大人達の恋ばな
綺麗な青いドレスに着替えたアデリーナさんの演説が終わった後、豪勢なお食事会が始まります。
至るところで肉や魚が焼かれ、上等なお酒も振る舞われました。
アデリーナさんのドレスは見たことがあります。彼女のお母さんの形見だと思うなぁ。近衛兵だった私の警護担当である別宮で夜会が開かれた時、あれに身を包んだ当時の皇太子妃に最敬礼をしたことがあります。
「ルーさん、酌しようか?」
「後でお願いね」
パウスさんがグラスを私に渡そうとしましたが断りました。
そして、演説を終えた女王の下へと向かいます。
とても偉い人のはずなのに、周りに誰もいません。護衛さえも。
きっと近習の人も楽しむようにという配慮なのでしょう。メリナとの闘いを見る限り、アデリーナさんを暗殺できる人もそういると思いませんし、もし居たとしても、その時はそこらの護衛なんて無意味なくらいに強い相手でしょうからね。
「アデリーナ陛下、本日はおめでとうございます」
私は膝をついて礼を尽くします。
「お止めください。形式張るのは好みでは御座いませんので」
やはり良い人です。王の言葉を受けて、私は立ち上がります。
「じゃ、アデリーナさん、お酒呑みます?」
「えぇ、それでは頂きましょう」
「パウスさーん! アデリーナさんにお酒ー!」
「アデリーナの分は私が用意しているっ!」
あら、アシュリンさんは女王にも遠慮ないのね。アデリーナさんも全く気にしていないから制裁はいいか。
「おっ、ゾルも来たか」
「あぁ、あっちじゃ、飲みにくい」
簡易の椅子や馬車の荷台に腰掛けながら、何となくの円陣でお食事を楽しみます。
琥珀色のお酒が満たされたグラスを手に思い思い、喋りたいことを喋ります。
「最後の魔族は何だったんだ?」
ゾル君が誰とは無しに疑問を口にします。
「元情報局長ヤナンカで御座います」
それにパウスさんとアシュリンがピクリとしました。確か、彼らが慕うザムラス君の仇だったはずだからねぇ。
「情報局長は死んだんじゃなかったのか?」
「酒の場においては、難しい話は似つかわしくないと存じます。端的に申しますと、偽物で御座います。極めて精巧に作られた紛い物。それがあの魔族でした」
パウスさんの問いにアデリーナさんは答えます。その後に唇を少し上げて薄く笑います。
皆は見えていなかったのか気にする素振りは有りませんでした。変な笑い方なのを注意する人は居ないんでしょうか。
でも、まぁ、どうでも良いです。そんな事よりももっと大切な事があるのです。
「私も質問して良い?」
「どうぞ」
アデリーナさんの許可を貰ってアシュリンに尋ねます。
「アシュリンとパウスさんのなれ初めを聞かせてよ」
酒を飲み込むのを止めたアシュリンがジロリと私を睨んできました。へぇ、反抗的。
「なんだ、ルーさん、酔ってるのか?」
息子を胡座の上に乗せているパウスさんが酒を煽りながら尋ね返してきました。
「いいえ。ただ、アシュリンのどこを気に入って結婚したのか知りたいのよ。ほら、面前で口付けするくらい愛しているのでほ?」
あれ、舌が回りきらなかったなぁ。
「ふん。そんな昔の事は忘れたな! なぁ、パウスっ!」
「いや、俺は覚えている。覚えているが特に面白い話じゃないぞ。ただ単に同僚だったのが愛情に変わっただけだ。それより、俺はルーさんとロイさんのなれ初めの方が興味深いのだが」
えっ、私? えっ、知りたいの?
えー、じゃあ、ちょっとだけね。
「出会いはね――」
「あっ、ちょっと待ってくれ。カッヘル! こっちだ、こっち!」
もう興が冷めますね。私はグビっとグラスを飲み干して、手酌で新たな液体を注ぎます。
「あん? パウス言っただろ。カッヘル大尉様と呼べ」
文句を垂れながらカッヘル君は座ろうとしますが、そこはアデリーナさんの対面になることに気付いて、視線を泳がしながらゾル君の隣に落ち着きました。
彼は座るなり、パウスさんから投げて寄越された酒瓶から直接一口飲みます。
「うめーな、これ」
口を腕で拭いながら感嘆しました。
だよね。私もグビグビって飲めますもん。
……あっ、もう空いちゃった。再び手酌でグラスを満たします。
「カッヘル、私のとっておきのお酒で御座いますよ。光栄で御座いますね」
「ハッ! アデリーナ陛下の慈しみのように、私の心と体に染み渡ります!」
いやー、お仕事ごくりょうしゃまでしゅ。
「それでぇ、私とロイとのなり初めだにぇ」
「喋りたいのかよ!」
うっさい、ゾル。殺すぞ。ころころころ殺すぞぉ!
「ありぇは、そう。学生のこりょよ。路地裏で裸にされそうになっていたのよね。もう少しでパンツも脱げしょうだった。真っ白ホワイツなパンツぅ」
「は? パウス、何の話しだ?」
黙りなさい、カッヘル君。私は電撃で手に持つ瓶を割りました。
「ロイさんが裸に?」
「そう!」
パウスさんはさすが。鋭いわねぇ。
感激した私は更にお酒を飲みます。
「俺もそうだと思った。酷い出落ちじゃねーかよ」
ゾルは生意気だな。殺すぞっ!!
