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些細なトラブル

 ジャニスとメリナが魔法を行使した日から2ヶ月ほど経ったある日、また行商人さんが来られたと家で掃除をしていた私にお向かいのジャニスが教えてくれました。


 いつもならメリナが真っ先に駆け出して、目新しい物を見に行こうとするのですが、今日は絵本から目を離しただけでした。


 最近、メリナの体調がよろしくない日が続いているのです。理由は分かっています。魔法の行使です。娘は転んだ時に出来た傷を自らの魔法で治しました。回復魔法を覚えたみたいなのです。


 そして、今度は自分の病気を治癒しようと、人知れず回復魔法を使っているのだと思います。その度に魔力切れになって高熱と咳を出していると私は思っています。

 私が魔法を使ってはいけないと言うのに、メリナは一向に聞き入れてくれません。困っています。



「メリナ、行ってくるけど、何か欲しい物はない?」


「せいりゅー様の本だけでいいよー」


「分かった。じゃあ、大人しくしているのよ」


「ルー、私がメリナちゃんを見ているよ」


 遊びに来ていたジャニスの言葉です。


「そんな悪いわ。あなたも欲しいものがあるでしょ?」


「気にしないで。いつもお世話になってるお礼なんだから」


 私は親友の気遣いに感謝しまして、静かに外へと出て広場へと進みます。



 いつものおんぼろ、と言うと失礼ですが、明らかに古くなった板で作られた馬車が置かれていました。人集りも出来ています。


「あっ、ルーさん。今日も薬草をありがとうございます」


 片腕の行商人さんが荷を背負った私を目に入れてすぐに挨拶を下さいました。


「こちらこそ毎回すみませんね。また馬車の物、全部と交換で良いかしら?」


「えぇ。勿論です。親方も大儲け出来てるって喜んでいましたよ! 何だか質も良くて人気あるって言ってました」


「そうなのね、良かった。馬車も新しいのに交換をお願いしたら」


「あはは。そんな立派な物に乗ったら、盗賊に襲われますよ」


「これ、わざとボロくしてるんですよ。それに、僕らも貧乏そうに見える格好でしょ?」


 確かに着古して汚くなっていますし、穴だらけです。


「実際にお金も持ってないんですけどね、あはは」


「大変ねぇ。前にも言ったけど、村に住んでも良いのよ?」


「いいえ。僕たちは仕事に誇りを持っていますので」


 行商人の方々はまた去って行きました。まだ20にもなっていない年頃だと思うのですが、立派な人達です。仕事に誇りを持つというのは中々に出来ることではありません。



 さて、行商人さんが置いていった大量の荷を分配しましょうか。

 一年目の頃は皆で分けても余るくらいだったのですが、最近は村に住む方が増えましたので、少しばかり苦しいと感じることも御座います。

 馬車を大きくして欲しいものですが、先ほど断られて残念です。



「おい! そっちの方が多いじゃないか!」


「あ? お前、サボってばかりのクセにふざけんなよ!!」


 揉めるのは大体が後から住み着いた人達です。彼らは近隣の村出身なのですが冬季に食べる物がなくなり、ノノン村に来られました。餓死直前まで追い詰められた経験が欲張りさんになった原因だと思います。



「おい! ルー! お前らが本なんか頼まなければ、もっと食い物を貰えるんだぞ! お前の家以外、誰も文字を読めねーんだから、余計なモンを頼むんじゃねぇ! 調子に乗るなよ!」


 …………………………。



「すみません」


「ルーさんが謝る必要はないじゃろ。ルーさんとロイさんがおってこそのノノン村じゃ」


「いえ、サルマさん、大丈夫です。大丈夫ですよ」


「ルー……」


 ふぅ。どす黒い思考に染まりそうになりましたが、可愛いメリナの寝顔を思い出して、何とかコントロールできました。大丈夫です。大丈夫ですよ。ちゃんと抑えられました。危ない、危ない。もう少しで大変なことになるところでした。


「それでは、私はお先に失礼致します」



 私はジャニスの家の分も持って、そそくさと自宅へと帰ります。



「おかえりー、ママー」


「ただいま。はい、新しい本よ」

 

「うん。読むー」


 起きている時のメリナは本をずっと目にしています。新しい絵本を3冊、枕元に置きました。



「それじゃ、帰るね」


「助かったわ、ジャニス。あなたの分は家まで運ぶわ」


「良いって。師匠の手を煩わせるなんて、弟子の恥よ」


「誰が師匠よ」


「よいしょっと!」


 小麦粉、お酒、古着なんかを纏めて肩に担いでジャニスは去りました。魔力に目覚めた彼女は、徐々に強くなっています。今では野犬くらいなら余裕で勝てるほどに成長しているのです。


