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軍人との交流

 汚れた皮鎧を身に付けたカッヘル君達を森の前で整列させています。特訓に入ってもう3日目なのに、いまだ彼は学生時代に彼の教室のアシスタントをやっていた私に気付いていない様子です。


 しかし、それにしても、彼らが王都軍と言うのは名だけなのでしょうか。野犬の1匹2匹くらい腰に差した剣で真っ二つにして欲しいのですが、食われないように逃げることくらいしか芸が御座いません。


 しかし、私にも誤算が有りました。メリナが居ないことです。

 あの子の回復魔法は範囲も効果もピカ一でした。どんなに瀕死でも元に戻るのです。その安心感もあって、村の方々は必死に戦い、傷付いても生きる意思を捨てませんでした。だから、強くなったのです。


 なのに、今はそのメリナが都会に行っております。今、この場にいる回復魔法の使い手は私くらいです。カッヘル君の部隊にも術士はいましたが、お話にならないレベルでして、魔法詠唱している間に追撃を食らいそうでした。


 結果、彼らが強くなるペースは村の方々よりも遥かに遅いです。

 なので、私はそれに焦れております。



「カッヘル隊長、今日はこれだけですか?」


「ハッ! 連日の戦闘で負傷者が続出しておりますので」


 なんて軟弱な。私の回復魔法では他人を癒すには一人ずつと言うこともあって時間を要しますので、完全回復していないのは分かりますが、それにしても10人だけとは……。栄えある王都軍の旗を持つ責任感というものはないのでしょうか。