生きてる価値があるのかって問い質すぞ!
「それで出会ってぇ。私は彼からべんきょーを教えてもらりゃって、そうばって愛を育んじゃのお。ぢゃンスも教えて貰ったっけな」
「普通だな」
「ん? 死にゅ? パウスしゃん?」
私と愛しい夫の愛が普通だとぉお!!
あー、怒りで破壊衝動が物凄いっ! ものっすごっい!
「いや、何でもない。カッヘルんとこは?」
「あ? 俺か? 料理の旨い安酒場があったんだ。足しげく通っている内に、仲が良くなって付き合った。よくよく聞いたら、料理人はおっさんで、サリカは只の皿運びだったのは誤算だったな」
「クハハ、貴様ら、そういった話ならばアデリーナもあるぞ! さぁ、訊くが良い」
沈黙を保っていたアシュリンが不意に言いました。そして、皆の視線が女王に向かいます。
結婚相手次第で国の先行きが決まるのですから、この注目は当然の事でしょう。
アシュリンの言葉で私も頭が冴えました。
皆が黙って見守る中、静かにアデリーナさんはグラスを唇から離します。
「うふふ、そうで御座いますね。私にはそんな気はないのですが、ある男性から求婚されました」
「……マジかよ」
ゾル君、失礼だっつーでんだろ!
ふふふ、私の一睨みでゾル君は視線を落としやがりました。
「お断り致しましたが、うふふ、薔薇の様に美しい私の気品に寄ってしまうものなのですね、殿方は。全く私は罪深い女です、うふふ」
「おい、アシュリン! 誰だ、そいつは!?」
「ふむ、確かメリナの日記にメンディスと書かれていたな!」
「それ、諸国連邦の次世代の指導者最有力候補だぞ……。波紋を呼ぶな」
「剣王ゾルザック、その心配には及びません。私は断ったので御座いますからね、うふふ」
「ジョル君、そにょメンディスって人を連れてきちぇ」
「ルーさん、酔ってないか? 飲みすぎだろ。……おい! 瓶が5本くらい転がってるだろ! 一人で空けたのか!? アシュリン、水の樽を持ってきてくれ!」
「酔ってないつーてんでしょ!! 連れてきなしゃい! わたしゃ、ほの男がふしゃわしいか見定めてあげまし!」
「いや、さっき、アデリーナ陛下の後に演説してただろ。あの優男がメンディスだ」
……そう?
「見ちぇない! 見ちぇない! ちゅりぇてこい! こーいー!」
「……ルーさん、少し水をご用意致しましょう。貴女の娘も酒に乱れる癖が御座いましたから、一抹の不安を感じております」
「えー! いりゃないー。んじゃ、ゾリュ君、あなちゃの話は?」
「いや、水飲めよ……いえ、睨まないでくれよ、下さい。俺は剣に生きる男だから、女に本気になったことはない」
「くくく、ゾルザック、お前がフェリス・ショーメに異様な発言をしていたのを忘れておりませんよ。このアデリーナの目は節穴では御座いません」
あ!? だりぇよ! だりぇがジョりよを誑かせてるうぅの。
「知ってるか、アシュリン?」
「いや、知らん!」
「じょる! よべえ! よべえ! メンディしゅとフえリス、きょによ杯をにょみふぉしまでぇ!」
「はぁ!? 何って言った!?」
はんこーしゅるじよるに手にしたグラスをにゃげつけける。ほんといナマイキィ。
「水も滴るいい男になったじゃないか! グハハ」
あー、おしゃけもったゃいない……。
「ざけんじゃねぇよ。クッセーだろ。ズボンまで濡れたぞ」
パウスさんが私に水の入ったグラスを渡して、無理矢理に飲ませてきました。
あー、頭がすっきり。
「ルーさん、もう一杯水を飲みな」
「しゅみませんねぇ」
あー、遠くで騒ぐ声が聞こえました。喧嘩かな?
うふふ、参加しちゃおっかな。
アデリーナさんの視線がそちらに向きます。舌打ちも聞こえました。
そして、私達が車座になっている真ん中に突然、女中の服装をした女が現れます。転移魔法。魔力的には魔族じゃない。
「アデリーナ様、失態をお詫びします。メリナ様が私のお酒を奪って飲みました」
「……貴族学院の生徒の周りには酒を回さないように指示したので御座いますが?」
「えぇ。でも、メリナ様はふらふら、ふらふらと歩き回って、やって来たのです。そして、わたしの持つグラスを奪い取り、ううぅ、今は悪鬼のように周囲の人間を殴り倒しております」
「クハハ! メリナのやつ、今回も大暴れだなっ!」
「行ってきやす!」
「あー! それ、俺の剣だぞ!」
あれ? そうだっけ?
ゾル君の剣が何故か私の手の中に握られていました。
「お借りするね」
細かいことは考えません。メリナと再戦出来るのです。酔いも完全に覚めみゃちゅね。