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奥様に捨てられた伯爵様  作者: 三輪有利佳
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後数話です。

お付き合いくださいませ。

 ペンデルトン家を出てから裁判が始まる前まではカークランド家に身を寄せていたが、ローズは肩身の狭さを痛感していた。

 出戻りとはどうしても近所の人々に話題を与えてしまう。

 社交界では少しでも事実が知りたいとカークランド家に茶会や夜会の招待状が沢山届く。

 それに対応する兄達と友人二人が気の毒で申し訳なかった。


(ローガンが言う通りになったわ…)

 兄弟の妻達は『気にしないで!』と言うが、好奇心旺盛な貴族の相手をずっとさせて仕舞うことをローズは気に病んでしまう。

 彼女達は学院時代からの自分の友人ではあるが、だからこそ甘えられない一線もある。


 それでローズとアルフレッドは荷物の整理がいち段落ついた日からゴールドスミス伯爵邸に住居を移した。

 ローガンの申し出に甘えて間借りさせて貰うことにしたのだ。

 意外にもそれはとても快適で、ローガンも女主人の代理が利くローズを重宝したし、手頃な値段で安全な住まいを手に入れられたローズは感謝しかない。


 建前としてはジョシュの家庭教師としてローズは住み込みという形だ。

 ここでも学院時代の成績や資格が役に立った。

 ゴールドスミス伯爵家の使用人達はローズの素晴らしい履歴書と所作を褒め称え、同じ使用人の括りではあったが貴族の夫人であるということもかなり考慮してくれた。


 ジョシュは快活で素直な可愛らしい男の子だ。母親に飢えていたのか少しのことでも喜びローズを慕ってくれる。

 親譲りで身長はアルフレッドより高いが、二人はウマが合うようで兄弟のように戯れあっている姿は微笑ましい。

 お兄さん役はアルフレッドらしいが、体が大きくともジョシュはうまく甘えて弟役をこなしていた。



 男親が育てていたからか、食事のマナーやエスコート、言葉使い、と勉強以外にも学んでもらいたい点は住んでみれば目に入る。

 ローズは非常に張り切った。


 そして夜は仕事から戻ったローガンに自分の文官試験の勉強を見てもらう。


 ローガンは冗談を言うタイプの人間ではないが、頭の回転が速く教え方が上手い。ローズがそれを伝えたところ照れて耳まで赤く染めた。


「俺は天才肌じゃないからね。勉強は嫌いじゃないんだけど王宮には天才が沢山いる。自分が試験を彼らの倍の時間かけて勉強し、苦労して学んだタイプだから教えるときにコツが分かるんだと思う。」


 謙遜するローガンは優しく、頼もしかった。

 勉強する喜びを再び思い出したローズは

『自分は着飾ることや女性らしい何かで他の人と競うのはやっぱり向いていない。

 結果がわかる、こういう勉強に力を入れる方がずっと生き生きしていられるんだわ。』と自分のことを理解した。


 裁判の真っ最中キャセリーヌとローズを比較する言葉は何度もジークフリードから出てきた。愛人を作ったのはローズに非があるのだと向こうの弁護士は立証しようとしたからだ。

『色気がない、可愛げがない、女として甘えられたことがない。』

『知識をひけらかす。金銭をダイレクトに請求する。女として見られない。』

 その言葉全てに傷ついた。

 確かにジークフリードは顔は整ってた。

 ローズの好みとは違うが、女性が放っておかなかったのも理解できる。


 自分は顔立ちが童顔だからその隙間を埋めたいと夜会ではキチンと化粧をするように心がけた。だが、念入りに化粧をすると『どこにそんな金を持っていたのだ?カークランド家?学院時代の友人がくれた?

 お前は私のことを甲斐性がない男だと周りに話すんだな。だから同情されて学院の友達に物を下げ渡されるような真似をしても平気なのだ。

 恥ずかしい!女なら夫を立ててそんなことは友人に話すべきでは無いだろう?』

 そんな話はしていない、素っぴんの自分を見て友人達が不用品や試供品をくれるのだ!と訴えたが聞く耳は持たれなかった。

 愛人のように上手に必要品を強請れない、可愛らしく寝室に誘えない、真面目に勉強ばかりしてきたローズにはジークフリードの望む女性像は掴めず混乱するばかりであった。

 家の切り盛りに必要な金額もいつも少額すぎて大切なお持て成しをしなければならない時は非常に困っていた。

 曖昧な言い方が悪いのだと思い、リストアップして表に纏めたら『女のくせに小賢しい』と罵られた。


 ローガンはそれを聞くと

『女性の魅力が全部色気だと思っている時点でローズはまだまだ初心なのかもしれないね。それに一々伺いを立てないとお金を融通してもらえない状況は当主の采配が悪いからさ。ペンデルトン伯爵はそんなことを法廷で話して逆に心配だよ、伯爵家には支払い能力が無いのかと疑われそうだから。

