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空っぽ

「はぁ……」


 メリナが旅立った翌日、私は神様の森の中に居ました。メリナを送った夫もまだ帰って来ていません。だから、一人ぼっちの自宅にいるのは寂し過ぎて、ここに来てしまいました。


「どうするかなぁ」


 メリナを無事に育て上げるのが、私の人生の最大の目標でした。それが昨日、終わりました。彼女は私が思っていたよりも立派な職業に就きました。

 森の神様を消滅させることは2番目の目標でした。それは、数年前にメリナが達成しています。


 村を魔物から守る役目も、今や、私以外の皆さんでも出来ます。ナトン君も歳相応の熟練さに由来して、戦い方に柔軟性が出て来ましたし、レオン君も後5年も経ったら立派な剣士になっているでしょう。



 することなくなったなぁ。

 メリナが居なくなった生活に慣れるまでは大変だなぁ。



 暗い森の中、大木に背中を預けて私は座ります。


 全てを忘れて落ち着く。いつ以来かな。自分が自然に溶け込んでいく感じです。気持ちいい。

 目を瞑って視界を消す。



 風に波打つ木々の葉の音。自分の呼吸。

 遠くで野犬が吠える声。枯れ枝が落ちた音。自分の鼓動。


 もっと集中して、花に乗っていた蝶の羽ばたき、若草から落ちる朝露の残り、湿った地面を照らす太陽の光、そんな微かな音を楽しみます。


 ……ん? 光の音? そんな物はないわよね。あー、土の水分が蒸発している音か。


 ……いやいや、お鍋でポコポコ炊いている訳でもないのに、そんな音がする訳ないでしょ。



 あー、魔力の流れか。

 なるほどね。色じゃなくて音みたいな感覚でも分かるわけか。


 どれどれ、他の魔力も捉えてみましょうか。って、聞こえなくなった。

 んー、深い集中が必要だから、ちょっとした雑念が邪魔するのよね。難しい。


 もう一度、心を落ち着かせないとね。こら、自分。ワクワクする気持ちを捨てなさい。


 集中、一心、専心、無心。



 うわっ! 凄い!!

 どこまでも続く世界で、無数の小さな音が規則正しく鳴ってる! 

 

 って、消えた。考えるとダメなんだなぁ。

 


 一度、目を開けます。そして、魔力の音の源を探ります。そこら中にあったはずなのに、何もない。

 魔力はあらゆる物に宿っていると聞きます。確かに多い少ないはありますが、背中を付けている大木にも、芽を出している草にも、地を這う小さな虫さえにも、それぞれが持っている魔力の存在が感じ取れます。


 でも、さっきの音はそれとは違う。物があるかどうかなんて関係なく、空や地下もなくて、上下左右前後の空間にびっしりと音のなる点が並んでいました。


 本当に不思議。点なのに音と認識したわね、私。

 たぶん、その認識も実際と全然異なるもので、未知の感覚を通常知覚に無理やり変換しただけなのだと思う。



 もう一度、その点を観察するために心を沈める。次は驚かない。ずっと観察してみよう。



 格子状に並ぶ大小の点。それが大きくなったり、小さくなったりを繰り返していた。

 私はそれをぼーっと見続けていた。いえ、視覚ではないから、感じ続けていたが正しいのかな。



 ん? あれ……?


 そこで点は消えて、私は森の中の自分に戻る。

 私の違和感は点の大小が何かを象っているように見えた為。




「僕が見えるの? 固定するね」


 再び無心になった私に何かが話し掛けてきた。驚いた。でも、今度は視界は戻らない。言葉通りなら、何かが私を固定化した?


 見えるね。


 私は答える。子猫、いや、リスなのかな? そんな点々の集まりに。


「凄いなぁ。人間なのに僕が見えるんだ? 君は凄いよ」


 そうね。で、あなたは誰?


