娘の突撃
会戦の日となりました。
死者を出さないためにルールが設定され、皆に周知されました。
そのルールは単純で、足以外の体が土に付けば敗退。逆に言えば、転ばしたり吹っ飛ばしたりすれば勝ちです。
負けず嫌いの人なら、まだ自分は倒れていないと言い張って戦い続けるかもしれません。
特にメリナは躊躇なくその選択をしそうでして、その対策として死なない程度に意識を刈れば良いかなとか考えています。
私達は左翼後方に陣を張っています。カッヘル君の部隊にシャール近くから参集した傭兵っぽい人が混ざった混成軍です。
知らない人が増えましたが、パウスさん、アシュリン、ゾル君と手練れは揃っていますし、カッヘル隊も並みの戦士では突破できないかと思います。この部隊の顧問らしい私も誇らしいですね。
敵方の動きを眺めていると、唐突に一人が我が方に向かって駆けてきました。右翼を目指しているみたいです。
伝令かな?
「グハハ、あれはメリナだな」
アシュリンの笑い声が聞こえました。
「あいつ、また一騎駆けかよ。いや、違うか。もう1人いるな」
ゾル君もそれに応えます。
私も確認しまして、先頭を走る女性は確かにメリナです。そして、その後ろを長身の浅黒い男が追いかけています。
「メ、メリナ様だっ!! 聖衣の巫女メリナ様が突進されてきたぞ!」
「む、迎え撃て!!」
悲鳴に近い言葉が左翼から発せられます。
戦闘が開始されたようですね。
諸国連邦軍もメリナに触発されて前進を開始しました。軍太鼓の音が鳴り響きます。場違いに陽気なリズムなのは本当の戦争ではないからなのかな。
「おらぁ!! ぶぉっ殺されたくないヤツは、とっとと座れぇぇええエ!!!」
え?
「あのバカ者、元気そうで良かった!」
「相変わらずの狂気の塊だな」
いやいや、私の知っているメリナの言葉じゃないですよ。バカだけど、あんな野蛮じゃないもん。声は似てたけど……。
「殺されても良いヤツだけ向かって来ィィイヤァァアア!!」
「ぶっ殺してやるからなっ、ミーナァア!! 覚悟しろぉお、クソがァァア!!」
「おらぁ! さっさっと来いやア! お前の鼻っ柱を潰してやるからなぁ!」
「このクソガキがァア! 死ねィ! ここで死ねィイイ!」
「誰に剣を向けているッ!? この恩知らずの大バカがァァア!!」
バカはメリナ、あなたですよ。
断続的に聞こえる雄叫びは、他の部隊の喚声を飛び越えてきます。
そんな大声で何を言っているのですか。フォレストスタイルとか言いながら、私の誕生日を創作料理で祝ってくれた、優しいあなたはもう居ないの?
ほら、あなたは素敵なレディーになりたいって言っていたのよ。
「違うわ、ボケ! 殺すぞ! 死ね!」
違うのね。私に言ったのではないと分かりますが、とても辛いです。心痛って久々です。天にいるジャニス、どうか助けて。今、私はとても恥ずかしいです。
居たたまれない気持ちで戦場を見ていると、メリナともう1人は左翼を壊滅させました。一騎当千。これが我が娘のなりたかった将来なのでしょうか。
そんな気持ちでしたが、娘が駆けた後に生じる真っ直ぐな戦塵からは、我が娘の成長を十分に感じました。
両軍が激しくぶつかっている戦場の中央にメリナも到着します。
「おらおらおらおらーー!!」
「ごらぁ! ボーとしてんじゃねーよ!」
メリナは敵味方関係なく襲い掛かっています。狂犬……誰が呼んだのか、とても真っ当な表現です……。
いえ、あれは娘に似ているだけで別の人物かもしれない。娘は病弱で咳き込んでばかりで、だからこそ、優しい人間に育った……ような気がします。
「狼狽えるな! メリナは竜の巫女! 聖竜スードワット様を奉る我らの敬虔を忘れて、敵対する訳がない!」
ほら! 誰だか知りませんが、私と同じ様に別人だと思う方がいらっしゃいましたよ。
