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新しい生活の始まり

「うーーん」


 長く馬車の中で揺られていた私は、降りるとともに両手を大きく広げながら背筋を伸ばします。


 ここは森の中を切り開いて作られた村の前。やっと私達は到着したのです。


 鬱蒼とした森の小道を通っている間は、本当にこの先に開かれた土地があるのだろうかと一抹の不安が有りましたが、無事に着いて良かったです。



「ママぁ、着いた?」


「えぇ、メリナ。ここがノノン村よ、たぶん」


 私は荷台に乗ったままの3歳間近の娘を両手で優しく抱いて下ろします。


「思っていた以上に良い所だね」


 夫も御者台から飛び降りました。そそっかしい彼は着地に失敗してヨロヨロと転げそうになりまして、私が腕を出して支えます。


「すまない、ルー。やっと到着したのが嬉し過ぎて、足が(もつ)れたんだ」


 なんて言い訳をしながら、彼は私がやったのと同じ様に背伸びをしました。娘のメリナも、それを見て真似をします。ならばと、私ももう一度。

 それから、3人で笑い合います。



 王都で官吏をしていた夫が資産を増やす為に行った不動産取引で失敗しまして、とんでもない額、我が家の食費の1万年分もの借金を負いました。しかも仕事のお金を横領したのではないかと疑われて、夫は免職です。

 軍に勤めていた私も、夫の不始末が上官にバレて、表向きは怪我による退職という形で除隊させられました。


 横領の件は誤解であった事が明らかになったのに、私たちともに復職はなりませんでした。世間の荒波に飲まれてしまいました。



 何にしろ多額の借金という物は大変に不名誉なことでして、跡継ぎでもない私達は両方の実家から勘当されました。その結果、下級だったけれども、一応は所有していた貴族の称号も没収されました。

 子供が幼いのに、私達は生きる術を失ったかのようでした。


 そんな私達を哀れに思ったのか、それとも、少しでもお金を回収しようと思ったのか、借金取りさんから提案されたのが開拓村で働くことでした。


 一家で奴隷さんにならないといけないかなと思っていたのに、なんと解放奴隷さんの地位にしてくれるって仰ってくれたのです。天恵です。

 借金取りさんのオズワルドさんは私達の恩人なので、再会することがあれば、絶対にお礼をしないといけないと心に刻んでいます。

 一応は紹介料なんてものがオズワルドさんには入っていると思いますが、いずれ借金を全額返却したいと考えていますし、村の外に住まないという約束も果たしていきたいと決意しています。



「ゴホゴホっ」


 さっきまで元気だった娘が咳をします。息が整えられるように優しく彼女の小さな背中を撫でました。いつもの事です。


 父親が借金で悩んでいたのを繊細に感じ取ったのかとも思っているのですが、最近の彼女は体の調子が悪いみたいなのです。

 でも、それでも王都に住んでいた時よりも軽くなった気がします。

 やっぱり来て良かったかなぁ。


 王都は人がたくさんいまして、馬車による砂埃、または工房や各ご家庭からの炊事の煙など、メリナの体には悪いものが多いと思っていました。



「メリナ、大丈夫か?」


「うん……」


 夫の心配する声にも彼女の返事は弱々しいです。


「新しい友達が出来たら良いね」


「うん……」


 引っ込み思案な彼女も、ここで過ごして活発になってくれればと願います。



「しかし、ちょっとした冒険物語みたいな旅行だったね、ルー」


「そうですね、あなた」


 文官であった彼の感想に、私は反論せずに返しました。


 数ヶ月に渡る長い道程を一台の馬車だけで護衛なしで来たものですから、魔物や盗賊に襲われることも数知れず。でも、数年だけですが軍にいた経験のある私には余裕でした。

 かえって、魔物は食べ物に変わりますし、盗賊さんは色んな物を恵んでくれるので助かったくらいです。

 この馬車も、ある盗賊さんチームを撃退した後にお願いしたら私達にくれたものです。とても感謝しています。真剣に頼めば、想いは通じるものなのですね。世の中に悪い人はいないと感じています。



「早速、村の人たちに挨拶だね!」


 朽ち掛けの木製の門を通って、村の中へと颯爽と入っていきました。私もメリナを抱いて続きます。

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