躾
メリナ率いる諸国連邦とデュランの連合軍に対して、我ら王国軍は会戦を挑むべく、王からの指令書に書かれた草原へと向かっています。
途中で立ち寄る街では状況報告書がカッヘル君に渡され、戦況がどうなっているか、簡単に分かるようになっていました。
私はこの部隊の顧問って役職に任命されておるらしく、その機密内容を知ることができました。
王都が陥落したそうです。
生まれ育った地が軍靴に汚されるのは大変に悲しいことでした。
敵側は王都に近い大都市ラッセンをも引き入れていたという事ですから、ラッセンとシャールの間にある王都は挟まれる形で攻められたのかもしれません。
敵連合軍に対抗できる街は王国南部ではナドナムくらいしか残っていない状況です。
ただ、ナドナムは娼館が立ち並ぶくらいに柔弱な風土ですので、相手方を武力で粉砕する程の活力はないでしょう。
報告書でも、デュラン近郊の街道で陣を張り、敵軍とにらみ合い中とありました。
ナドナムは日和見に入ったと私は思いますね、これ。
諸国連邦の野望は王都を陥落させたことでは飽き足らず、侵攻を止める考えはないらしく、無謀にも北上を続けています。
王国側は敵を国土の深くに引き入れる方針です。1度の戦いで全てを決し、敵を滅ぼす作戦です。相手方も同様なのでしょう。余計な兵の消耗を避けるべく、ほんの小競り合いもないと聞いています。敵軍の進軍ルートにある各街には、諸国連邦軍から食料を要望されれば応えるようという指示さえ出ています。
さて、今日も私は最後尾を歩いています。
シャールの補給物資の中には私宛の荷物も入っていました。黒い革のマントです。アデリーナさんからの差し入れでして、旅装束を持っていない私への配慮なのだと思いました。有り難く頂戴しております。
軽いし、風雨も防げるし、服も汚れないしで、早速愛用させてもらっています。
パウスさんの息子ナウル君も部隊に同行しています。戦場に年端もいかない子供を連れていくのはどうかと思いますが、守りきる自信があるのでしょう。若しくは、メリナは幼児を殺すなんて非道をしないと知っているのかもしれません。
さっきまでは荷車でお昼寝していましたが、今はお父さんに肩車してもらってご機嫌です。
シャールの街壁の前で合流した背の高い女性軍人さん、パウスさんの奥さんだったんだよねぇ。ふしだらとか、失礼な事を思ってしまいました。
でも、軍服を着てのキッスは。やはり軍規上、見逃せないものです。
やはり、注意してあげた方があの人の将来の為でしょう。
私はパウスさんの隣を歩く奥さんの所まで進みます。それから、服を摘まんでこちらを振り向いてもらいました。
「何だ?」
……私の方が年上ですし、絶対に軍では先輩だったと思います。いきなり心証が最悪ですね。
「ちょっとお伝えしたいことがあるので、こっちへ」
「いや、遠慮しておこう。今は進軍中だ」
じゃあ、歩きながらお説教と思ったのですが、パウスさんが手助けしてくれました。
「アシュリン、行ってこい。お前なら、すぐ追い付くだろ」
「分かった。貴様、こっちへ来い!」
高圧的な物言いだなぁ。見知らぬ者に対して、それは感心しませんね。
軍規の前に礼儀を学んで頂きましょうか。
彼女が先導して道の端へと向かいます。パウスさんが少しこちらを見て、ニヤリと笑っていました。
「お前は誰だ!?」
止まってお互いに向かい合うなり、私が口を開く前に尋ねてきました。
「私はカッヘル君の先生に当たる者です。彼の部隊を鍛えるように、竜の巫女アデリーナさんから依頼されています」
「そうか。しかし、それがどうした!」
「上官に対する口の聞き方を、貴女に教育してあげようかなと思いました」
「クハハ! 弱い上官に従うつもりはない!」
ほう? あなた、言いますね? 良い度胸です。
先手は私。瞬時に女の背中を取る。それから、尻を蹴ってやろうと足技を繰り出す。
おっと……。
結構な反応ね。素早く私の脚を避けながら、長い腕を利用した裏拳が私を襲う。
うふふ、まあまあね。
背中を指で軽く突いてから、私は離れる。
そして、距離を取ったところでお互いに構えを――えっ、その構えは私と同じ近衛兵?
