ゴチャゴチャ説明が面倒だ! とにかく冷蔵庫だ!
「ったく、あんた少しは自重しなさい。どうして見たこともない力を使うたびに変態度を上げていくのよ」
股間を押さえて痙攣しているナイトに向かって我子は尋ねる。
しかし彼が答えられずに涙目を向けるだけだったためか、どこか膨れた表情をしたアロマが2人の間に割り込み手を上げた。
「あらアロマ、あなたも内藤の股間に魔法具をぶつけたいの?」
「そんな趣味はない〜。というかアロマが普段やってる攻撃より痛そうなのによくアロマにナイトは壁じゃないとか言えたよね〜」
呆れたように話すアロマだったが、半身が消し飛んでいるドラゴンに鋭い目を向けて口を開いた。
「さっきのはなに?」
そんなアロマに我子は勝気に笑い、よくぞ聞いてくれたと胸を張る。
「最近このハリセンはどんな物にでも成れることに気が付いてね、それなら追跡機能と敵の数に応じて数を増やす機能付きのバットを組み立ててみたのよ。ぶっつけ本番だったけれど、ちょうどよくナイトが増えて良かったわ。これで殲滅戦にも出られるわ」
「アンジュのとんでも武器については聞いてな――いや待って。追跡機能は良いとして、どうして無から有を生み出すことをさらっとやってのけるかな〜?」
「たかがボールよ、人間を作るのは気持ち悪いけれど神くらいなら作ってやってもいいわよ」
心底理解できないとでも言うようにアロマが頭を抱えていると、ナイトの看病をルーアとしていたアンダラーが苦笑いで手を上げた。
「で、アンジュちゃん。この飛竜どもとそこで瀕死状態のドラゴン、いきなり緑豊かになったこの空間についての説明を求めてもいいか?」
「ああなんだそんなこと? 簡単な話よ、あんたたちがさっき言ってたように物体を小さくする――空間そのものを握りつぶして見えないようにしていたんだけれど、ただ全部を圧縮すると中身まで壊れちゃうからあくまでも世界と切り離した痕跡を小さくしていただけのようね」
「説明を聞いてもわからないとか〜アロマ初めてなんだけれど〜」
我子はその場に腰を下ろすとルーアを手招きし、ポチェットから酒を取り出して呷り、思案顔を浮かべる。
どう説明したものかと考えるのだが、そもそもどう言ったら通じるだろうかと、段々と面倒になっている。
「まあいいわ。そこのデカいトカゲは世界と世界を切り離す力を持っているの。世界から離れるってことは世界からの恩恵……つまり時間やら何やらからも離れられるってことなの。実際なら魔力もなくなるはずだけれど、飛竜たちと暮らす程度の魔力、あのトカゲ1匹が生成するだけでまかなえていたようね」
我子は歩みをドラゴンへと進めていき、半身のない爬虫類を蔑んだような目で見下す。
「世界と切り離されていたから誰にも気が付かれることがなかった。なんてことはあり得ないわ。そこで圧縮よ」
世界と離れたとしてもこの世界に存在しているのは事実で、姿が見えなくなることなどないと我子は言う。
普通に圧縮しても中身は潰れるが、世界が切り離されたという事象のおかげで圧縮が役に立つと付け加える。
「そのレアな飛竜がするのは概念の圧縮。世界が切り離された際に世界と世界の間に出来た切り離されたという確固たる事象を圧縮することで、相対的に飛竜たちの楽園を小さくしていたの」
円で考えるとわかりやすいと我子は頭を捻っているアロマに教える。
大きな円の中に中心を変えずに直径の違う円を2つ地面に描き、この円はそれぞれに干渉することが出来ないという前提を持っているとして、2番目に大きな円だけを圧縮したのだと話す。
「一番大きな円がこの世界、次に大きな円が世界を切り離したという事象、小さいのがトカゲの楽園よ。円は干渉し合わないのに、2番目に大きな円が小さくなるとどうなるのかしらね。って話よ。トカゲの楽園が切り離した事象より大きくなることはないわ」
「……ドラゴンたちが見えなかったことに関しては曖昧だけれど理解できた。で、アンジュもナイトもなんで気が付いたの?」
「ウチにうんな小細工通用するわけないでしょう。あのトカゲの神性が山に入った時から流れ込んで来てたのよ。ナイトは……匂いかしらね?」
