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下支え

 あっと言う間に真っ暗になって、近くにいる人の顔も見えなくなりました。

 急な異変に周囲が騒然とします。


 娘が照明魔法を使いました。私は雲を穿つため、雷魔法を上空へ放ちます。

 その先、雲の上に異質な存在を感じ取ったから。視覚的な物でなく魔力的に黒い物。

 メリナの艶のある黒とは違って深淵のような黒。

 たぶん魔族だ。



 しかし、私の魔法は届く前に消えてしまいました。打ち消された?



 更に異変は続きます。

 広範囲の地面が人間の魔力を吸い取り始めたのです。これも初めての経験だけど、本能的に危険を察知しました。



「メリナ、ダメ! 逃げなさい!」


 しかし、娘は平然とした顔で私を見ます。つい先程まで娘と戦っていたアデリーナさんも同様です。


「無論、戦うので御座いましょう? メリナさん」


「はい」


 まだ私は娘を理解しきれていなかったか。

 もうメリナは私が守る存在でない。

 誰にも負けない強さを身に付けた彼女は、皆を守る人間になっていたのです。



「メリナさん、空を飛びなさい!」


「いや、無理ですよ。無茶を仰らないで下さい」


 この異変の元凶であろう、空高くにいる魔族に2人も気付いているのね。



「お母さん、ヤナンカっていう魔族の仕業なんだけど、どの辺りにいるか分かる?」


「メリナ、逃げなさいって言ったのに。もう、本当に大きく強くなって……。魔族は雲の上。何だか魔力を練ってい――」


 空の上の魔族は徐々に魔力を高めていたのですが、見上げた瞬間、違う方向から危機が襲ったのです。



 私は考えるよりも早く、娘の襟首を握り、力強く空高くへ投げました。愛娘を逃がすためです。


 続いてアデリーナさんを、私が軍に残っていれば仕えたであろう王をも、同様に空へと放り投げます。

 順番からするとおかしかったです。私は国よりも家族を優先してしまうか。

 私の無礼さに対する反応か、聞き取れませんでしたが、女王の奇妙な叫びが響く中、私は次の事態へと対応します。



 地面にオレンジ色に輝く模様が描かれました。そして、一方向に動き始めます。

 遠くにいる兵隊達が騒然とする周囲の中、カッヘル君の声が響きました。


「専守陣形! ヤンカー、飛行魔法で様子を探れ!」


 神様の森での経験がいかなる緊急事態にも順応する精神を与えたのでしょう。命令を受けて、宙に浮かんだ副官のヤンカー君も冷静に報告します。


「カッヘル隊長! 魔法陣! 戦場全体に巨大な魔法陣です!」



 魔法陣か……。

 強大な魔法が起動する際に現れる不思議な現象。精霊の言葉が現世に滲み出たものとも言われています。

 円形でその中を幾何学模様、文字っぽい記号なんかがグルグル回るのです。


 でも、こんな大きなものは前代未聞ではないでしょうか。



 魔法の効果は何?

