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念願の再戦

 娘の位置はすぐに分かりました。

 人と土煙が宙に舞っているところです。メリナが暴れていると、女中の服を着た女性が言っていましたからね。


 悲鳴を上げて逃げてくる人々を飛び越えたり、その間を駆け抜けたりしながら疾走します。

 たまにお腹の中からポチャポチャと音がするのは水を飲まされ過ぎたからだと思います。



 娘を発見。鶏冠みたいに赤い毛を逆立てた、黒い革服姿の人と対峙していました。


「メリナさん! 止まりなさい!」


 鶏冠以外は毛を剃っているヘアスタイルだったので男性だと思っていたのですが、声は凛とした女性でした。


 見境いなく周囲の人を襲っているメリナでしたが、その鶏冠の人は位置取りを工夫して被害を出来るだけ抑えようとしているのが分かります。

 中々のバトルセンスで感心しました。荒くれ者達のリーダーなのでしょうか。



「ヒャッハーーー!!」


 これはメリナの声です。

 突然の娘の陽気な雄叫びによって暴風がもたらされます。簡単に防げるものでなく、風圧で人々が吹き飛びます。



「メリナっ! 勝負っ!!」


 私は視界を遮る風塵をかっ切ります。近付くにつれ、鶏冠の人が再び見えます。彼女は両腕を頭の前にクロスしてガード状態でした。

 メリナがその鶏冠の人を殴ろうとしていたのです。勢いそのままに、私は接近し、メリナの脇腹に剣を刺します。

 いや、刺せなかった!?


 虚像を残して娘は私の背後。なんという速さなのか。回転して剣で横薙ぎにします。未だ漂う砂煙が剣の軌跡に沿って分断されます。


 チッ! 斬った娘はまた残像!

 どこッ!?



「デンジャラース、ナックルゥゥウ!!」


 鶏冠頭の人が私の横で斜め上に向けて拳を伸ばしていました。そちらから攻撃をしようとしていたメリナは空気を蹴ったかのように進行方向を変える。

 さっきからの残像とともに、私の理解を越える未知の能力です。



「助かったわ。あなたは?」


「デンジャラス。冒険者です」


 デンジャラス?

 強敵を前にしているから喋るなってこと?


「よろしく。私はメリナの母です」


 鶏冠頭の人は少し驚いた表情をしました。あと、額を隠すくらい大きい頭飾りを付けておられたのですが、その裏に大きな目が見えまして、私もビックリしました。目が3つもある人がいるなんて世の中は広い。



「オサケ、キモチィイイーーー!!」


 短いやり取りの間だったのですが、離れた所に移動した娘は叫びながら、既に他の人達を伸し続けておりました。

 何だか獣みたいです。


 暴れる娘へ私達は駆けます。



「メリナに何があったの?」


「酒です。メリナさんは酒が入ると錯乱するのです」


「全く。どうしようもないわね。酔っ払いは嫌われるわよ」



 再び接近した私に娘は拳を叩き付けようと、大きく跳ねてから空中で腕を振り上げます。


 速い。速いけども、私の方が速い!


 剣で振り下ろされた腕を切り落とす。

 それでも勢いは落とさずに突っ込んでくるメリナの側頭部を柄で強く殴ります。


 そこまでやって、漸くメリナは地面に横たわりました。



「……強い」


「まだよ。まだ娘は敗けを認めていない」


 模擬戦のルールだったら終わっていたのにね。


 娘が消える。そう思ってしまう程までに速い動き。

 切り落とした腕を取りに行った!


