メリナの料理
あれから毎日、森の様子を観察しています。進路にある全てを崩壊させたメリナの火炎は消えたのに放出された魔力は残存していました。
結果、時間と共に森中に広がったメリナの魔力を餌に魔物が増えています。見たことのない種類も出現しておりまして、溢れた魔物が村を襲わないか心配です。
森の神様の魔力も散り散りになっています。より深い奥地を確認する必要が有りますが、神様はメリナに負けて、この世界から消えてしまったのでしょうか。
こちらは淡く期待致します。
体内の魔力を出し切ったメリナはしばらく意識を失っていました。そのため、瀕死状態の村の方々を回復させる役目は私となり、慣れぬ魔法でかなり苦労しました。
また、今回は良かったものの、戦闘中に気を失うのは下の下です。
メリナには「2度と今の魔法を使っちゃダメよ」ときつく言い渡しました。……でも、メリナは利かん坊ですので、わたしの言ったことなんて少しも気にしないだろうなぁ。
さて、今日の私は夫とともに村を散歩しています。いつもなら、もう夕飯を作る時間ですので、気持ちが落ち着きませんが、久々に愛する夫とゆっくりするのも良いかもしれません。
完全に忘れていましたが、今日は私の誕生日らしいのです。そんなことを夫がメリナに伝えたところ、メリナが夕御飯作ってくれると言い出しました。
あの娘、今まで一度も料理をしたことがないのですが、大丈夫なんでしょうか。散策から帰ったら家が焼失してるなんて事態になっていないでしょうか。
つい最近、やっと夢の二階建てになった新築なのです。メリナ、本当に頼みますよ。
「ルー、見てみなよ。凄く綺麗な花が咲いてるよ」
夫が立ち止まって指差したのは、道の端に咲く赤い小さな花が一列に連なる雑草でした。
「ほら、ルーにあげる」
それを折って、髪飾りの様にわたしの頭に挿します。
「ありがと。いつ以来かしら、あなたにプレゼントを貰ったのは」
「この村に来てからは無かったよね。ごめんね」
「あはは、わたしもあげてないんだからお互い様よ。忙しかったものね」
この湧き出る嬉しさは幸せです。私も夫にさりげなくお返しをしたいところです。歩みを再開しつつ、私は周辺に目を遣ります。
うーん、良いものないなぁ。メリナなら、そこの草影に隠れている、靴くらいのサイズのバッタとかで喜ぶのですが、夫は悲鳴を上げるかもしれません。
あっ。
あれが良いですね!
私は木に止まる青い鳥を見つけました。
即座にジャンプして、手で掴まえます。
すみません、1本だけ羽を頂きますね。
甲高い鳴き声を残して鳥は慌てて逃げましたが、私の手元には長く艶のある羽が有ります。
それを私は夫の胸ポケットに差します。
「お返し」
「ありがとう。僕は幸せだよ。綺麗な羽だね。一番の宝物にするよ」
「喜んでくれて良かった。バッタの足と迷ったの」
「絶対に迷わないよね、それ」
「あははは、そうだね」
村を一周し終えそうです。じっくりと話ながら歩いたので、もう二刻くらい経ったでしょうか。自宅の屋根も見えてきました。良かった。煙や火の手は上がっていません。
「あなた、趣味は持たないの?」
「うん? 読書が趣味だよ」
「ギョームさんは絵を趣味にされたのよ。あなたも本以外に興味は持たないの? ほら、子供の頃にしてみたかった事とか」
「子供の頃は旅に憧れたかな。冒険者になりたいなんて思ったこともあったよ。でも、僕はルーと比べても非力だろ? 本の中で旅行するくらいが丁度良いかな」
「そうなの? 私に遠慮しなくても良いのよ」
「王都からここまで来るのも楽しかったよ。いや、勿論、ノノン村に来てからも、悲しいこともあったけど幸せだよ」
「私もかな」
さっき、赤ん坊で死んだ子供達の墓を参りました。あの子達の事は忘れません。でも、それを悲しみ続けることは彼らが望むところではないでしょう。
「さぁ、僕はドキドキしているよ」
夫は家のドアに手を置きながら、私に言います。
「この扉の向こうはどうなっているのだろうか。メリナは何を破壊しているのだろうか。大事な本は無事なのだろうか。果たして今晩から僕たちは野宿しないといけないのではないだろうか。そんな気分なんだ」
「うふふ、大袈裟よ、あなた」