 しかし、判断するよりも早く魔法が発動します。



 無数の魔物が地から涌き出てきました。

 例えば、大木のようなサイズのミミズやムカデ、人間を喰らいそうな巨大クモ、形を持たない粘液状の何か、骨だけの犬、動く枯れ木。


 更に、体内の魔力が弱い者から地面に伏していきます。地面に吸われる魔力の量が急激に増しましたので、正常な鼓動や呼吸、意識を保つ魔力も枯渇して倒れたのでしょう。


 このままでは抵抗できない者達が魔物に喰われることになり、多数の死者が出るかもしれません。



「パウス! 私はナウルを守りに行くっ!」


「分かった! 頼んだぞ、アシュリン!」


 この夫妻の決断は速くて、すぐに為すべきことを決定しました。

 出てきた敵の強さからして子供の救出は一人で十分と判断され、残ったパウスさんは混乱するカッヘル隊が落ち着くまで、この場を守ることにしたのです。



 私も周辺の魔物を駆逐します。とてつもなく堅かったメリナと戦った直後ということもあって、敵の柔さが紙の様でした。私の一蹴りで魔物の体はバラバラに砕けます。



「ゾル! 諸国連邦の陣へ行け!」


 パウスさんの命令です。


「ここにはルーさんも俺もいる! カッヘルの部隊も戦える! お前はお前の知り合いを助けに行け!」


「俺は故国を捨てた身だ! 気にすんなよ!」


 あれ? ゾル君、諸国連邦の人なんだ。


「駄目よ、ゾル君。後悔は先に立たたないものなの。行きなさい」


 知恵のない魔物は近くの人間を無条件で襲うようで、無謀にも私を喰らおうとしたクモの牙と頭を拳で破壊しながら、アドバイスをします。


 なのに、ゾル君は躊躇しています。もう一度、告げます。


「守るべきを知らない人は強くなれないよ」


 娘に負けた私が言う言葉ではないけど、敗北の理由は、多分それ。メリナは何かを守りたいという信念があったのだと思う。



「クソ! んじゃ、行ってやるよ! パウス、お前の命令じゃないぞ! ルーさんが言うんだから仕方なくだからな!」


「あー、そうだな。それで良い」


 パウスさんの言葉を最後まで聞かず、ゾル君は駆け出しました。



 暗かった空の一部が割れる。メリナやアデリーナさんが何かしてくれているのだと思います。

 雲の上は任せました。だから、私は2人が戻って来れるように地上の混乱を解決しましょう。



 しばらく敵を蹴散らします。

 戦い慣れた人間にとって魔物自体は弱くて、最初は優勢に戦っていました。しかし、敵が湧き続けること、疲労が蓄積すること、魔力を取られることが複合して、次第に劣勢を強いられてきました。


 私が広域雷魔法で駆逐してもキリがないのです。


 魔物が湧く原因自体を何とかしないといけないか。魔法陣が怪しいわよねぇ。


「ルーさん! 何とか出来ないか!」


 パウスさんもその辺りを感じ取っていて私に対処を求めてきます。


 うーん、中々に厳しい物が有ります。

 魔法陣を止めるには術者を殺せば良いと思います。それ以外の方法を知りません。

 でも、その術者は高い確率で空の上。メリナやアデリーナさんが倒しに行きました。

 ……ん? あの2人はどうやって空を飛び続けているんだろ。……まぁ、いいや。落ちてきてないし。


 魔物を倒し続けるしかないかな。

 見える範囲ではまだ持ちこたえています。私やパウスさんが居るから。


 前方のシュリの部隊がいた所も強い人達、つまり、模擬戦でメリナに付き従っていた浅黒い人、デンジャラスナックルの人、ナタリアのお姉さん、あと人じゃないけどメリナの部署の部長の蛇なんかが頑張っています。

 蛇は本当に凄いです。魔物を片っ端から呑み込み続けていて、かなりの活躍です。



 アシュリンも戻って来ていました。息子のナウル君はフローレンスさんに預けたので、安心して戦えるのだそうです。



 でも、やはり持久戦は不利か。



 私はここで気付きます。グルグル回る魔法陣。魔物が湧いてくる原因。

 とても魔力濃度が高い。森の神様から貰った精霊玉くらい濃いと思う。


 つまり、精霊カーフエネルリツィに連絡が取れるかもしれないのです。問題は彼が生息するノノン村周辺からは遠く離れていることか。

 でも、魔法は精霊の助けで発動すると本に書いてありました。そして、魔法はどこであっても使えます。

 つまり、精霊に距離は関係ない?


 試してみましょう。



 カーフエネルリツィ、聞こえる?


『聞こえるよ。大変そうだね』


 あら、分かるの? そうなのよ。何とかならない?


『うん。僕たちもそのままじゃ困るからね。協力するよ』


 私が言わなくても協力してくれたら良かったのに。


『そうも行かないんだよね。僕たちは観測者の認識と要望がなければ――って、それは関係ないね。どうして欲しい?』


 この魔法陣を止めて欲しい。


『分かったよ。止めるのは無理だけど、魔法陣に干渉して、皆への効果を弱めることは出来る。ルーの魔力をたくさん貰うよ』


 ありがとう。お願いしたわ。



「パウスさん! 私は魔法陣に干渉します! しばらく戦えないかも!」


「おお! カッヘル! ルーさんを死守しろよ!」


「パウス、てめー! 先輩を呼び捨てにすんじゃねー! ……おい、貴様等! 俺達の顧問殿を守るぞ! 絶対に生かせ! 死んだら、悪夢のルーフィリアが夜な夜なお前らの枕元に立つ羽目になるからな!!」



 私はその場に座り、眼を瞑ります。

 全身の魔力が抜ける速度が加速するのが分かります。カーフエネルリツィが私の魔力を使っているのかしら。



『凄いね、ルー。こんなに魔力を持つんだ』


 辛いわよ。油断したら気を失いそう。


『魔法陣に吸われる大半をルーの魔力で賄えるよ。魔力循環と変換も抑制して、魔物の出現も邪魔できるかな』


 くぅ、もう喋り掛けないで。



 歯を食い縛らないと持たない。

 でも、私が倒れたら多くの人が死ぬ。

 そんなの、帰還した娘に合わす顔がない。



 汗だくになりました。

 意識も時々飛びます。

 息をするのも絶え絶え。


 今日は散々ね。

 こんなにも苦労する1日は未体験よ。



 やがて、閉じた目蓋でも分かるくらいに明るくなりました。それによって、漸く思考ができるだけの余裕が出ました。



 ……終わり?


