からルビーのブローチが無くなっていることに気が付いて泣きたくなった。


 今思えばエメラルドは僕の瞳の色でもあるが、父の瞳の色でもある。

 母以外の人に自分の瞳の宝石を贈る父に暫くして思い至ったがあくまでそれは可能性の一つだと自分を納得させた。


 そんなある日事件は起こった。


 ジョシュから父親が浮気をしていることがクラスの皆にバレたことを告げられた時頭が真っ白になった。

 知っていた事とはいえ自分たち家族は傍目から見るとこんな風に思われているのだと事実を突きつけられて情けなくて辛かった。

 自分の父親が恥ずかしくて仕方ないし、こんなに尽くしてくれている母親が馬鹿にされたことが悲しくて切なくてその日は子供のように泣いた。(よく考えたら僕はまだ子供だった。)


 母もきっと愛人のことは分かっていたけれど僕がいるから耐え抜いていたのだと改めて考えさせられた。


 ペンデルトン伯爵家は元々潰れそうなほど貧しかったらしい。それをカークランド子爵家の援助で立て直したのだと従姉妹たちが話していた。

 そんな状況にも関わらず、何故母を裏切れるのか?

 自分の顔がちょっと良いからってホイホイ女を誘うなんてとんでもない屑だ。

 しかし、ムカつく公爵家のホークも真実を言っている。

 自分たち母子は父親に顧みられていないことを認めたくなかっただけだ。

 そんな人間の足に縋って生きて行くのが堪らなく悔しかった。



 翌日ゴールドスミス伯爵が執務室に僕を呼んだ。


「アルフレッド君、具合はどうだい?昨日は息子が配慮が足らず言葉でも君を傷つけたね。済まなかった。」

 厳つい伯爵ではあるが顔だけが取り柄の自分の父親より数倍この男は信用できる。


 一晩母と泣き明かした僕は、すっかり落ち着きを取り戻していた。


「ジョシュは僕のことを思って言ってくれたんだって分かっています。

 一緒に階段から落ちることになってしまって本当にすみません。彼の怪我は大丈夫ですか?」

「腕をぶつけて、お尻に青痣が出来たくらいだよ。気にするな。

 ところで君のお母さんは大丈夫かい?」


 母は心労が一気に来たのか今も寝台に横たわったままだ。

 そして朝から少し熱が出ておりゴールドスミス伯爵は先ほど医者を呼んでくれた。

 伯爵は自ら手拭いを絞って母の額に乗せ、医者とも病状を話し合ってくれている。


 伯爵は僕たちを心配して今日は仕事を休んでくれた。思い返せば父は僕と母が病気でも仕事を休んだことも無ければ、部屋に看病に訪れた事も無い。

 伯爵はタオルを幾度も冷やし、母の額に浮かんだ汗を手拭いで押さえる。

 ペンだこと節の目立つ大きな掌で母の髪を優しく撫で、終いには汗をかいた寝巻きを着替えさせてくれようとまでしていた。

(ジョシュの乳母ヘレナ(43歳)に部屋から蹴り出されていたが。)


 伯爵が聞いているのは当然病状のことではない。

 父と母のことである。


 アルフレッドは子供ではあるが全くの無垢な人間でもない。


「本当のことを言うと僕も父の浮気については分かっていたんです。唯、自分たちが愛されていないことを認めたくなくて・・・」そう言葉にすると悲しさより悔しさが涙として目に浮かび上がってくる。


「母は元々裕福な子爵家で苦労なんてしたこともなかった女性です。争い事を好まないし自分が我慢すればいいと思っていたんでしょう。でも父が僕たちを蔑ろにするのなら僕は家を出たいと思います。」

「えーーーーーーーーーー!!!」

 後ろで素っ頓狂なジョシュの叫び声が聞こえた。


「アルフレッド!それは待って!!だって学園を卒業しないってことでしょう?!」

 書棚の陰から飛び出てくるとアルフレッドの肩を力一杯揺する。

「君首席だよ?!来年飛び級かもしれないくらい頭いいのに学園を辞めるなんて勿体ない!!それに僕とも毎日会えなくなっちゃうじゃないか?!」

 ジョシュは必死にアルフレッドを引き止める。


「ジョシュやめないか。アルフレッド君が困っている。だが・・・そうか・・・家を出たいのか・・・」

「はい。公爵家のホークが言うとおり僕の父が浮気を繰り返して愛人に貢ぐ為家計をまともに入れてくれません。母も僕もカークランド家のお情けで辛うじてやってこれていましたがそろそろ限界でしょう。恥ずかしい話執事たちだって僕らを軽んじてるので嫡男の僕が怪我しても気にしません。