 私は瞬時に振り向いて剣を振るいますが、皮を一枚切るくらいで届かず。

 氷の槍が飛んできて、それを躱さないといけませんでしたから。


 メリナは切断された腕を切り口に接触させて回復魔法を使いました。完全治癒。くぅ、羨ましいくらいに厄介な魔力です。



 そして、突然、視界が真っ赤に染まる。

 後方の陣を焼き尽くすかのような炎の雲が突然に沸いたのです。

 これはメリナが得意とする魔法の1つだと知っています。



「えっ、メリナ……大量殺人?」


 これは流石にお縄ものですよ……。


「大丈夫です。メリナさんが酒で暴れるのは数度経験しておりますが、死人は出たことがありません。酔ってはいてもギリギリの理性は残しているのだと思います」


 そうなの? いや、でも、炎の中で悶え苦しむ人達の影が見えるんだけど……。


「私は後ろに下がって、諸国連邦の本陣の救護に回ります。あなたは私よりも遥かに強いと分かりましたので。このままでは足手まといとなりましょう」


 まぁね。剣を振り回すスペースは欲しいかな。

 私は同意して頷きます。


 って、あの人、凄いな。炎の中を突っ切って行きましたよ。



 さて、血糊を取るために剣を軽く振るった瞬間、攻防が再開されます。


「オナカヘッターー!!!」


 猛スピードで突っ込んで来たメリナですが、動きは直線的で容易くタイミングを合わせて蹴りを出すことが出来ました。


「グオー! イッターーーッ!!」


 腰の骨を破壊するつもりで脚を出したのに、声を出す余裕まで有るのか。酔ってもタフだなぁ。



「メリナ!! なんて醜態なの!!」


 私は一喝します。

 立ち上がったばかりの娘がビクッとしました。


「暴れるなら私を倒してからにしなさい!!」


「ウッサーーーーイ!!」


 あっ、会話できるんだ。



 目の前にメリナが現れたと思ったら、消えた。ふん、ワンパターン。私は横へスライドしながら片手で剣を振ります。



 剣の軌道を読んでいたメリナが私に近接、彼女の拳が振り向いた私の顔面へと向かっていました。うふふ、メリナ、あなたが酔ってない状態だったら、こんな見え見えの生温い攻撃の裏を見破って、私の罠に嵌まらなかったかもよ。


 予期していたので、それを空いている手でガシッと受け止める。

 心地よい打撃音。


 さて、メリナと接触したので彼女の能力で私の魔力が抜かれるのが分かります。

 ここまで想定内。今から実験です。



 雷魔法を握っている拳に向けて放つ。

 電光が走りましたが、彼女は無事。やはり魔法も吸収するか。


 メリナは逆腕での攻撃態勢に入ろうとしています。



 次に、肩に向けて放つ。


「ゴワッ!!」


 焦げた肉の臭いを残して、彼女は吹き飛びました。



 勝機を見付けたわ。

 魔力吸収なのかな、その能力はメリナが意識しないと発動しない。



 何回かメリナは私を殴りに突進してきましたが、悉く撃退しました。

 やがて、彼女は敗北の可能性に焦ったのでしょう。禁じ手を使用するのです。


「セイリューサマー! ナンデモモヤススッゴイホノオヲヨロシクーオネガイシマースッ!!」


 鶏冠頭の人は酔ったメリナは人を殺したことがないと言いましたが、尋常でない魔力が彼女の前に付き出した両手で練られている。


 間違いなく死人が出る。方向が悪ければ、近くの街や村さえも焼かれる。


 遮断。考えるよりも先に体が動いた。

 この距離では魔法発動よりも速く腕を切り落とせます。


 いやー、この剣、どこで拾ったのか、切れ味が凄いわね。



 メリナは失くなった両腕を惜しむかのように倒れ込んで、顔を隠しながら泣き始めた。


「ゥゥウ! イタイ、イタイ……イタイヨー……。サムイ……サムイヨー……」


 あらら、本当に我が儘なんだから。

 えっ、でも、体が震えてる? ん? 痙攣!?


 ……血を流し過ぎてるのかな?


 あぁ、ごめんね、メリナ! あなたが強過ぎるから、首さえ落とさなければ死なないって思ってたの!


 慌てて、私は両腕を切断面に付けてあげます。

 さぁ、メリナ! ご自慢の回復魔法で全快して!