 落ち着いた様子のメリナに安心しながら、私もカトラリーに食材を収納し、最後に本棚に夫の本を棚に並べました。


 農業と気候、地中に潜む虫と獣、農業工作論、鶴になった姫、太陽と月の物語、偽神を信仰する神と人、城砦構造から見る魔法技術の進化、娼館の歴史、古今特許便覧、水と火と雷の精霊、女スパイ危機一髪、竜王は語る、魔物瘴気発生論、もう二度と騙されない―不動産取引の秘訣、麻薬って何?、魔都ラッセンの恐怖など、そのジャンルは様々です。勿論、中古本ですので表紙や中の数頁が千切れている物も多く有ります。



 夕食後、今日のメリナは読書で疲れたのか、スヤスヤと眠っています。発作がでなくて良かったです。

 また、その結果、久々に夫と2人で会話が出来ます。



「ルー、聞いたよ。ギョームさんに書籍なんて買うなって言われたんだって?」


「えぇ。そうです。でも、私はメリナの為に買い続けますから」


「勿論だよ。メリナだけじゃない。僕もだ。我が儘だけど、村を発展させるのは体力よりも知識なんだと信じているんだ。パン一個では明日を乗りきっても、本のように未来を切り開くことはできないんだ」


 立派な言葉です。なので、私は返却することに致しました。


「そうだったのですね。私、どうしても理解できなかったので、没収しようと思ったのですが、これらをお返しします」


「えっ……あ…………はい」


 畑に埋めて肥やしにしようと思っていた本を夫に渡しました。『はたらく おっぱい』『墜ちた深窓の令嬢―パイパイフェスティバル』『エロ過ぎる野菜達―エッチな大根、スケベな玉ねぎ』など、明らかにヤバい感じの書籍です。凄まじい闇のオーラを感じます。


「で?」


「……はい?」


「これが村作りの何の役に立つのか、お教え頂けますか、あなた?」


 汗を掻き始めた夫ですが、ここで助け舟が来たのです。扉がノックされました。



 開けると酷く殴られた顔のギョームさんが立っていました。その背後には距離を置いて、凄く目を吊り上げたジャニスやその他の村の方々がいらっしゃいます。



「謝罪を……ルーさんを罵った事を深く謝罪します。だから、俺達一家を村から追い出すのは止めてください……」


「はい。そんなつもりはないですから、良いですよ」


「ルー、ダメだよ! こいつ、何も分かってないから!」


 間髪いれずジャニスの怒声が響き、その後に他の方が続きます。


「そうだぜ! 追い出してしまえよ!」


 私はギョームさんが末息子を冬の飢えで亡くしていることを知っています。だから、彼は食べ物への執着が強くなったのだと感じております。

 その事情は皆さんご存知なのに、何て事でしょう。



 ジャニスは私を庇うあまりの怒りだと思いますが、その他の方の中にはギョームさん一家が居なくなることで自分達の取り分が増えることを期待されている方もいらっしゃると思います。気分が良いことでは御座いません。


「あなた?」


「あぁ、ルー。君の思う通りだよ」


 了解を頂きました。



「ギョームさん。これをお読みください。夫によれば、未来を切り開く一冊です」


 私は下を向いて謝り続けるギョームさんに夫の本を無理矢理に手渡しました。


「俺、文字は読めないんだ……」


「学べばよいのですよ。農作業の合間に夫が教えます。さあ、顔を上げて。亡くなられた息子さんもお空で見ています。悲しみますよ。ほら、皆さんも仲良く過ごしましょうね」


「ほんと、ルーは甘いわね。でも、やっぱり、その優しさがルーなのよ」


「ほ、本当に有り難う御座います。……ルーさん、俺、しっかり読みます! そして、村に貢献します! この本のタイトルを教えてください」


 タイトル? ん? 私は本へと目を落とします。


「えーと『激マブ激ヤバ乳首敏感ボーイ』ですね」


「………………」


 村の人たちがザワザワとしました。

 意味が分からないからでしょう。もちろん、私も理解不能です。



「あなた、これ、どういった未来が開かれるの?」


 夫は私の言葉に返さずに、凄まじい勢いで扉を閉めまして、その日はお開きとなりました。


 ギョームさんが再び謝罪に来るまで、夫は2日ほど家に閉じ籠っていました。その間、普段は忙しい夫が在宅でして、メリナは喜んでいたので良かったです。夫もよく体を休められた事でしょう。

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