我が家での魔力の変動は確認しておりません。つまり、メリナは魔法を使っていないのです。従って、床や壁が真っ黒に焦げていたり、水浸しの恐れはありません。
夫が意を決して開けます。
「お帰りー!」
メリナの元気な声が出迎えてくれました。彼女自身は廊下の先のダイニングにいるようです。
「ただいま」
「おぉ、煙とか異臭とか、そんなのが全くない」
「当たり前よ。メリナだって成長しているんだから。メリナ、もう入っていい?」
「うん、準備できたよー」
夫と顔を見合わせて進みます。
あんなに小さかったメリナが一人前に料理も出来るようになっただなんて、私は顔に出しませんが、感動で心を震わせます。
料理を見たら涙が出るかもしれません。恥ずかしいので、うまく隠さないとね。
…………。
「メリナ、これまた斬新なスタイルだな」
「うん!」
真ん中に鍋が置いてあり、魚などが泳いでいます。いや、蛙もいますね。ピョンと飛び出てきました。
部屋の隅にはネズミが入った籠が転がっています。もちろん、チューチューと鳴いていて生きています。
「そっか。お母さんは動物好きだから動物園みたいにしてみたんだな。いやー、てっきり料理を作ってると思っていたから驚いたよ」
違いますよ、あなた。たぶん、これ、食料です。だって、フォークとかナイフが並んでますもの。
「お父さんは本当にダメだよね。えーと、これはフォレストスタイルなんだよ。ねっ、お母さん」
「……そうなのかい、ルー?」
えっ。2人とも私を見るの?
私が答えを持っているの?
考えなさい。可愛い娘が言うフォレストスタイルの意味をよく考えるのです。
「あれだよね、メリナ。森の中をイメージして食材を配置しているんだよね。うん、ほら、あなた見てください。テーブルの上にはドングリとか葉っぱとかも置かれているでしょう。今日、この部屋は森の中なのよ。素敵だわ。ありがとう、メリナ」
森の中だからどうした?って突っ込みは無しですよ、あなた。分かっていますよね?
「へぇ、そうなのかい? で、料理はどこだい?」
「えへへ、お父さんは初めてだから分からないよね。まず、こうします」
メリナはネズミを握りつぶして、皿に乗せます。それから、蛙や魚の入った鍋に魔法で熱した石を入れて、蓋をしました。グツグツ言ってます。
「……ネ、ネズミは生なのかい?」
「焼いた方が美味しいかな?」
「きっと毛も剥いだ方が良いだろうね。何か病気とかも持ってそうだし……。とりあえず、座ろうか、ルー」
さすが、あなた。
私はオンオフを大事にしていますので、平和な家庭でこんな惨事を見るなんて動揺が激しいのですが、あなたは平気な顔で座れるんですね。
「森の中だと、いつもこんな料理だよね。ねっ、お母さん」
「えぇ。……うーん、そうだったかな」
「はい。お母さん、一番大きいネズミをあげる。今日は誕生日だもんね」
「……ありがとう」
「お父さんは一番小さいので良いかな」
「ダメだよ。お母さんが皆に言ってたもん。『食べられる時に食べないと死ぬわよ。毒かそうじゃないか、それだけ。あなたの好き嫌いを聞いてるんじゃない。ほら、口を開けなさい。私が放り込んであげるから』って。アニーさん、泣いていたけど、最後はとても強くなってた。お母さんの言う通りだったよ」
メリナ、それは森の中だけの指導なんですよ。平時においてはリラックスするのも大切だと思うかなぁ。
いや、でも、私も神様退治に焦る余りに厳しくなり過ぎていたかもしれませんね。
「メリナ、ソースはないかしら?」
「お母さん、森の中でソースなんて獣の血しかないって言ってたでしょ。あっ、ネズミの血だね。ごめんなさい」
あー、ネズミの死体の上にネズミの血が絞られました。
スッゴいです。
気持ちを切り替えましょう。
これはフォレストスタイル。娘が頑張って用意したディナー。
「食べるわよ、あなた。敵はいつ現れるのか分からないの。栄養を付かなくちゃね」
「……えっ、敵……えっ?」
「メリナ。素人のロイにドングリを剥いてあげなさい」
「うん」
「わっ、メリナ。すっごく苦いよ!」
「あー、お父さん、残念だったね。それ、外れのヤツだ。こっちが美味しいのかな。えへへ、楽しいな。お料理って面白いね」
メリナ、これは料理ではありませんよ。サバイバル的な何かだと思うの。