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娘の自信

「覚えているか? 王都最強、だった男だ」


 パウスさんの問いにメリナは平然と答えます。


「えぇ。2人懸かりなら私に勝てるとでも?」


 娘の言葉は不遜。

 でも、良かった。さっきみたいに「死ねヤァア!! ゴラァァアアア!」って目の前で叫ばれたら、私の心のダメージが果てしないです。



「相変わらず、生意気な娘だ」


「おい、パウス。本気で行くぞ」


 改めて2人の剣士は正面に己れの武器を構えて、メリナに対峙します。


「無論。体に剣を入れても油断するな、ゾル。不死身だと思え。俺はこいつの心臓を刺したが、死ななかった」


「どれだけ化け物なんだ――」


 メリナが動く。

 彼らが暢気に喋っているのを隙だと判断したのでしょう。


 猛進、左右へのフェイント、一回溜めて逆方向にトップスピードで体をスライド。

 それなりに速いけど無駄な動きね。



「グッ!」


 でも、メリナはパウスさんの腹に拳を当てることが出来ました。

 まだまだね、パウスさん。

 殴った後、メリナが動きを止めたと誤解したゾル君が突っ込みます。


「次は俺の番だっ! 拳王メリナ! 覚悟しろよ!」


 パウスさんの斜め後ろからゾル君の剣先がメリナの眉間に向けて進みます。

 しかし、軽く頭を振って躱し、メリナは伸びきったゾル君の腕を掴みました。


「投げ技なんざ、やらせるかっ!」


 あー、ダメ。ゾル君は意識が腕にしか行ってない。



 メリナは膝で彼の股間を破壊しました。泡を吹いて倒れるゾル君。修行不足です。



「容赦ねーな。模擬戦だろ、これ?」


「弱いのに私の前に出るのが悪いのです」


「そこまで弱いヤツじゃねーんだけどな。俺が鍛えてやってたんだぞ」


 メリナは倒れたゾル君を気にも留めません。

 短い会話の後、メリナは肩口へ蹴りを放ち、パウスさんは喉へ向けて突きを出します。

 その攻防はメリナの勝ちで、剣を避けた上で軌道を変えたメリナの足はパウスさんの顔面を捉えました。しなやかで良い攻撃でした。


「いってーな」


「タフですね」


「嫁に鍛えられているからな」


「……もしかして下品な意味ですかね?」


「意味が分からねーよ」


 えぇ、私も意味が分からない。

 メリナは夫が秘匿している本を読み過ぎたのかもしれない。


 2人はその後も激しくぶつかります。



「さて、そろそろ、お喋りは止めようか」


「うふふ、倒される覚悟は終わりましたか?」


「いいや。俺が成長したかを確かめていただけさ。もういいぞ」


「何を偉そうに――」


 メリナはまだ余裕の表情。強者の風格さえ醸し出していました。


「メリナ! 褒美だ! くれてやる!」



 気配を巧く消していたアシュリンが横からメリナを襲います。


 メリナはギリギリでガードしましたが、娘の側頭部を狙った蹴りは鋭く重く、受けた腕が大きく腫れました。骨を砕かれましたね。

 良い一撃でした。私と戦った時は手を抜いていたのでしょう。



「アシュリンさん!?」


「クハハ! 上司としてはお前の門出を祝ってやる必要があるからな!」



 その後、メリナはパウスさん、アシュリン夫妻と激しい攻防を行います。唸る拳、旋回する脚、煌めく剣、それらが狂い咲く光景は他者が介在することを許しませんでした。



「……ちなみに何の門出ですか?」


「メリナ! お前は諸国連邦に永住するんだろ!? ならば、巫女からの卒業だろうが!」


「それ、嘘です」


 ……アシュリンはその為にここまでやって来たんですけど、嘘だったのか。


「そうか!? ならば、罰だ! 王国に反乱を起こすとは何事だッ! 部下の不始末を尻拭いしてやらんといかんな!」


 ……模擬戦だから本当の反乱ではなかったよね? 私の疑問は解消されず、メリナは黙って戦い続けます。

 

