娘との決戦と母の想い
メリナは本陣の方へと向かいました。大将であるアデリーナ女王を求めてです。
しかし、その女王は私の横にいます。
真っ直ぐな性格のメリナは罠に嵌められたのです。
仕方御座いません。これも試練です。
耐えて戻ってきて、私と戦うのですよ、メリナ。
突如、爆発が起こります。誰かがメリナに攻撃魔法を唱えた模様です。
「……この容赦の無さは、巫女長で御座いますね……」
「巫女長?」
「フローレンス巫女長です。確か、メリナさんを竜の巫女に誘ったはずです」
あぁ。あのお婆さん。
森の中から移動する時もかなりの速さでしたね。巫女長か、なるほど。納得の能力です。
「アデリーナさんはどうしてこちらへ?」
「メリナさんが気になったのも有りますが、裏切り者を叩きに来ました」
「裏切り者ねぇ」
私は前方に展開するシュリの部隊を見ます。諸国連邦の軍が完全に押している状況でした。シュリの街が誇る騎魔獣部隊も半分以上が倒れていました。
あっ。撤退するね。
って、シュリの人達、こっちの陣に向かうの?
「うふふ。敗走に見せ掛けて、味方を踏み潰すおつもりで御座いますね」
数を減らしていますが、大きな体をした魔獣はまだ残っており、それらの頭がこちらを向き始めました。
敵に背を向けるのは大罪です。
私は警告の為に、雷魔法を1つ使いました。先頭にいた魔獣の体を貫いて横倒しになります。
「……ルーさんも思い切りが宜しいで御座いますね……」
「軍規は絶対ですから。ところで、メリナは王国を裏切っていたんですか? 模擬戦と聞いていたので、そうではないと思ったのですが」
「……難しいで御座いますね。私の落ち度も有ったので御座います。最終的には模擬戦ということで諸国連邦とも話が付いていますから、メリナさんは裏切っていないとします」
ほっ。そうでしたか。
国王がそう言うのであれば間違いありません。直接聞けて良かった。
「ただ、私の呪いを笑ったことも事実で御座います」
「すみませんね。反省するように言っておきます」
「宜しくお願い致します」
この会話の間にも本陣の方角で爆発がします。また、空に浮かぶ奇妙な白くて長い物も見えました。
「あれは何?」
「カトリーヌ・アンディオロさん。通称、オロ部長で、メリナさんの上司です」
そっかぁ、メリナの上司は羽の生えた蛇か。竜の巫女っぽいとも思えます。
アデリーナさんは体全体を覆うマントを取り外し、カッヘル君に渡しました。メリナが本陣に向かった今、それは不要ということなのでしょう。
「カトリーヌさんの背中に乗っている者はフロンと申します。ナタリアがラナイ村で奴隷であった時に、良くも悪くも世話をしていた者になります」
大きな胴体に股がる栗毛の可愛らしいお嬢さんが確認できました。ナタリアからは「ファル姉さん」という方がいらっしゃったと聞いていますが彼女のこのことかな。
「アディちゃん、もうやっちゃうね」
アデリーナさんが静かに頷いたのを見て、白蛇とそれに乗った女の子は私達の上空を通過してシュリの軍へと向かいます。
隊列を整えて、再びこちらへ突進しようとしている彼らを懲らしめる為でしょう。
やがてメリナが戻って来ました。
少し疲れが見え始めていますが、大丈夫かな?
「最後の勝負ですよ、アデリーナ様!」
そう叫んだメリナの前に、しかし、アシュリンが立ち塞がります。
先ほど敗退したのに再チャレンジとはルール無視ですので排除しようかなと思ったのですが、よくよく見ると、アシュリンは組み手をしていました。
更には魔力をメリナに渡している?
ウォーミングアップとともに魔力の補充もしてやっているのですね。優しい先輩を持ったメリナは幸福です。
さて、準備は完了したみたいで、アシュリンがメリナに告げます。
「メリナ! 次の相手は強いぞ! パウスが『俺は勝てない』と戦う前から断言したほどだからな! 胸を借りてこい!」
「いえす、まむ」
異国風の返事をした娘は堂々とした顔で前に出てきました。自信揚々です。
娘はアデリーナさん、カッヘル君、私という順で視線を動かします。次の相手を見定めているのかな。
私は顔を隠すマントのフードを外します。
うふふ、メリナは驚いてくれたみたい。悪戯が成功した時と言うのは愉快な気持ちになります。
さて、王と国に戦いを挑むに至ったのは、メリナが自分の強さを過信しているからです。獣と同じです。私はその牙を抜いてやろうと思います。
「メリナ、久々ね。元気にしていた?」
「え、えぇ。うん……」
逃げないのはそれだけ自分の成長に自負があるからかな。
「攻撃魔法は危ないからお互い無しね。じゃ、始めましょう、メリナ」
少しずるいけど、娘の最大の武器を封印する約束をさせてもらいました。メリナの火炎魔法は全てを薙ぎ払います。死体さえ残さずに行方不明者が続出してしまうからです。
代わりに私は回復魔法も使わないでおきましょう。
無粋な提案に戸惑いながらも承諾した娘は、即座に突進してきました。思っきりの良い娘です。
振り上げた右腕による打突。
勢いは良いんだけど、工夫が足りないわね。
迎撃に入ります。眼前で拳を避けてから蹴り。腰辺りで良いかしら。
メリナは腕を振るった力を殺さずに体を回転させるみたいです。回し蹴りに繋げるのだと私は分かります。そんなもので、私に届くとでも?
