剣士たちの参上
「ルー、どうしたんだ?」
私がお茶を飲んでいると、夫が声を掛けてきました。
「どうもしませんよ」
「そう? 少し苛立ってる様に見えたんだけど」
「気のせい」
……やはり日々一緒に暮らしている夫には分かってしまうものなのですね。ちょっと嬉しくなりました。
でも、確かに私は腹立たしく思っています。
散ったはずの森の神様がまだ存在しているのです。あの後、何回も襲ったのに、その度に数日で復活してしまいます。
森を焼けば良いのかしらとも考えたのですが、昔、メリナが特大の火炎魔法を放出した後に、新種の魔物が現れたり、強大化したりした経験がありまして、尻込みしてしまいます。
さて、悩み深い日々の中、新しい来訪者をイルゼさんが連れてきました。なお、アデリーナさんは来ていない模様です。
「こちら、剣王ゾルザックさんです。それから、冒険者のパウスさんです。カッヘルさんの部隊まで届けるよう、アデリーナ様に命じられました」
今日のイルゼさんは安定していますね。
良かったです。
「あっ、挨拶が遅れました。失敬致しました。聖母ルー様、ご機嫌麗しく存じます。再びお逢いできた今日を、祝日として毎年祝うことをお許しください」
……やっぱり前言撤回。
メリナ、いくら友人が少なくてもちゃんと選ばないとダメよ。
さて、ゾルザックと呼ばれた男は黒い金属鎧を身に付けた若い男でした。アデリーナさんくらいのお歳でしょうか。剣王という大層な称号をお持ちですが、そんなに強そうには見えませんでした。魔力量的にはギョームさんくらいかな。
「剣王は止めた。呼ぶならゾルで良い」
あぁ、本人もその辺は自覚されてるのですね。
それよりも、パウスという方に私は注意を引かれます。
歳はカッヘル君と同じくらい。カッヘル君も体格の良い男ですが、パウスさんは彼に増して長身で胸板も厚く、なのに、俊敏性を感じさせるくらいに無駄な肉が御座いません。
私が値踏みするように観察していましたら、あちらも私を同じ様な目で見ていました。
「あら、すみませんね」
「あぁ、こちらこそ済まない」
ふむ、ある程度の常識というか恥の概念もあるようです。最近に知り合った中では、珍しいタイプですね。
「カッヘルさんの所まで、私が案内すれば良いのかな?」
イルゼさんに訊きます。
「いえ、聖母様のお時間を頂く訳にはいきません。ご自分達で行ってもらいます」
「聖母って何? それに、だったら私の村に来なくていいじゃない」
止せばいいのに、耐えきれず、私は訊いてしまいました。
「マイア正教にメリナ様を組み込みに当たり、お母様にも触れざるを得ませんでしたから。だから、聖母様です。そして、聖母様に私が挨拶しない訳にはなりません」
ニッコリ笑っての自信満々の回答です。意味が分からなさすぎて私は視線を剣士2人に向けました。イルゼさんが「理論構築に忙しくて、失礼ですが、ここでデュランに戻ります」と早々に帰って頂けて嬉しかったです。
でも、平穏は来ませんでした。
「お母様って、お前、あの化け物の産みの親か!?」
突然、若い方の剣士ゾルが叫んだのです。それをベテラン剣士が制します。
「止めろ、ゾル。我が子を化け物と呼ばれて喜ぶ者はいない。本当に化け物であってもな」
はい、なんとなく理解しました。現在のメリナは化け物と蔑まれているのですね。
つまり、目の前にいる彼らはイジメっ子です。いい大人なのに情けない。
私が更正させて差し上げましょう。それに、メリナを悪く言った罰です。
私が2人の間を駆け抜けた後、剣士達は地に倒れました。パウスさんは私の見立ての通り、優秀な方でしたので、不意打ちだったにも関わらず、剣を抜くことに成功されておりました。それでも、腹を守るまではいかず、私に殴られて悶絶させれております。
「弱い者イジメは宜しくないのよ」
「な、何のことを言っている? あの娘以上に危険人物だな。かなり痛かったぞ」
なお、失神し続けているゾル君には聞こえていない模様ですね。
気を戻した2人に事情を聞きました。
生意気な目をしていた剣王のゾル君が諦観した感じになっていたので、私も落ち着きます。反省の色を確認できたと思ったからです。
さて、彼らは胡座のままで私に説明します。
