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王都での戦闘を思い出す

 神様がいなくなって一年。

 最近は村の方々は私抜きでも神様の森に入って探索をするようになっています。皆さん、それなりに魔物と戦えるようになりましたし、あっちの森の方が効果の高い薬草が取れるらしいからです。メリナも彼らと一緒に仕事をしたり、レオン君と村の中で遊んだりと楽しそうな毎日を送っています。


 メリナが火炎魔法で撃退してから、神様の気配はありません。しかし、油断は出来ませんので、森の深部への調査は数ヶ月毎くらいに村の方の鍛練も兼ねて実施しています。



 でも、今日は雨。皆さん、わざわざ、こんな雨の日に森に入る必要はないのですよね。メリナは家でお気に入りの聖竜様の大人向け絵本を読んでおります。夫も畑仕事ができる天候ではないので、自分の書斎に入って読書をしています。あちらはあちらで、真っ当でない大人向け絵本を読んでいる可能性が高いですね。



「お母さん。どうしてお母さんは薬草も採らないのに森に入るの?」


 13歳になるメリナが本を閉じて、私に問い掛けてきました。


「森の奥にね、強い魔物が湧いていないか確認しているの」


「あの亡霊? お母さんがたまに神様って呼んでいるヤツ?」


「そうそう。なかなかしぶといのよ」


「あれ、怖いんだよなぁ。どこからでも出てくるし、あんまり強くない人は操られて共食いを始めたりするし。私も気絶させられたよね」


 メリナは自分の魔法で森の神様を倒したことを知りません。私が真実を伝えても、気絶という失態を犯した自分への慰めだと受け止めているようでした。


「ねぇ。お母さんが今まで戦った中で、一番強かったのって、どんな魔物?」


「一番ねぇ……。あれだね、昔、メリナが2歳くらいかな。あの時に戦ったのが一番強かったわね」


「どれくらい? お母さんに掠り傷を負わせたとか?」


「腕を折られたわよ」


「えっ!! お母さんの!? そんなに強いのがいるの!?」


 王都に住んでいたことをメリナには伝えていません。私達が借金返済の代わりに、この村に来た事実を伝えるのはまだ早いかなと思っています。

 素直な彼女がそれを知ったら、自分も借金を背負ってこの村に残ると判断するかもしれませんから。

 私も夫も娘の可能性を限定するようなことはしたくないのです。


 竜の巫女になりたいというメリナの夢は段々と大きくなっているみたいで、巫女にはなれなくても、いずれは竜神殿があるシャールに旅立つでしょう。


 加えて、上流階級の生活に興味を持ち始めました。自分のがさつな点を省みて、礼儀正しくなりたいようです。

 正直、言動一致していないのですが「レディーになりたい」とかよく言っています。本物のレディーを見たら、自分の愚かさで絶望してしまわないでしょうか。



「姉ちゃん、スゲーよ! スゲー!」


 レオン君が濡れたまま、ダイニングルームに入ってきました。


「どうしたの、レオン君?」


「畑の方にナメクジがいっぱいいるんだぜ!」


 葉野菜の天敵ですね。夫がそんなことを言っていたのを思い出します。


「お母さん! やっつけてくるね!」


 メリナも夫の言葉を覚えていたようですね。


「2人とも雨に濡れて風邪を引かないようにね」


「んじゃ、行くぜ、姉ちゃん!」


「待って、レオン君! 駆けっこだよ!」


 私の忠告なんて、子供達は聞いていません。メリナは先に行った幼い親友を追って家を出て行きました。

 扉も閉めずでして、娘は変わらず、そそっかしいままですね。私は玄関のドアを閉めるために移動しました。



「レオン君! ナメクジの美味しい食べ方を調べよう!」


 ん? 聞き間違いでなければ、おかしな発言が雨音の向こうから聞こえてきました……。


