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娘の留学

 カッヘル君達の鍛錬を開始して数ヶ月。正直、成長は思った程ではありませんが、黙々と森に入っての自主訓練も始めるようになっています。


 そんな日々の中、カッヘル君が結婚していたことを知りまして、しかも奥さんのサリカさんは妊娠までしていたのです。


 聞いた瞬間、思わず無知への怒りで殴ってしまいましたが、彼に優しく諭しました。


 彼らの駐屯地は神様の森の中にあり、今は落ち着いていますが、瘴気が発生すると、お腹の中の赤ちゃんが大変なことになるのです。筆舌し難い程に大変な事です。


 そこで、ギョームさんの村の向こう側の空き地に駐屯地を変えてもらっています。

 ギョームさん、野犬とかの害獣避けになると喜んでいました。



 ある日、アデリーナさんが村に再訪されました。


「先にカッヘルと会っております。私の期待通りに鍛えて頂き、感謝致します。また、お母様を疑うような発言をしたことを深く謝罪致します」


「そう? もっと強くなってもらいたいのよ」


「うふふ、お任せ致します」


 さて、アデリーナさんの横にはイルゼさんがいらっしゃいます。この人が転移魔法の使い手なのですね。で、2人の背後に見えるのは、借金でお世話になったオズワルドさんです。何かに酷く怯えた様子で、お顔も(やつ)れております。



「今日はどうされたの?」


 王都にお住まいのオズワルドさんがこんな辺境の地に連れて来られた事情も気になりますが、先ずはアデリーナさんの目的を聞きましょう。


「ご連絡です。メリナさんが留学に行かれました」


「留学? あの娘が?」


 シャールで猛勉強したのね。本好きでしたし、勉学の才能を夫から引き継いでいてもおかしくないです。

 まぁ、あの娘はこれから学者として生きていくのかしら。


「はい。王国の西方に位置する諸国連邦。そこのナーシェル貴族学院に在籍されております」


 諸国連邦か……。王国に従順と見せ掛けて、表から裏からちょっかいを出してくる弱小国家群です。私が軍に居た頃は仮想敵国の一つでしたが、今は友好状態なのかな。


「シャールから近い帝国に行ったのかと思ったわ」


「10年程前のバンディール戦役から帝国との国交は途絶えております」


 そんな戦争が起きていたのか。

 バンディールは王国の最北領域でして、帝国国境に接する侯爵領だったと記憶しています。


「そっかぁ。田舎に居ると情勢に疎くなるね」


 と言ったものの、言っただけで特に興味はないです。この村で老いて死んでいくのが、私の幸せだと感じているから。



「それで、後ろのオズワルドさんはどうしたの?」


「王都で幅広く商売されておりまして、中には情報局繋がりのお仕事もあったそうです。ですので、少し体制が変わった途端に迫害されておりまして。恨みを買いすぎたのでしょうね。こちらも素直に命を絶って差し上げられなかった負い目が御座いますから、保護を致しました」


 ……アデリーナさん、口悪いなぁ。えー、こういう人だったのかしら。


「カッヘルの部隊に入れることにしました」


 オズワルドさん、もう初老の歳に足を入れようとしていますが、今から最前線に立つ兵なんて大丈夫かな。



「さて、お母様、貴女の実力を見たいと私は思っております」


「実力?」


「軍の教育は期待通りでした。ただ、あのメリナさんが恐れるのです。どれだけの武力か、そちらも知っておきたいと思います。可能であるなら、本気で戦う姿を拝見させて頂けませんか?」


「……そんな相手が居ないのよね」


 森の神様、まだ見つかっていません。


「私がお相手しましょう」


 アデリーナさん?

 私は少し驚いて彼女を見ます。娘の教育係を血塗れにするのは、ちょっと気が引けたのです。



 そうこうしていると、騎馬の激しい足音が聞こえました。全速力で駆けつけられたのはカッヘル君です。


「アデリーナ様、護衛致します」


「呼んではいませんが、心掛けは誉めましょう」


 忠実な部下を演じているカッヘル君。でも、私と2人きりの森の中では、アデリーナさんを鬼と表現していた事や、呼び捨てにしていた事を覚えています。でも、伏せておいてあげますね。