「グハハハ! ユダンシタオマエガワルイーッ!!!!」


 その可能性も十分に考慮していたの。

 注意深く見ていた私の顔面に向けて、跳ね起きたメリナの黒い頭部が襲う。


 酔っても悪知恵だけは残っているのね。


「お仕置き!!」


 私は拳を固めて待ち構えていました。剣だと死んじゃうから。


 メリナは考えているでしょう。

 私が拳を当てた瞬間に魔力を吸い取り、拳を柔くして骨を砕き、そのまま頭突きで突進して私を倒そうと。


 特大の雷魔法をメリナの背中に当てます。


「ギャッ!!!」


 はい。意識がそっちに行ったー。

 次いで、私は本命の拳での殴り。風切り音が後から発生するくらいの速さでメリナの頭を叩きました。腕の動きが速すぎて、服から煙が出ました。


 ゴロンゴロンと転がっていく娘。

 ふぅ、模擬戦での敗北のお返しを何とか出来たかな。

 剣と魔法を使うなんて、大人げないとは思いますが、私にもプライドはありますから。

 ゆっくりお休みなさい、メリナ。

 スヤスヤと眠る娘を横目に私は去ろうとしました。



「ルーさん! 大丈夫か!?」


「えぇ。パウスさん、遅かったわね」


「ガハハ! メリナもまだまだだな!」


 あらら、今になって王国側の人達もやって来たみたいですね。アシュリンが寝たままのメリナの側に行って、介抱をしてくれるみたいです。


「その化け物を伸したのか! でも、俺の剣を返せよ!」


 あー、これ、ゾル君のか。


「ごめんね、ありがとう。良い剣だったわよ」


 感謝を口にしながら、剣をお返ししました。


「おい! 鞘はどこだよ!」


 ん?


「ごめんね、全く記憶ないなあ。あと、ゾル君、あなた全体的に酒臭いよ。飲み過ぎじゃないかな?」


「はぁ? ……チッ、まぁいい。大した鞘じゃないしな。あと、この臭いもあんたの仕業だからな」


「そうなの? ごめんね」


「いい。カッヘルが待っている。飲み直す――」


 ゾル君が言い放っている途中、それを遮って、パウスさんが大声を出しました。

 


「おい、アシュリン! 何をしている!?」


 かなりの怒声です。


「ガハハ! 私はまだメリナにリベンジしていない! さぁ、立て、メリナ!」


 私が振り向くと、グラスから琥珀色の液体をメリナの口に注ぐアシュリンが見えました。



「エネルギージューテン!!!」


 そして、メリナが立ち上がったのです。悪魔のようです。

 遠くに避難していた方々から悲鳴が上がります。


「さあ、やるぞっ! パウスも来い!!」


「アシュリン、お前も酔っていたか! 仕方ない! ゾル、構えろ! やられるぞ!」


 未だ燃え盛る炎とメリナを前に、3人が戦闘態勢になるのを私は座って見ていました。



 うーん。ゾル君は兎も角、あの2人と同時に戦うのかぁ。見応えがあるなぁ。

 あっ。お酒の瓶が転がってる。

 まだ開封もされてないじゃない。勿体ないわねぇ。



 しばらく観戦していましたが、うーん、メリナが剣で斬られたり、殴られたりするのは気持ちが良くないなぁ。

 うーん、良くないのです。



 気付けば、私はメリナの横に立っていました。


「めりゅにゃ、おきゃーしゃ、ひぇるふにはいりゅわ」


「おい! 何って言った!? どういうつもりだ!?」


 ジョル君はいつもうっしゃい。


「アリガトォォオオオ!! オカアサーーンンン!!」


 まぁ、めりゅにゃあはかうぁいー。


「逃げるぞ!! あの親子が組むのはヤバい!!」


「グハハ! パウス、鍛練の成果を試すときだぞっ!」


「バカヤロー! 1人で国を滅ぼせるヤツが2人いるんだぞ!」


 みゃあ、国をほろぶぉしゅ?

 ふてーやちゅですね!



 さて、気付けば夜でした。

 パウスさんが水をくれまして、それで目覚めたのです。

 何だかすっきりした気持ちでした。


「アデリーナに禁酒令を提案しておく」


「そうなのですか。お疲れ様です」


 私はもう一杯、お水を頂きまして朝までゆっくりと寝ました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 遺伝だったかーw メリナさん酔ってたほうが強い説。(ないか)
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