 そんなことだから、シャールに負けるのです。忸怩たる想いですよ、私は。


 しかし、粛々と特訓して行かないとなりません。森へと進みます。



 まだ瘴気漂う領域には入っておりませんが、魔物を発見します。苔むした大岩に偽装したヤツです。不用意に近付いた生き物を噛み砕きます。


「はい。今日はまず、あの魔物と戦いましょう」


 私の指示に従って、小規模では有りますが、彼らは陣形を整えます。大盾を前に出して、ジリジリと前進。

 岩の魔物も接近する彼らに気付き、微妙に動きます。


「突進!」


 カッヘル君の号令で一気に盾兵が駆けます。それに呼応するかのように、魔物も正体を現しました。岩肌が割けて鋭い牙が幾つも生えた口を大きく開けるのです。


「連撃!」


 その口に盾を押し込む。それから、数人の槍兵が遠くから魔物の塞がらない口内を突き刺し、仕留めました。


 そつのない攻撃です。鮮やかと言っても良いでしょう。

 でも、そうじゃないんです。こんなんじゃ、強くなれない。血を垂れ流して、地べたに這って、でも、諦めない心が魔力量を増やすのです。



 私達は更に奥へと進みます。

 次は巨大な黒い狼を発見します。あれ、獣に偽装した血吸い蝿の集団です。大昔にメリナがお肉を発見と近付いたら、全身を覆われた事件が有りました。懐かしいです。



「ルーさん、拒否します。あれには武器が通用しませんから」


 私をルーさんと呼ぶのに、彼はまだ私が誰だったか気付いていません。腹立たしい程に鈍いです。


「大丈夫。行きなさい」


「ダメです。俺は勝てない戦闘を部下に命令する主義は持っていません」


 こんな調子です。こうなると、彼は梃子でも動きません。私が上官ではないからか命令を聞いてくれないのかもしれません。

 今日はこれで引き上げました。



 その晩、夫に相談を致します。


「それはルーが遠慮しているんじゃないか?」


「どういうこと?」


「ルーは最終階級が軍曹だったのに、彼は大尉だろ」


 なるほど。無意識的に位を意識していたか。


「でも、その感覚はすぐに直せないだろうから、彼だけをまず鍛えてはどうだい?」


「やってみます。ありがとう、あなた」



 次の日、カッヘル君以外は道端の草抜きを命じます。そして、カッヘル君だけを連れて森へと入りました。

 意外に体力があって、いつもより奥へと進むことが出来ます。



「ルーさん、どこまで行くのですか?」


「アデリーナちゃんから、あなたに死地を体験させるように言われてるのよ」


「…………あいつ、鬼だな」



 あっ、丁度良いのがいました。大猪です。ナトン君が牙でお腹に大穴を作られたことがある魔獣です。


「カッヘルさん、あれ、行きましょう」


「俺だけじゃ無理ですね」


「行きなさい」


「無理なもんは無――っ!!!」


 私は手加減をして殺さない程度に彼の頬を殴りました。地面を数回転がりました。

 すぐに回復魔法を唱えます。

 ゆっくりと彼の折れた首の骨が修復されていきます。やがて動かなかった彼が瞬きをしました。


「な、何を……?」


「立ちなさい。そして、行きなさい」


「ふん。素人に――っ!!!」


 腹を潰します。戦う意思のない兵士など、無駄飯食らいのクズです。回復させて、もう一度私は言います。



「立ちなさい。王国の栄光は我々、軍部の活躍に掛かっているのです」

 

「チッ。あんたは軍人じゃねーだろ……。アデリーナの命令だから、部下の前では従順にしてやってたが、2人きりなら適当にやるぜ」


 反抗的ですね、カッヘル君。ならば、これでどうでしょうか。


「戦わないなら死になさい」


「あ? 俺を殺すなら殺してみろよ。困るのはお前だろ?」


 強情ですね。


「カッヘルさん、今生きている誰もが100年後には死んでいますから、死を恐れる必要はありません。でも、どうせなら最期はカッコ良く逝きたいと思いません?」


 私の言葉に彼は黙りました。


「……お前、王都の士官学校出身か……? 年齢的には俺より少し上の期ってところか……」


 私のセリフから気付いたようです。これは学校の教官がよく口にしたセリフですから。


「……あっ……。ルーって、いや、ルーさんはルーフィリア先生……?」


「当たり。ようやく思い出した、カッヘル君?」


 唾を飲んでから、彼はコクンと頷きました。その後は私の言うことをよく聞いてくれる事となりました。

 大猪にも立ち向かい、片腕と脚を喰われながらも何とか撃退出来ていました。私は嬉しく思います。



 翌日、再び王都軍の部隊が森の前で整列しています。私が来る前にです。しかも、人数がいつもより多いです。


「オイコラ! ルーさんが目の前にいるだろ! 敬礼だ! 敬礼!」


 カッヘルさんが部下に気合いを入れてくれます。

 最初はぽかんとしていた彼らでしたが、カッヘル君が抜刀しながら一人ずつ注意してくれまして、場が引き締まります。何人かは切り殺す勢いです。迫真の演技ですね。


「良いか、お前ら! このルーさんは悪夢のルーフィリアって呼ばれた伝説の方だ! 俺も昨日、思い出した! 絶対に逆らうな! 今までの非礼を死ぬ気で詫びろ! 死んだ方がマシな事態になるぞ!!」


 まぁ、大袈裟ね。比喩にしても酷い。

 部下の方々もザワザワします。


「カッヘル隊長、誰ですか? その悪夢の何とかって」


 副官の人が代表して質問しました。

 えぇ、私も初耳なんだけど。


「ヤンカー! 黙れ! 私語は両目くり貫きの刑だぞ! 自分の目玉を口に入れて咀嚼する羽目になりたいか!」


 …………。


「何を言ってるんですか、隊長?」


「ヤンカー! 同じことを2回言わせた場合は、自分の肝を口にすることになるぞっ!! 意味が分からんだろうが、本当だ! 腹から抜き取られて、微妙な回復魔法を掛けられながら、嗚咽の中で自分の内臓を食らうんだぞ! 俺の学生時代の話だ! それでクラスの半分のヤツが退学した!」


 …………あの頃の私、若かったからメチャクチャしてたなぁ。早く一人前の軍人になって欲しかったんです。


「何を言ってるんですか。そんな危ないヤツがいたら、大事件ですよ」


「誰も居ない時に襲って来るんだよ! もういい、黙れ、ヤンカー! ルーさん、実際に見せてやって下さい!」


「いいんですか。私も丸くなったので、あまり気が進まないのよね」


 と言いながら、小うるさく騒いだ罰として、口の中に拳を突っ込んで副官の方の歯茎を上唇ごと引き抜きます。でも、すぐに痙攣して倒れている副官の人に回復魔法を唱えましたから大事には至りません。


「ほらな……。他のヤツも分かったか!」


「すみません。手が汚れたので洗ってきますね」


「ハッ!」



 その日から部隊の方々は死を恐れずに魔物と戦うようになってくれました。

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[一言] ルーさんやっぱり狂ってた。。。
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