 パウスさんの刺突を魔法で出した氷の壁で防いだところで間合いが空き、自然と小休止になりました。



「ちょっと私を殺す気じゃないですか!?」


「メリナ! 安心しろ! いつも通りだっ!」


「酷い日常だったと、改めて愕然としました!」


「グハハ! 負け惜しみは聞かんぞ!」


「えっ。負けるのはお二人ですけど?」



 メリナは幼い頃から私が教えた構えを取ります。重心を低くして、右半身を前に。

 アシュリンも同じ構えになり、パウスさんも静かに切っ先をメリナに向けました。



 模擬戦とは思えない、命の奪い合いの雰囲気が漂います。

 周囲も固唾を飲んで見守っています。

 今、私が乱入すれば、メリナは虚を突かれて敗退するでしょう。しかし、それは彼ら3人に対する侮辱となり得ます。



 カッヘル隊は静まり返りましたが、前方のシュリの軍は未だ戦っており、その戦闘音が響いていました。



「見よ! 冥界を支配する者であり、氷炎の貴公子、且つ、愛を失いて絶念を識る竜、我の地を震わす迸りを!!」

「ガランガドーさん、こっちですよー!」

「デンジャラースッ、ナックルゥゥウ!!」


 そんな叫び声や喚声、悲鳴、魔獣が倒れる音が耳に入ります。耳障りです。

 特に最後のデンジャラスナックルという謎の奇声を発したのは女性でして、娘以上の異常性を感じさせました。



 静寂の中、剣先を落としてパウスさんが誘いをします。強さに自負を持つ彼だからこそなのですが、客観的には待つことに痺れを切らしやすいのは彼の弱さです。



 メリナがこの好機を逃すはずがありません。一瞬でパウスさんの横に移動し、腕ごと脇腹を破壊するように大きく拳を振るいます。


 剣先を変えた分、パウスさんの反応は遅れます。アシュリンが援護に入りますが、間に合わないかな。


 メリナは尖らせた指先でパウスさんの腹を突きました。彼の血がポタポタと地面を濡らします。

 パウスさんの剣もメリナの太股を切り裂きましたが、致命傷にはならず、夫妻に挟まれたメリナはうまく片足で身体をずらして逃げました。



 追撃は夫妻側からでメリナの正面を左右から拳と剣で狙います。足を負傷したメリナは大きくは避けられない。


 勝負どころでは有ります。


 でも、パウスさんもアシュリンも甘いわね。メリナがこの展開を読めていないとは思えない。何をするのかは予想が付かないけど、カードは残しているだろうな。



 全身全霊の攻撃を繰り出した夫妻を冷静な目で見続けているメリナが一瞬笑ったのが確認できました。

 そして、突然の瘴気の噴出。


 出所はメリナ。真っ黒い魔力が弾け跳び、周囲を闇に染めていきます。膨大な量で、神様の森でも体験したことのない濃度でした。


 同時に突風が発生し、周りの兵隊がまず地を何回も転がります。メリナを攻撃するために力を込めて、土を踏み締めていたアシュリン夫妻も攻撃を止め、後退する仕草を見せました。



「アシュリン、こいつは本当に人間なのか?」


「知らん! 珍獣って事で良いだろっ!」


「今のは瘴気の類いだぞ。それを出すなんて、人間か魔族かってレベルじゃない」


 狼狽えるパウスさん、情けない。

 そんな事はどうでも良くて、瘴気に怯まずにメリナを切れば良かったのです。

 それをしなかったから、ほら、見てください。折角負わせたメリナの足の傷が回復魔法で治ってしまっていますよ。


「もう負け惜しみですか? 他愛も御座いませんでしたね」


「メリナっ! 勝つまで油断はするなといつも言ってるだろ!」


 突撃したアシュリンの左右からの豪腕を簡単に躱し、更にアシュリンの本命であった後ろ回し蹴りをメリナは腕でガードしました。

 そして、彼女の後方へ走る。


 娘のターゲットはアシュリンではなくパウスさんか。


「俺を狙うとは、舐められたものだ!!」



 メリナは本気ですよ。

 しかし強くなったなぁ。

 私、勝てるかな。


 その後、パウスさんの足首を破壊し、蹴りを出したアシュリンをがっしりと受け止めた娘は、肩に担いだ彼女をパウスさんに勢い良く投げつけました。


 パウスさんは避けることはできたかもしれません。しかし、剣を捨ててアシュリンを抱き止め、そのまま転倒してしまいました。もちろん、抱っこされる形になったアシュリンもです。

 2人とも敗退です。でも、最後は美しい夫婦愛を見せてもらいました。



「うふふ。仲良しですね。2人で仲良く負け犬です」


 ……メリナ、夫婦愛! 負け犬って貶すんじゃありませんよ。


「テメーが異常なんだよ。瘴気を出して相手の動きを鈍らすなんて、魔物でもしねーぞ」


「メリナ! 次はこうもいかんぞ!」


「まぁ! 情けない負け惜しみを聞かせて頂きました。嬉しいです」


「チッ! 早く行けよ。女王はあっちだぞ」


「えぇ。それでは、またシャールでお会いしましょう」



 チラッと私を見た気がしたのですが、まさか私がここに来ているとは思わなかったみたいで、メリナは背を向けて遠ざかろうとします。

 次は私の番ですので、逃がさないように声を掛けようとした、その時です。


 後ろから服を引かれました。



「お待ちください。後程、メリナさんは戻ってきますので」


「アデリーナさん?」


 どうも本陣からこちらにやって来ていたようです。


「はい。お楽しみは取っておきましょう」


「分かったわ」


 アデリーナさん、柔らかく微笑んでおられました。女王らしい優雅な表情です。


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