行商の人
もう村に来て半年が経ちました。作物の収穫の時期も終え、寒い季節に備えての備蓄もあらかた整っています。
野菜や穀物は少ないですが、干し肉だけは大量に各家庭に有るのです。
家屋に関しても、板切れ一枚だけだった壁が泥を挟んだ二枚板に変わっています。すきま風はもう入ってきません。また、我が家も増築致しまして、寝室を設けました。
今日も朝食から肉三昧です。猪、鹿、犬、鳥、熊、蛇と数種類有ります。犬の肉が特に多いのは私が張り切りすぎたせいです。
上品な味覚をした夫はあっさりした物も食べたいというので、ヒョロっとした野草を茹でて刻んだ物も出しています。
それらを並べた食卓を家族3人で囲んでいます。なお、この食卓も夫が作ってくれました。
「王都に居た頃は、肉よりも芋がご馳走に感じる生活が来るなんて、夢にも思わなかったよ」
「おにく、おいしー」
メリナは昨晩も熱を出していました。徐々に症状が悪化しているように感じます。でも、今は肉を精一杯頬張って、とても嬉しそうな表情でした。
「来年は畑からの収穫が増えるはずだから、期待していてよ、ルー」
「あなたは本当に凄いわね。馬車の車輪から水車を作ったり、新しく畑を作ったり、私には無理だわ」
「いやいや、ルーのお陰だよ。森の池から地面を削って川を作るし、木を素手で殴り倒すし、ほんと、軍人って言うのは凄いんだなぁ」
「そんなことはないわよ。何となく知っていただけだって。実際は初めてで、軍学校時代に屯田の座学は受けただけなの」
「ルーでも一兵卒なんだもんなぁ。将軍だったら、どれくらい化け物なんだって震えてしまうよ」
「まぁ、あなたったら」
メリナの皿が空になったので、新しいお肉を入れます。もちろん、子供用に小さく切った物です。
「借金取りのオズワルドさんに感謝ね」
「あぁ。あの人、なんで借金をチャラにしてくれたんだろうなぁ」
「きっと、この村でお金を貯めて返してくれって事ですよ」
「なるほどなぁ。先見の明がある立派な人だよ。ところで、この村には徴税官が来ないんだ。何故だか、分かるかい?」
「分からないわ」
「ここ、王国の支配権の外側なんだ。たぶん、どこの貴族の物でもない」
そう言いながら、夫はオズワルドさんから貰った、ここまでの道の地図を後ろの戸棚から取り出しました。
「役所務めの時に地図は沢山見てきたから、分かるんだけど、僕たちは、このロビナット侯爵領から森に入ったんだ。それから、ずっと小道を進んで、幾つかの村を超えて、この村で終点」
「随分、遠くまで来たのね」
「うん。もしかしたら、シャール伯爵領の方が近いかも。しかし、不思議なんだよなぁ。開拓するなら、もっと街に近い所にしないと意味ない気がするし、逃亡奴隷がひっそり住むところって訳でもないし」
夫が何か小難しい事を言い出したので、私は微笑んで会話を止めます。
ご飯が美味しくなくなります。
「行商人さんが来たぞぉ!」
誰かの声がお外から聞こえました。
自給自足の村の生活ですが、それだけに街の物を見るだけでも楽しいものです。
「絵本、買うのー」
早速、メリナも外へと駆け出しました。
「こらこら、メリナ。そんなに急いだら咳が出るぞ」
支払う為のお金は村の誰も持っていませんので、物々交換が基本です。
病身とは思えないくらいに軽やかに出ていったメリナは夫に任せ、私は小屋に向かい、この日の為に収集していた物を背負います。
行商人の方は2人で来られていまして、その馬車の前は既に集まっていた村の方々で賑わっていました。
メリナは以前に頼んでいた絵本を既に手にしており、私の方に駆けてきました。咳さえ出なければ元気なんです。
「ママ、はやく、はやく! 売りきれちゃうよ!」
私の手を引くメリナの力は意外に強くて、私は驚きます。
「大丈夫よ」
メリナには言いませんが、村の方々と相談し終えて、全部買い取ってから皆で分配することになっています。
「あっ、ルーさん! こっち、こっち!」
お迎えのジャニスさんが手を振って私を呼びます。とても元気な人です。
「例の物を渡して上げてよ」
「はい」
私の背中の干し草を行商人さんの前に置きます。
「すごい……」
自分の背丈よりも高く積み上がった薬草を見て、行商人さんは驚いてくれました。
ちなみに私には何の薬草かは分かりません。生き字引のサルマお婆さんが採っていたので、私も倣って森の中を回り集めた物です。サルマ婆さんのお祖母さんの代から、この草を行商人に渡しているそうです。この村の近くで採れる草の中では一番高価な物と聞いております。
若い行商人さん達は快く、全部との交換に応じてくれました。このノノン村がこの道の終着点ですので、後は街に戻るだけなんだそうです。
「また来てくださいね」
空になった馬車に薬草を積んであげながら、私は行商人さんに挨拶をします。
「えぇ、命が有ったらまた来ます」
行商人さんは旅をしながらですし、たくさんの売り物を馬車に載せておりますので、盗賊や魔物に襲われやすいのです。だから、こんな物騒な返答になったのでしょう。
私はチラリと彼の肘で切られた腕を見てしまいました。
「あぁ、これは自分で切断したんです」
「まぁ、ご自分で?」
「えぇ。私、獣人でしてね。この腕だけ獣の腕だったんです。……皆に気味悪がれて、自分で切りました。あっ、お陰で、行商人の仕事を貰えたんだから、後悔はしてませんよ」
「そうですか……」
「こいつなんてね、あっ、こいつも獣人なんですが、なんと虫の獣人なんですよ。背中が玉虫みたいに虹色に輝いてるんですよ」
「流石に背中は切り取れないんで、私はそのままです」
獣人。たまに生まれてくる、体のどこかが人外である人達。前世での行いが悪かったから、今世で罰を受けている者達って、王都の初等学校で習いました。
王都では余り拝見しなかったけど、そっかぁ、やっぱり普通に良い人達ですね。
軍学校時代に立派な獣人と知り合いました。狼頭のザムラス君。頭が狼だからうまく喋れなかった彼ですが、とても理知的で礼儀正しくて、皆に好かれていました。
近衛兵になりたいんだって筆談で言っていたから、辞職する私の代わりとして推薦しておいたんだけど、聞き入れられていたら良いなぁ。
「あなた方もこの村に住まわれます?」
「えっ、俺達がですか? でも、なぁ?」
「すみません。有り難い申し出ですが、俺達は親方に雇って貰った恩があるんです。死ぬまで行商人を辞めません」
「うん、そうなんです。奴隷だった俺達を救ってくれた親方を裏切れないですから」
なるほど。良い人を主人にしているのですね。
「それじゃ、1日くらいは休んでいきなさいね。あなた、我が家の部屋を貸してあげましょう」
「うん。もちろん、いいよ」
「やったー、お客さん、やったー」
メリナも大喜びでした。