 か弱い母が夕刻に1人で出掛けるのに護衛も付けないような家です。

 母は僕の爵位を気にしてますが僕はペンデルトン家にはそれほど価値も感じていないのです。母が持参金を用意してくれなかったらお取り潰しになっていたくらい貧しかった伯爵位ですよ?そんなもの要らない。

 ゴールドスミス伯爵。離婚は難しいと聞きますが、母が離婚することは可能ですか?きっと僕が家を出たいと言えば母は父との関係を諦めるでしょう。」

「貴族の離婚は難しいものだが条件が揃えば出来ないことはない。通常持参金が離婚時に返却されるが夫が払わなくて女性が困窮することから難しいとされるんだ。君は母上と実家を出たらどうするつもりだい?貴族の女性は大体働いたことがない。君の成長を待つにしても成人まであと7年もある。」

「学校を辞めて働きます。平民の子供たちは小さい頃から働いているんです。僕だってやれる。」

 アルフレッドはハンカチで涙を拭うとゴールドスミス伯爵に決意を伝えた。


 母をこれ以上苦しめるのはもう御免だ。

 2人で暮らしていけば貧しくても絶対に今より気持ちは前向きになるはずだ。


「そんなことは無理よ。アル。」いつの間にか部屋にはローズ母様が立っていた。


「貴方は貴族の中では贅沢を知らないかもしれないけれど、それでも平民に比べればずっと恵まれているの。お母様は大丈夫だからもう少しこのままペンデルトンに守られて成長してもいいのではなくって?」

 只でさえ色白な母は熱のせいで余計に顔に色がなく今にも死にそうなくらいフラフラだ。

 すると素早く立ち上がったゴールドスミス伯爵が母を支えた。


「いや、ペンデルトン夫人。アルフレッドの言い分も無視は出来ないよ。

 既に父親の所為でアルフレッドは学院で窮地に立たされている。社交界からまだ遠い位置にある学生の身分であるとは言えペンデルトン伯爵の件は簡単に目を瞑ることは出来ない。」

「浮気している殿方は沢山いますわ。」

「居ないとも言えませんが、妻をこれほど蔑ろにする夫は信じられない。

 これは手を上げられていないだけの日々の暴力だ。精神的に2人を追い詰めているしおそらくペンデルトン伯爵はそのうち愛人と子を儲けるかもしれませんよ。」

「・・・?それはどういう・・・。」

「嫡男を愛人の子供に挿げ替えることも今後あり得るということです。」


 なんてこと!!ローズは真っ青な顔で小さく悲鳴を上げた。


 だがよくよく考えるとそれは現実味を帯びた三文芝居のようで、現在伯爵家の当主であるジークフリードなら簡単に実現が出来そうなものだ。アルフレッドにあまり目を向けない父親である。気持ちの向いている愛人キャセリーヌが孕んで仕舞えばローズ母子を捨て簡単に鞍替えするのは目に見えている。


「私も社交界にはあまり出て行かない方なのでハッキリとは言えませんが、その・・・ジークフリード・ペンデルトン伯爵は今は1人の方とお付き合いされていますよね?」

 ローズは崩れ落ちるようにソファに凭れた。足には既に力が入らずいつの間にか頬には涙が伝っていた。


「はい。恐らくもう2年ほどその関係が続いていると思います。」


 ローズは不安げに瞳を揺らしながら伯爵に観念したように悲しげな顔を向ける。


 ゴールドスミス伯爵はローズも気付いていたのかと痛ましいほど表情を表に出した姿を子供達には見せられないと判断した。




「お前たちは部屋に下がっていなさい。今日は学院も休んでゆっくり過ごすといい。私たちは大人同士で今から解決策を探るから。」

 ゴールドスミス伯爵は穏やかに2人の少年の背中を押すと退室を促した。


「偶にはケーキを食べるといい。乳母のヘレナが準備してくれるよ。」ゴールドスミス伯爵は安心させるようにニッコリと笑った。



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