神様との決戦
ゾル君は剣王と呼ばれていたらしい。だから、剣の扱いはやはり上手。
今も横に薙ぎ、縦に切り裂いて、道を切り開いてくれます。鬱蒼とした草たちが散り散りに刈られました。
「おい! いつまで歩くんだ。草ばかり、切り飽きたんだよ!」
「ごめんね、神様が逃げてるのよね」
私達は森を進んでおります。
「分かんねーよ! おい、パウス、本当にこっちの方向で合ってるのか?」
「あー、俺も分からんよ。でも、ルーさんを信じるしかないだろ。聖母らしいしな」
「パウスさん、その呼び方はバカにされてるみたいで好きじゃない」
「あぁ、そうか。済まない」
「……おい、ナトン、ルーさんが聖母って何の話だ?」
「知らねーよ。親父がそいつに直接訊けよ。カッヘルさん、知ってるか?」
「俺も知らねー。俺としては、場違いに弱い俺を誘った意図を先に教えて欲しいくらいだ、その聖母様に」
私は選抜チームで森の神様を仕留めに参りました。神様は弱い人の意識を奪いますので、足手まといというか、敵を増やすことになってしまいますので、それなりに強い人を選んだのです。
私を除いた中では、パウスさんはダントツで強いです。ナトン君も匹敵すると思っていたのですが、魔力量とは別に、剣技や脚捌きといったテクニックの面で全くレベルが違いまして、模擬戦闘ではナトン君が完敗でした。負けたナトン君ですが、逆に眼が輝いていましたね。
パウスさんの次に強い人となると、ゾル君と完敗したとは言えナトン君が来ます。魔力量はナトン君の方が上回るのですが、やはり技量の違いからゾル君と互角となります。なお、ナトン君と互角なので、恐らく、パウスさんとゾル君が戦うと一瞬で終わるでしょう。それはゾル君も分かっているようでした。
で、彼らの次がギョームさん。不平不満をよく言う彼ですが、丸々とした体からは想像も付かない軽業が持ち味です。偶々お孫さんを見に来たところを、運良く出会いまして、神様退治に付き合って貰えることになりました。
カッヘル君は確かに戦闘力に劣りますが、連れてきたのは経験のためです。彼は他人を使うのは上手です。ノノン村を襲いに来た時は私の魔法なんかで腰を抜かしていましたが、今では図々しいまでになっていて、「ルーさん、魔法。雷のでっかいヤツと、あっちに小さいヤツをお願いします」とか私にお願いするまでになっています。それが結構最善の位置を指示していて、楽ができるんですよね。
彼は環境に馴れると、能力を発揮するタイプなんだと思います。だから、強い方々の戦い方をもっと知るべきなのです。
「誘い込まれてるんじゃないか、ルーさん?」
パウスさんの鋭い指摘です。
「そんな知恵があるかなぁ、神様に」
「さぁな。俺よりはないだろうな」
「おい、パウスのおっさん。バカな発言すんなよ。普通、神って言ったら全知全能だろうが。おっと、蛇だ」
振り向きながらゾル君が剣を振るうと、樹上から落ちてきた毒蛇の頭が飛びました。
更に進みます。かなり瘴気が濃くなってきました。
「これが罠じゃないなんて言わせんな」
「都会育ちにはきついんだろう?」
「きつかねーよ。あと、ナトン、帰ったら俺が王都仕込みの剣を教えてやる。お前は強くなれるぜ」
「待てよ、パウス。教えるなら俺からだろ」
「俺の師匠はルーさんだけだ。弟子にするならゾルだけにしろよ」
この3人は仲良しです。同じ武器を使うので、気が合うのかもしれません。
「……あぁ、また昔を思い出す……。地獄の進軍を……」
「ギョームさん、そんな過去ないですよ。しっかりしてくださいね。ほら、カッヘルさんなんて文句を言わずに黙々と歩いてますよ」
「……文句を垂れる余裕もねーんだよ」
せっかく私が誉めたのに、なんて悪態を付くのでしょう。
「む? こいつか、森の神様ってのは?」
パウスさんが神様の気配に気付いたみたいです。
「えぇ。やっと私達を待ってくれるみたいです」
「カッヘル、敵の持つ攻撃手段を教えろ」
「あん? 俺はお前の部下じゃねーぞ、パウス。……しかし、勝つためだ。教えてやるよ。意識障害と魔炎での攻撃。あと、攻撃じゃねーが、実体がねーから斬れない」
「俺に斬れない物はない」
偉そうな口を叩く人達ばかりですが、その中でもパウスさんは飛びっきりに傲慢ですね。油断大敵なのですが、大丈夫かな。
カッヘル君に付け加える形で、私も知っている情報を伝えます。
「あと、合体しての巨大化だとか転移魔法なんてのも使うよ」
「……あぁ……思い出した。操られたアニーを斬れずにナトンが絶望して……俺も大槌の破壊力に吹っ飛ばされて……。うぅ、メリナちゃんがいないのに……森の奥で……怪我をしたら、うぅ、動けないまま虫に喰われて死ぬんだ……」
「その足手まといのおっさん、サッサッと帰らせろよ。俺がそいつの分も働いてやる」
泣き言を口にするギョームさんにゾル君が吐き捨てました。
「あん? ゾルザックだったか? お前、俺の親父をバカにするなよ。後悔するぞ」
喧嘩が始まる雰囲気ではなく、戦闘に向けて己の戦意を高めている、そんな感じです。
