初めての魔法
行商人の方々を泊めた夜もメリナは熱と咳を出しました。
余りに酷い咳でしたので、客人である彼らを起こしてしまうことになり、私は大変に申し訳ない気持ちになりました。
その上で、見かねた彼らは次の訪問時には咳止めの薬も持ってきてくれると仰ってくれるのです。
私は深く感謝致します。
「良いんですよ。久々にベッドで眠らせてくれたお礼です」
「見張りとかせずに寝るのなんて、街に帰らないと出来ないんで嬉しかったです」
本当に良い方達です。
「俺達、獣人でしょ? 正直、儲けの良いルートは回らせてくれなくて。だから、魔物が多くて危ないし、人も少ない、この大森林地帯の村々を担当しているんです」
「でも、今回は違って、あの薬草の量なら、親方も喜んでくれると思います。街に着いたら、次の荷を積んですぐに来ますので、お待ちください。嬢ちゃんも、もう少し我慢するんだよ」
「うん。絵本読んで、待ってるー」
昨日、買ったばかりの本を広げているメリナは満面の笑みでした。
「せいりゅー様は子供の病気を治すのー。メリナ、もっと、せいりゅー様の本を読みたいのー」
「分かったよ。ちゃんと持ってくるね」
彼らは朝食も取らずに馬車に乗って去りました。そんな彼らのために、私は有り余る物で申し訳ないですが、干し肉をたんまりと馬車の荷台に置いてあげました。咳止めの前払金の意味も込めております。
「さて、ルー。僕も仕事をしてくるよ。サルマさんが家を大きくしたいらしいから、イメージを聞いてくるんだ」
「分かりました。ご苦労様です」
私は家事を致します。家の中を換気して、洗濯物をパパっと終わらせて、夫とメリナが散らかした本を棚に戻します。
2人とも読書が好きなのですね。メリナも将来は夫くらいに知識のある人間になって欲しいです。
さて、次に森へ入ります。火は魔法で出せるのですが、それは我が家だけの都合でして、他のご家庭は常に火種を保たれているみたいで、その管理は大変だろうと感じておりました。火事の原因にもなりますし。
だから、木炭を作るのです。火種が無くなったら、私が火を付けて渡すのです。
まず木を殴り倒します。その後にシュパシュパと手刀で適度な大きさに切断して、山のように積みます。後は簡単です。魔法で炎の壁を出しまして、その山を完全に囲みます。もちろん、上方向もです。
これで明日には木炭が完成していることでしょう。
村に戻ると、メリナが私の傍に走ってきました。今日は体調が良いのかな。
「ジャニス、火、出したよー!」
「あら、早いわね」
「ジャニス、すごい! メリナも出したい!」
「もう少し大きくなったら、メリナも練習しましょうね」
「うん! メリナ、がんばるっ!」
娘に手を引っ張られて、ジャニスさんの所まで連れて行かれます。彼女はお向かいさんですので、普通に帰宅するのと同じルートなんですけどね。
「あっ、ルーさん! 見て! 私の指先から炎が出たの!」
「あら、本当に早いわ。才能が有るのね。私の夫なんて、全然ダメなのよ」
「そうなの? 嬉しいかな。見ててよ。えーと、精神統一して……。日々、元気に生きていることに感謝して……。頭の奥の奥にある光る部分も意識しながら、精霊さんに火が欲しいってお願いする、お願いする、お願いする……」
うんうん、私が教えた通りやっていますね。
でも、火は出ませんでした。
「はぁはぁ。疲れるわね、これ」
「魔力切れかもしれないね。ジャニスは初めてだし」
「そういうものなの?」
「毎日、練習したら楽々になるものよ。本当は精霊鑑定士さんに自分の精霊を診てもらうのが良いのだけど、鑑定料が高いからねぇ」
「診てもらったら、どうなるの?」
「お祈りすべき精霊が分かれば、詠唱魔法に切り替えられるの。そうすると発動成功率が上がるわよ」
「ふーん、そういうものなのね。ありがとう、ルー。あっ、呼び捨てにしてごめん」
「いいよ、ジャニス」
その後は切り株に座って、しばらくの歓談となりました。年齢の話になりまして、やっぱりジャニスは私と同い年でして、つまり23歳でした。
「なかなか子供が出来なくてね。可愛いメリナちゃんを見てると、余計に欲しくなるね」
「そっかぁ。授かり物だからねぇ。でも、大変だね」
「ねぇ? 子作り魔法ってないのかな?」
「ゴーレムとかウォーキングデッドの魔法なら聞いたことあるけど、そんなのでも子供って事で良いかなぁ」
「可愛くはないなぁ」
「そうだよね、あはは」
楽しく話していた私達ですが、突然に猛烈な熱を感じました。
「何、今の!? ルー、何かした!?」
「メリナ。メリナも火がでたー」
信じられない事に、背後で草をいじって遊んでいたはずの娘も魔法を使ったのです。
地面が焦げるだけでなく陥没もしていて、かなりの威力で炎が噴出したことが分かりました。
「ゴホッ、ゴホゴホ」
魔力切れからの体調悪化。娘は3日ほど高熱を出してしまいました。