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奥様に捨てられた伯爵様  作者: 三輪有利佳
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「ゴールドスミス伯爵・・・この度は何とお礼を言ったら良いのやら・・・本当に妻と子供を助けて下さって有り難うございます。感謝に絶えません。

その・・・妻たちは一体この1週間どこにいたのでしょうか?」

辿々しいお礼の言葉を口にしながらジークフリードはゴールドスミス伯爵に一歩近寄り握手を求めた。

ローガン・ゴールドスミスはその大きな手を出すと力強くその手を握り返す。


「初めまして。ペンデルトン伯爵。ローガン・ゴールドスミスだ。息子のジョシュは学院でもアルフレッドの同級生で仲良くさせてもらっている。」


そう言われると威圧感のあるゴールドスミス伯爵の雰囲気が気持ち和らいだ気がしてジークフリードは少し胸を撫で下ろす。


「そうでしたか。息子の………

ところでその、妻たちはこの1週間どこにいたのでしょう?」

二人に目を向けるがローズもアルフレッドも表情を固くしたまま口を開こうとせずジークフリードは視線を逸らされた。


???

今までそんな態度を取られたことのないジークフリードは驚く。


体に見合わずローガンは落ち着いた声で話し始めた。


「実は我が家の別荘のそばでお二人は馬車の事故に遭われたのです。

無許可の貸馬車が山道で馬を上手く操れなかったようです。

馬車を横転させてローズ夫人はその時頭を強く打たれました。御者はその姿に驚いて逃げたそうですよ。

額から血を流し、意識が朦朧とした夫人をアルフレッド君は一人で馬車から頑張って助け出したそうです。

偶々我が家の年老いた使用人がお二人を見つけて保護いたしました。

しかしいかんせん人のいない田舎で、私が今回別荘を訪れたのも偶然というくらいの場所。お連れするのにこれだけの日にちが掛かってしまったと言うわけです。」

ローガンが口の重たい二人の代わりに説明をする。


「そうですか。よりによってなんでまたそんな場所に?」

ジークフリードは壊れた馬車が田舎にあった話は聞いてはいたが、そんな所に女子供二人が行くはずない、違う人が乗り捨てた馬車の事故であろうとその可能性を捨てていた。


(その周辺をしつこくカークランド兄弟が探し回っていると聞いた時『飛んだ的外れ』と馬鹿にしたがまさかあの馬車であったとは…)


「お二人は鷹を買いに来られていたのですよ。」ローガンが言うとジークフリードは益々意味がわからないと言うように首を傾げた。

そしてそれを見たローガンは(本当にわからないのか?)と眉を寄せる。


だがそんな事はもうどうでも良いか。

息子たちは戻ってきたのだ。

それに馬車は事故であったとゴールドスミス伯爵は話す。

密かに疑っていたキャセリーヌが事件を起こしたのではないかと言う疑惑はこれで晴れた。


最近『奥様よりも私の方が』とやたらと発言してきていたキャセリーヌが正妻と息子を破落戸たちを雇って殺したのではないか?と再び疑い始めていたところであった。

万が一そんなことが起こっては伯爵家の醜聞である。

杞憂であったかと胸を撫で下ろし、二人を迎えようと手を広げる。


「まあ、とにかく無事で良かった!!おいで!!」


そう言って二人に笑顔を向けるもローズも表情は固いまま、アルフレッドは強い視線で睨みつけてくる。


「どうした?」ジークフリードは少し苛立った声を出した。

言うことを聞かない二人を見たことがなかったから尚更だ。


一歩近づくと二人はスッと二歩分後ろに下がる。


すると呆れたようにローガンが話し始めた。



「本当に噂通りの家だったのですね。ペンデルトン伯爵。」

落ち着いたその声は侮蔑の色が含まれておりジークフリードは神経をヤスリで撫でられたように不快に感じた。

瞬時に腹をたてローガンを睨みつける。

しかしローガンは全く気にも留めないといった風で語り始めた。

「ローズ夫人に聞いておりましたが、まさか本当に伯爵家ともあろう家がこのような状態とはね。」


すると口を閉ざしたままだったアルフレッドが我慢ならないと言った風で大声を出した。


「僕たちがいなくなったあの日、父上はどこにいた?!!」


ジークフリードは一瞬答えられずに呆気に取られる。

「いや…仕事場だが「嘘だ!知ってるんだぞ!!」

アルフレッドは言葉を遮り射殺さんばかりに睨みつけてくる。

子供であるのにその眼光の鋭さに思わず後退りそうになるくらいだ。


だがまさか知っている筈はない。

「いや、「宝石店で愛人に宝石を買って楽しかったか?!」

今度は使用人たちが驚いた。


愛人と会っていたのは予想していたことだが、宝飾店に行っていたことは誰も知らなかったからだ。

だが、カークランド兄弟だけはそのアルフレッドの叫びを聞いても動じてはいなかった。弁護士の報告書に上がってきていた事実と同じであるのだから。


ローガンは困ったように頭を振る。


「ペンデルトン伯爵、私の息子が貴方を宝飾店で見ているのですよ。例の男爵令嬢と仲睦まじくしているところを。子供は正直だ。嘘はつけませんし、私もジョシュにアルフレッド君を欺けとは言えない。」