さて、ようやく森の神様に追い付きました。暗い森の先に、いつもの青白い炎が見え始めます。
あはは、森の神様、お久しぶりです。
『……お前に手出しをしたことが我が不運よな』
あら、やっと後悔して頂けました? 感無量です。
『……ふん、弱き者どもが何を言う』
逃げたくせに。
私が会話をしている間に、2人の剣士たちはもう戦闘に入っていました。
片っ端から青い炎を斬って行きます。
そう、斬れるんです。
不思議です。ナトン君の剣は炎をすり抜けるだけなのに、パウスさんとゾル君の剣は炎を消し去っていました。
負けずにナトン君も突撃しますが、彼の攻撃では炎にダメージを与えることはできません。
「ナトン! この剣を使え!」
状況を把握したパウスさんが腰に差したままだった予備の小剣をナトン君に投げました。
「魔剣だ! 再生能力の高いヤツや霊体も、これなら斬れる!」
……そうだったのか。何て簡単なことだったのでしょう。
それにしてもパウスさんは迅いです。メリナよりも俊敏なのではと感じました。
王都最強だった男。確かに強いです。
「ルーさん、もうこれっきりですよ。俺ももう歳だから腰が痛くて敵わんのです……」
ギョームさんも戦闘に参加するようです。
剣士の攻撃では届かない、木の枝に浮かぶ炎を中心に身軽な動作で蹴りを入れていきます。
あれ、足から魔法を出しているんですよね。肥満に近い体なのに、技は華麗です。
「カッヘルさんは?」
「俺は見てるだけですよ。参戦しても戦力になんかなりゃしねーすから」
「そう? アデリーナさんは貴方を買ってるみたいだけど」
「ありがた迷惑ですね。俺は偉くなりたいが、過分な地位には就きたくないんです――って、ナトン! 出過ぎだ! もっとゾルに近付け! そうだ! 右から回れ!」
へぇ、よく見えてる。ナトン君、視界が狭いから囲まれ易いんだよね。
「ギョームのおっさん! 俺たちのボスの為にサッサッと終わらすぞ!」
「テメーに命令されたくねーな! 早く指示を出せ、下っぱ軍人!」
あらあら、ギョームさんもカッヘル君には厳しいわね。
「あ? 民間人が偉そうな口を叩くな! お前の正面、それから、斜め左の炎を倒せ! そいつがパウスを狙っている!」
アデリーナさんがカッヘル君を気に入った理由が何となく分かります。戦術眼とそれを信じる思っきりの良さが彼の特長ですね。
さて、私も戦闘に参加しましょうか。
カーフエネルリツィ、聞こえてる? 森の神様の本体はどれ?
私に味方する精霊の声は聞こえませんが、私が進むべき道が視界に示されます。私は全速力で、目の前に現れる炎たちを蹴散らせながら駆けます。
突然、森が開ける。不自然に木が伐られていたのです。
『掛かったな! 弱き者、これで終わりだ!』
構わず前進する私に対して、正面と左右の三方から青い炎が迫ります。もしかしたら逃げていた理由は、この場所に私を誘き寄せる意図があったのかもしれません。
『瘴気濃度が最も濃い場所、そして、我の意志が最も人の世に届く時を選んだのだ! 炎に消されて滅ぶが良い!』
森の神様の声には気合いが入っておりました。炎の勢いもこれまで最大です。
しかし、私は電撃を放つことで全ての炎を散らしました。呆気ないものです。
これまでの何年にも渡る対戦の度に、炎を無効化してきたのに神様は学習機能に障害があるのかもしれません。
勢いを殺さずに私は神様の本体に迫ります。
神様は炎なので顔もないし、体の表裏もありません。ですが、私の猛追に怯えて背を向けたように思えました。
「これを使え!」
かなり後ろの方からパウスさんが自分の剣を投げて寄越しました。クルクルと回りながら飛んできた、それの柄をガッシリと掴みます。
神様、お別れです。最後に言いたいことは?
『無念』
潔いね。
私は10数年ぶりに剣を振るいました。
縦、横、斜めに切り上げて、それから、また切り下げ。
暗い森の中に剣先から生じる光跡が走ります。魔剣というからには魔力が放出されているのでしょう。
パウスさんの剣は軽いのに切れ味が良く、私の剣戟は神様を切り刻んで粉々にしていきます。魔力の粒子が離れて、消光する様子も伺えます。
間違いなく、今までと違う。
遂に私は神様を殺すのです。私の積年の恨みを果たすのです。
一心不乱に剣を振るっていたのですが、やがて、太い腕で止められます。
「止めろ、敵は見えない。死んだ」
「ふぅ、そうですか……」
私は素直に剣をパウスに返します。
「あんた、剣もそれだけの腕前を持っていたのに、軍で無名だったなんて信じられないな」
「昔より強くなってるのかもね」
「おい! ババ――いや、ルー、いや違う、ルーさん!! 俺を鍛えて欲しい!」
あの生意気なゾル君が信じられないことに土に頭を付けて頼んできました。私の剣技もそう捨てたものではなかったのかもしれません。
でも、ババァと呼びそうになったのは聞き逃していませんので、その頭を踏んづけました。
私は笑顔です。ノノン村に平和が遂に来たのです。