草と肉
村に来てから1ヶ月程経ちました。完全に村に馴染んだ私達は、これからの生活について考えることが出来るようになっています。
博識な夫が言うには、村の畑は貧弱過ぎて、住民の方が満足する量の食べ物を確保できていないとのことで、彼は朝から夕方まで畑の改良に精を出しています。
馬車を牽いていた馬が2頭いたのですが、今は木の根っこを引き抜いたりする役目をしてもらっています。よくメリナはその背中に乗って遊んでいます。今も笑い声が聞こえます。
彼女の咳の回数は減っていませんが、でも、王都に住み続けていたなら悪化していたかもしれません。ここに来て良かったと思っていて、オズワルドさんへの感謝の念は強まっております。
あと、あのお馬さん達を譲ってくれた盗賊さんにも感謝を申し上げたいです。
村には食料の備蓄が有りません。力仕事は男性の役目でして、女性は食べられる雑草を森の浅い所から採るのが日課です。
早く小麦で作ったパンを食べられる日が来て欲しいと願います。ネコジャラシみたいな草の粥は美味しくないです。
でも、この村が都より住みやすいのは間違いなくて、もっと住民が増えても良いのにと不思議に思いました。
「サルマさん、村の反対側の森には採りに行きませんけど、どうしてなんですか?」
繁る木々で陽が遮られた森の中、腰を折って草を抜きながら、私は2つ隣の家に住むお婆さんに尋ねます。この人の家は遠い先祖から村に住む一家の人で、とても物知りです。
「あっちに行くと、森の神さんが怒るんじゃ」
「神様ですか」
「そうじゃ、ルーもあんまり奥に入ると神様に連れて行かれるから気を付けるんじゃぞ」
「はい。分かりました」
連れて行かれるとは大袈裟だと思いましたが、私には分からない村の掟みたいな物が有るかもしれません。素直に従いましょう。
……でも、神様か。お祈りしたら、メリナの体も治るかもしれませんね。
うん、いつか、お会いしに行きたいです。あー、でも、村の掟を破るのは心苦しいなぁ。
「しかし、ルーには驚いたねぇ。魔法を使える人間なんて初めて見たよ」
「練習したら皆さんも使えるかもしれませんよ」
私の言葉にお向かいの奥さんであるジャニスさんが反応します。小柄ですが、とても快活で笑顔の素敵な女性です。
「ルーさん、じゃあ、また教えてよ。あれ、便利だからさ」
ジッと私は彼女を見ます。
うん、何となくですが、素質が有りそうな予感がします。私の勘はよく当たります。
「勿論ですよ。すぐには難しいかもしれませんが、明日から頑張りましょう」
「うわっ! ほんと! やったー」
私と同じか少し若いくらいの彼女は年相応に喜んでくれました。
「わしもルーみたいに大木を持って歩けるようになりたいのぉ」
「サルマ婆さんは、その歳でも働いているのが魔法みたいなもんよ。もう90を越えてるんでしょ?」
おぉ、それは凄いです。
「私もサルマさんみたいなお婆さんになりたいです」
「そうかのぉ」
さて、野草を採り終えた私達はお互いの収穫を分け合います。森に入らなかった家庭の分もです。日によって、たくさん採れた人とそうではない人が出ますし、別の用事がある家もありますし、そもそもお嫁さんのいない男性もいるしで、互いに助け合いなのです。
素晴らしい事です。困った時はお互い様。
こういった点も私がこの村を気に入ってる理由の1つです。
帰宅後は各家庭で料理に入ります。と言っても、採った野草をごく簡単に調理するだけです。
行商人の訪問が少ないらしく、この村では塩でさえ貴重品でして、野性味があるとか、自然の風味を活かしたとか、そんな感じの味付けになります。
私は慣れました。
慣れましたが、また盗賊さんに出会うことがあれば、塩や香辛料を少しばかり譲って貰えないかお願いしたいと思います。
今日の晩ご飯は、ひょろりとした草の煮付けと、長細くてポキポキおれる草を切っただけものと、赤くて丸い草の実です。
大きな葉っぱの上に載せて、3人分を用意しています。
獣は森のもっと奥にいますので、残念ながら最近は出会えていません。
「ママぁ、メリナ、お肉食べたい……」
「ごめんね。なかなか居ないのよ。ほら、メリナ、この赤いヤツ、好きでしょ? これ、食べて我慢ね」
「うーん、うん……」
「ほら、メリナ。少しだけど、父さんの分もやるからな」
「ありがとう、パパ」
メリナはとても素直な娘です。ただ、年齢の割に妙に聞き分けが良いのは、病気を持っている自分が親に更なる迷惑を掛けたくないと、気を遣っているからなのかもしれません。
……私は母親失格ですね。娘が肉を欲しているのに、何故に育ち盛りの子供に草の実なんてお粗末な物を勧めたのでしょう。今から森に入って、栄養と脂が満点の魔物を仕留めるべきです。
「お父さん、メリナの草、あげるー」
「嬉しいんだけど、お父さんは要らないかな。お前が食べなさい」
「あげるー」
「あなた、メリナの好意を無下にしてはいけませんよ」
「あげるー」
「いや、それ、少し苦くない?」
「あげるー。絶対、あげるー!」
「メリナって強引なところがあるよね……」
夫が娘から貰った草を口にしたところで、お外から変な気配を感じました。
きっと、これは魔物の群れです。その推測に根拠はないのですが、私の勘は王都からこの村までの道中でもよく当たりましたから。
「あれ、どうしたの、ルー?」
「お肉が向こうからやって来たの! 嬉しい!」
「お肉ー! おっにくーっ!!」
「待っててね、メリナ」
喜び顔だったメリナが途端に顔を曇らせます。まだ幼いので母が目の前から消えるのが怖いのでしょう。
「メリナ、はい、おまじない」
私はメリナの目を見ながら簡単な呪文を唱えます。
「うーん、眠くなってきたぁ」
うふふ、単純な子です。メリナは素直に目を擦りながら自分の寝床へと向かいました。
「魔法みたいだね。もう寝ちゃったよ」
「本当に素直な娘よ。さすが、あなたと私の子ね。じゃ、行ってきます」
夫に娘を任せ、私はバンッと扉を開けて飛び出します。
同時に、この村まで運んでくれた馬の鋭い嘶きが真っ暗な闇の中に響き、直後、地面に引き転がされた音が聞こえました。
馬小屋! 大切なお肉に向けて、私は足に力を込めました。