呆れたように手を振りローガンは続ける。

「貴方はご存知ではなかったようだが、アルフレッド君は学校の同級生の親たちに君の浮気現場を目撃されて以来ずっと馬鹿にされているのですよ。」

ジークフリードは学園長に言われた言葉が急に頭に蘇る。


〈貴方が食事宿に他の女性と入っていかれた日のことをネタにしてアルフレッド君はここ数ヶ月随分とクラスメイトから揶揄されていました。

『成績がどんなに優秀でも愛されていない子は気の毒だね』と彼らは揶揄ったのです〉


頭を殴られたようだった。


血を分けた息子が汚物でも見るかのように自分を睨んでいる。

「あの宝飾店はクラスメイトのご両親が経営しているお店です。本当にご存知ない?

競技会の後私は息子とあの宝飾店で記念品を買っていたのです。貴方が御令嬢と騒ぎながら買い物なさっている時に。息子はペンデルトン伯爵にすぐに気がついたし、オーナーも当然ながら気が付いておられました。」


ジークフリードは蒼白な顔でイヤまだ弁明の余地はあると必死に頭を働かせようと視線を彷徨わせた。


そんな姿を見ながらローガンは深いため息をつく。



「そもそも、今回の事件はどう考えても執事のドリル。君がことの発端だよね?」

急に話を振られドリルは驚きで目を見開く。


「伯爵位のローズ夫人が侍女も付けられずに貸馬車で学院に行くとは信じられないよ。

馬車の使用を何日も前から言われていただろう?それを意地悪して家紋入り馬車を出さないように手配したらしいね。全く伯爵家に勤める使用人とは思えん。」

ドリルは言い返したくて顔を真っ赤にした。


違う!!と叫び出したかったが実際に当主のジークフリードはあの日家紋入りの馬車の用意など頼んでいない。


何でこんな初対面の男に言われなければならないのか!?と睨みつけたが大柄な伯爵は反対に睨み返す。


「それに侍女長も仕事をしないしないと噂は聞いていたがここまでとは思わなかった。」


今度は後ろでドリルを他人事のように見ていた侍女長が名指しされる。


「夫人が着る物を用意するどころか、着ていこうとしていた物を洗濯桶に沈めて着ていけないようにしたそうじゃないか。」


下女も含めてメイドたちは驚きで目を見張る。


あの日のことは覚えている。


前日、ローズが少ないよそ行きのドレスに一人でアイロンを当てて手入れしていたこと。

それを侍女長が夜に引っ張り出してハンガーから毟り取ったことも。


『全く生意気な奥様だこと。私たちの仕事に文句があるなら言ってくれたら良いのに。

ご期待に添えないみたいだから洗濯からやり直して差し上げなくちゃね。』

そう言って他の汚れ物と一緒に洗濯桶のタライにジャボンと突っ込んでしまったのだ。


明日ローズ様きっと大慌てだわ!!そう言って手を叩いて嗤ったのは誰だったか…

しかし、皆で奥様を笑い者にしようと画策したのがバレていたなんて。


翌朝ローズは見たことのないドレスを着てサッと飛び出してしまったので顛末は見届けていないが、侍女長がしたことを知っていたとは露ほども思わなかった。


あの時同じ場所で嗤っていた下働きたちは真っ青になる。


カークランド兄弟はその話を聞いて怒りで眉を吊り上げ使用人たちをものすごい形相で睨みつけた。

使用人たちは震えながら思い出す。


そうだ…彼らを子爵だ、商人アキンドだと馬鹿にしていたが貴族であったのだと言うことを。


侍女長は声にならない言葉を口の中でモゴモゴとしているが顔色は紙のように白い。


「そして君たちを統べる当主がこの有様なら納得だよ。

ペンデルトン伯爵。さっき何で『鷹を買う』といった時に首を傾げたのですか?

競技会は貴族男子の親の誉だ。出場出来ただけでも素晴らしいことで、ましてやアルフレッド君は班隊長を務めたんですよ。親ならお祝いを贈るのは当然のことだ。」

「だ、だが…」

「平民の親でもあの日は祝いの食事くらいは当然したでしょう。私の年老いた使用人は鷹匠としては一流でしてね。ローズ夫人が前からアルフレッド君が欲しがっていた一流の鷹を買い求めようとしたのは貴族の親として当然です。

そう、貴族なら当たり前のことが貴方にはどうやら全くわからないのでしょう?

しかしそんな祝いの日に使用人たちは夫人を貶めようとしたばかりか、結果的に事件を引き起こした。」

「事故は私たちのせいではっっ!」

ドリルが思わず声をあげる。

すると黙っていたダグラス・カークランドが更に上回る大声を出した。

「お前たち一人でも夫人の付き添いとして学院にきちんとついていけばそもそもこんな事件は起こらなかった!!」


使用人たちはその怒声に飛び上がる。


「いいか!!伯爵位の夫人は一人では出歩かないしドレスも朝の支度も全て使用人の手で行われるものだ!!なのに何だ!?お前らは!?騎士爵位の家の使用人たちにも劣る!!

