歓迎される一家
最初に出会った村の方に夫がご挨拶したところ、皆を集めてくれました。10家族程でしょうか。年頃の少年少女が少ないのが印象的でした。村を出ていく人が多いのかもしれません。
村の真ん中の広場に案内されて、簡単にここに来た経緯や定住したい旨を夫が説明します。
彼らは新しい移住者を邪険にせず、すぐに受け入れてくれるみたいでして、私はとても嬉しくなりました。
「ロイさんとルーさんとメリナちゃんじゃな。よろしく」
村長らしきご老人が代表して返礼をして下さいました。
杖代わりに木の枝で体を支えている彼は、たまに体をプルプルさせています。
「えぇ。宜しくお願いします」
「あそこに見える家は誰も住んでおらんて、自由に使ってもらってええからな」
杖で示された家は、完全なる廃屋でした。扉は失くなっていますし、壁の穴から家の向こう側に生えている草木まで見えています。
「ルー、幸運だね。しばらくは馬車で寝泊まりだと思っていたのに、あんな立派な住まいまで頂けるなんて!」
「そうですね、あなた」
夫は仕事柄お偉い方々と出会う機会も多かったので、決して他人からの施しを悪く言いません。
トントンと小気味良く金槌で板を打ち付けて行く夫。その横で、私は馬車からバリバリと木材を剥いで行きます。釘もひっこ抜いて、再利用のために集めます。
「頼りになるわ、あなた。もう扉が出来ているなんて」
「ははは、ルーは手先が不器用だからなぁ」
昔から大工仕事を趣味にしていた夫は、休日も上司の自宅の修繕などを依頼されることが多くて、今では本職の人のような技術まで身に付けています。
翻って、私に出来る事と言えば、力仕事くらいです。
「道具は難しいのよねぇ。あら、メリナ、危ないわよ」
私の真似をして荷台の底板を引っ張っていた娘の手に、そっと自分の手を乗せて、一緒に引っ張ります。するっと抜けました。
「わーい、私もできたー。ママ、できたー」
跳んで喜ぶ娘の頭を撫でてから、抜いた板を夫の傍へと運びます。自分で抜いた板だと思っていますので、嬉しそうに娘も付いてきています。
「それ、床にするからね。あと、車軸と車輪は潰さないで。良い木材だから他に使うね」
夫の指示に従って、新しい家の床にする分だけ手刀で適当な長さに切断しまして、打ち付ける場所に並べました。あとは夫が固定してくれるでしょう。
さてさて、夕暮れまでに立派な我が家が出来ました。一部屋しかないけれど、3人で住むには立派な家です。持ってきた家財を全部入れても寝床を用意出来るくらいに広いです。
「いやー、王都を出発した時は徒歩だったのに何とかなるものだね」
「えぇ。そうですね」
「でも、やっぱり家は二階建てにしたいなぁ。明日から頑張るか」
「ベッドも欲しいかなぁ」
「あぁ、任せてよ!」
私達は疲れて眠るメリナを見ながら、微笑み合いました。
翌日、野鳥の鳴き声の中、朝食を用意していると隣の家の女性が寄って来ます。
「おはようございます」
「おはよう。……ルーさんだったっけ?」
「はい。どうしましたか?」
「……火だとか水だとかはどうしているんだい?」
「えっ、これですか? 魔法ですよ。ほら、念じたら出てきますので、どうぞ」
そんなに珍しい魔法じゃないけど、使える人が多い訳じゃない。王都だとそれだけで職業にしている人達もいるくらいでした。
「その……お肉とパンは?」
「ここまで来るまでに倒した魔物の肉と、盗賊の人に分けて貰った物です」
ここまで言って、私は気付きます。女性は良く言えばスリムですが、悪く表現すれば肉付きが宜しくありません。昨日集まって頂いた方々も頬が痩けている方しかおられませんでした。
お気遣いできず、申し訳御座いません。
私は在庫の食材を全て使いまして、村の方々全員分の朝食を用意します。
皆、心から喜んでくれました。それに、出来立ての我が家を見て、夫の木工技術も誉められます。メリナは人が集まって来たのが恥ずかしいのか、私の傍から離れようとしませんでした。
さて、村の人たちはお昼ごはんを食べないと聞きました。1日2食なのです。
それはいけません。お食事は全ての基本です。朝昼夕、それから軍隊みたいに夜警をする職業なら、深夜と夜明け前にも取らないといけません。それくらい食事は基本中の基本です。
と言っても、いきなり昼御飯を作るのも皆の生活リズムを崩しちゃうなぁ。
良し! 夕御飯も皆の分を作りましょう! それを栄養満点の物にするんです!
早速、食材を採りに森に行きました。メリナは家作りの続きを行う夫に任せます。
少しばかりの魔物と何となく食べられるかなと思った植物、夫に頼まれた木材を採ってきました。自然の恵みが豊かな場所で良かったです。王都なら何でも買わないといけませんでしたから、ここは天国みたいな所です。
「ルー、生木だとすぐに曲がるんだよ。なるべく古くて乾いた倒木の方が良いかな」
「そうなのね。次は気を付けます。でも、私じゃ詳しく分からないので、ご自分で取りに行きますか?」
「いや、僕はこんな大木を引き摺って歩けないからね。ルーに任せるよ」
「もぉ、私を力持ちみたいに言うなんて酷いわ」
夫は大工仕事に戻りまして、私は調理に入ります。
旅で慣れましたので魔獣を捌くのは簡単です。でも、繊細なメリナは血が怖いみたいで家の中に入っていきました。
盗賊さん達がくれた大釜に水を張って、食材を入れて、火炎魔法で焚いたら出来上がり。ちょうど日も暮れようとしている頃合いでして、鹿っぽい獣と兎っぽい獣のごっちゃ煮でして素朴な味わいですが、またもや皆さんは喜んでくれました。
「ルーさん、ありがとう。でも、独りで森に入ったら危ないよ」
「そうなんですか? いえ、でも、食料がいっぱい有りましたので」
「暗い森が怖くないのかい……。不思議な人だねぇ」
「ルーさん、もしかして、物凄く強い人?」
「軍隊にいたんですよ。でも、実戦は街中で暴漢と戦ったことがあるだけで、その時も大怪我したんで、そんなにでもないかな」
「ハハハ、ルーは軍と言っても下っ端でしたからね。でも、ここまで来るのに、たくさんの魔物や盗賊と戦って撃退するくらいには頼りになりますよ」
「そんな、あなた。ヤだわ。獣と素人を相手に戦うなんて表現されちゃったら、流石に恥かしいから」
ご飯を食べ終わっても村の人達は家と帰らず、団欒を続けます。
「ロイさん、うちの家も直してくれないか?」
「いいですよ。ただ、生木しかないんですよね」
「構わない。雨漏りが酷いんだ」
「あー、それだったら簡単ですね。僕にお任せください。屋根の板を外して組み直しますね」
村の人達はとても良い人達で、完全に日が暮れても、焚き火の傍で楽しくお話をしました。
その夜、また娘が熱を出して、咳が続きました。村は森に囲まれているので、獣の鳴き声が引っ切り無しに響きます。それに対してメリナが怯えた事もあり、寝付きが良くありませんでした。