私の蹴りは間違いなくメリナを深く捉えました。しかし、娘は揺らぎもせずに体を回し、予想外だった私は顔面に蹴りをもらいました。
衝撃で頭が強く揺れました。蹴りが加速した?
初めてです。生まれて初めて他人の打撃を体に受けました。
驚きの中、私は鉄の味がする唾を地に吐きます。メリナが距離を取って対峙してくれて良かった。追撃を受けていたら、動揺で流れを持っていかれるところでした。
でも、本当に成長している。シャールに旅立ってから一年足らずなのに、どれだけの鍛練と経験を積んだのでしょう。
あんなに体が弱かったメリナがこんなにも強い体を手に入れるなんて。
そこまで思って、私の中に喜びが沸いてきました。
「メリナ、良い動きだったわ」
「そ、そうかな?」
「えぇ。さすが私の自慢の娘よ。ちょっと待ちなさいね」
後ろに控えるカッヘル君を呼びます。
「カッヘル隊長、一緒に戦うことになっていましたよね? こちらにどうぞ」
「あっ、いや。親子水入らずって言葉も有りますし、俺は遠慮したいと思います! ルーさんだけで構いません!」
「良い経験になりますよ? 身内なので自慢と取られると恥ずかしいですが、メリナは中々の強さです。娘を倒せたら私からの卒業、一人前と認めますから」
「いえ! 自分にはハードルが高過ぎるので、永遠に半人前でも構いません! 半人前でも十分にお釣りが来ると思います!」
「そう? じゃあ、観戦していて下さい。帰ったら、復習しますからね」
「ハッ!!」
間違っても彼じゃ勝てないでしょうが、とても良い経験になると思ったのになぁ。残念です。
「それじゃあ、メリナ。続きね」
ごめんね、メリナ。本気で行くから。
トップスピードでメリナの斜め後ろに入る。もう私は攻撃体勢、メリナは反応が遅れている。
下から突き上げる私の拳はメリナの脇腹を激しく打ちました。しかし、遅れていたはずのメリナの拳が私の頬で炸裂します。
またか。なんてタフさ。
続いて、娘の足を踏み抜きます。骨を粉々にした感触を確認しながら、片耳を掴んで、横に引き倒します。
倒せば勝ちの今回のルールだからこそです。側頭部を貫くべきだったという非難を観戦者から受けるかもしれませんが、子を想う母に出来る物では御座いません。
メリナが回復魔法で骨を治療させたのが、踏んでいる足の違和感で分かります。斜めになる体も私の腕を支えとすることで彼女は耐えます。
ほぼ勝ったと思ったのに。
「やるわね」
「いつまでも、子供じゃないから」
負けん気の強い子ね。これはどうかな?
バランスを崩したままのメリナの頭へ叩き落とすように頭突きを見舞う。
……ぐぅ、石頭ね。
次に肘で顔を横殴り。これで意識を刈れたはず!