『うん。でも、魔法陣はまだ残るから、少しは魔力を貰い続けるよ』


 良かった。

 ありがとう、カーフエネルリツィ。



 太陽の光が再び届いたことに喜びを爆発させたのでしょう。大歓声が上がります。

 人々が両手を上げたり、空を見上げたりしています。魔物は激減していますね。限られた局地戦のみです。

 カーフエネルリツィが言ったように魔法陣は残っていますが、徐々に小さくなってるかな。


 ホッとしながら、私も空を見上げます。黒い雲はなくなり、青い広がりが心地よい。


 ただ、数ヶ月前に訪問した王都でも見た天を突くような氷の塊が斜めに刺さっていました。

 分かります。メリナの仕業です。ほら、先端近くに彼女が見えますから。



「拳王! 拳王様が帰って来られたぞ!」


 諸国連邦側の兵が叫びました。


「うおー! 巫女よ! 敵を葬ったのか!!」


 図体の大きい、知らない若者も叫びます。



 メリナは氷の急斜面を滑って降り、そこへ先程の野太い声をした若者が駆け寄りました。


「巫女よ、俺ではまだ打ち勝つことは出来ぬ。情けなくはあるが、国に帰れば、また精進しようぞ」


 まぁ……。もしかして彼氏かな。慈愛が籠った良い表情をしています。彼は数回メリナと会話した後、大声を発しました。



「兄者! ブリセイダ! それから、諸国の将よ! 一時撤退だ! 速やかに帰陣せよ! 我らの巫女の指示である!」


 あら、あちら側の偉い人か。

 うんうん、見た目通りに男気溢れる立派な人。はっきりとした指示を出すのは良いことですよ。



 さて、私もメリナを労いましょう。


「メリナ? 帰ってきたの?」


「うん。空に敵が居たよ」


 うん、そうでしたね。因縁の相手だったのかな。


「倒した?」


「今は準備中。今からここで戦うの」


 移動してくるのか。事情は聞かなくても良いでしょう。


「お母さんが手伝おうか?」


「……ううん。私とアデリーナ様で殺る。たぶん、そうしないとダメな気がして」


「そう。分かった。じゃあ、メリナが倒れたらお母さんの出番ね。カッヘル隊長! 怪我人を収容しながら撤退!」


「ハッ!」


 カッヘル君の部隊がキビキビと動き出します。それから、戦いの邪魔にならないようカーフエネルリツィに魔法陣への干渉を止めるように言いました。もう回転も止まりそうですし、光も消えかけていますしね。


「お母さんの魔力は皆の代わりにだいぶ吸われたから、出番がないようにしてよ」


「うん! 頑張る!」


「期待しているわよ、私の可愛いお嬢さん」


 メリナを残して私は後方へと下がりました。



 しばらくすると、見るからに禍々しい魔力を持つ魔族が一匹現れ、メリナとアデリーナさんとで決闘が行われました。

 戦いの中で魔族が竜となった時はハラハラしましたが、ちゃんと仕留めたようです。


 手を繋いだりして、本当に2人は仲良しです。……うん? でも、仲良し過ぎない?

 もしかして、今回の模擬戦と言うか諸国連邦が王国に侵攻してきたのも、愛し合う2人の愛憎が原因だとか……。


 えっ、メリナ、そっち系……?

 えぇ、でも安心して。お母さんはちゃんと理解しますよ。いつでもカミングアウトオッケーです。

 夫も寝言でそういうの好物だって言ってましたし。



 さて、本当に戦いが終結したみたいで、演台が急造されたり、戦闘には参加しなかった輜重(しちょう)兵部隊が展開して、シャールから持ってきた食料や飲料を王国、諸国連邦の方々に分け隔てなく分配していきます。


 カッヘル君に尋ねたら「お祭りが終わったんで、宴会の準備しろっつーんですよ」って吐き捨てる始末です。

 賑やかなのが苦手なのかと聞いたら、片付けも命じられていて、「二日酔いの後に誰ができるかっつーの」ってぼやいていました。

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