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アルフレッド目線です
「父さん、上手くローズさんに結婚してくださいって話せているかなぁ?」
ジョシュが時計を見ながらデザートのプディングに大きなスプーンを突き刺した。
今日はデザートのプレートは大皿で、ダイス型にカットした一口ケーキにアイスクリーム添え、真ん中にはプディングとフルーツが盛られている。食の細いアルフレッドは焼かれた腿肉をジョシュに早々に明け渡し、自分はこのプレートだけは完食しようと張り切っている。
「大丈夫だよ。母さまもローガンさんのことは好きなんだ。
鈍くて分かっていないみたいだけど、今夜はきっと上手くいくよ。」
アイスクリームを口に運ぶとアルフレッドはニマリと笑った。
本当にここまでの道程は楽じゃ無かった。
アルフレッドはローガンの下に身を寄せてからの5ヶ月を振り返る。
ゴールドスミス伯爵は学園にいる保護者席に座っている時から母のローズに想いを寄せていた。
入学式。
壇上に上がり新入生の挨拶を述べているとき保護者席はとてもよく見える。
父親が遅刻して席に座るまで、大柄な銀髪のあの男はローズを色欲の目で見つめていた。
きっと過去に何かあったんだろうな…とは易々と想像出来る。
母様の方を見ればそんな男の熱い視線には全く気が付いた様子はなく自分と目が合うと嬉しそうに手を振った。
俺の母様やっぱり可愛い。
アルフレッドは微笑んだ。
ドレスが古くても、持ち前の少女のような肌の美しさは健在で、化粧の薄さが他の厚化粧の母親達と比べて余計にローズを若く見せる。
大好きなローズ母様。
いつも笑顔で頭が良くて、誰からも好かれる母さま。
自分の父が子供ながらに最低だと理解するのは早かった。
比較するカークランド子爵家の家族を見てれば一目瞭然だ。ジークフリードは父親の役割を全く理解できない人間として何か欠落しているような男だった。普通よりも劣っているなら其れに近づこうとする努力さえも厭う人間性。
学院もまともに卒業出来ない人間はそういうところも理解できないのかな?
そうじゃない、ペンデルトン家そのものが歪なんだろう。
小さい頃から二人三脚で勉強を教えてくれる母親にアルフレッドは依存するようになっていた。
ローズは愛情深くアルフレッドを大切にしてくれる。それに比べて父親ときたら…………
ある日唐突に父親の生活リズムを疑問に思いノートに書き出してみれば仕事は頑張っているようだったが、それと同じくらい女遊びにも励んでいた。
馬鹿だから、証拠は残しまくるし言ってることも二転三転する。
喋った内容をきっとすぐに忘れてしまうのだろう。
鳥頭め。
顔が良いと鼻に掛けているようだが性格の悪さと軽薄さが年々表層に現れている。
母さまはお前如きが虐げて良い人間じゃ無いんだ。
使用人達も含めアルフレッドはペンデルトン家を憎んで憎んで憎んで出て行くことばかり考えていた。
ゴールドスミス伯爵のことは気になったので僕はすぐにジョシュ・ゴールドスミスに近付いた。
彼は入学式に珍しく片親で参加している貴族だったからすぐに分かった。
背が高く、見事な銀髪で父親にも良く似ていた。
明るくて苦労知らず。そんな印象の彼だが母親に飢えていたらしくてアルフレッドがローズの話をすると興味津々になり、逆にアルフレッドはローガンのことを沢山質問した。
ジョシュは裏表がなくとても良い子だ。僕は彼のことも気に入った。
この家族とずっと一緒だったらきっと何もかもが上手くいくだろうなあ〜と想像する。
なのでローガンに自分の家の内情をどんどんバラした。
父親が家に帰ってこないこと。
母親が使用人達からも嫌がらせを受けていること。
稼いでいるはずなのに、自分たちにお金が使われないこと。
同級生が宝飾店のオーナーの娘であること。
カークランド子爵家の伯父達のこと。
チェスの盤を挟み気軽な世間話のように打ち明けると彼は考え込む回数がどんどん増えた。
気になっている母が幸せな結婚ではないと知ると、どうやら怒っているようだった。
そうだ。
貴方しか僕たちを救えないんだ…
真面目すぎる彼に決断させるには本当に骨を折る。
それから父親にも同級生の女の子の父親が経営する宝飾店から招待状を送ってもらった。
同級生の女の子は僕に好意を寄せてくれているから招待状はお願いしたら二つ返事だ。
上顧客のみを呼んで行われる展示会というやつにペンデルトン家を招待させたのだ。
案の定、父は最近ご執心の愛人を連れて行き僕たちは留守番。
だがそれで良かった。馬鹿な愛人は高級宝飾店でジークフリードが顧客なんだと勝手に勘違いして、ドンドンアクセサリーを強請るようになった。彼女の店は安物は置いていない。
愛人は新しいアクセサリーを身につけると今度はそれを夜会などで見せびらかしたくなったようで、父にエスコートをせがむ。
父は初めこそ母を連れて行ったほうが良いのだろう夜会には愛人は連れて行かなかったが、そのうち見境がなくなり、最後の一年はずっと愛人を連れ回していた。
ゴールドスミス伯爵も何度もそれを見たらしく次第に僕を気遣うようになった。
『昨日の夜お父上はどうされていた?』
『父は帰って来ませんでした。
最近は夜会の夜は友人の家に泊まるからと言って自宅には戻らないのです。』
『先週は成績発表だったね。優秀者に選ばれたんだね。おめでとう!ところでお父上はお祝いはくれたかい?』
『父は学院を卒業していないせいかそういうことはわからないようです。ですが、母とカークランド家の伯父達が食事会を開いてくれました。
父ですか?その日は友人の家に泊まっていていませんでした。
夕食は野菜スープだけだったから今日はお腹がすいちゃって…すみません、こんなにおやつ食べちゃって。』
『ローガンおじさんは本当に素敵なお父さんだ。ジョシュくんが誇らしげにしているのが分かります。僕も側から見ていて羨ましいですから。』
『母さんはどうも顔の良い父のことをそんなに好きでは無かったようですよ。カークランドおじさん達だってハンサムとは程遠いですから。貴族のお見合いって難しいですよね〜』
そんな風に話し続けているとやがて事件が起こった。
公爵家のホークが僕を蹴落とそうとして父親をネタに噂話を広めたのだ。
これは予想外の事態ではあった。
あのクソみたいな父親のせいで僕が貶められるなんて!!
