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圧倒的な暴力

 私、分かりました。

 遠くにいる人でもどこにいるのか把握できる不思議な感覚は魔力の流れが見えるようになった為でした。


 今も、森に一人で入ったメリナが魔獣と出会い、氷魔法を使ったのがはっきりと分かりました。自然の中に身を置き続けた私は、魔力に鋭敏になったからなのかもしれません。悲しみに沈んだ3年間は無駄じゃなかったと思いたいです。



 さて、メリナが森に一人で入るのは初めての事です。これはノノン村の伝統らしいのですが、10歳になった子供はもう一人前と見なされまして、その自覚と自信を持たせるため、森の中への簡単なお使い事を依頼するのです。


 勿論、大人が見張ってはいるのですが、危険がないわけでは御座いません。

 現にメリナは魔獣と遭遇しました。いえ、違いますね。出会う前に逃げようとした魔獣を追い掛けて、仕留めていました。薬草を取りに行くお使いなのに、熊の頭も持って帰る気です。


 何にしろ怪我をしないか心配でしたが、メリナは大丈夫そうですね。ここで、私は先に進もうとするメリナの気配を辿ることを止めました。



「お母さん、メリナ、葉っぱ採ってきたよ!」


「まぁ、ありがとうね」


 懐かしのノノン村特産の薬草。このお陰でメリナは助かったのよね。有り難いお薬です。


「見て! 熊の頭も有るよ! 家に飾ろう!」


「お父さんと相談してね」


「……メリナ、不気味なんで森に返してきなさい。ダメ! そんな悲しい顔の演技してもダメ!」


「もういいもん! お父さんのバーカ! レオン君とこの頭でお面作るもんね!」


 なるほど色んな物に興味を持つ歳ですものね。魔物の内部構造なんかも、こうやって覚えていくのでしょう。

 王都に住んでいれば、メリナは初等学校で学んでいる歳です。家庭教師なんかも付けて将来は学者にしようなんて思っていたかもしれません。



 さて、その日の晩。メリナが寝てから私は夫に相談します。


「あなた、私はもう一度森の神様にお会いしに行こうと思うの」


「大丈夫かい? 前は1月程帰って来れなくて、僕はとても心配したんだよ」


「あの時は道に迷ったのよ。今はね、森の神様がどこにいるのか、はっきり分かるのよ。4日あれば行って戻って来れる」


 精神統一すると森の中にとても大きな存在を感じます。青白く光るそれは、あの時に見た亡霊みたいな魔物に似ていて、私はそこに森の神様がいるんじゃないかと考えています。


「本当にルーは不思議だね。でも、ルーがそうしたいと言うなら止めないよ」


「ありがとう」


「シャールへの道も作りたいんだ。用が終わったら手伝って欲しいな。少しずつ周辺の地図も書き始めているんだ」


「うん、分かった! じゃあ、少し行ってくるね!」


 私はスヤスヤと眠るメリナの柔らかい頬を触ってから扉を開けて外へと進みました。


「ルー! 食料は!?」


「現地調達しまーす!」


 慌てて家を飛び出してきた夫の過保護な注意に私は立ち止まらずに答えました。



 夜の暗い森を夜通し駆けます。日が登ると、かつて蹴り飛ばした魔物がぶつかって倒れた木とか、メリナが焼いて砕いた岩だとか、3年前の探索の後が残っていて懐かしく思いました。

 うん、やっぱり道も間違えていませんね。



 夫に話した見積り通りに、森に入って2日目の夜には、3年前に森の神様とお会いした場所へ到着しました。火を囲うために石を円形に並べた跡がまだ残っています。ここで犬蜘蛛を焼いていたんですよね。美味しかったなぁ。



 昔を思い出している内に、周囲の魔力が増大していくのが分かります。頭の中のイメージだけでなく実際の視覚にも青白い光が写りました。



『ククク、弱き者よ。久しいな』


 また直接に頭の中で響く声です。


 えぇ、お久しぶりです。今日は3年前に伝え忘れた礼を言いに来ました。私の娘を助けて下さいまして有り難う御座いました。


『ククク、ククク。そうか……。我に礼を言うか。ククク。宿した子が化け物として産まれるのがそんなに嬉しかったか、ククク』


 瞬間、毛が逆立ち、血が沸騰したかの様な怒りが生じました。しかし、冷静にならないといけません。私の勘違いかもしれませんし、学校で習った通り、戦うなら冷静さが重要だからです。



 すみません。よく分かりませんでした。


『子を宿せば魔物が産まれる。それがこの地に掛けられた祝福にして呪い。森の魔力に触れし者の定め』


 はい、そうなのですね。でも、どうして神様は笑われたのでしょうか?