「それでは、メリナさんのお母様。準備は宜しいですか?」


「アデリーナちゃん、いえ、アデリーナさん、私を呼ぶ時はルーで結構よ」


 何だかよそよそしいもの。また、逆に私からは「ちゃん」付けを止めました。前回、去り際に嫌な思いをさせたかもと思ったんです。

 アデリーナさんは微笑みの後に頷かれました。



 時間も勿体無いですので、早速、私は村の外れでアデリーナさんと対峙します。彼女は今日も真っ黒い巫女服。動き難そうに思えますが、良いのでしょうかね。



「えっ、ルーさんとアデリーナ様が戦うんですか……?」


 私がアデリーナさんに向けて構えた瞬間、カッヘル君がイルゼさんに訊きます。それから、慌ててアデリーナさんに呼び掛けました。


「アデリーナ様、絶対に止めた方が良いです」


「私もそこそこ強いので御座いますよ?」


「いや、そうかもしれませんが、お勧めしません。……本当に俺は止めましたからね。それは覚えていてください」


 カッヘル君は上司想いですね。

 私は息を大きく吸って胸と腹を膨らませます。そして、体に力が漲るのを待つ。



「やっぱり……アデリーナ様、やばいですって! おい、オズワルド、何をボーとしてんだ。邪魔だ」


「いや、カッヘルさん……。俺、全く状況について行けてないんです……。なんでルーがあの方とタメ口なんだ……」


「チッ。邪魔だっつーてんだろ。すっこんでろ! そうだ、聖女さん、あんたから止めてくれないか?」


 聖女? あー、イルゼさんは聖女さんか。

 知ってますよ。デュランって街の偉い人です。近衛兵時代に遠くから見たことがありました。その人とは違うから、代替わりしたのですね。そっか、イルゼさんもご立派な地位の人だったんだ。

 ……メリナも聖女さんになったら凄いなぁ。あー、でも、それは高望み過ぎるか。


「……私は無能です。無能なクズです。アデリーナ様を止めるなんて無理です……。すみません」


 でも、何だか病んでるのね。怖いなぁ。


「無理でもいいから早く止めろって!」


「カッヘル、黙りなさい。私が負けるとでも?」



 さて、十分です。



 私はアデリーナさんに接近。

 あら? ちゃんと視線が付いて来たわね。驚き。


 しかし、私の腕は既に伸びきって、アデリーナさんの肩の上を通り越しています。カッヘル君が妙にアデリーナさんを庇っていたので、顔面に拳を入れるのは避けたのです。

 殴った勢いのままの風圧がアデリーナさんの髪を激しくたなびかせます。


 彼女はバックステップで間合いを広げようとします。でも、遅い。体の側面に私は回り込み、足を出して転倒を狙います。

 と、流石に跳ねて避けられました。


 距離が空きましたので、私も仕切り直しです。

 小手調べってところかな。



「よ、良かった……。あの悪夢が手加減するなんて予想外だった。新しいお偉いさんが殺されて、また内乱が始まるのかと思ったぜ……」


 カッヘル君の呟きが聞こえました。アデリーナさんもそれを耳にしたのか、少し唇を上げて笑います。



「確かに動きは速いですが、娘さんと違って殺気は御座いませんね」


「メリナは殺気なんて持ち合わせてないわよ。優しい娘だから」


「竜神殿では狂犬だとか野人だとか呼ばれていますよ、メリナさん。あと、足臭とかモジャモジャとか」


 っ!? メリナ、もしかして虐められているのかしら!!

 何か困っていることがあれば、お母さんが相談に乗りますよ!!


「でも、十分にルーさんの戦闘力は把握致しました。これからも私どもの為にご協力をお願い致します」


 いえ、そんな些細なことはどうでも良いの。


「娘は、メリナは、皆に嫌われているんですか!?」


 だから、耐えきれずに留学したんですか!


「……私は生涯の友だと思っておりますよ」


 アデリーナさん……。ありがとうございます。仲間外れにされている娘の味方であって頂けるのですね。



 その後、村に戻りまして、アデリーナさんは家族の墓参りにナタリアを誘いました。もちろん、私は了承します。一緒にいたレオン君も同行したがり、連れていって貰うことになりました。

 2人とも旅をするのは初めてで嬉しいのでしょう。ナタリアも自然な笑みを浮かべていました。奴隷生活、バラバラになった家族の死といった悲劇を経験している彼女ですが、少しずつ感情を取り戻しているみたいです。

10万字くらいでの完結を目指していたのですが、もう少し書かないと終わりまで行きそうにないなぁ……m(_ _)m

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