腹が立ちすぎて子供みたいに一瞬暴れてしまう(いや僕はまだ子供だった)
しかしローガンおじさんはそのことを切っ掛けに何か決断できたらしい。
ローズ母様の説得に当たってくれるようで僕たちをその日は執務室から追い出した。
僕は大したことはしていない。
ただ、ペンデルトン家から出て行きたいんだ。
そしてそれは叶いそうな予感がする。
裁判が始まるとローガンおじさんはローズ母様を手元に置いておきたいらしくて家庭教師という仕事をくれた。
一つ屋根の下で生活が始まる!!それはとても嬉しかった。
奥手で真面目なローガンおじさんは中々母様に手を伸ばそうとしない。
ちょっとやりすぎかな?と思いながら寝衣のまま母親をウロウロさせたり、深夜に二人きりで勉強部屋(とても狭い)に入れたり、お酒を飲むように仕向けたり。
それでもローガンおじさんは『好き』だの『愛してる』だのと小説みたいに言わない。
ローズ母様は鈍いからちゃんと言わなきゃわからないタイプなのに!!
そうこうしていたら執事のお爺ちゃんがちょっとずつローガンおじさんに催促の言葉を言うようになった。
ゴールドスミス伯爵邸の使用人達は、本当に気が利いている。
だけどある晩トイレで起きるとローガンおじさんが母様にお酒を注ぎ手を握ろうとしていた。
『母様…怖い夢を見ちゃいました。一緒に寝てくれませんか?』
母は飛んできて僕を抱きしめる。
抱きしめられた腕の間から覗きみればローガンおじさんは目に見えて肩を落とし残念そうだった。
まあ。
もう少しは僕だけの母様にしておきたいんだ。
ローガンおじさんのことを最近ローズ母様は沢山褒めている。
きっと彼のことを好ましいと思っているんだろう。
誠実で礼儀正しく順番を守り、人間性も悪くない。
彼なら僕のことも嫌わないだろう。
ペンデルトン家の爵位?要らない。
僕は文官になって自分で手柄を立ててどうしても欲しければ叙爵してもらう。
頭が何せ良いんだ。
他の人間が間抜けに見えるくらい。
ローズ母様とゴールドスミス伯爵の後ろ盾があれば商売だって好きにできそうだ。
裁判がやっと終わったけど、戦った母様みたいに僕も自分の人生は自分で切り拓きたいと思う。
他人任せでは人生は面白くないし、納得できないことが多いんだ。
自分がやりたいことを目標に向かって真っ直ぐ勉強していると、得たかったものが何だったのか見失わなくて済む。
僕は新しい父親と、ローズ母様を幸せにしてくれる人を探していた。
それに向かって思いつくことをイメージしながらコツコツこなしていて今日に至る。
裁判は勝ったからもう少しで希望が叶いそうだ。
人の気持ちは数式みたいに確実では無いからもしかしたらローズ母様はローガンおじさんに良い返事はしないかもしれない。
でも一つの目標であった、ペンデルトン家を出ることは叶った。
ローズ母様は最近また可愛くなったし、大人の社交場に出ていけばきっと父親候補はまだ沢山いるだろう。
作戦はいつも、プラン一つじゃダメなんだ。
プランAが頓挫したらプランBを発動しないとね?
だから僕は班隊長に選ばれた。
僕はジョシュが好きだからできればゴールドスミス伯爵家にこのまま居たいからローガンおじさん!頑張って!
いつもより少し遅い就寝時間だったけど母様達はまだ戻って来ていない。
だから……上手くいったってことかな?