それにさっきから誰一人、二人の無事を声がけする事もない。ローズたちのことを心配する人間が一人もいないなんて本当に最低だ!!」


するとペイリーが後を引き継ぐ。

「家紋入りの馬車なら出かけた先で必ず誰かが覚えている。お前たちは悪意を持って夫人の行方を眩まさせたんだ。いいか?全ては勝手にローズを侮っていいと判断したお前たちから始まったことなんだ。

探そうとしても手掛かりひとつ見つけられなかっただろう?この2年まともに仕事をしてこなかったから、貴様たちが街でどの店からも門前払いを受けているのは我々だって知ってるんだ。まともな使用人であれば奥方と一緒に店の人間に顔を覚えてもらうのが常識なんだよ!

非常識なお前らがこの職場から追い出された後に働ける次の家はないと思え!!」


カークランド兄弟の怒りは凄まじく悪鬼のごとき形相だ。


ジークフリードは初めて聞く馬車の話、ドレスの話に呆気に取られた。

何だそれは?と目を皿のように見開いたまま動けない。


静かに立っていたローズが悲しげな表情で語りかけた。


「関心が無かったのでしょう?」

その表情はいつもの困った顔ではなく諦観したような悲しそうな顔。

「お家の事情で若い時に自由が少なかったから、外を知ってしまったからずっと浮かれてしまったのですね。

友人とのお付き合いも愛人も、どれも今まで味わうことのできなかった楽しさから戻って来れなくなってしまったのかしら?

私はいつか分かり合えるかもと期待し続けていたけど…少しは寄り添えるのじゃないかと夢見ていたけど今回の件で目が覚めました。」

そう言うとグルリと使用人たちを見渡す。


「私は貴方達とも上手く付き合っていきたいとずっと思っていたわ。

どこで歯車が狂ったのかしら?

でも…覚えているのはジークフリード様が私を罵るようになってから態度が変わったものね。

うまく付き合えるわけがないわ。」

ドリルはゴクリと唾を飲んだ。

どうして…どうしてあの日を覚えているのかと。


上顧客を掴んだお祝いの席でジークフリード様がローズ様を初めて怒鳴った日。

ドリルは無性に腹が立った。


大奥方様が言っていた通りになった。


『持参金の多い嫁はつけ上がるものよ。夫を見下して言っちゃいけないことを平気で口にするの。

だから家政の取り仕切り方を知っている貴方ドリルが時にはペンデルトン家の流儀を教えなくてはいけないのよ』と。


それからはローズが口にする言葉は全てこちらを馬鹿にしている言葉に聞こえた。

学院の友人を招いて茶会をしたいと言った時は侍女長と二人で声高に反対した。

『ご当主様が一番嫌がることをするおつもりか?』と。


「夜会一つ、茶会一つ開けない妻は社交界では爪弾きよ。そして嫡男のアルフレッドも一緒に馬鹿にされる。

でも誰一人私の話に耳を傾けてくれなかったわね。

私はまだ良いの。でもアルフレッドがこのような扱いを受け続けることはもう我慢の限界だわ。

私たちは家を出て行きます。」


馬鹿な!!!


使用人の誰があげた悲鳴なのか玄関ホールがざわつく。


それを見てローガンは呆れたように再び言う。


「ペンデルトン伯爵。貴方はどうしてローズ夫人に家政を任せなかったのだ?

夫人同士の付き合いは貴族の嗜みだ。それを制限してまで金を自分たちで使いたかったのか?

使用人たちをつけ上がらせて、ローズ夫人の権威を地の底に沈めて愛人を家に呼び込むつもりだったのか?」


「ち、違う。そんなつもりは無くって、」

「愛人にドレスや宝石を貢ぐ前に息子に金をかけてやらねばダメだろう?

貴方が知らないところで嫡男のアルフレッドは学友たちから侮られている。文武に優れた優秀な子なのに。」

ローガンがそう言えばローズが思わず啜り泣き始めた。

ジークフリードが慌てて駆け寄ろうとしたがそれをアルフレッドが突き飛ばす。


まだ胸までしかない身長であるのにその力は思ったよりも強く、ドンッとよろめく。


「こんなのは父親ではない。」


低い声であった。

息子の声だとは思えないほどに。


「怪我をされたローズ夫人を私が預かっている間に彼にも思うところが出来たみたいでね。」ローガンはローズを胸に優しく抱きとめた。


「もういい!!行くぞ!!」

ダグラスの掛け声とともに四人は玄関に向かって歩き出す。


その後ろ姿には全くの躊躇はなく誰一人として振り向くものは居なかった。


出て行く……


その言葉の意味がわからず取り残された人間たちは固まったままだ。


ペンデルトンの使用人たちは一言も発することなくその後ろ姿を呆然と見送ることしか出来なかった。

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