 それより君の夜会での化粧して着飾った姿を見たかった。』と微笑った。

 ローズは意味が理解できずに首を傾げたがローガンは全く気にしていない。だが視線は優しく慈しむようにローズを見守るのである。

 ローズは、褒められたわけではないが、彼の気遣いに思わず顔を赤くした。



 ローガンは妹のアマンダと別荘に遊びに来たときの明るく可愛らしいローズと今のローズは変わらないのだと嬉しくなる。

 困難に立ち向かい、何かに挑んでいるときのローズの瞳の輝きはローガンの心を浮き立たせる。

 全く…二十歳の時に戻ったみたいだ。

 裁判で心ない言葉に傷つき、隠れて涙を流すローズの姿も知っているが、勉強机に齧り付き一心不乱に未来を切り開こうとするローズも識っている。

 学院で見たときは、夫に愛されず笑顔も暗かったが今はアルフレッド達と団欒を楽しんでおり、幾分頬もふっくらしてきた。


 ペンデルトンの邸を出た後は化粧も手入れもしているお陰で肌も艶やかだ。

 風呂上がりの寝衣の時など上気した肌は艶かしく、偶に寝酒も付き合ってくれる。


 ローガン本人に女性を口説くスキルが皆無なため、そんな彼女を褒めたことはない。会話はもっぱら文官試験のこと、裁判のことであるがローガンは毎日が充実して輝いていた。


 この裁判が終わったら気持ちを伝えよう。


 ローガンはローズと再会してからずっと胸に秘めていたものを決意する。

 それに……


 日に日に使用人達の生ぬるい視線にローガンが耐えられなくなっている。

 今まで後妻を取れと何度もせっつかれてきたが、今や最高潮に執事の圧が凄い。


『ローズ様はすっかり落ち着かれましたね。しかもお綺麗でお可愛らしい。

 文官で出仕なさるようになれば直ぐに縁談が舞い込むでしょう。そう思いませんか?旦那様?』

『裁判も上手くいきそうですね。見てください!新聞の見出し。〈ペンデルトン家の健気な美人妻勝利目前〉だそうです。美人妻ですって。みなさん好意的ですね。』


 これが日に幾度か繰り返される。


 早くしろ。

 呑気に構えてるんじゃない。

 文官に受かってしまったら彼らは出ていくんだぞ!

 上品でまだ若い夫人を家から出して仕舞えば沢山の男達が寄ってくる。


 ローガンだって分かっているのだ。


 だから、この裁判の終了と共にプロポーズするつもりだ。



 +++++++++++++++++



 自分の恥ずかしい過去を晒して裁判に挑んだローズは、金額、条件ともに殆ど満たされた判決を獲得できた。


 アルフレッドの養育は母親のローズが全権を握り、養育費用は希望額よりも一割程減額されたが一括支払いをペンデルトン家は命じられた。

 弁護士が婚姻時の持参金を返済させる算段がついた為暫くはローズが無職であっても生活には困らないだろう…と教えてくれる。婚約時に前カークランド子爵が交わしてくれた金銭に関する契約書が役に立ったそうだ。