『ククク、前に会った時に、お前の体を森の魔力を吸いやすくしてやったわ。ククク、お前の絶望、森の奥からでも楽しめたぞ』


 それ、楽しいんですか?


『ククク、ククク。弱き者の苦悩は甘美であるな。ククク』


 はっきり分かりました。ご丁寧にお教え頂き、ありがとうございます。



 私は攻撃体勢に入ります。間合いを詰め寄り、拳を振り上げる。



『娘と同じく愚かな者よ。実体を持たぬ我に――グハッ!!』


 私の拳は青白い火の玉を貫きます。一撃では済ませません。確実に仕留める為には3発打ち込めと軍で教わっています。拳ではなく剣での話ですが。


『な、何がっ!? ガッ! ガハッ!!』


 子を殺されたのも同然の事をされたのです。その報いを受けなさい。

 私の拳は雷を纏っていました。腕を振るう度に、それが火の玉を貫いて遠方に飛び、周囲の木々を穿ちます。


『人の分際で、この我を! 精霊である我に逆らうなど許さん』


 ゴチャゴチャうるさいヤツです。

 同時に変な魔力の動きを確認しました。


 私を囲むように夥しい数の火の玉が浮かびました。



『ククク、我は形なき精霊。お前が打ち倒したのは極一部の我であるぞ。ひれ伏せ。ひれ伏して絶望するが良い』


「あはは。本当に絶望がお好きね」


 この状況で私が選んだ攻撃は雷の魔法。

 本来なら発動しても、一瞬の閃光で終わります。


 でも、今日は違います。

 森の神様がさっき『森の魔力を吸収しやすい体にした』と言っておりました。

 たぶん、それのせいでしょう。


 周りに黒っぽい霧みたいな物が漂っていました。その色は視覚ではなく別の感覚でのイメージなのですが、その黒い霧が私の体に入ります。これが森の魔力だと私は理解しています。それを体内でオレンジ色に変えまして放出。雷魔法となります。私の中のオレンジ色は少なくなるのですが、それを補う様に新たな森の魔力が入ってきます。

 その流れは止まりませんし、止めません。


 周囲一面、雷の嵐で御座います。

 大木が割け、地面が抉れ、爆風が全てを薙ぎ倒します。神様であろう火の玉も(ことごと)く散り散りに滅ぼしていきます。


 やがて青白い火の玉は消失しました。



 うふふ。でも、森の奥の方にまだ居ますね。分かりますよ。夫との約束は少し破ってしまいますが、行っちゃおうかな。滅ぼし尽くさないとね。



『ククク、そう簡単に行くものであろうかな』


 あら、森の神様。まだ会話できるのですね。


『良かろう。ここで手打ちと致そう』


 手打ち? いえ、結構です。徹底的にやりあいましょう。私、お付き合いしますよ。


『舐めるな、弱き者。我は命を持たざる精霊なるぞ。(おご)るでない』


 いえ、傲りではないです。私のライフワークに決めました。絶対に神様を後悔させます。

 3日程でしょうかね。少しお待ちくださいね。移動しても分かりますから無駄ですよ。


『ククク、強気な態度であるな。弱き者の集落に近い森を明け渡そう。……うむ、これも持って帰るが良い』


 目の前に青白く光る大きな玉が現れました。私の背丈ほどあって、渦を巻くように回転しています。


『2度と我が森に踏み入れるでない。手打ちにしたのであるからな』


 まぁ、なんて一方的な。私は了承していませんよ。



 気付けば、私はノノン村近くに転送されていました。神様が発動する魔力の動きは見えたのですが、抗う事が出来なかったのです。残念です。

 でも、どこに居るのかはよく分かりますので、また行けば良いでしょう。


 謎の光る玉も一緒に来ておりまして、とりあえず私は博識な夫に、これが何なのか相談することにしました。

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