「……貴様、近衛兵か?」
むぅ、また先に言われました。
「あらあら、『貴女は近衛兵でしたか』でしょ。言葉遣いがなってないわね。次は背中に穴が開くわよ」
「ふん。実際にやってもないくせに何を偉そうにっ!」
「息子さんの前で血を見せるのは良くないでしょ?」
「結構な配慮だ!」
その言葉の後に連打が来ました。サラサラと避けます。この人、相当な腕前です。ゾル君じゃ勝てないかな。
しなやかな体を利用した格闘術が得意みたいで、威力も良さそうです。
「やるなっ!」
「あなたもね。メリナと良い勝負が出来そうよ」
「あのバカ者と私を比べるなっ!」
あっ、知り合いだったんだ。なら、それで話を切り出したら良かったかな。
「メリナの母です。よろしく」
打ち出された拳が途中で止まる。
「それは失礼したっ! 私は竜神殿魔物駆除殲滅部のアシュリンでありますっ!」
拳は止まったのに蹴りが飛んできたのはビックリした。軽く外側に避けてから詰めて、彼女の動く膝に手を添えながら答える。
「そうなの? 娘がいつもお世話になってます」
その手は「私がその気になったら折るけど良い?」という意思表示でした。さて、どうする?
「あのバカ者、サボってばかりで――」
踏み込みに力が入ったか。良い戦士です。
私は折らずに手を離す。
でも、私に体の側面を見せている体勢から何ができるかな。
「――すが、有能でありますっ!」
うんうん、ちゃんとした言葉を選ぶようになったわね。よろしい。
ただ、勝負はまだ続けるみたい。
力の入れ具合から判断するに、肩からの体当たり。たぶん、そこから体内の魔力を一気に放出して肉体強化。
「国に逆らって有能な訳ないでしょ!!」
脇腹に拳を刺して――おっと、意外に速く回避した。ダメージは少ないか。
「……メリナとやるまでに体力を温存したいところではあったが……」
「じゃあ、引き分けでいいかな?」
「クハハ! そうしてくれたら、有り難い!」
彼女の名前はアシュリン。なんと竜の巫女の一員でした。アデリーナさんが生活面の教育係で、アシュリンは仕事面の教育係だそうです。
なんで軍服なんだろ。
カッヘル隊は私達を待ってくれていました。パウスさんが手を上げながらアシュリンを迎えます。
「アシュリン、どうだった? ルーさんは強かっただろ」
「あぁ。認めようっ! しかし、あのバカ者に感じる狂気はなかったな!」
「俺はルーさんが狂気の元凶だと思うぜ」
それから数日後も順調に街道を進んでいます。
朝食の最中に早馬が部隊にやって来ました。カッヘル君に呼ばれて、私もそれを拝見します。
「……クソ。ガキどものお遊びに付き合わされてたのかよ」
カッヘル君が苦々しく吐き捨てます。
「どうしたの?」
「これ、王からの連絡書です。そこには、"今回の諸国連邦の進撃は訓練である。予期せぬ実戦を再現するため、諸君らに秘していたが、王は諸君らの行軍速度に概ね満足している。さて、会戦は模擬形式で行うため、死者を出さないように留意すること。ラッセン一代公爵メリナ・デル・ノノニル・ラッセン・バロは、いまだアデリーナ・ブラナン王の友である"とありました。これだけ大動員しておいて、ふざけるなって話です」
「ここにあるメリナ一代公爵っていうのは、うちのメリナなのかな?」
「えぇ、ノノン村のメリナです」
「じゃあ、ひょっとすると、こっちのアデリーナ王は竜の巫女のアデリーナさん?」
ここでカッヘル君が怪訝な眼をして、私を覗いてきました。
「そうです。知らなかったんですか?」
「王都から遠い村に居たからね」
「15年前からだとケヴィン王からレグナー王、そして、アデリーナ王と2代交代しています」
「レグナー様? テト皇太子殿下がお継ぎなさらなかったの?」
「事故死されて弟君が継がれ、その後をアデリーナ様がお継ぎになられました。アデリーナ様はその事故死された先代の皇太子殿下の息女になられます」
「……そんな承継順、宮中法度で認められてた? レグナー王の嗣子が継ぐべきでは?」
「レグナー王は魔王だったそうです。それを打ち倒し、正統な王位を取り戻したのがアデリーナ陛下です。これ以上は不敬になるので触れません」
アデリーナさんが国王だったのかぁ。
もしかしたら、近衛兵時代にお会いしていたのかもしれません。でも、私は下っ端で、近衛兵と言っても王族担当じゃなくて別宮警護の任だったもんなぁ。全然王家の人員を覚えていませんでした。
失礼なことを口にしていなければ良いのだけど。
「でも、戦争じゃなくて良かったわね」
「この後に多少の混乱は有りますよ。何個かの街は裏切ってデュラン・諸国連邦側に付きましたから。アデリーナ王がそれらの街を許すはずがありません」
「当然よ。そこの貴族は全員斬首ね。王国に逆らったのだから。何のために貴族の称号を与えて、王が優遇していたか分からなくなるわ。皆殺しよ」
「……たまに悪夢のルーフィリアを思い出します」
さて、会戦はするみたいですから、久々にメリナに会えます。どれだけ成長したのか楽しみですし、またアシュリンが申した通りに仕事を舐めた態度を見せているのであれば、躾直しです。
場合によっては拳を交えないとなりませんね。