 夫の使い込みを懸念していた訳では無いだろうが持参金が多かった為念入りに備えたのであろう。


 アルフレッドと二人で結果を聞きながら手を取り合って喜んだ。


 貴族の籍からは外れるが伯爵家の屋敷には住んでいても元々貧しい生活を強いられていたのだ。

 月々に使える金額は予想以上でローズは胸を撫でおろす。

 皮肉なことに以前よりもちゃんとアルフレッドに充実した衣食を与えられそうである。


 ゴールドスミス邸に戻るとローガンにも知らせは直ぐに届いたようでローズは『お祝いしよう!』とディナーに誘われた。


 長らく外食などしていなかったローズは年甲斐もなく飛び上がりアルフレッドを連れて行こうとするが息子はそんな母親に断りを入れる。


『今日は二人で行っておいでよ。僕はジョシュとつもる話があるんだ。男の友情の話だよ?だから母様はいない方が助かる。

 それに週が明けたら僕は学院に復帰するつもりだから準備もしたい。』


 そうなの?と首を傾げる母を『なんでいい歳して母親とお出かけを喜ぶと思ってるの?』と切り返される。


 ゴールドスミス家の執事も後を引き継ぐ。


「お子様達も昨日は眠れなかったでしょうし、お疲れなのですよ。御坊ちゃまと二人のおもてなしは私たちに任せてください。

 今夜は子供が喜ぶディナーを準備しますのできっと大はしゃぎですよ?」


 そうか…マナーのキチンとしたレストランじゃ大騒ぎも出来ない。男の子二人は本日無礼講で親がいない時間を楽しむのか、と腑に落ちた。



「お願いしても宜しいのですか?」

「勿論です。今日はローガン様とお楽しみください。魚介類の非常に美味しいお店ですので。」



 ローズは先日義姉からお下がりで貰ったドレスを引っ張り出すと久しぶりにコルセットを締めて貰うことにする。

『買ったけど思ったより裾のボリュームが広がらなくて私には合わなかったの。』そう言われて渡されたドレスは深いボルドー色が美しいベルベット生地。何よりとても上品だ。

 色の白いローズによく似合い、義姉より幾分小柄なローズにはスカート部分のボリュームも程よい。


 裁判を始める前はまだ汗ばむ陽気であったのに、最近では夜はジャケット無しでは寒くて震えてしまう。

 夜に出掛けるなど久しぶりだ。手持ちのもので羽織れるものが無かったか探してみる。

 すると誰かがコンコンコンコンとノックした。



 最近はずっとローズの世話を手伝ってくれているメイドのクララは満面の笑みでテーブルに箱を置く。

「こちらはローガン様からの贈り物です。」


 洋品店の大きな箱を開けてみると中には襟付きの白藤色の柔らかなケープコートが入っていた。


「まぁすごく素敵……ローガン様が?」

「はい!きっと今日のお祝いですわよ。色白なローズ様にきっと似合います!!」


 二人は微笑み合うと今日のお出かけはこれを着て行ってもいいわよね?と支度に取り掛かる。


 暫くするとその部屋からは久しぶりのコルセットに苦労するローズの呻き声が聞こえるのであった。






 >>>>>>>>>>>>>>>>>>


 ローガンは仕事を早々に切り上げるとローズと待ち合わせた店に向かった。


 絶対に遅刻しない!!



 店に着くとローズはまだ来ておらずローガンは胸を撫でおろす。

 支配人を呼び彼女と大切な話があると伝え、お祝いに向く酒の準備を頼む。


 意外だったのはローズは結構イケる口であったという新事実。

 学生のローズに避暑地で酒を勧めたことは無かったが、大人になったローズには勉強後に寝酒を何度か振る舞った。


 ローズは甘くて口当たりの良い酒も嫌いでは無いというが、蒸留酒などの強めの酒も好きらしくローガンと共に同じ量を飲んでもケロリとしている。


 ほんの少しだけ頬を染めるが喋り方も意識も酔った感じはしない。

 もしかしたらローガンの方が先に酔い潰れる可能性だってある。


 ローガンは胸ポケットに入れた小さなリングケースを確かめるように叩く。


『どうか俺の気持ちに応えてくれますように。』


 世話をしたから、恩義を感じてYESと言わせるのは間違っている。

 ローズが嫌がったり困ったりしたら身を引く覚悟はしている。


 だが………どうか気持ちに応えて欲しい。


 先回りしてカークランド兄弟には既に了承は貰った。

 こういう狡猾さは王宮勤めのサガなのだがローガンは全く気が付いていなかった。


ペイリー「あのゴールドスミス伯爵少し狡猾すぎやしないか?」

ダグラス「お前もそう思ったんだな…

そうだな。気が付いた時には家の下に石垣を積まれていたような底知れない計画性があるな。」

ペイリー「ローズ………大丈夫かな?次は失敗できんぞ?」

ダグラス「言っても末っ子の甘ちゃんな妹だ。あれくらい懐の広い、計画性のある旦那の方が向いてるかもしれん。」

ペイリー「前が間抜けすぎたもんな。」

ダグラス「顔より男は包容力だ」

ペイリー「それ、自分のことだろ?

ダグラス「…………(怒)」


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