「僕は精霊だよ。カーフエネルリツィって名前」


 そう。私はルーよ。


 他にも馬や猿、トンボ、蜘蛛、大きな花なんてものが動いていました。全部、点々で構築されています。これ、全部、精霊なのかしら。


 でも、精霊ってなんだろう? 見えない魔物みたいな物かしらね。森の神様も精霊だって主張していたし。


「失敬だな、君。精霊は人間なんかよりも高尚な存在だよ」


 あはは、ごめんなさいね。



「あら、ルー、久々ね」


 新しく点々が若い人間の形を作っていました。見覚えのある姿……。もしかして、ジャニスっ!?


 あなた、精霊だったの!?


「あはは、バレた?」


「違うよ、ルー。それはパルパンスィット。いたずら好きな精霊だよ」


 ……そう……。

 その精霊は、もしかして私の心を読んだりするの?


「するよ。ほら、あなたの子供。死んだ方」


 点々は蠢いて、幼いメリナに似た子供2人に変わる。

 他人に触れられたくない出来事の直接的な表現に、強い殺意が溢れそうになる。でも、すぐに抑える。



 ねぇ、パルパンスィット?

 10年以上前にも私をからかった?


「ルー、何を言ってるの?」


 そう、違うのね。良かったわ。


「あなたが悲しんでたから助けたのよ」


 私が不幸な出来事で憔悴していた時期、最後に幻覚を見ました。でも、その幻覚のジャニスと我が子に助けられて、今の私が有ります。

 あれがパルパンスィットであったのなら……結局、私の前に現れた彼女らは偽者だった訳で、釈然としない気持ちが強いです。

 でも、うーん、ありがとう。仰る通りに、たぶん私はあなたに救われたのでしょう。



 それで、ここはどこ?


「避難所なんだ。君が森の神様って呼ぶ精霊が僕たちも食べようとするんだ。だから、裏の世界を作ったんだ」


「そうなの。私の魔力も食べられるから、存在次元を上げて避難中。ほら、今の私は前と違って色がないでしょ?」


 あぁ、ごめんなさいね。説明してくれたけど全く分からない。そういうのは苦手なの。夫なら理解できるかも。


 でも、あの時のジャニスと違って、確かに今のジャニスは点々だね。それが次元を上げるってことかな?


「そう」


 もう森の神様は居ないから、こっちに戻って来たら?


「あいつ、まだ存在しているよ」


「隠れてる。力を蓄えてる」


 ……そう。どこかしら? 絶対に仕留めたいのよ。協力してくれない?


「どうする? パルパンスィット?」

 

「この人間、強いよ。あいつを何回も散らしてる。だから、助けたの。私のために」


「そうなんだね。じゃあ、ルー。喜んで協力したいよ。でも、ルーが住んでる世界には僕らは出現できないし、普通は会話みたいな直接干渉はできないんだ」


 今日みたいに話せないの?


 カーフエネルリツィとパルパンスィットは互いの顔を見合ってから、再び私に向く。


「今日は特別。ルーの心が澄んでいる、いいや、空っぽだから……。明日からは分からないや。でも、魔力がいっぱい集まった場所だと、少しは僕らも伝えられると思う」


 魔力がいっぱいの場所ね。ここはどうかしら?

 私は森の神様に貰って、廃屋の地下に隠した精霊球を頭の中に思い浮かべる。

 どう? パルパンスィット、私の思考を読み取れた?


「大丈夫、ルー。そこでオッケーよ」


 良かったわ。じゃあ、戻ろうかな。


「待って。あっちからでも僕たちに届く言葉をルーにあげる。見えている内にね」


 カーフエネルリツィは小さな手を広げて、私に何かを振り掛ける素振りをします。

 何をされたのか実感もないですが、私は「ありがとう」と礼を言いました。



 気付けば、私は再び森の中。

 今後の目標は出来ました。森の神様の駆除。宿命ですね。


 あと、ジャニス、偽者だけど彼女は20とちょっとの歳のままの容姿。私はもう35でして、時の流れの早さを感じました。行商人さんに美容液を頼もうかしら。

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