来る命、去る命
「ジャニス、そっち行った!」
「任せて!」
人食い熊が出たと報告が有りまして、私は駆除するために森の中へと入っております。
泉から水路を引いていたのですが、落ち葉などが堆積したのを取り除いていた男性が一人犠牲になりました。許しません。
ジャニスとともに見付けた敵は、赤い毛をして、巨大。人食い熊はいつも狩っていた熊とは色も違う魔獣でした。それが猛スピードで木々の間を駆け回って、私達を翻弄しようとします。
「ルーよりは弱いけど、私を舐めないでよ!」
人食い熊は親友の正面にて両足で立ち、覆い被ろうとします。しかし、ジャニスは一切逃げる素振りを見せず、果敢に炎の玉をぶつけました。
見事です。ですが、足を止めるのは頂けません。
熱に苦しみながらも熊は太い腕を振り下ろしました。
「わっ!」
私はジャニスの襟首を掴んで引き倒しました。そして、ちょっとだけ遅れて、熊の鋭い一撃が彼女の頭があった空間を通り過ぎるのでした。
遠くに離れて、熊が燃え尽きるのを待ちます。
「ふぅ。やったね。ねぇ、ルー、私も軍に入れそうかな」
「魔法部隊だったら行けると思うよ。でも、ジャニス。油断はダメだから。私が居なければ死んでたよ?」
「んふふ、私が軍人になったなんて知ったら、死んだ親もビックリするだろうなぁ」
ジャニスは子供の頃にノノン村へ移住してきたそうです。私どもと同じく借金が原因でしょうか。何にしろ、ご両親はお亡くなりになられて久しいと聞いています。
「でも、私は軍人にはならないんだ。どうしてか、分かる?」
「さぁ、さっぱり分かりません。村が好き?」
「ルーが来てからのノノン村は好きよ。でも、答えは違う。なんと、私、妊娠したのです!」
「はぁ!? 妊娠しているのに、森に来たの!? 熊の前に立ったの!?」
私は驚きました。大ケガしたらどうする気だったのでしょうか!
私はまだ微妙に動いている人食い熊の頭に向けて、電撃を放ち息の根を止めます。
そして、すぐに村へと戻りました。
「ねぇ、ルー。最初からさっきの魔法で熊を仕留めれば良かったんじゃない?」
「えぇ。その通りだったと思うわ。ジャニスに経験を積んでもらおうと思った過去の私を殴りたい」
「お腹が大きくなったら実戦練習できなくなるじゃん。今だけだよ」
「もう出来ません! 当分、ジャニスは家で大人しくして栄養を取るの。そうだ。後でさっきの熊の肝を届けるからね」
ジャニスを家に届け、5歳になったメリナにもジャニスの妊娠の事を伝えると嬉しそうな顔をしました。
それから半年。
ジャニスは元気な男の子を産みました。名前はレオン君です。
私が獣狩りや野草採りから帰ってくると、いつもジャニスは家の前で日向ぼっこをしながら乳を飲ませていました。
「かわいいでしょ、私の赤ちゃん?」
「うん。健康そうだし、大きくなるね」
「んふふ。私、幸せ」
「うん。そうだと思うよ。私もメリナが産まれた時にそう思ったから」
「ルー。私はルーに感謝しているの。もう何回も言ってるけど、本当に感謝しているの。この子はご飯に困らずに暮らしていける。それがどんなに幸せなことなのか」
「分かった、分かったよ。あとで、カボチャを煮たのを持っていくから家の中に入りなよ。そろそろ離乳食でしょ」
「いやー、先輩ママさんは頼りになるね」
更に、それから1年とちょっと。
レオン君が歩いたとジャニスが騒いだ翌日、ジャニスは死んでいた。
死因は不明。ベッドから起き上がらないジャニスを不審に思ったジャニスの旦那さんが第一発見者。私の夫は、心臓系の病気だろうと言います。見抜けなかった私は本当に愚か者です。
ジャニス、レオン君が喋るのを楽しみにしていたのに。一緒に駆けっこするのが待ち遠しいと言っていたのに。いずれメリナとレオン君を結婚させるんだって力んでいたのに。
これから彼女の笑顔を思い出す度に寂しくなることでしょう。
冥福を祈ります。
死んだ人は生き返りません。魔道大百科にもそう書いてありました。とても悲しいです。
私以上にジャニスの旦那さんは気落ちをしていました。人妻である私が彼を気遣うのは宜しく御座いませんので、夫に任せました。
レオン君のお世話に関しては私がジャニスに代わり全うするつもりです。
「メリナも死んじゃうかな?」
「お母さんが寂しいから、絶対に死んじゃダメよ」
「ジャニスおばさんがお迎えに来てくれたら嬉しいんだけど」
「来ません。ジャニスは死神じゃありませんよ」
メリナの病気も悪化の一途です。
酷い発作の時には、痙攣や呼吸困難などの症状も出るようになりました。