まず、ゾル君。彼はメリナと戦い、失神するまで顔面を殴られ続けたそうです。また、その後、アデリーナさんとも対戦し手も足も出せずに惨敗されて、武術の修行をやり直すために村へやって来たとのことです。
次に、パウスさんもメリナと戦った経験があるとのことです。腕を切り落とし、心臓を剣で突いたのに、メリナは生きていて、反撃を受けて彼も失神するまで殴られたと言います。今回はそのメリナの出生を調べるため、この村にやって来たと主張されます。
パウスさんはマトモな方です。嘘は仰っていないでしょう。娘の心臓を突こうとした事情は凄く気になりますが。
私は正直に答えます。
「メリナは王都で産まれたんですよ」
「なるほどな。そうだと思っていた」
パウスさんは冷静に受け止めました。
「あいつの構えは王都の近衛兵に伝わるものだった。構えだけだがな」
「言うこと聞かないからねぇ、メリナは。すぐに構えが乱れちゃうのよ」
ただ、自己流でもあれだけ戦えれば十分だと判断して、厳しく指導しなかったのも有ります。それに、彼女は殴打より回復魔法に優れているのだから。
「あんたがメリナに武術を教えたんだろ? そう本人から聞いている。元近衛兵か?」
「不名誉除隊ですのでお恥ずかしいのですが」
「どこの部隊だった?」
うーん、昔の事だから口にするのも気恥ずかしいのよねぇ。
「第4部隊よ」
「なら、ザムラスを知っているか?」
あら、ザムラス君の知り合いかしら。
ザムラス君は私の学校時代の同級生で、狼頭の獣人で喋れないけど、心優しくて男気もあって、周囲の人に好かれている青年――いや、私と同い年だから、もうおっさんですよね。あー、狼頭でも皺とかできるのかなぁ。
「もちろん! ザムラス君は狼頭だから目立つよね。あれ? 近衛兵に彼は入れたのかな? 元気にしていたら良いんだけど。あはは」
「ザムラスは俺の近衛兵時代の先輩だった。もう死んだ」
……そっかぁ。惜しい人を亡くしたなぁ。
「先の内戦で、吸血鬼に咬まれて獣人でなくなったザムラスは、情報局の興味を惹いたのだろう。獣人が人になるなんて前代未聞だからな。本部に連れていかれて、生きたまま解剖されて殺された」
情報局か。あの魔族もそうだったけど、碌なことをしない。軍の人達が嫌っていたのも仕方のない組織です。
「仇を討つ術もない。本当は情報局長を殺したかったが、それはあんたの娘が殺した」
「仇を討ってほしいなんて、ザムラス君なら言わないだろうしね」
「……そうだろうな」
さて、知人の死を知って少し悲しくなりましたが、彼らをカッヘル君のところへ案内しないといけませんね。
私は立ち上がるように彼らに伝えます。
しかし、私の言うことは聞いてもらえませんでした。
「ゾルはカッヘルの下へ行く必要があるが、俺はない。俺はあんたに武術を学びに来た。強くなりたいんだ、良いか?」
「おい、パウス。俺も強くなりたいんだ。カッヘルってヤツの所にお前が行かないなら、俺も行かない。このババァ――」
ババァって私のことを言ったんだと思うので、無礼な若者の顎を強く蹴って黙らせました。当然ながら、一撃で伸して、仰向けに転がっています。
「ゾルも弱くないんだがな」
「えぇ、ギョームさんくらいには強そうです」
「ギョーム?」
「隣村の村長よ」
「……それは本人に言ってやるなよ。ゾルは自信喪失気味なんだからな。ちなみに、俺はどれくらい強いと思う?」
ふむ、良い質問です。
「私の家の隣に住んでいるナトン君くらい。あなた、良い線行ってるわよ」
「……化け物しかいないのか、この村は。王都で最強だった男だぞ、俺は」
『だった』と過去形でいう程度の実力です。そもそも、何10万人も住む王都で1番だなんて決めること自体がナンセンスです。
「あんた、森の神様とかいうのを退治したがっているそうだな?」
「よく知ってるわね」
「アデリーナから聞いた。俺がそいつを斬ってやる」
「何回倒しても復活するのよ。パウスさんに出来るかしら」
「やってみないと分からんさ。あんた、名前は?」
「ルー。宜しくね」
「あぁ、ルー、こちらこそ――ガッ!」
私は軍の先輩に当たる訳です。それなのに呼び捨てことは完全に鉄拳制裁の対象です。
だから、頬を激しく打ちました。
これは近衛兵の常識です。ザムラス君が甘かったから、調子に乗ってるんじゃないかな。
驚いた顔で私を見るんじゃありません。驚いたのはこちらですよ。