未だ倒れ伏しているナイトを引きずっているアンダラーに断りを入れ、我子はナイトの横腹に蹴りを軽く放つ。
「も、もう少し優しくしてくだされ」
「もう全快してんでしょうが、ルーアからルゥ印の薬をもらってたのは知ってんのよ」
「え〜もうちょっと楽していたいでござるよ〜。ああそれと、アンジュ殿の言うとおり匂いでござる。飛竜どもから緑の匂いと強敵の匂いがしたでござるからな。少し警戒していたでござる」
アロマとアンダラーが引き攣った顔を浮かべる横で、我子はナイトと一緒にルーアを愛で始める。
しかし我子は思いついたことがあり、手を叩く。
「ああそうだ、せっかくだしこのトカゲは有効活用しましょう。この神性を抜き取っちゃえば冷蔵庫もなんとかなるかもだし」
我子はナイトにルーアを預け、すでに絶命手前のドラゴンに手をかざす。
「アロマ、ウチも魔法を使ってみたくなったわ。魔法ってこうやって作れば良いのよね?」
「は――?」
アロマが素っ頓狂な声を上げる横で、我子はドラゴンの神性、つまり今までこのドラゴンが人々や世界から向けられた存在の証をドラゴンから抜き取り、それの形を否定して魔法陣に変えて右手に貼り付けた。
「魔法って結局は言葉と模様に意味を持たせて行使する術でしょう? それなら神とかそれに準ずる存在から神性抜き取って魔法陣にしたほうが手間も省けるし、楽に強力な力が手に入るわよ」
ついにアロマが両手で顔を覆い、膝から崩れ落ちるようにその場にへたりこんだ。
「ボスぅ!」
アンダラーがアロマに駆け寄ったが、彼女はどこか涙声で言い放った。
「……もうヤダこの規格外ども」
首を傾げる我子だったが、特に気にした様子もなくナイトに飛竜の血抜きを指示する。
「血なまぐさい肉は好みじゃないわ。許可するからさっきの技で飛竜どもの血を抜いてきなさい」
「それは構わないでござるが、こんなに持って帰れないでござるよ」
ナイトが飛竜の一体にルーアから借りたナイフをいれ、血抜きを行いながらそう言うのだが、我子は呆れたように何を聞いていたんだと彼を咎める。
「神性を抜いて魔法にしたって言ってんでしょ」
我子はそう言ってハリセンに右手をかざした。
「一度やってみたかったのよ。こういうの付与魔法って言うのよね――『幻想乖離神性神話』」
ハリセンにドラゴンの神性で出来た魔法を付与し、ハリセンの存在を否定して形を変える。
そして出来上がった姿は掃除機で、その掃除機を我子はナイトが血抜きした飛竜に向ける。
「はい、隔離。そんで圧縮っと」
掃除機でその物体吸い込むことで世界と隔離させ、吸い込まれている最中に圧縮する。
血抜きされた飛竜は掃除機に消えていき、呆然とする面々の目の前で我子は掃除機の背中のカバーを開き、ダストボックスを開けた。
するとそこから明らかに大きさが噛み合っていない飛竜が飛び出してきた。
「魔法って便利ね、意味付けしちゃえばいつでもどんな状況でも行使できるのね。しかも姿と意味を変えられるウチのハリセンと相性も良いわね」
「……もう驚かない、もう驚かない。神性そのものを使った魔法なんて普通の人なら行使すら出来なくて、奇跡的に使えたとしても発動したと同時に灰になるか頭が吹っ飛ぶはずだけれど、アンジュは化物だから驚かない。よしっ――アンジュ〜、血抜きするのはいいけれど〜その圧縮〜? を持っている飛竜は残しておいてね〜」
「全部聞こえているわよ。別に飛竜がいなくてもウチが適当な物に付与するからそこから取り出しなさい。ああそれと、この隔離の力で冷蔵庫作るから手伝いなさい」
「……? 冷気を出すんじゃないの〜?」
「物が腐らなければなんだっていいのよ。だから時間の恩恵を受けない箱を作っても同じでしょう?」
アロマが引き攣った顔を通り越したような、まるで世界中の理不尽を集めたような、なろう系チート無双の主人公を目の前にした一般モブ敵のような顔を浮かべた。
「さって冷蔵庫作るわよ。これで菓子や料理の幅が広がるわね」
そんなアロマの横で、神の力にも等しい能力を冷蔵庫のためだけに使うことしか考えていない我子なのだった。