しかし、メリナは転倒しない。私を掴み続けていた片腕の力は衰えない。
闘志も立派。アシュリンが言うように、どこの軍に入ってもやっていけるわよ、メリナ! 竜の巫女なんて辞めた方が良い暮らしが出来るんじゃないかな。
追い打ちが必要。
敗北を認めない娘は、それでも私の一連の攻撃で下を向いています。その顎に膝を入れて気絶させましょう。
メリナの動きを注視しながら、確実に仕留められるタイミングを計る。
「つッ!」
不意に強い痛みを腕に感じました。
指? 指を私の肌に突き刺した? 腕から一筋の血が流れます。
その驚きに私の膝は狙いを外し、メリナの腹に当たりました。威力も弱まっていて、メリナを落とすまでには至らず。
しかも、娘は回復魔法で全快となってしまいました。
……敵に回すと厄介な相手。
一撃で仕留めないと倒せない。少しでも意識が残れば驚異的な回復力で、ダメージを受けてないことにされるなんて。
魔獣や魔族なら殺すだけで良いのだけど、私はメリナを殺せない。
それに攻撃力も素晴らしい。私の人生で最も強い相手だと思う。
自分の血を流したのは、いつぶりかしら。
「凄いわね……」
認めよう。メリナは一人前の戦士。
私がいつまでも母親面していることは彼女の為にならない。
「あんなに寝込んで咳ばかりしていたメリナが、本当、大きくなって」
私は構えを変える。
士官学校に入学するずっと前、兵隊に憧れた私が独自に編み出した構え。まぁ、遊びみたいなものだけど。
父親が椅子に座りながら、庭で鍛練っぽい児戯をする私を微笑ましく見ていた姿が思い浮かびました。
この構えを取ったのは近衛兵でも母でもない私として、メリナと戦いたかったからなのかもしれません。
大きく前後に股を開け、両手の中指と人差し指を尖らせて、敵へ向ける。
血が滾る。
メリナが構えようとしているのが見えたので、先に仕掛けます。
鋭く突いて眼球を破壊。2つとも。
それから、ガードを下げるために腹を抉る。
回復魔法は確認できたけど、すぐに眼球をもう一度破壊。
何度も繰り返す。
肩や耳、脇も刺す。
メリナの腕は2本とも折り畳まれて、胸と頭を堅く守っている。
何回か刺して分かったのは、私の力ではメリナの骨を貫けない。
さっきは踏み抜けたのにとは思うけど、彼女が防御に専念したら、こんなにも堅くなるか。
我慢比べになりました。
私は攻撃を止めたら逆襲を受け、メリナは魔力が消費しきったら倒れます。
それを理解しているメリナは回復の度に破壊した眼球を治すことをもうしなくなりました。彼女は魔力の効率的な運用に切り替えたのです。
「拳王はあれを受けきっているのか……」
ゾル君の感嘆が聞こえました。
えぇ。本当にメリナは強い。こんなに血塗れになっても全く勝負を諦めていない。
どれだけの経験が彼女をここまでの戦士に高めたのか。
正直、このままでは私がジリ貧です。
娘を懲らしめよう、余裕で勝てると思っていたのは浅はかでした。
私が挑戦者だったのです。
攻撃が単調にならぬように蹴りも混ぜる。
全力で打ったのに、メリナは浮き上がりもしない。そういう魔法なのでしょうか。
結局は指で身体を削っていくのが最も効率的か。
娘が反撃に出られないように全速力で連打を繰り返しました。
「……おかしいわね」
徐々に刺さりが甘くなっている。
何?
私の力が弱まっている?
メリナを刺す度に指先から魔力を抜かれているのか……。
「メリナ……不思議な技ね」
まずいなぁ。
私が出来るのは打撃だけ。まさか、ここで雷魔法を使うなんてカッコ悪いし。投げ技なんかもっての他。謎の技術で私の魔力を一気に吸収されそうです。
虎視眈々とメリナが一撃必殺を狙っているのは分かります。
そうこうしている内に、メリナがこれまで回復をしなかった目を治します。来るか。
しかし、させません。
即座に指を入れて潰す。
そのタイミングでメリナが体を回す。私の指が眼窩に引っ掛かり、体が引っ張られる。踏ん張ったのに、メリナの回転に負けた。罠だった。
片腕が伸びた状態になった私の胸はガラ空きだったのでしょう。気付いた時には娘の腕が深々と私に突き刺さっていました。
そして、視界が暗くなる中、地面に倒れる自分を認識しました。
初めて喧嘩で負けた。
相手が娘でなければ、悔しくてすぐに再戦を希望した事でしょう。
勝負は着き、私は座っています。怪我はメリナが魔法で回復してくれたみたいです。
私は立ち上がらずに娘を見上げます。
「メリナももう大きくなったのね」
「うん」
「安心したわ。それだけ出来れば、自分の身はある程度守れるわね」
親の威厳を守るための上から目線。
「うん」
「いい、メリナ。でも、油断しちゃダメ。悪い人もいるから、一人で付いて行ったりしちゃ危ないからね」
これも虚勢。
「うん。大丈夫だよ」
「本当? 大事な一人娘なんだから、心配しちゃうな。変な男に騙されて傷物にされたら、悲しくなっちゃうよ」
有り得ない。そんなガッツのある男がいるのなら、むしろ旦那に貰いなさい。
「大丈夫だって」
「信じるしかないわねぇ」
最後に、私は心の中で負けた事を女王に詫びました。
その後、アデリーナさんをもほぼ完封したメリナは遂にこの模擬戦を制しました。この戦場で最も強い者になったのです。
ただ、戦闘中に王の顔へ唾を3回も吹き掛ける自由奔放さはメリナらしいと思いました。
本来であれば、国王になんて真似をと強い怒りが生じるはずなのですが、アデリーナさんとメリナは戦っている最中も終わった後も友人同士の悪ふざけに見えまして、私がどうこう言う必要はないと思います。
さて、帰る準備をしなきゃと立ち上がった時、周囲が急に暗くなりました。
空を見上げると、あっという間に黒い雲が覆いまして、昼から一気に夜になったのです。