上司がヒロインに攻略対象を落とされるなって無茶ぶりするんですけど
いつしか憧れになっていた執事服に袖を通し、見習いとして夢の一歩を踏み出す――。
本来は今日、そんな記念すべき日を迎えるはずだった。
ですが念願の執事服に袖を通すことは叶わず、現在、貴族学校の学生服に袖を通しております。
しかしながら、私は貴族ではありませんし、学校に通うような年齢でもありません。
そもそも、成人しているのです。
ここに至る経緯を説明いたしましょうか。
簡単に言えば上司(雇い主)の命令です。
なんでも、この世界によく似た世界を知っているそうで、そのまま進むと最悪罪のないご令嬢たちが冤罪をかけられるらしく阻止をしろと言うのです。
それと上司の息子をはじめとする第1王子らが恋にうつつを抜かして堕ちないようにもしろと。
上司(雇い主)は宰相なので大抵のことは出来ると思うのですが、その権力をもってしても叶わないそうで。
5、6人の少年たちを誑かすであろう少女を見つけ排除や貴族学校へ入学できないよう動いても見えない力が働き、必ず失敗に終わるようです。
意味は分かりませんが強制力が働いているとか。
そこで上司は最終手段として、ストーリーに関係のない人間を介入させてみることにしたとのこと。
そんなわけで憧れた人と同じ職に就くという夢は延期となりました。
上司である旦那様に呼ばれた時、もしやクビになるのではとひどく取り乱しましたが、それは忘れることにいたします。
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少々学生としては周囲から浮いている気もしますが、上司の令息の従者だと考えれば問題はないです。一緒に学ばせるために入学させることもあるようですからね。
ええ、気にしてません。気にするはずがありません。これは仕事ですから。
入学してから数ヶ月、素朴な可憐さをもった少女に、将来国の中心にいるであろう5人の少年たちが次々に落とされていきます。
その手腕には驚くばかりです。
何もしなかったわけでもないのですけどね。出会いを未然に防ぐ努力はしていたのですが全てかわされてしまいました。
それにしても婚約者のいる人間の周りをウロチョロするのはいかがなものかと思いますが、それを許してしまっている彼らも同じことは言えますが。
これが御都合主義、あるいは強制力というものなのでしょう。
こちらも仕事として任されている以上、何もせず傍観しているわけにもいかないので、行動をしなければなりませんが、どう動くべきか。
まず、この学校に平等なんて言葉はありません。もって生まれた地位や実力がものを言う場所です。
なので彼女が彼らのそばにいるというのは常識的にはありえないことで、処罰されても文句は言えないのですけどね。
例外があるとするなら、学校に役目を与えられた方でしょうか。
同じ生徒でありながら地位に関係なく注意をしても問題のない方々、監督生もしくは生徒会です。
私の場合、彼らの使用人といった意味合いが強いので人を選べば問題にはなりませんが。
旦那様たちからの指示もありますので。
私に出来ることと言えば、逐一彼らに説明をしてご理解頂けるようにすることだけです。
聡明な彼らなら本来説明するようなことでもないのでしょうけど。
「会話に割って入り申し訳ありません。ですがご令嬢、貴女から彼らに声をかけるのは無礼に当たります。もし、何か御用でしたら私など従者にまずお声がけくださいますよう」
「ご、ごめんなさい。わたし、貴族になったばかりでよく分からなくて……」
うっすらと目を潤ませるご令嬢。
まぁ、愛らしいというか、よくご自分の武器をご存知で。
ですが、こんな無知のせいで執事見習いが延期になったかと思うとため息が出そうです。いっそでっち上げでもして早く追い出したいくらいですね。何度説明してもこれなんですから。
「クレイグ、俺が許可しているんだ。問題はないはずだろう」
すかさず庇う、上司曰く攻略対象の第1王子。
彼がどうなろうと一向に構わないんですが、一応仕事内容に入ってますからね。
馬鹿な真似をさせないようにと陛下から。
「許可の問題ではないのです。たった1人でも例外を許してしまえば、それは揺らぎとなります。聡明な王子ならお分かりのはずかと思いますが」
「ぐっ、なんでお前みたいなやつが――」
この学校に入学してるんだって言うつもりだったんですかね。
悔しそうな顔をすると走ってどこかに行きました。
廊下は走るものじゃないですよって聞こえてませんね。
それからしばらくして、全く反省していない彼らはまた繰り返します。
口うるさいのがいないようにコソコソと、私の目の届かない場所に隠れているつもりで。
ちなみに私以外の彼らの使用人たちはもう注意をすることもせず、周りの見えなくなってしまった彼らをそうそうに諦め放置をすると決めてしまったようです。
気持ちはわかりますけどね。
なので、私一人でやるしかありません。
「王子様たちにクッキー作ってきたんです。食べていただけますか?」
語尾にハートがつきそうな甘ったるい口調で、ご令嬢がクッキーを5人に差し出しますが横から掻っさらい1枚を口に放り込みます。
味は及第点として、これは……まぁ問題はないか。害はないですし。
「ちょいちょい、何してんのクレイグ」
「欲しいなら、君も言えばいい。彼女は優しいから断らないよ」
恋は盲目って本当ですね。
彼らのご家族や家庭教師たちが可哀想です。
一体彼らは何を教わってきたんでしょうか。
「皆様、なぜ食事に銀食器が使われているかご存知ですか」
「それはもちろん毒が入ってないか確かめるためだろ」
「彼女がそんなことをするはずがないのだから必要ない」
例え必要がなかろうと安全のためなんですが……現にこのクッキーも。
「確かに致死毒は使われていませんが、安全が確保されていないものを口にしないようお願いします」
信頼とか信用って厄介なものです。
とまあ、こんな感じが続いていたある日。
ご令嬢が5人の前にびしょ濡れで現れました。
当然、心配する5人。
「誰がこんなことを」
「わからないわ。だけど、押されたときにこれを掴んだの」
「これは――」
はめるつもりならもっと上手くやって頂きたいものですね。これじゃ愚息と呼ばれても否定出来なくなるじゃないですか。
ご令嬢が差し出したのはボタン。
顔色が変わった5人が私に詰め寄り、1人が胸ぐらを掴んできます。
「どう言うことだ、クレイグ!」
「これはお前のものだろう」
ボタンに彫られているのは、ご主人様がうちで働いている証拠だと使用人に渡しているボタンです。彫られているの家の家紋を崩した、家紋の原型。
つけてる方は他にもいるのですが――。
「私はどこにも落としません。旦那様から頂いた大事なものですので」
たかが使用人と吐き捨てられるような使用人を家族と呼び、直接手渡しでくださったものをなくすわけにいきませんし、憧れである執事につけてもらった非常に大切なものです。
心を許していない相手に触れさせるわけがないのです。家紋の入った大事なものを。
なくすなんてことすら恐れ多い。
「ふん、どうだか」
「それなら、執事にお尋ねください。しっかりと管理されておりますので」
一礼してこの場から去ることにしたものの、1つだけ伝えておきましょうか。
「そうそう、そのボタンは私たち使用人だけに使われているわけではないことをどうかお忘れなく。失礼いた――」
「何を訳のわからないことを。クビにするぞクレイグ」
全く、そんな脅しに屈するとでも思われているのは癪ですね。
雇い主でもない彼に出来るわけもないのに。
「お坊っちゃまに出来るのなら。そろそろ時間ですので失礼いたします」
さ、教室にでも戻りますか。
これで目を覚ますなら、助かるんですけどね。
それにしても、これじゃまるで上司が言う悪役令嬢のようですね。
冤罪なんてまっぴらですが。
ありがとうございました!