 メリナ、ナメクジが美味しければ、皆が昔から食べていますよ。あれは食べる物が他にない場合の非常食ですよ。


「何言ってんだよ、姉ちゃん。相変わらずイカれてるなぁ」


 そうですよね。レオン君、君は正しい反応をしているのよ。


 あぁ、ジャニス。あなたの子供は、立派に育っています。

 姉弟のように育てているのに、この違いは何でしょうか。ちょっとだけ、メリナが自分の子であることを恥ずかしく思いましたよ。

 いやいや、そんな事を決して思ってはなりません。頭を振って気持ちをリセットします。



 さて、静かになった部屋で、私はお茶を飲みます。

 メリナに昔の事を訊かれたこともあって、雨の音を聴いていると折られた腕が微かに痛んで、その原因を思い出します。

 まだ夫が不動産取引で失敗する前、メリナが2歳の時の王都での出来事です。



 私はメリナを夫に預け、何ヶ月ぶりかの休暇を取っていました。確か、服を買いに出掛けたんですよね。その日も雨の日で、傘を差して歩いていました。



 あー、メリナの服、何色にしようかな。ピンクも素敵だし、水色も似合うし。夫に似て、本当にとても可愛い子です。


 片側に高い壁が聳える広い通りを私は歩きます。王都の行政区と居住区を分ける境界にもなっています。

 この壁の向こうは王都情報局本部。私が所属している軍とは余り仲が良くなくて、上司達は情報局の方が来るというだけで、苦々しい顔をして嫌がっていました。

 でも、下っ端の私には関係なくて、軍での待遇が今のままの安月給なら、こっちで雇ってくれないかなとか思っているくらいです。



 前方からメリナと同い年くらいの女の子がお母さんと歩いて来ました。壁際を歩いている私と向かい合わせでして、全く知らない親子ですが、私は軽く手を振って会釈をします。

 女の子も元気に挨拶を返してくれました。


 王国西部では隣国とごちゃごちゃしているらしいですが、王都はとても平和です。2000年近く栄える王国の都に相応しい街です。



 しかし、再びメリナの新しい服について考え始めたところで、突然の爆発音が轟きます。鼓膜が破れるのではという振動でした。


 私は咄嗟に避けられましたが、情報局の壁が崩れ、大小の石材に分かれて、あちこちに散乱しています。また、多数の悲鳴が響きます。


 土埃が消えた後でも、さっきすれ違った母子が見えません。恐らくはこの瓦礫の下なのでしょう。軍人である私は落ち着きを保ったまま、救出活動に入ろうとしました。



 その時、眼前を猛スピードで本部側から向かいの建物へと駆け抜けようとする存在を察知しました。

 直感で、この事態の犯人と断定。


 制止するため、蹴りを腹に入れようとします。

 しかし、当たらず。犯人は私の蹴り足を飛び越えたみたいです。油断していたかな。まだまだ私は未熟です。



「ガァァ!!!」


 既に通りの反対側に着いていた犯人は若い女性に見えました。攻撃をした私を威嚇しているみたいです。

 でも、明らかに狂っている様子で、血走った眼を大きく開け、耳まで避けている口で叫びます。


 魔族?


 状況把握するために私は動きを止めてしまいました。その隙を突いて、犯人は小声で何かを唱えます。


 再び、爆風。しかも、母子が倒れていると思われる周辺。


 ……想定外でした。私は本当に無能です。



「王都民への害意を確認。近衛兵団第四部隊軍曹ルーフィリア・エスリウは制圧を開始します」


 軍の規則通りに作戦を復唱。誰にも命令されていないけど復唱。仕事モードに入ります。


 私の突進に合わせて吹き出た火炎を跳ねて避け、更に飛んできた火の玉を拳で叩き潰す。


 火炎系統の精霊さんを宿している方かな。さっきも爆風だったし。


 肉薄して肘で首を折る。そんな感じで技を繰り出したのですが、捻った腰は予想外の所まで回ります。空振り?


