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  作者: あおいゆきな
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第三章 耳

「可愛い・・・顔も身体も全部」


 それがお世辞でも、気持ちを昂らせる為の睦言だろうと構わない。これから始まる行為への期待感を失わせないように、白けさせないように、私をがっかりさせないように・・・


 私の耳に触れながら目見て呟いた。耳の縁に沿って軽いタッチで移動していく指は私の背筋をぞくぞくとさせた。


 早く私の一番欲しい部分に触れて欲しい・・・


 気持ちは早るばかりだけれど、この時間が長ければ長いほど、侵入してくる時の快感は凄まじく蕩けるようなものだと知っていた。


「ずっと、こうしたかった・・・」


男が囁く。


「私も、です・・・」

 

 最後は消え入るような吐息で答えた。初めて行為に及ぼうとしている男女の会話としては月並みだが十分だろう。毎日のように会社で顔を見て、一日の終わりにはラインで連絡を取り合い、この一週間ほどでお互いの欲求はじらされ、昂まり、朝見れば恥ずかしい文面が並んでいた。


「今週の木曜日だと早いですか?」


 初めてホテルで過ごしたのは月曜日、その次の日にはそんな連絡がきた。私のサイクルだと土曜日までは待ちたい。男が私を欲しがる様は女としての矜恃を満たされるようで堪らなく嬉しかった。だからこそこの男との初めてを血塗れで終わらせたくなかった。女としての摂理と分かっていながらも、肝心な時に水を差さされる様で煩わしいと思わずにはいられなかった。


「最短で土曜日です」


 月のものはおよそ七日間・・・一ヶ月のうちの一週間はお預け期間だ。やっとそれが終わりこの土曜日を迎えた。


 最初は家族の為に、休日に会う事を躊躇っていたのに・・・


 私たちにはお互い家庭がある。私には子供はいなかったが、男には二歳になる子供がいた。夫に対して罪悪感を感じている部分はあるが、男はより大きな罪の意識を感じていた。真面目な性質こそ男に好感を抱いた点だったが、その感情が私達の関係を終わらせる要因になるといつも思っていた。


 でも、今日は私を選んだ。


 そこからは夫のことも、男の家族の事も考えないようにした。仄かな優越感も、リスクを楽しむ事も。


 喰われるような錯覚に溺れながら感じられればそれで良い・・・


「ゆかりさん・・・」


 欲情に濡れた声が吐息と共に耳をくすぐり、首から背中にかけて快感が走り抜けた。その快感を男が指で追いかける。思わず顎を突き出し仰け反った。


「あっ・・・あぁ」


 相変わらず男がセットした調光はやや暗すぎて、お互いの全てを確認するには不十分だった。快感に歪む顔ほど相手を煽るものはないと言うのに。


 抱きしめながら耳朶を唇で挟むように優しく噛み、舌先が耳輪を舐めあげる。そして吐く息と同時に耳の中へ濡れた舌が侵入してきた。


 日頃の仕事ぶりを見ていると、男が器用である事は分かっていたが、愛撫においてもそれは十分に発揮する事が出来ると分かって嬉しくなった。


 私の体は至る所が性感帯となっていた。たったこれだけ愛撫されただけでもショーツの下は恥ずかしいくらいに潤っている事が分かった。サイドの紐を解けばすぐに身体から離れていくその布は身につける意味があるのだろうかと思うほど小さい物だった。けれど男はそんなものに興奮を覚える生き物だった。初めて履いた時は、こんなあからさまな性欲を感じさせる下着なんて下品なだけだと思っていたがそうでは無い事を知った。それを見た当時付き合っていた男が喜んだからだ。そして私自身もこの種類の下着を好んだ。なんと言っても頼りない紐で結ばれた下着が解けてしまうかも知れないという緊張感が癖になるのだ。


 美穂さんが着けていたのを見た時はとってもセクシーだったな・・・


 私は遠い記憶の中の、あの書店員を思い出していた。


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