両軍が衝突するど真ん中にいる、この野太い声の方、心強いです。
「俺が見てやる! メリナを騙る醜悪な女の顔をな!」
えぇ。宜しくお願い致します。期待してますよ。
「……いや、見るな! 見なくて良いが、そいつは偽者だっ! その女はメリナではないぞ! さぁ、踏ん張って諸国連邦の奴らを王国から追い出すぞ!」
…………本物だったのかしら。
しばらくすると、圧し合っていた兵隊達がお互いに少し退きます。そして、その間に出来た道をメリナが全速で走っていくのが確認できました。
右翼を目指しているのか。いよいよ、カッヘル隊の出番が来るわけですね。ドキドキします。娘の変わり様を確認することに。
前方のシュリの部隊も交戦を始めていまして、濛々と土煙が立っています。でも、自慢の騎魔獣隊による突進がないのを見て、カッヘル君が昨日言っていたシュリの街の裏切りという言葉が脳裏に浮かびました。
ただ、諸国連邦軍は容赦なく戦っていますね。魔獣は人じゃないから殺してもルール違反じゃないし。
「善悪を超越した存在、超越者ガランガドー参上!」
メリナと行動を共にしていた男が珍妙な名乗りを上げました。そして、乱戦になりつつあるシュリの部隊へと突撃します。
男の攻撃は見えませんでしたが、一匹の魔獣が倒れます。細身で浅黒い肌、布を巻き付けた様な服装、その辺りが男に軽薄な印象を与えていたのですが、中々の戦闘力。
メリナと戦う前のウォーミングアップに丁度良いかなと私は彼に狙いを定めたのですが、カッヘル隊から悲鳴の混じった報告が上がりました。
「敵、来ます! あっ、巫女服っ!! 巫女服です!」
「陣を構えろ!」
直ぐ様にカッヘル君が指示を出しました。
大猪の如く突進してくるのは、見間違うはずもない我が娘でした。長い黒髪をバサバサさせながら、拳を既に上げようとしていました。
「舐めるなっ! クソが!!」
メリナの叫びです。正しく戦士の叫びでした。
カッヘル隊がギリギリまで引き付けた無数の弓矢をメリナは怯えることなく最小の動きで躱す。
そして、力を反らすために斜めになった鉄の盾に拳を叩き付け、そのまま持っていた人間ごと吹き飛ばします。
明らかに村にいた頃よりもパワフルになっていますね。
メリナは止まらず、次々とカッヘル隊を潰していました。鍛えられた兵達が抵抗らしい抵抗もできずに、殴る蹴るの暴行で地面に伏していくのです。
「ゾルザック! 抑えろ!」
カッヘル君が2回目の指示を出します。雑兵に気を取られている今が好機と踏んだのでしょう。
「任せろ! あの狂犬女は俺の獲物だ!」
しかし、メリナの反応は誰の予想よりも速いものでした。乱れた隊列の間を不規則に方向を変えながら、ゾル君に接近。
「死ねぃ!!」
見事な動きでメリナは素敵なゾル君の背後を取りました。そして、明白な殺意を込めた殴打を彼の後頭部に繰り出そうとします。
メリナ、殺しちゃダメってルールを知らないのかな。
「ゾル! 油断するな!」
ゾル君の命はパウスさんによって救われました。鋭い剣撃が軌道を邪魔したために、メリナは腕を引かざるを得ませんでした。
うんうん、2人とも速い判断ですよ。
「すまん、助かった! 人があんなにも速く動けるのか……」
謙虚な気持ちを持ちつつあるゾル君ももう少ししたら強くなるでしょう。
「そいつを人間だと思うな! 古竜よりも堅い化け物だ! 殺す気でやれ!」
あら、パウスさん、それはルール違反です。守れないようなら、私がお仕置きですよ。
「王都以来だな。元気にしていたか?」
メリナは静かに頷きます。
ここまで、娘は私に気付いていません。この魔法のマントのお陰でしょう。娘の成長を見守る母親、存分に味わわせてもらいます。
その後に野蛮な口振りを覚えたことも含めて、お説教ですね。