 転移魔法か。魔族だもんね。


 背後に気配。


 オッケー。遠くに逃げなかったのは偉いよ。



 捻りはそのままに、風を纏うように私は回し蹴りに入ります。対面した相手が持っているのは尖った氷、いや、表面がプルプル震えているから、固定化した液体かな。


 このままじゃ、脚を切られるかも。それが切る道具か分からないけど。



 指から発した電撃を液体に当て、蒸発させる。うまく意表を突けたみたいで、対応しきれなかった犯人の肩口が私の蹴りで爆発します。こちらにも電撃の魔法を乗せました。


 吹き飛ぶ相手を追い詰めるため、私は追いかけます。体勢が整う前に仕留めます。


「グガァァァ!!」


 両足で何とか踏みとどまって悔しさを表現する叫びを無視して、私は殴ります。

 中々に頑丈。


 相手も必死で反撃をしてきます。

 今まで演習で戦った魔物より遥かに速くて重い攻撃。それをヒョイヒョイと躱しながら、相手の体を電撃と拳で削って行きます。

 痛みが戦意を下げていったのでしょうか。当初感じていた荒々しさが魔族から消えていきます。


 なので、私は提案します。

 

「もう降参したら? 死ぬよ?」


 魔族でも会話は出来るって聞いたことがあります。


「……殺してよ」


 そういう反応は期待してなかったなぁ。

 私の顔面を狙ってきた腕を取り、背中に乗せて地面に投げ飛ばす。そのまま肘を延髄に落としてから、相手の腕を後ろ手に固定しました。


 ふぅ。人間ならこれで終わりだけど、ダメだよね。でも、一応は規則だから警告しておきましょう。



「はい。制圧しました。抵抗したら、次は命の保証が出来ません。大人しくして下さい。軍規により、貴方を情報局に引き渡します」


 明らかに彼女は情報局の中から出て来ました。軍と情報局の取り決めにより、情報局関連の事件に関しては軍が関わることは禁止されています。


「……嫌」


 ですよね。分かってましたよ。誰でも捕まりたくないですものね。



 突如、犯人の背筋が割れ、第3の腕が出てきました。それが私の腕を掴む。


「転移魔法を使わなかったのね。逃げなかったのは誉めてあげる」


 骨が砕けるのが分かりました。体の頑丈さには自信があったので、ビックリしました。

 ただ、落ち着き払って逆の手で対処。具体的には、その腕を握り潰し返しました。


「……早く殺して欲しいからよ」


 彼女の視線は本部から駆けて来る情報局員達に向けられていました。


「私の腕を折っておいてよく言うわね」


「私の生きた証をあなたに刻んだの。早くお願い。あっちに戻ったら、また拷問を受けるの……」


 人殺しには相応しいと思いました。でも、悲しそうな声調が私の心に響きます。


「最後に言いたいことは?」


「情報局を潰して。私に勝ったあなたなら出来る」


 それは実行できません。私は公僕ですし、犯罪者の願いに従って、国の機関へ殴り込みに行くはずがないのです。



「おい! そいつを渡せ!」


 情報局の服装で分かる偉い人が、遠くから私に命令します。



「殺して。出来ないなら、皆、私が殺す! 殺す! 死んでいった仲間の為に! 無駄死にした彼らの為に!」


「一般人に手を出したあなたが言うかな、それ」


「また暴走するの! あー! あー! 早く、早く!!」


「破壊活動をした後に、殺してとか意味が分からな――」


「早く! 早く!! 狂う!! また狂う!!! 全部、殺すのっ!!!」


 切迫した声にかつてない危機感を覚え、この魔族を生かすことを私は諦めます。


 電撃。この魔族の命を奪うだけの電撃。それは並外れた威力にしないといけません。

 暴れ始めた魔族を押さえつけながら、私は力の限りの電撃を放ちます。



 真っ黒に焦げた死体と肉の焼けた臭い。それを打つ雨の滴。それが最後の記憶で、私が気付いた時には軍病院のベッドの上でした。


 「ありがとう……」と彼女は最期に私に礼を言った気がします。情報局で何が行われていたか、私が知り得るはずはありません。また、罪なき住民を殺した罪は許されることではありません。


 でも、彼女は仲間を殺される悲しみと悔しさを訴えていたことも事実です。何とも言えない気持ちになります。



 ……王都に戻ることがあれば、彼女とあの母子の供養をしたいな。花束をあの悲劇の場所に供えてあげたい。


 でも、オズワルドさんに借金を返さないといけないか。利子ってどうなってるんだろう。


 あっ、忘れていました。私は定期的に夫の書斎をお邪魔して、何の本を読んでいるか確認を繰り返しました。あれー、まだ読んでないのかな。秘蔵の大人向け絵本に私のサインを落書きしたんだけどなぁ。

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